城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇一三年四月一四日             関根弘興牧師
               ヨハネ七章四〇節ー五三節

ヨハネの福音書連続説教24
  「イエスはキリスト」

40 このことばを聞いて、群衆のうちのある者は、「あの方は、確かにあの預言者なのだ」と言い、41 またある者は、「この方はキリストだ」と言った。またある者は言った。「まさか、キリストはガリラヤからは出ないだろう。42 キリストはダビデの子孫から、またダビデがいたベツレヘムの村から出る、と聖書が言っているではないか。」43 そこで、群衆の間にイエスのことで分裂が起こった。44 その中にはイエスを捕らえたいと思った者もいたが、イエスに手をかけた者はなかった。45 それから役人たちは祭司長、パリサイ人たちのもとに帰って来た。彼らは役人たちに言った。「なぜあの人を連れて来なかったのか。」 46 役人たちは答えた。「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません。」 47 すると、パリサイ人が答えた。「おまえたちも惑わされているのか。 48 議員とかパリサイ人のうちで、だれかイエスを信じた者があったか。 49 だが、律法を知らないこの群衆は、のろわれている。」 50 彼らのうちのひとりで、イエスのもとに来たことのあるニコデモが彼らに言った。 51 「私たちの律法では、まずその人から直接聞き、その人が何をしているのか知ったうえでなければ、判決を下さないのではないか。」52 彼らは答えて言った。「あなたもガリラヤの出身なのか。調べてみなさい。ガリラヤから預言者は起こらない。」 53 〔そして人々はそれぞれ家に帰った。(新改訳聖書)


 前回は、イエス様が、仮庵の祭りの終わりの日に大声で叫ばれた言葉をご一緒に考えました。
 仮庵の祭りというのは、ユダヤの三大祭りの一つで、秋に七日間にわたって行われます。それは、昔、ユダヤ人の先祖がモーセに導かれてエジプトを脱出し、約束の地に向かって荒野を旅しているとき、神様が守り導いてくださったことを覚えて感謝をささげる祭りでした。また、この祭りは、秋の収穫を感謝する祭りでもありました。さらに、この祭りは、水の祭りとも言われ、私たちに必要な水を求める儀式が行われました。どんなことをするかといいますと、祭りの七日間、毎朝、祭司を先頭にした行列がエルサレムの南東にあるギホンの泉まで下っていきます。祭司が黄金の水差しで泉の水を汲み、行列は神殿に上り、祭壇の回りを一周してから、祭壇の西の隅に設けてある銀のじょうごのような形の場所に汲んできた水をそそぎ込むのです。その水が祭壇の下の地下に沈んでいって地下の淵に達し、その淵が動いて天から雨が降ると考えられていたのです。そして、祭りの最後の日、第七日目だけは、祭壇の回りを一回だけでなく七回まわることになっていました。
 その最後の七日目、つまり、祭りが一番盛り上がり最高潮に達したときに、イエス様は立って、群衆に向かって大声で語られました。「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる」と。つまり、イエス様は、こう言われたわけです。「皆さんは、熱心に渇きを満たす水を求めて毎年このエルサレムにやってきますね。でも皆さんにお伝えしましょう。渇いている人は、わたしのもとに来て飲みなさい。そうすれば、あなたの心の奥底から生ける水の川が流れ出てくるようになるのだから」と。
 これを聞いた人たちは、大変驚きました。そして、ひとつの議論が巻き起こってきました。それは、「このイエスは、キリストなのか?」という議論です。これは、私たちにとっても大切なテーマですね。なぜなら、イエスがキリスト、救い主でないなら、私たちがこうしてイエス様を礼拝すること自体がむなしいことになるからです。しかし、イエスがキリスト、救い主であると確信を持つなら、こうして礼拝を捧げていくことは、人としてふさわしい生き方となっていくのです。

 さて、今日の箇所を読むと、人々は、イエス様に対して様々な反応を示しました。
 肯定的な反応もいくつかありました。一つは、40節にあるように「あの方は、確かにあの預言者なのだ」という反応です。群衆のうちのある者たちが「イエスは、あの預言者だ」と行ったのです。
 「あの預言者」とは、誰のことでしょうか。私たちがこの言葉を聞いてもピンと来ませんが、もし私たちがユダヤの地に住んでいたら、すぐにわかるんですね。
 ユダヤ人たちは、子どもの時から旧約聖書の内容を聞かされて育ってきました。その旧約聖書の申命記18章18節に神様がモーセにお語りになった言葉が記されています。「わたしは彼らの同胞のうちから、彼らのためにあなたのようなひとりの預言者を起こそう。わたしは彼の口にわたしのことばを授けよう。彼は、わたしが命じることをみな、彼らに告げる。」
 モーセは、イスラエル人をエジプトの奴隷生活から救い出し、荒野の旅を導き、神様と直接語り合い、神様から律法を授けられた最も偉大な預言者です。そのモーセに匹敵するような預言者をイスラエル人の中から起こそう、と神様は約束なさったのです。そこで、ユダヤの人たちは、モーセのような偉大な預言者が現れるのを待ち望んできました。
 ですから、人々が、「イエスは、確かにあの預言者なのだ」と言ったのは、「このイエスこそ、神様が約束してくださったモーセのような偉大な預言者に違いない」と思ったということなのです。
 肯定的な反応の二つ目は、41節にあるように「この方はキリストだ」というものでした。「イエスは、単なる預言者ではない。この方こそ、私たちを解放してくださる救い主だ」という反応です。
 もう一つは、46節に書かれていますが、イエス様を捕らえるために当局者から送られた役人たちの反応です。彼らは、「あの人が話すように話した人は、いまだかつてありません」と報告していますね。
 この役人たちが、なぜイエス様を捕らえるために遣わされたかと言いますと、イエス様は、最初は、仮庵の祭りにお忍びで来ておられたのですが、7章14節から記されているように、祭りの中頃になったとき、宮に行って教え始められました。そして、大胆にこうお語りになったのです。「わたしは、神様から出たのであり、神様がわたしを遣わされたのです。そして、わたしは、神様のことばを語っているのです。わたしは、真実であり、わたしには不正がありません。わたしが安息日に病んだ人を癒したからといってわたしを殺そうとする人たちがいますが、そういう人は律法を守っていないし、神様のことを知らないのです。正しく理解していたら、わたしが神様から遣わされたことを受け入れるはずです。」
 このようなことを神殿で公然と大胆に語っておられるイエス様の言葉を聞いて、31節にあるように、群衆のうちの多くの者がイエスがキリストだと信じるようになっていきました。
 そこで、イエス様にプライドを傷つけられ、自分たちの権威や特権が危うくなった祭司長やパリサイ人たちは、これ以上イエス様を信じる者が増えることを恐れて、32節にあるように、イエス様を捕らえようとして、役人たちを遣わしたのです。
 しかし、イエス様のもとに行った役人たちは、実際にイエス様が大胆に語られる言葉を聞きました。前回イエス様が言われた「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる」という言葉も聞いたでしょう。そして、「この方は、普通の人ではない。特別な方だ」と感じ、捕らえることをしなかったのです。そして、そのことを祭司長、パリサイ人たちに報告しました。
 ところが、祭司長、パリサイ人たちの反応は、あくまでも否定的なものでした。祭司長は、神殿の儀式をすべて取り仕切る権威を持っていました。パリサイ人は、律法を厳格に細かく解釈して様々な戒めを定め、それを守ることに熱心な人々でした。彼らは、宗教的な指導者であり、旧約聖書のことを最もよく知っているはずの人たちでした。ところが、自分こそ聖書を知っていると自負しているその人たちが、イエス様を決して受け入れようとしなかったのです。彼らは、「イエスは、あの預言者だ」という声や、「イエスは、キリストだ」という声が起こったとき、即座に否定して、こう言いました。「まさか、キリストはガリラヤからは出ないだろう。キリストはダビデの子孫から、またダビデがいたベツレヘムの村から出る、と聖書が言っているではないか」と。また、「ガリラヤから預言者は起こらない」とも断言しました。しかし、後でご説明しますが、彼らは、聖書をよく理解していなかったので、このようなことを行ったのです。
 そんな態度を取っていた彼らに対して、パリサイ人の一人であるニコデモが助言をしました。このニコデモは、ヨハネの福音書3章で、夜こっそりイエス様に会いに来た人物です。ニコデモは言いました。「私たちの律法では、まずその人から直接聞き、その人が何をしているのか知ったうえでなければ、判決を下さないのではないか」と。つまり、「当事者のイエス様からきちんと聞きもしないで判断を下すということは、それ自体が律法違反でしょう」ということを言ったわけです。しかし、彼らは聞く耳を持ちませんでした。
 この彼らの態度について、いくつか考えておきましょう。

1 権威主義の危険

 当時のパリサイ人たちは、自分たちは聖書をよく知っていると自負していました。そして、群衆に対して、「律法を知らないこの群衆は、のろわれている」と言っているんですね。つまり、「群衆は好き勝手なことを言っているけれど、どんなに努力しても、神様のことなどわかりもしないし、神様に喜ばれる生き方などできるわけがない。神様のみ声を聞くことなどできる者たちではない」と断言する「上から目線」の態度です。また、役人たちがイエス様に好意的な発言をすると、「お前たちは惑わされているのか。議員とかパリサイ人のうちで、だれかイエスを信じた者がいたか」と言っています。「群衆とか下役の連中などは、決して真理などわかるはずがない。真理がわかる議員や私たちが信じないのだから、イエスなど信じるのは馬鹿げている」、こういう高慢な態度です。「私はわかっているが、あなたにわかるはずがない」、これが彼らの態度です。
このような権威主義の人は、人に教えたがりますが、人から教えられることは拒否します。まして、自分より地位も立場も低いと考えられている者たちから教えられようなどとは、考えもしません。「わかりもしないおまえたちに、どうして私が教えられる必要があるのか」という態度です。
 そのような権威主義は、いつのまにか教会の中にも入ってくることがあります。たとえば、牧師が権威を振りかざし、誰かが牧師に助言しようとしても耳を貸さずに、かえって「あの信徒は高慢だ」とレッテルを貼ったり、有無を言わせず自分に従わせようとしたりするなら、それは、イエス様の心をどこかに置き去りにしてしまっているのです。教会の兄弟姉妹の中にそのようなことが起こることもあります。信仰生活の長い人が、自分の方が優れているといわんばかりの態度で、信じたばかりの人の言葉に耳を貸さないこともあるでしょう。
 しかし、イエス様は、ヨハネの福音書10章2節ー4節でこう言っておられます。「しかし、門から入る者は、その羊の牧者です。門番は彼のために開き、羊はその声を聞き分けます。」羊は、イエス様に信頼して生きる一人一人です。羊飼いは、イエス様です。羊が羊飼いの声を聞き分けることができるように、信じる私たち一人一人がイエス様の声を聞き分けることができる、というのです。ですから、特定の誰かだけが特別なのではなく、信じる人は皆、イエス様の羊なのです。
 使徒の働き18章に、アレキサンドリア出身のアポロという弟子が登場します。彼は、旧約聖書に通じており、頭がよく雄弁で、各地をまわって人々にイエス様のことを語り伝えていました。けれども、どうもその説教には足りないものがあったのです。アポロは、人々に悔い改めの必要を一生懸命に説教するのですが、悔い改めた後の信仰生活について、つまり、イエス様を信じ受け入れると、いつもイエス様が共にいてくださるという確信を持って生活していくことができる、ということについて、はっきりと語ることができていませんでした。そのアポロの説教を聞いたプリスキラとアクラというクリスチャン夫妻が、彼を招いて、神の道をもっと正確に説明した、というのです。考えてみてください。一方は、アレキサンドリアという学問の都の出身で、頭の切れる雄弁なアポロですよ。彼のファンもたくさんいたはずです。彼が講演会をすれば、人がいっぱいになったでしょう。そんな彼に、テント職人であったプリスキラとアクラが福音の内容をもっと正確に教えたわけです。そのとき、アポロは、それを素直に受け入れました、そして、その後、彼は、もっと力強くイエス・キリストの福音を宣べ伝えるようになり、多くの人たちを励まし、力づける働きをしていったのです。
 今日も私たちは、一人一人が聖書を通してイエス様の声を聞くことができます。だから、お互いに教えられる者として歩んでいくことが大切なんです。
 ところが、パリサイ人たちは、「神のみ声は、群衆たちは聞くことができない。私たちだけが聞くことができるのだ」というおごりありました。そこから、極端な権威主義へと向かっていったのです。

2 聖書の理解不足による過ち

 パリサイ人たちは、「イエスはあの預言者だ」「イエスはキリストだ」という人々の言葉を、くだらないと切り捨てました。彼らの言い分は、どういう内容だったのでしょう。
 その一つは、「キリストは、ベツレヘムから登場すると聖書に書かれているのだから、ガリラヤ出身のイエスがキリストであるはずがない」というものでした。
 旧約聖書のミカ書5章2節に、「ベツレヘム・エフラテよ。あなたはユダの氏族の中で最も小さいものだが、あなたのうちから、わたしのために、イスラエルの支配者になる者が出る。その出ることは、昔から、永遠の昔からの定めである」と書かれています。イスラエルの支配者になる方がベツレヘムから出るというのです。パリサイ人たちは、この箇所を根拠にして、「ガリラヤ出身のイエスがキリストであるはずがない」と言っていました。
 しかし、イザヤ書9章1節には、「・・・異邦人のガリラヤは光栄を受けた。やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が照った」と書かれています。ガリラヤが光栄を受けた、大きな光を見た、というのです。そして、それに続けて9章6節に救い主の誕生の預言が記されています。「ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。ひとりの男の子が、私たちに与えられる。主権はその肩にあり、その名『不思議な助言者、力ある神、永遠の父、平和の君』と呼ばれる。その主権は増し加わり、その平和は限りなく、ダビデの王座に着いて、その王国を治め、さばきと正義によってこれを堅く立て、これをささえる。」つまり、預言者イザヤは、ガリラヤという辺境の地に、救い主という大きな光が照らされる、と預言したのです。
 ですから、聖書には、「ベツレヘムから救い主が出る」ということだけでなく、「ガリラヤの地に救い主という大きな光が与えられる」ということも記されているのです。
 イエス様は、その預言のとおり、ベツレヘムでお生まれになり、その後、ガリラヤのナザレで成長し、ガリラヤ地方で、様々なみわざを行われました。「ベツレヘムから救い主が出る」というミカの預言も、「ガリラヤに大きな光が照る」というイザヤの預言も、イエス様において成就したのです。
 ところが、パリサイ人たちは、よく調べもせずに、「イエスがキリストであるはずがない」と決めつけていたのです。
 もう一つ、彼らは、「ガリラヤから預言者は起こらない」と決めつけていますね。
 しかし、あの有名なヨナという預言者、大きな魚に飲まれたヨナですね、彼は、ガリラヤのガテ・ヘフェルという場所の出身でした。また、ナホムという預言者もいますが、福音書でよく登場するガリラヤのカペナウムという地名は、「ナホムの村」という意味だとされています。ですから、当時、旧約聖書をよく知っている人たちが、「ガリラヤから預言者は起こらない」と言った意味はどういうことかといいますと、「昔は出たけれど、今のあのガリラヤを見たら、到底預言者など出るはずない」というような意味合いではなかったかと思うのですね。当時、ユダヤの人々は、ガリラヤ地方を蔑視し、あんなところから良いものが出るはずがないと思っていたのです。
 しかし、その点で、彼らは、聖書をよく理解していなかったと思うのです。なぜなら、神様には不可能なことなどありません。神様は、無から有を生み出すことのできるお方です。どんなに暗く絶望的な状況の中でも、約束があるなら、その約束通りに神様はみわざを行ってくださるのです。私たちには不可能に見えても、神様にとってはそうではありません。聖書には、「異邦人のガリラヤは光栄を受けた。やみの中を歩んでいた民は、大きな光を見た。死の陰の地に住んでいた者たちの上に光が照った」とちゃんと書かれているではありませんか。
 ところが、残念なことに、祭司長やパリサイ人たちは、聖書を知っていると言いながら、結局、目に見える現状を見て、そんなことはありえないと考え、聖書の約束を受け取ろうとしませんでした。しかも、聖書の中で、自分たちの主張とあわない、都合の悪い箇所からは目をそらして、理解しようとしなかったのです。そして、「イエスはキリストであるはずがない」という自分勝手な理屈を主張していたのです。
 しかし、それとは逆に、素直に聖書の証言を聞き、聖書の約束をそのまま受け入れるなら、私たちは、イエスはキリストであると告白することができます。
 新約聖書に記されているイエス様の姿、また、弟子たちの証言を通して、私たちはイエス様がまことの救い主であることを知ることができます。また、旧約聖書を読むと、そこに書かれている預言や約束が、イエス様によって成就したことを知ることができるのです。
 パウロが、小アジアやギリシャの地域に福音を伝えていったときのことでした。彼は、ユダヤ教の会堂を巡回して、イエスこそキリストであるということを聖書から論証していきました。 しかし、彼が完璧と思われるような論証をしても、そこにいた人たちが皆クリスチャンになったかというと、そうではありませんでした。自分の利益や権利を守るために、聖書の教えに耳を貸そうとしないばかりか、かえって、パウロたちを迫害した人々がいたのです。それは、イエス様を迫害した祭司長やパリサイ人たちと同じですね。
 しかし、一方では、パウロの話を聞いてイエス・キリストを信じた人たちも大勢いました。使徒の働き17章に、パウロがベレヤという町で伝道活動したときのことが出てきます。17章11節は、新共同訳ではこう訳されています。「ここのユダヤ人たちは、テサロニケのユダヤ人よりも素直で、非常に熱心に御言葉を受け入れ、そのとおりかどうか、毎日、聖書を調べていた。」口語訳では「心から受け入れ、果してそのとおりかどうかを知ろうとして、日々聖書を調べていた」となっています。そして、次の12節には「そのため、彼らのうちの多くの者が信仰に入った」と書かれています。ベレヤの人々は、聖書の言葉を受け入れ、自分で聖書を熱心に調べた結果、イエス様を信じたというのです。
 信じるとは、聖書の伝えることをその通りと受け入れ信頼し生きることなんです。でも、それは決して盲目的な信仰ではありません。本当にその通りなのか、自分で聖書からいつも学んでいくからです。拒否する態度からは何も生まれません。心かたくななままでは、恵みのみことばは届かないのです。ですから、いつも心を開いて、受け入れ、聖書から教えられていく者となっていきましょう。