城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇一二年十月二十八日            関根弘興牧師
                  ヨハネ四章一節ー二六節

ヨハネの福音書連続説教10
   「渇くことのない水」

1 イエスがヨハネよりも弟子を多くつくって、バプテスマを授けていることがパリサイ人の耳に入った。それを主が知られたとき、2 ──イエスご自身はバプテスマを授けておられたのではなく、弟子たちであったが──3 主はユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた。4 しかし、サマリヤを通って行かなければならなかった。5 それで主は、ヤコブがその子ヨセフに与えた地所に近いスカルというサマリヤの町に来られた。6 そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅の疲れで、井戸のかたわらに腰をおろしておられた。時は第六時ごろであった。7 ひとりのサマリヤの女が水をくみに来た。イエスは「わたしに水を飲ませてください」と言われた。8 弟子たちは食物を買いに、町へ出かけていた。9 そこで、そのサマリヤの女は言った。「あなたはユダヤ人なのに、どうしてサマリヤの女の私に、飲み水をお求めになるのですか。」──ユダヤ人はサマリヤ人とつきあいをしなかったからである──10 イエスは答えて言われた。「もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれと言う者がだれであるかを知っていたなら、あなたのほうでその人に求めたことでしょう。そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう。」11 彼女は言った。「先生。あなたはくむ物を持っておいでにならず、この井戸は深いのです。その生ける水をどこから手にお入れになるのですか。12 あなたは、私たちの父ヤコブよりも偉いのでしょうか。ヤコブは私たちにこの井戸を与え、彼自身も、彼の子たちも家畜も、この井戸から飲んだのです。」13 イエスは答えて言われた。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。14 しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます。」15 女はイエスに言った。「先生。私が渇くことがなく、もうここまでくみに来なくてもよいように、その水を私に下さい。」16 イエスは彼女に言われた。「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」17 女は答えて言った。「私には夫はありません。」イエスは言われた。「私には夫がないというのは、もっともです。18 あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。あなたが言ったことはほんとうです。」19 女は言った。「先生。あなたは預言者だと思います。20 私たちの父祖たちはこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。」21 イエスは彼女に言われた。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。22 救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがたは知らないで礼拝しています。23 しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。24 神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」25 女はイエスに言った。「私は、キリストと呼ばれるメシヤの来られることを知っています。その方が来られるときには、いっさいのことを私たちに知らせてくださるでしょう。」26 イエスは言われた。「あなたと話しているこのわたしがそれです。」(新改訳聖書)

 今日は、4章に入りましたが、まず、その前の3章の後半の内容について簡単にご説明しておきましょう。
 3章22節ー30節には、バプテスマのヨハネとその弟子たちのことが書かれています。バプテスマのヨハネは、イエス様こそ「世の罪を取り除く神の小羊」であることを人々に指し示す働きをしていました。すると、ヨハネの弟子たちがヨハネのもとに来て、「先生。あなたが証言なさったイエスという方も、バプテスマを授けておられます。そして、みなあの方のほうへ行行ってしまっていますよ」と言ったのです。イエス様の方が注目されるようになって、ヨハネの弟子たちは心穏やかではいられなくなったようです。
 しかし、バプテスマのヨハネはこう答えました。「人は、天から与えられるのでなければ、何も受けることはできません。『私はキリストではなく、その前に遣わされた者にすぎない』と前から言っているではありませんか」と。また、「あのイエス様は盛んになり、私は衰えなければなりません」とも言ったのです。ヨハネは、たいへん謙遜な人ですね。妬みとは無縁の人物でした。「イエス様が盛んになるなら、私は衰えてもかまわない。人々がイエスのもとにいくなら、それで充分」という心をもっていたのです。
 そして、その続きの3章31節ー36節には、バプテスマのヨハネが指し示したイエス様とは、いったいどのような方であるのか、ということが改めて記されています。(この箇所もバプテスマのヨハネが語った言葉だと考える学者もいます。)ここには、イエス様が神様のもとから来られた方、神様がお遣わしになった方であり、神様のことばを話される方、神の御霊に満ちておられる方、神に愛されている方、すべてのものの上におられ、万物を支配される方であると書かれています。そして、この御子イエス様を信じる者は、永遠のいのちを持つことができるというのです。
 さて、そして、今日の4章では、そのイエス様に出会って人生が変えられる女性が登場します。詳しく見ていきましょう。

まず、4章の初めを見ると、「イエスがヨハネよりも弟子を多くつくって、バプテスマを授けていることがパリサイ人の耳に入った。それを主が知られたとき、 ──イエスご自身はバプテスマを授けておられたのではなく、弟子たちであったが──主はユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた」と記されています。
イエス様の弟子たち、たぶん、以前はバプテスマのヨハネの弟子であった者たちが、イエス様の弟子になって、バプテスマのヨハネのように洗礼を授けていたのでしょうね。しかし、そのことが、ユダヤの伝統を重んじ、戒めをきちんと守って生きてるパリサイ派の人たちの耳に入ったのです。彼らは、混乱分子が妙なことをやり始めたという印象しか持たなかったのだと思います。
 それを知ったイエス様は、この時はあえて彼らに対抗しようとせずに、ユダヤを去って、ガリラヤへ行くことになさいました。しかし、通常のユダヤの人たちが通るルートではなく、サマリヤ地方を通って行かれたのです。
 サマリヤは、南のユダヤと北のガリラヤの中間に位置していました。ユダヤからガリラヤに行くには、サマリヤを通るのが一番の近道でした。しかし、当時のユダヤ人は、サマリヤを通ろうとせず、わざわざヨルダン川を渡って、川の東側を通り、またヨルダン川を渡ってガリラヤへ入るという遠回りの道を選んでいたのです。なぜなら、当時、ユダヤ人とサマリヤ人は互いに反目し合っていたからです。ユダヤ人たちは、サマリヤ人の地に足を踏み入れるのも、顔も見るのも汚らわしい、という感覚を持っていました。その理由は、歴史の中にあるのです。
 ユダヤ人とサマリヤ人の反目の歴史は、イエス・キリストの時代から七百年以上も前に遡ります。
 イスラエルは、ソロモン王の死後、北イスラエル王国(首都サマリヤ)と南ユダ王国(首都エルサレム)に分裂していましたが、北イスラエル王国は、紀元前七二二年にアッシリア帝国に滅ぼされてしまいました。アッシリアは、占領した国の民族性を薄めるために雑婚政策をとりました。つまり、北イスラエルの人々の多くをアッシリアに連れて行き、その代わりに他の民族を様々な地域から連れて来て住まわせたのです。北イスラエルの残された民は、それらの異民族と結婚し、次第に人種的純粋性を失っていきました。また、それと同時に、いろいろな偶像礼拝が入ってきたのです。
 一方、南ユダ王国も、北イスラエルが滅ぼされて約百三十年後には、バビロニア帝国に滅ぼされ、多くの民がバビロンへ連れて行かれてしまいました。しかし、彼らはバビロンで人種的純粋性を保ちました。そして、ペルシヤ帝国の時代になると、エルサレムへ戻ることが許され、神殿やエルサレムの町を再建したのです。
 こうした歴史的背景から、南に住むユダヤ人は、サマリヤ人を軽蔑し、互いに反目し合う結果になったのです。
 しかし、イエス様は、その反目状態にあったサマリヤを「通って行かなければならなかった」と書かれていますね。なぜサマリヤを通る必要があったのか、はっきりとした理由は書かれていないのでわかりませんが、今日登場するサマリヤの女に会うためにわざわざサマリヤに行かれたのかもしれません。いずれにせよ、イエス様は、当時のユダヤ人が持っていたサマリヤ人に対する偏見を持っておられませんでした。
 イエス様は、サマリヤのスカルという町のはずれにある「ヤコブの井戸」のかたわらに腰をおろしておられました。この井戸は大変由緒ある井戸とされていました。なぜなら、この井戸は、サマリヤ人の伝承によると、イスラエルの十二部族の父祖であるヤコブが掘ったとされていたからです。「スカル」という町は、旧約聖書に出てくる「シェケム」と同じ場所ではないかと言われています。創世記33章には、ヤコブがシェケムの土地を購入したと書かれているので、この井戸もヤコブが掘った可能性が十分あると考えられているわけです。この井戸は、約23メートルの深さがあり、直径2.3メートルの大きなものだそうです。今は、この井戸の上に教会が建てられており、今でもこの井戸から水を汲んで飲むことが出来るそうです。
 イエス様がこの井戸のかたわらに腰をおろしておられると、そこへ、ひとりのサマリヤの女が水を汲みに来ました。「時は六時ごろであった」と書かれています。この六時というのは、朝ではありません。ユダヤの時間では「六時」は昼の十二時にあたります。普通は、暑い昼間に水を汲みに来たりはしませんね。でも、この女性は、わざわざ人気のない時間を選んで、まるで人目を避けるようにして水を汲みに来たわけです。
 すると、イエス様はその女性に、「水を飲ませてください」と話しかけられました。当時の人は、旅に出るとき、井戸からすぐ水が汲めるように、動物の皮でできたつるべを携帯していました。しかし、イエス様は汲むものを持っておられず、この女性に頼んだわけです。
 この女性は、ずいぶん驚いたことでしょうね。当時、ユダヤの人が反目しているサマリヤ人に声をかけることなどありませんでした。また、当時の厳格な律法の教師たちは、公の場で女性に挨拶することさえ禁じていたほどですから、サマリヤ人の、しかも女性に声をかけるなど、普通では考えられないことでした。そこで、「どうしてサマリヤの女の私に、飲み水をお求めになるのですか」と言ったわけです。
 すると、イエス様は、不思議なことをおっしゃいました。「もしあなたが、わたしが誰であるかを知っていたら、あなたのほうで、わたしに求めたことでしょう。そして、わたしがあなたに生ける水を与えたことでしょう。」
 女性は、反発しました。「何を言ってるんですか、あなたは、汲む物も持っていないのに、どこからそんな生ける水を持ってこようというのですか。偉大な先祖ヤコブでさえ、苦労してこの井戸を掘って、やっと水を得ることができたのですよ。それなのに、あなたは『生ける水』を与えることができるなんて。あなたは自分がヤコブより優れているとでも思ってるんですか。」こう切り返したんです。
 すると、イエス様は、さらに不思議なことをおっしゃるではありませんか。「わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます」と。
 ところが、この女性は、イエス様の言葉の意味を悟ることができません。「そんな水があれば便利ですよね。もうのどが渇かなくなるなら、ここまで水を汲みにくる手間が省けるから助かります。私にもくださいよ」と言いました。冗談とも皮肉ともとれるような言葉ですね。
 しかし、ここで、会話が大転換します。イエス様は突然、この女性に「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい」と言われたのです。水の話題から一転して、この女性にとっての一番の問題、悩みの核心をずばりとイエス様は指摘されたのです。 この女性の人生の渇きは、何だったのでしょう。4章17節ー18節には、こう記されています。「女は答えて言った。『私には夫はありません。』イエスは言われた。『私には夫がないというのは、もっともです。あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。あなたが言ったことはほんとうです。』」
 この女性が人目を避けて水を汲みに来ざるをえない理由の一つは、彼女の人生に大きな影を落としていた人間関係の問題でした。それは「夫が五人あったが、今一緒にいるのは夫ではない」という現実です。こうなってしまった理由はわかりません。しかし、人々は、彼女をふしだらな女と見ていたでしょう。あまり近寄らない方がいいと思っていたかもしれません。そして、彼女自身が、こうした現実の中で心の渇きを覚えて毎日を送っていたことでしょう。彼女はようやく、「このお方が与える水とは、どうやら私の心の渇きを癒す水のことなのではないか」と少しずつわかってきたのです。
 さて、今日は、このサマリヤの女性とイエス様の会話から、人が救い主イエス様に出会う時に、いくつかの段階があることを見ていきましょう。

1 無関心から反発へ

この女性は、初めは、イエス様に対して「まったく変なユダヤ人だ」というぐらいにしか思っていませんでした。しかし、イエス様が「水を飲ませてください」と言ったかと思うと、次には「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません」とわけのわからないことを言うものですから、だんだん反発するようになっていきました。
 皆さんは、どうだったでしょうか? 最初は、教会にも聖書にも無関心だった方が多いのではないでしょうか。そして、聖書の言葉を聞いても、反発したり、疑問を持ったり、そんなことを信じられない、と思っていたのではないでしょうか。この女性も同じでした。

2 自覚から求道へ

しかし、イエス様は、この女性の現在抱えている問題を指摘なさいました。人は、自覚しないと行動を起こしません。イエス様は、「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人だ」と言われました。「私は健康だ」と自負している人は、医者に行きません。でも、何らかの自覚症状が現れると、「もしかすると病気かもしれないぞ」と病院に行きます。イエス様と出会うと、私たちは、自分の中にある問題を自覚するようになるのです。
 私は、時々、説教が終わった後に、こんなことを言われることがあります。「先生、私のことを知っていて、あの説教したんですか?あの言葉が心にぐさっと刺さりました!」と。念のために言っておきますが、説教は、特定の誰かを思い浮かべて、その人に向かって説教をするとか、個人的な問題を事前に知っていて、その人にわかるように話をするとかということはありません。でも、聖書の言葉が自分に向けて語られている、ということを私たちは経験します。聖書の言葉が問題の核心を示すことがあるわけですね。
 イエス様は、この女性の問題をずばり指摘なさいました。渇きの原因を指摘したのです。私たちは、イエス様から指摘されたとき、聖書の言葉によっていろいろな気づきが与えられたとき、それをうやむやにしないで向き合う勇気を持ちたいですね。 この女性は、初めは反発していましたが、自分の問題を指摘されて、その問題の解決を求めるようになっていったのです。

3 求道から解決へ

 人は、自分の問題点を鋭く指摘されると、様々な反応を示します。反発したり、ごまかしたりして問題から逃げようとする人もいれば、真剣に解決の道を求める人もいます。サマリヤの女は、後者でした。自分の状態を正直に認め、問題の解決を求め始めたのです。
 この女性は、問題の解決の鍵は礼拝の中にある、ということを理解していたようでした。神様との関係がただされていくことが解決へと導くと言うことをぼんやりと感じていたようです。そこで、彼女は礼拝の場所についてこんな質問をしました。「私たちの父祖たちはこの山で礼拝しましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムだと言われます。どちらで礼拝すべきなのでしょうか。」当時の礼拝は、神殿に行って、自分の罪を贖うためにいけにえを捧げ、赦しを求めるためのものでした。つまり、この女性は、自分の心のずれや渇きという問題の解決のために、どこに行って礼拝をささげればよいのかを尋ねたのです。
 当時のサマリヤ人は、紀元前四世紀頃にゲリジム山という場所に独自の神殿を建てて礼拝をしていました。このゲリジム山という山は、旧約聖書の申命記11章26ー29節に出て来ます。モーセに導かれたイスラエルの民がエジプトを脱出し、荒野を旅して、ようやく約束の地を目前にしたとき、モーセは、神様の命令をイスラエルの民に伝えました。それは、約束の地に入ったら、ゲリジム山に祝福を、エバル山にのろいを置くように、という命令でした。神様に従って生きるなら祝福を、神様から離れていくならのろいを受ける、ということの象徴として二つの山が選ばれたのです。そして、モーセの後継者ヨシュアとイスラエルの民は、約束の地に入ると、ゲリジム山で祝福を語り、エバル山でのろいを語りました。ですから、ゲリジム山は、祝福された山というイメージがあるわけですね。サマリヤ人は、そのゲリジム山に神殿を建て、彼らの礼拝の中心地とし、過越の祭も毎年その場所で行っていたのです。
 一方、エルサレムには、ヘロデ王が改築工事をした立派な神殿が建てられていました。そして、ユダヤ人は、エルサレムこそ神様が選ばれた場所で、この神殿こそが正統的な神殿だ、と考えていました。そして、サマリヤ人が行っている礼拝など、決して認めようとはしなかったのです。
このように、サマリヤ人はゲリジム山で礼拝し、ユダヤ人はエルサレムで礼拝し、しかも互いに対立しているわけですから、どちらの礼拝に本当の解決があるのだろうか、と彼女は疑問を持ったのでしょう。
 すると、イエス様は、21節ー24節でこう言われました。「わたしの言うことを信じなさい。あなたがたが父を礼拝するのは、この山でもなく、エルサレムでもない、そういう時が来ます。救いはユダヤ人から出るのですから、わたしたちは知って礼拝していますが、あなたがたは知らないで礼拝しています。しかし、真の礼拝者たちが霊とまことによって父を礼拝する時が来ます。今がその時です。父はこのような人々を礼拝者として求めておられるからです。神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません。」なんと、イエス様は、「特定の場所に限定されず、世界中どこにおいても礼拝できる時が来ます。今がその時です」と言われたのです。
 思い出してください。イエス様は、エルサレムの神殿の商売人たちを追い出されましたね。そして、「この神殿を壊してみなさい。わたしは、三日でそれを建てよう」と言われました。商売人たちは、当時の礼拝のためにはどうして必要ないけにえの動物を売っていました。その商売人たちを追い出したということは、礼拝の新しい形が始まるということです。また、イエス様が「神殿を三日で建てる」と言われたのは、イエス様御自身がまことの神殿であり、イエス様御自身が罪のためのいけにえとして十字架で死なれ、三日目に復活されるということを意味していました。
 今日、復活したイエス様は信じる私たち一人一人と共にいてくださいます。ですから、私たちはどこにいても、主を礼拝することができるわけです。どんな状況の中にあっても、この方に賛美をささげ、祈り、ゆだね、生きていくことができるのです。イエス様を救い主として信頼し、礼拝して生きることは、豊かないのちの水をいただき、心に枯れることのない泉を持つ者とされるということなのです。
 サマリヤの女は、さらにイエス様に言いました。「私は、キリストと呼ばれるメシヤの来られることを知っています。その方が来られるときには、いっさいのことを私たちに知らせてくださるでしょう。」すると、イエス様は「このわたしがそれです」と答えられたのです。
イエス様は、ご自分が救いをもたらすキリストであることを宣言なさいました。初めは無関心だったサマリヤの女が、自分の内面を指摘され、問題の解決のために求め、まことの礼拝、つまり神様との真の関係の回復の中にその解決があることを知ったのです。そして、ついにキリストに出会ったわけです。

さて、このヨハネの福音書の3章では、ニコデモという当時のエルサレムの指導者が登場しましたね。ニコデモは、人目を避けて、夜、イエス様のもとにやってきました。今日の箇所では、サマリヤの女が、やはり人目を避けて、昼間、井戸のところにやってきました。ニコデモは、家柄、地位、財産、名誉、権力などを所有していました。サマリヤの女は、ユダヤ人から軽蔑されている、無名の女性です。ニコデモは、宗教的にも社会的にも立派な生活を送っていました。サマリヤの女は、道徳的に堕落した生活をしていました。ニコデモは、自ら求めてイエス様の元に来ました。サマリヤの女は、イエス様には無関心でした。
 このまったく違う二人に、イエス様は、それぞれにふさわしい方法で導きを与えてくださいました。イエス様との出会いは、一人一人違います。違っていて良いのです。ある人は、求めて求めて真理を見い出すでしょう。また、ある人は、自分の問題をつきつけられて救いを求めるかもしれません。初めはまったく無関心かもしれません、反発を感じることもあるでしょう。しかし、イエス様は、それぞれの人生の問題に気づかせてくださいます。そして、その問題を自覚し、真理を求め始めるなら、誰にでも救いの道が与えられるのです。
だれも皆、人生に渇きを覚えるものです。イエス様は今日も一人一人に語っておられます。「この水を飲む者はだれでも、また渇きます。しかし、わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます」(13節)と。

 イエス様は、24節で「神は霊ですから、神を礼拝する者は、霊とまことによって礼拝しなければなりません」と語られました。これはとても大切な言葉です。「霊とまことによって礼拝する」とはどういうことなのでしょうか。これから、ヨハネの福音書を読み進めていく中で、「霊とまことによって礼拝する真の礼拝者」の姿を学んでいきましょう。