城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇一二年九月一六日             関根弘興牧師
                 ヨハネ二章一二節ー二五節

ヨハネの福音書連続説教7
   「宮きよめ」


 12 その後、イエスは母や兄弟たちや弟子たちといっしょに、カペナウムに下って行き、長い日数ではなかったが、そこに滞在された。
 13 ユダヤ人の過越の祭りが近づき、イエスはエルサレムに上られた。14 そして、宮の中に、牛や羊や鳩を売る者たちと両替人たちがすわっているのをご覧になり、15 細なわでむちを作って、羊も牛もみな、宮から追い出し、両替人の金を散らし、その台を倒し、16 また、鳩を売る者に言われた。「それをここから持って行け。わたしの父の家を商売の家としてはならない。」17 弟子たちは、「あなたの家を思う熱心がわたしを食い尽くす」と書いてあるのを思い起こした。18 そこで、ユダヤ人たちが答えて言った。「あなたがこのようなことをするからには、どんなしるしを私たちに見せてくれるのですか。」19 イエスは彼らに答えて言われた。「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう。」20 そこで、ユダヤ人たちは言った。「この神殿は建てるのに四十六年かかりました。あなたはそれを、三日で建てるのですか。」21 しかし、イエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのである。22 それで、イエスが死人の中からよみがえられたとき、弟子たちは、イエスがこのように言われたことを思い起こして、聖書とイエスが言われたことばとを信じた。
  23 イエスが、過越の祭りの祝いの間、エルサレムにおられたとき、多くの人々が、イエスの行われたしるしを見て、御名を信じた。24 しかし、イエスは、ご自身を彼らにお任せにならなかった。なぜなら、イエスはすべての人を知っておられたからであり、25 また、イエスはご自身で、人のうちにあるものを知っておられたので、人についてだれの証言も必要とされなかったからである。(新改訳聖書)



先週は、カナで行われた婚礼の時に起こった出来事をご一緒に読みました。その婚礼には、イエス様の母マリヤ、そして、イエス様と弟子たちも出席していました。その時、予期せぬ出来事が起こりました。婚礼の最中にぶどう酒がなくなってしまったのです。イエス様は、手伝いの者たちに、水がめに水を満たすようにと言われました。そして、その水をくむと最良のぶどう酒になっていたのです。これは、この福音書の中でイエス様が行われた最初のしるしとして記されています。
 この水がめの水は、宗教的に身をきよめるために使われていました。しかし、いくら水で洗っても、汚れが取り除かれたという確信を持つことは難しかったことでしょう。水で洗うというのは表面的で不完全なもので、心の中をきよめて喜びで満たすことはできなかったのです。しかし、イエス様は、その水をぶどう酒に変えてくださいました。イエス様が十字架で流してくださる血によって、私たちは、赦され、きよめられ、大きな喜びが与えられます。ぶどう酒は、そのイエス様の十字架の血を象徴しているのです。ヨハネの手紙第一の1章7節に「御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます」と記されているとおりです。つまり、カナの婚礼でイエス様が行われた第一のしるしは、イエス様の十字架のみわざを象徴的に表すものだったのです。

 さて、今日の箇所には、イエス様が、公の生涯を始められ
初めてエルサレムの神殿に行かれた時の記事が書かれています。このイエス様が神殿から商売人たちを追い出された出来事は、イエス様の「宮きよめ」として知られています。
 ところで、聖書をよく読んでいる人は、たぶん一つのことに気づくと思います。他の福音書では、イエス様の「宮きよめ」の記事は、イエス様の公生涯の最後のほうに記されているのです。しかし、このヨハネ福音書では、その「宮きよめ」がイエス様の公生涯の初めに記されていますね。この違いに気づいた人は、聖書をよく読んでいる人ですね。
 もちろん、聖書は矛盾するものではありませんから、この違いについてはいろいろ考えられますが、イエス様は、エルサレムの神殿にいくたびに「宮きよめ」をなさったのかもしれません。あるいは、この福音書を書いたヨハネが、イエス様がこの世に来られた意味をはっきり示すために、まず「宮きよめ」の記事を、わざわざイエス様の公の活動の最初に挿入したのかもしれません。
 いずれにせよ、今日の出来事は、他の福音書にも記録されているように、重要な意味があったことは間違いありません。柔和であわれみ深いやさしいイメージのイエス様が、なぜこのような激しい怒りをお示しになったのでしょうか。そのことを、今日はご一緒に考えていきましょう。

 まず最初に、今日の出来事の背景をご説明しておきましょう。 エルサレムでは毎年春になると「過越の祭り」が行われました。これは、ユダヤ人にとって最も大切な祭りでした。昔、エジプトで奴隷生活をしていたイスラエルの民が、モーセによってエジプトから脱出した出来事に由来する祭りです。エジプトの王は、心を頑なにして、イスラエルの民がエジプトを出て行くことをなかなか許しませんでしたが、神様はエジプトに十の災いを次々とお下しになりました。十番目の災いは、エジプト中のすべての初子を殺す、というものでした。ただし、神様の命令に従って小羊の血を門柱とかもいに塗った家は、神様が災いを下すことなく通り過ごしてくださったのです。小羊の血を塗ったイスラエル人の家は無事でしたが、小羊の血を塗らなかったエジプト人の家の初子は、人から家畜の初子に至るまで、すべて一夜のうちに死んでしまいました。この出来事に恐れをなしたエジプトの王は、ついにイスラエル人が出て行くことを許可したのです。そのエジプト脱出の出来事を記念して、イスラエルの民は過越の祭りを祝うようになりました。
 ですから、この祭りは、イスラエルの民が奴隷生活から解放され、新しい出発をすることができたことを表す喜びの祭りだったのです。成人したユダヤ人男子は、皆エルサレムに上って祭りに参加することになっていました。ですから、世界中から多くのユダヤ人が集まって来ました。多い時には二百万人も集まったという記録さえあります。泊まる場所がないので、エルサレム郊外で野営をする人々もたくさんいたようです。
 そして、神殿は祭りの中心でした。人々は、神殿に行って、神様を礼拝し、いけにえを捧げたのです。
 その神殿の中に、牛や羊や鳩を売る者たちと両替人たちがすわっているのを見て、イエス様は激怒なさいました。なぜでしょうか。
 まず、両替人がなぜ神殿にいたかというと、十九才以上のユダヤ人は皆、神殿に税を納めなければなりませんでした。一人につき半シェケル、それは、二日分の賃金に相当します。この神殿税によって、神殿が維持され、また神殿には多くの富がもたらされたわけです。そして、その神殿税は、神殿用の特別な銀貨で納めなければならないことになっていました。ですから、世界中から集まってきたユダヤ人たちは、自分の持っている通貨を神殿用の銀貨に両替してもらう必要があったわけです。それで、両替人たちがいたわけですね。この両替人たちは、ただ両替するだけでなく、法外な手数料を取っていました。さらに、おつりの必要な人からは、おつり用の手数料まで取るという具合だったそうです。両替人たちは、おいしい商売をしていたわけですね。
 それから、牛や羊や鳩を売る者たちがいました。祭りに集まってきた人々が神様にささげる動物や鳥を売っていたわけです。ところで、神様にささげるいけにえは、「完全で、傷がなく、汚れがないものでなければならない」と定まっていました。そこで、動物や鳥を調べる検査官がいたのですが、人々が自分で連れてきた動物の検査を受けるためには、検査料を払わねばなりませんでした。ですから、多くの人は、神殿内で売られている検査済みの動物や鳥を買わざるを得ませんでした。ところが、その値段は、一般の市場の値段よりはるかに高かったのです。神殿内で動物や鳥を売る者たちは、それで大儲けができたわけですね。つまり、ここに出てくる商売人は、私たちが普段祭りで目にするたこ焼き屋とか焼きそば屋とはちょっと違うのです。
両替人も動物や鳥を売る者たちも、礼拝のために用意されたものたちだったのですが、いつのまにか自分たちが儲けるための産業になってしまいました。また神殿の祭司たちもそこから多大な利益を得ていました。本来、神様のすばらしい救いのみわざを記念してなされるべき祭りが、神殿の一大産業、絶好の金儲けの場所になってしまっていたのです。
 イエス様は、この状態を見て激怒なさり、縄でむちを作り、両替人や商売人を追い出し、台をひっくり返してしまわれたのです。他の三つの福音書を見ると、この時、イエス様は、こう言われました。「『わたしの家はすべての民の祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではありませんか。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしたのです。」。
 では、このイエス様の「宮きよめ」と言われる出来事から、私たちは、何を学ぶことができるでしょうか。

1 「神の家」を「商売の家」としてはならない

 神殿に仕える人たちも、両替人も、いけにえの動物を売る者たちも、本来は、神様を礼拝する目的のために奉仕すべき人々でした。ところが、彼らは信仰の名を借りて、また、神聖な礼拝の場所を利用して、金儲けをしていたのです。
 いつの時代でも、宗教が金銭と結び付いたときほど醜いものはありません。金儲けのために宗教を利用するとき、腐敗と混乱が起こります。残念ながら、キリスト教会の歴史を見ても、そういう状態になってしまうことがありました。
 中世の時代には、教会は巨万の富と絶大な力と権威を持つようになりました。教皇の前に、国王さえもひざまずいたのです。そのように教会が富と権威を手に入れたら、理想的な社会が到来するのではないかと思いますね。ところが、教会史の中で、教会が最も富と権威を持っていたこの時代が、皮肉なことに「暗黒の時代」と言われているんです。教会は、自らの利益を貪り、権威に執着するようになりました。そして、こともあろうに免罪符というお札さえ売り始めました。免罪符を買えば罪が赦されるというのです。それは、聖書の教えとはまったく違いますね。教会は、主イエス様がもっとも嫌われる姿になってしまっていたのです。まさに「暗黒の時代」でした。 
私たちは、毎週礼拝の中で「主の祈り」を祈りますね。その一番最後に「国と力と栄えとは限りなく汝のものなればなり」と祈ります。「国も力も栄えも永遠に神様のものです」と告白するのです。
 国も力も栄えも自分のものにしたいと思っている人はたくさんいるでしょう。あなたはどうですか。
 皆さん、私たちは弱くてもいいじゃないですか。なぜなら主は強いのですから。私たちに力がなくてもいいじゃないですか。主には力があるのですから。私たちが栄光に輝かなくてもいいじゃないですか。カナの婚礼で水をくんだ手伝いの者たちがイエス様のすばらしいみわざを知ることができたように、私たちも主のしもべとして生きていく時、主のすばらしい栄光の中に歩むことができるのですから。ですから、私たちは、毎週、心から、「国と力と栄えとはあなたのものです」と告白していく教会として歩んでいきましょう。

2 神様は形式的な礼拝を求めてはおられない

 人は、ただ形式的なささげ物をするだけで、神様に礼拝したつもりになってしまいます。決められた儀式さえ行えば、神様に喜ばれる者になれると思ってしまいがちです。しかし、第一サムエル15章22節にはこう書いてあります。「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。」また、第一サムエル16章7節には、「人はうわべを見るが、主は心を見る」とあるのです。
当時の人たちは、豪華な神殿を誇り、神殿税を納め、検査済みの動物のいけにえをささげ、これで自分も大丈夫、神様の前に正しいと認められると考えていました。ですから、もし、両替人や動物を売る者たちがいなければ、礼拝が成り立たなくなってしまうわけです。
 ところが、イエス様は、その商売人たちを追い出してしまいました。つまり、本当の礼拝には、両替人や動物を売る人たちは必要ないのだ、ということを示されたのです。
 考えてみてください。彼らは、長い間、礼拝とは、毎年神殿税を納め、いけにえの動物をささげることだと考えていました。だから、どんなに金儲けの手段だと批判されても、ここにいる両替人や動物を売る人たちは必要だったわけです。それなのに、イエス様がこのようなことをされたので、彼らは、すぐに抗議の声をあげました。それが18節です。「あなたがこのようなことをするからには、どんなしるしを私たちに見せてくれるのですか。」これは、どういうことかといいますと、「イエスよ、おまえはそんな大それたことをして、ここでの大切な礼拝の必需品を否定するつもりか。この両替人や商売人たちを排除しておいて礼拝が出来るというのか。お前にそんなことを言う権威があるのか。それなら、どんなしるしを見せてくれるのか!」と詰め寄ったわけです。

3 イエス様が建てる神殿とは

 すると、イエス様は、19節でこう言われました。「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう。」
当時の神殿は、ヘロデ王が、紀元前二〇年から改増築工事を開始し、紀元六十四年にやっと完了しました。20節に、「この神殿は建てるのに四十六年かかりました」とありますから、今日の出来事が起こったのは、工事が始まった紀元前二〇年から四十六年後の紀元二七年頃のことだと思われます。
 人々は、莫大な財を投じた壮麗豪華な神殿を誇りに思っていました。それなのに、イエス様が「この神殿をこわしてみなさい。わたしは、三日でそれを建てる」と言われたので、人々は、「このイエスは、頭がおかしな奴だ」と思ったに違いありません。
 それでは、イエス様が「神殿を三日で建てる」と言われたのには、いったいどういう意味があるのでしょう。ヨハネは、21節ー22節で、わざわざそれについて解説しています。「しかし、イエスはご自分のからだの神殿のことを言われたのである。それで、イエスが死人の中からよみがえられたとき、弟子たちは、イエスがこのように言われたことを思い起こして、聖書とイエスが言われたことばとを信じた。」
 つまり、イエス様は、「わたし自身が神殿なのだ」と言われたのです。神殿は、神様が臨在される場所です。その意味でイエス様こそ神殿そのものなるお方だと言えます。なぜなら、イエス様は神である方であり、神様のご性質が満ちあふれている方であり、イエス様を通して私たちは神様を知ることができるかたです。イエス様が来てくださったので、私たちは、もはや人の手で造った神殿は必要ありません。まことの神殿であるイエス様のもとに行って礼拝することができるのです。
 また、イエス様御自身が、私たちの罪のためのいけにえの小羊となってくださいました。イエス様がただ一度ご自分の身をささげてくださったことにより、私たちの罪はすべて赦されるのです。ですから、もはや、動物のいけにえを何度も何度もささげる必要はないのです。
 また、イエス様が「三日で建てる」と言われたのは、ご自分が十字架について死んで葬られた後、三日目によみがえるということを予告されたのです。
 そして、さらにすばらしいことに、イエス様を信じる一人一人の内には、聖霊が宿ってくださいます。つまり、神様が私たちの内にいてくださるというのです。ですから、第一コリント3章16節で、パウロはこう言っています。「あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。」
 つまり、今日、イエス様にあって生きる一人一人は、生ける神の宮とされているのです。ですから、いつでも、どこでも、その場で神様を礼拝することができるのです。特別な場所は必要ありません。特別な祭壇も必要ありません。神秘的な雰囲気の建物も必要ありません。大切なのは、主イエス様が私たちの内に住んでくださっている、私たち一人一人が神殿だということです。そして、私たちがささげるのは、何でしょうか。ローマ人への手紙12章1節には、「あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい」と書かれています。私たちは、「神様、私のすべてをあなたにおささげします。みこころのままにお使いください」と祈りつつ礼拝をささげていくのです。
 私たちは、今、どこにいても神様を礼拝することができます。でも、こうして共に集まり、礼拝をささげることも大切にしています。なぜなら、ひとりでは、信仰生活を維持することはできたとしても、成長することが難しいからです。私たちは、イエス様が言われるように、ふたりでも三人でも主の御名によって集うことによって、互いに励まし、祈り、賛美を捧げ、共に礼拝の民とされていることを喜びながら歩んでいくのです。そして、一人一人がそれぞれの役割を果たしながら、教会というキリストのからだを建て上げていくのです。エペソ1章23節にあるように、「教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところ」なのです。
 ですから、イエス様御自身が神殿であり、私たち一人一人が神殿であり、教会が神殿であるということなのです。神様が私たちの内にいつもいてくださり、私たちは毎日の生活の中で主を礼拝し、賛美をささげ、主の満ち満ちた豊かさを知ることができるのです。

さて、23節以降を読むと、イエス様はエルサレムでいろいろなしるしを行われたようです。「多くの人々が、イエスの行われたしるしを見て、御名を信じた」と書いてありますね。しかし、彼らの信じ方は、目に見える奇蹟だけに関心を引かれるような表面的なものだったようです。風向きが変わるとすぐに掌を返すかのように態度を変える当てにならない姿が彼らの中に見え隠れしているのです。実際、この後、状況が思うようにならなかったり、自分に理解できないことが起こると、多くの弟子がイエス様のもとから去っていったことが記されています。一番忠実だった十二弟子でさえも、イエス様が十字架にかかられた時には、みんな逃げ去ってしまいましたね。
 イエス様は、そういう人の内側の弱さをよくご存じでした。ですから、イエス様が十字架で死なれ、三日目によみがえられたあと、弟子たちに助け主である聖霊を送ってくださったのです。弱く、あてにならなかった弟子たちは、聖霊の力を受けてからは、イエス様の福音を大胆に語り告げる証言者となっていったのです。
 今日、私たちも、イエス様が死を打ち破って復活されたことを信じ、いつも私たちの内にいてくださる聖霊の助けを受けて、キリストのしもべとして歩んでいきましょう。