城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇一二年八月一二日             関根弘興牧師
                  ヨハネ一章六節ー一三節

ヨハネの福音書連続説教2
   「神の子とされて生きる」


  6 神から遣わされたヨハネという人が現れた。7 この人はあかしのために来た。光についてあかしするためであり、すべての人が彼によって信じるためである。8 彼は光ではなかった。ただ光についてあかしするために来たのである。
  9 すべての人を照らすそのまことの光が世に来ようとしていた。10 この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。11 この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。12 しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。13 この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。 (新改訳聖書)



 先週は、1章の最初の箇所を読みました。1節に「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった」と書かれていますが、この「ことば(ギリシャ語では、ロゴス)」こそイエス・キリストである、とヨハネはニュースの大見出しのように記しました。
 これは、当時のユダヤ人にとってもギリシャ人にとっても、驚くべき大ニュースでした。ユダヤ人にとって「ことば」とは、神様御自身であり神様の知恵を意味していました。また、ギリシャ人にとって「ことば=ロゴス」とは、この宇宙全体に秩序を与えて動かしている真理を意味していました。その人々に対して、ヨハネはこう言ったのです。「皆さん。聞いてください。この世界を創造し、すべての人に光といのちを与える神の言葉=ロゴスを見たいなら、イエス・キリストを見なさい!この方こそ世界を創り、この世界を保っている方ですよ。みなさんは神様を見出すための知識や知恵を何世紀もの間、求めてきましたね。イエス・キリストこそが、あなたがたが求めていた神のことば、神の知恵そのものなのですよ。そして、神そのものである方が、私たちのところに来てくださったのですよ」と。
 今日は、このすばらしい神のことばであるイエス・キリストについて、さらに、6節から13節の中から学んでいきましょう。

1 光についての証言者=ヨハネ

 まず、6節ー8節には、このイエス・キリストについて証言するためにヨハネという人が遣わされたとあります。ヨハネといっても、この福音書を書いたヨハネとは別の人物で、「バプテスマのヨハネ」と呼ばれる預言者です。
 ところで、前回の説教で、このヨハネの福音書では、「光」と「いのち」がキーワードであることをお話ししましたが、今日の箇所に出てくる「あかし(証言)」という言葉も、大切なキーワードの一つです。
 私たちが何かを証明しようとするとき、いくつかの方法があります。
 一つは実験です。AとBを混ぜたらCという物質になります。これを証明するには、実際に、実験してみればいいわけですね。 でも、実験で証明出来ないこともありますね。それは、歴史的な出来事の場合です。私たちは、過去には戻ることができませんし、同じ出来事を同じようにもう一度繰り返してみることはできませんからね。
 先週の八月六日と九日は、日本に原爆が投下された日です。ニュースを見ていましたら、「原爆の被爆体験者たちが高齢化し、語り伝える人たちが少なくなってしまった。だから、この事実を後の世代にきちんと伝えていく努力をしなければならない」と報道されていました。
 原爆の事実は、過去の出来事です。でも、確かに起こった出来事だと皆が認めています。被爆した人たちが亡くなってしまっても、原爆が落とされたという歴史的な事実は消えることはありません。なぜなら、被災者たちの証言が記録され、たくさんの資料が残されているからです。
 そのように、歴史的な過去の出来事の証明のためには、多くの証言とそれに伴う資料が必要なんですね。
 この福音書を書いたヨハネは、「イエス様が神のことばそのもの、つまり、神ご自身であり、すべてのものの創造者であり、まことの救い主である」という事実を証明しようとしました。そのために、自分自身が実際に身近で見聞きしたイエス様のことばやみわざを記し、また多くの人々の証言を記録したのです。
 その証言者の中で、まず最初に紹介されるのが、バプテスマのヨハネです。このヨハネの証言の内容は、1章19節以降に記されていますので、ここでは詳しく取り上げませんが、彼は、多くのユダヤ人たちから預言者として認められていました。
 旧約聖書の最後の時代とイエス様が登場する新約聖書の時代の間には、約四百年間の中間時代とよばれる期間があります。その期間の出来事は聖書に記録されていないのです。ユダヤ人達にとっては多難な四百年であったのですが、その長い間、預言者らしい預言者は登場しませんでした。
 しかし、四百年経って、遂に登場した預言者がバプテスマのヨハネだったわけです。彼は、荒野に住み、人々に「天の御国が近づいたから、悔い改めて、自分の罪を告白し、バプテスマ(洗礼)を受けなさい」と勧め、ヨルダン川で人々にバプテスマを施していました。そのため多くの人々に預言者として認められ、一目置かれていました。
 7節に、「このバプテスマのヨハネは、光についてあかしするために来たのだ」と書かれていますね。つまり、イエス様こそまことの救い主であることを証言するために彼が遣わされたのだというのです。嘘偽りで固めているような人の言葉は、決して証言として取り上げられないでしょう。そんな人の言葉を信じることはできませんね。しかし、バプテスマのヨハネは、神様から遣わされた預言者だと人々に認められていましたし、聖書もヨハネが「神から遣わされた」者であることを認めています。そのヨハネが、イエス様の最初の証言者であったというわけです。
 しかし、このヨハネが証言しているイエス様について人々はどのような反応をしたのでしょう。

2 この世の反応

 イエス様は、すべての人を照らす光として来てくださいました。これは、イエス様の恵みの光の及ばないところはないということです。どんな暗闇も、どんな陰も、イエス様の恵みの光の及ばないところはないのです。
 しかし、10節を読むと、「世はこの方を知らなかった」と書いてありますね。別の言葉で言い換えるなら、「人々は、イエス様を知ろうとしなかった」というのです。さらに11節には、イエス様は「ご自分のくにに来られた」と書いてありますね。「ご自分のくに」という言葉は、「ご自分の場所」「ご自分の家」と訳してもよいのですが、しかし、「ご自分の民は受け入れなかった」というのです。ここには、わざわざ「ご自分の民」というふうに書かれていますね。
先週も紹介した現存する最古の日本語訳聖書は、ギュツラフという人が訳したヨハネの福音書です。難船して漂着した日本人から日本語を学んだ宣教師のギュツラフが翻訳したのですが、11節は、こう訳されています。「ひと(彼)は自身の屋敷へ参った。ただしは、自身の人間はひと(彼)を迎えでなんだ。」
 想像してみてください。あなたが夕方、家に帰ってきたとしましょう。家族のために一生懸命働き、愛を持って行動し、おみやげをもって帰ってきたとしましょう。しかし、玄関を開けた途端、こう言われるのです。「あなたは誰ですか!」「この家にあなたなど必要ありません!」と。「私たちは、みな家族ではないか」といくら言っても聞く耳を持とうとしないのです。こうなると、もはや家族であっても家族の姿ではありませんね。
 イエス様は、一人一人に対して、今も同じように、「あなたは私の民、家族そのものだ」と語りかけておられます。それなのに、「私は、あなたなど知りません」と応答するなら、それは、神様の痛みであり、悲しみです。
ヨハネ黙示録3章20節には、こう書かれています。「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」
 ここには、戸の外にたって、戸をたたいているイエス様の姿が描かれています。その音を聞いて、戸を開けることがクリスチャンとしての出発となります。しかし、心の扉を閉ざして決して開けようとしない人々がたくさんいるのです。

3 神様の子どもとされるとは

しかし、神様は、イエス様を受け入れようとしない一人一人を見捨てて、好き勝手にしろ!と救いの手を引っ込めてしまわれるのでしょうか。いいえ、イエス様は、戸をたたき続けてくださいます。そして、12節に「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった」とあるように、イエス様をまことの救い主として信じ、受け入れた人々は、神の子どもとなることができると約束してくださっているのです。
「神の子どもとされる」というのは、「神様と同じようになる」とか「神様と同じ力を持つ」という意味ではありません。切断されていた絆が回復され、神様と新しい絆で結ばれるようになるということです。また、罪のために死んでいた状態にあった人が神様のいのちによって、新しく生まれ、生かされるようになるということです。
イエス様がお話しになった「放蕩息子のたとえ」を、皆さんご存じでしょう。ルカの福音書15章に書かれています。
 ある日、下の息子が父親から財産を譲り受け、すぐに父の元を離れ、遠い国に行って財産を湯水のように使い果たしてしまうのです。彼は、その後、やつれ果てて、自分の力で生きることすらままならない状態に陥ってしまいました。すると、その息子は、どうしたでしょう。彼は父のもとに帰る決断をするんです。でも、放蕩三昧したのですから、当然、息子と呼ばれる資格なんてありません。でも、せめて雇い人のひとりにしてもらおうと、勇気を持って帰って行くのです。しかし、どうでしょう。この父親は、遠くに息子の姿を見つけると、走り寄って息子を抱き、口づけしました。そして、息子に一番良い着物を着せ、指輪をはめさせ、靴をはかせ、改めて自分の息子として受け入れたのです。あたらしい親子関係の回復ですね。
 みなさん、この放蕩息子は、父親のもとに帰る前から、息子ではありましたが、息子としての本来の姿ではありませんでしたね。父親のもとに帰る時には、何もありませんでした。たくさんお土産を背負って帰るとか、りっぱな功績をあげたとか、名をあげたとか、そういうことは、何一つありませんでした。ただ、自分の愚かさを悟り、悔い改めて、惨めな姿で帰ったのです。でも、父親は、その息子をそのまま迎え入れました。父の元を離れていても、自分勝手な生活をしていても、この父親の息子であることに変わりはありません。しかし、息子が父親のもとに帰ってきたとき、本来の親子の関わりが回復したのです。たとえ話の最後に父親はこう言っています。「この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか」と。
創世記でも学んだように、私たちは皆、神様によっていのちを与えられました。ですから、広い意味では、私たちは皆、神様の子どもです。それなのに、神様のもとを離れて自分勝手な生活を送り、霊的に死んだ状態、つまり、神様と親しく応答することが出来ない状態にいました。しかし、もし自分の愚かさを悟り、神様の元に帰るなら、神様はいつでも喜んで神の子どもとして迎え入れてくださるのです。「死んでいたのが生き返る」ことができるのです。
 神様は、私たちが神様のもとに帰ることを待ち望んでおられます。ですから、私たちのために神様のもとに帰る道も備えてくださいました。それがイエス様です。イエス様は、父なる神様がどんなに愛に満ちた方であるかを身をもって示し、私たちの心を照らして私たちの惨めな状態を悟らせ、神様のみもとに返る道を照らし、導いてくださいます。そのイエス様をただ信じて受け入れるならば、神の子どもとして、神様の愛を受け、育まれていく関係が回復するのです。
さて、13節に「この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである」と書いてありますね。「私たちが神の子どもとして新しく生まれることができるのは、ただ、神によるのであって、自分の血筋や努力によるのではない」というのです。
 時々、こんな誤解をする人がいます。「キリスト教国に生まれた人は皆、みなクリスチャンなんですか」とか、「クリスチャンの子どもは、自動的にクリスチャンなるんじゃないんですか」と言うのです。それは、違います。私は、牧師の子どもとして生まれ、育ちましたが、決して自動的にクリスチャンになったわけではありません。なぜなら、クリスチャンになることは、血によるのではないからです。
私は、夏のこの時期になると、自分がどのようにクリスチャンになったかを思い出します。
 私がクリスチャンになったのは、高校一年生の夏のことでした。私は、牧師の家庭に育ちました。小さい頃は何にも問題は感じませんでしたが、中学生になると、いろいろと不満が出てきました。第一の不満は、教会の礼拝がいつも日曜日にあることです。日曜日は友達と遊びたいし、部活もあるし、やりたいことがたくさんあったわけです。でも、「日曜日の礼拝にはきちんと出なさい」と、まるで義務のように命じられていたのです。ですから、毎週、いやいやながら日曜日の午前中を過ごしていました。二番目の不満は、経済的に貧しかったことです。小遣いがもらえなかったり、バスケットシューズを買ってもらえなかったりして、「なんでこんなみすぼらしい生き方をしなければいけないのだ」と思っていたのです。そして、三番目の不満は、両親が教会のことしか頭にないように見えたことです。いつも教会の人のことばかり心配して、子供たちのことなど何一つ考えてくれていないんじゃないか、と思っていたのです。ですから、中学の時は、家が教会であることがとても嫌でした。
 しかし、高校に入り、最初の夏を迎えた時でした。父が、バイブルキャンプに参加しないかと誘ってくれたのです。そのキャンプは、軽井沢で開かれる高校生キャンプでした。私は、ただ、軽井沢で何かすてきな出会いがあればと思い、三人の友人を誘って気軽に出かけていきました。その友人たちは、格安で軽井沢に行けるということで参加しただけで、聖書にはまったく無関心でした。私はというと、牧師の家庭に育っているので聖書のことはある程度知っていましたが、やはり聖書の話にはまったく興味がありませんでした。
 そのキャンプの二日目の夜の集会でのことでした。説教をしていた牧師先生が、こんな質問をされたんです。「今日、この中でイエス様を救い主として心にお迎えし、信じ受け入れる人はいませんか?」。すると、どうでしょう。私と一緒に参加していた友人の一人が手を挙げているではありませんか。まだ聖書の話などほとんど聞いていないのに、「イエス様を信じます」と手を挙げたんです。私は、「何か勘違いしているんじゃないか」と思いました。しかし、その友人は、とても喜んで、イエス様を信じることができたことを感謝しているではありませんか。
 私は考えてしまいました。「よし、次の聖書の話は真剣に聞こう!」そう思ったのです。次の日の説教は、イエス様が十字架につけられた話で、牧師の家庭に育った私にとっては、昔から何度も聞かされていた話で、なにも新鮮な感動がありませんでした。しかし、説教者が、最後に何度もこう言ったのです。「イエス・キリストは、あなたの罪のために十字架について死んでくださったのです」「あなたのためにいのちを捨ててくださったのです」と。
 何度も語るその話を聞いているうちに、考えてしまいました。どこのだれが、「あなたなんて必要ありません」と拒否しているような者のために、いのちを捨ててくれるだろう。自分はそんなこと到底できないし、私の友だちもそんなことできっこない、と思ったんです。そして、その時、私は、イエス・キリストが私のためにいのちを捨ててまで愛してくださっていることが本当なら、このお方を無視し続けることは、最低の態度だと思ったのです。
 私は、集会室をこっそり抜け出し、自分たちの宿泊している部屋に戻ってきてしまいました。そして、短い祈りをしたのです。「イエス様、私の心にお入りください。イエス様を救い主としてお迎えします。私のために十字架でいのちを捨ててくださったことが本当なら、大変なことです。イエス様に背を向けていたことをお詫びします。復活されて今ここにおられるイエス様を信じ受け入れます」と小さい声で祈りました。
 そんな小さな小さな祈りから私はクリスチャンとして歩み始めることになったのです。もちろん、生まれたときから、両親はクリスチャンですし、小学生の頃は、元気よく子供賛美歌を歌い、お祈りをし、決して信仰がなかったというわけではありません。イエス様を信じて歩んでいたのです。しかし、高校一年の夏のキャンプの時に、はっきりとイエス様を救い主として受け入れることによって、信じて生きることの新しい出発をすることができたのです。
 ですから、クリスチャンなることは、血によるのではありません。また、肉の欲求や、人の意欲によってでもないのです。 もし、あなたが何かを得たいと思うなら、普通は意欲をもって達成しようとしていきますね。一生懸命努力して、研究して、成果を出そうとするでしょう。しかし、神の子どもとなることは、人の頑張りや意欲では無理なのです。いくら善行を重ねて努力しても、神の子どもとして生きることはできないのです。 ヨハネが書いているように、神の子どもとなるために必要なのは、ただ単純に、まことの光として来てくださった方をお迎えすることだけなのです。そして、この方を一度お迎えしたらなら、その時から、私たちは神の子どもとされ、神の子どもとして歩んでいく人生が始まるのです。
 クリスチャンの方々、あなたの内にイエス様が住んでくださっていることを確信していますか。一人一人が、神様によって新しく生まれ、神の子どもとして歩んでいけるのです。
  ガラテヤ人への手紙3章26節には、「あなたがたはみな、キリスト・イエスに対する信仰によって、神の子どもです」と書かれています。
最後に10節から13節の言葉をもう一度読みましょう。
 「この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。」
これからも神様の子どもとしての人生を味わいつつ歩んでいきましょう。