城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇一四年二月一六日             関根弘興牧師
                ヨハネ一九章一節ー一六節

ヨハネの福音書連続説教58
  「見よ、この人を」

 1 そこで、ピラトはイエスを捕らえて、むち打ちにした。2 また、兵士たちは、いばらで冠を編んで、イエスの頭にかぶらせ、紫色の着物を着せた。3 彼らは、イエスに近寄っては、「ユダヤ人の王さま。ばんざい」と言い、またイエスの顔を平手で打った。4 ピラトは、もう一度外に出て来て、彼らに言った。「よく聞きなさい。あなたがたのところにあの人を連れ出して来ます。あの人に何の罪も見られないということを、あなたがたに知らせるためです。」5 それでイエスは、いばらの冠と紫色の着物を着けて、出て来られた。するとピラトは彼らに「さあ、この人です」と言った。6 祭司長たちや役人たちはイエスを見ると、激しく叫んで、「十字架につけろ。十字架につけろ」と言った。ピラトは彼らに言った。「あなたがたがこの人を引き取り、十字架につけなさい。私はこの人には罪を認めません。」7 ユダヤ人たちは彼に答えた。「私たちには律法があります。この人は自分を神の子としたのですから、律法によれば、死に当たります。」8 ピラトは、このことばを聞くと、ますます恐れた。9 そして、また官邸に入って、イエスに言った。「あなたはどこの人ですか。」しかし、イエスは彼に何の答えもされなかった。10 そこで、ピラトはイエスに言った。「あなたは私に話さないのですか。私にはあなたを釈放する権威があり、また十字架につける権威があることを、知らないのですか。」11 イエスは答えられた。「もしそれが上から与えられているのでなかったら、あなたにはわたしに対して何の権威もありません。ですから、わたしをあなたに渡した者に、もっと大きい罪があるのです。」12 こういうわけで、ピラトはイエスを釈放しようと努力した。しかし、ユダヤ人たちは激しく叫んで言った。「もしこの人を釈放するなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王だとする者はすべて、カイザルにそむくのです。」13 そこでピラトは、これらのことばを聞いたとき、イエスを外に引き出し、敷石(ヘブル語ではガバタ)と呼ばれる場所で、裁判の席に着いた。14 その日は過越の備え日で、時は第六時ごろであった。ピラトはユダヤ人たちに言った。「さあ、あなたがたの王です。」15 彼らは激しく叫んだ。「除け。除け。十字架につけろ。」ピラトは彼らに言った。「あなたがたの王を私が十字架につけるのですか。」祭司長たちは答えた。「カイザルのほかには、私たちに王はありません。」16 そこでピラトは、そのとき、イエスを、十字架につけるため彼らに引き渡した。(新改訳聖書)


 今、私たちは、イエス様の十字架への道をヨハネの福音書から読み進めています。今日は、19章に入りました。
 前回の内容を少し復習しますと、捕らえられたイエス様は、大祭司やユダヤ議会の審問を受けた後、ユダヤ当局者たちによってローマ総督ピラトの元に連れていかれました。彼らは、なぜ、イエス様をピラトのもとに連れて行く必要があったのでしょうか。
 当時、ユダヤはローマに支配されていましたから、死刑執行の権利は与えられていませんでした。ただし、例外がありました。自分たちの宗教的な理由がある場合は、死刑が認められていたのです。たとえば、神殿内の異邦人立入禁止の場所に入り込んだ異邦人、神を冒涜する者、偽預言者、偶像礼拝をそそのかす者、姦通した者などは、ユダヤ当局自らが「石打ちの刑」で死刑にすることができたのです。ですから、わざわざピラトのもとに連れていかなくても、イエス様を神を冒涜したという罪で石打の刑にすることもできたはずです。
 しかし、彼らは「私たちには、だれを死刑にすることも許されてはいません」とピラトに言いました。つまり、「イエスは、宗教的な罪ではなく、ローマ政府が死刑にすべき罪を犯したのだ」と言い張ったわけですね。そして、ローマの最もむごたらしい処刑方法である十字架刑を願ったのです。
 彼らが、なぜ石打ちではなく十字架刑を願ったのか、理由は詳しく書かれていませんが、聖書は、こうした状況の背後に、神様のご計画があったのだと記しています。18章32節に「これは、ご自分がどのような死に方をされるのかを示して話されたイエスのことばが成就するためであった」と書かれているとおりです。つまり、イエス様が十字架にかかることは、神様のご計画であり、イエス様もご自分が十字架にかかることを以前から予告しておられたのです。ユダヤ人たちは、自分勝手な思いでイエス様を十字架につけることを願ったわけですが、それが、かえって、神様のご計画を成就させていくことになったわけです。
さて、ピラトは、イエス様を官邸の中で取り調べるのですが、ローマ法に照らし合わせても、イエス様を死刑にする罪を見つけることが出来ませんでした。そこで、官邸の外にいるユダヤ人たちに「あの人には何の罪も見られない」と伝えたのです。
 マタイの福音書27章18節-19節には、こう書いてあります。「ピラトは、彼らがねたみからイエスを引き渡したことに気づいていたのである。また、ピラトが裁判の席に着いていたとき、彼の妻が彼のもとに人をやって言わせた。『あの正しい人にはかかわり合わないでください。ゆうべ、私は夢で、あの人のことで苦しいめに会いましたから。』」
 ですから、ピラトは、奥さんからの助言もあり、なんとかイエス様を釈放しようとしました。そして、イエス様を釈放するためにいくつかの方法を考えました。
 一つは、先週の箇所に書かれていましたが、過越の祭りには、囚人の一人に恩赦を与え釈放する習慣があったので、イエス様をその恩赦の対象にすればいいのではないかということでした。しかし、そのピラトの提案に対して、ユダヤ人たちは、イエスではなく、強盗であり人殺しであった極悪人のバラバを釈放しろ、と要求しました。ピラトの計画通りには行かなかったわけです。
 そこで、ピラトが次に考えたのは、今回の1節に書かれているように、イエス様を痛めつけ、その惨めな姿を見せれば、ユダヤ人たちも満足して、無理な要求を引っ込めるのではないかということでした。そこで、兵士たちに命じてイエス様をむち打たせたのです。
 イエス様がむちで打たれた記事は、他の福音書にも記されています。ただし、他の福音書では、ピラトが十字架刑を宣告した後でイエス様がむち打たれたと書かれています。十字架刑を執行するときに、まず最初にむち打ちが行われた、というわけです。当時、十字架刑は、犯罪人の背中をむちで打ち、苦しませることから始まるのが通例とされていたからです。
 しかし、ヨハネの福音書では、ピラトがイエス様を十字架刑にしないために、むちで打ち、その惨めな姿を人々に示して納得させれば、釈放できるのではないかと考えていたことが分かります。
 イエス様を打つために使われたむちは、先端に小さな骨と鉄の破片が付いており、それが背中に打ち付けられると、皮がちぎれ、肉がえぐられ、血まみれになってしまったはずです。その激しいむち打ちの後、兵士たちは、長く鋭いとげのあるいばらで編んだ冠をイエス様の頭に突き刺さし、紫の着物を着せて、嘲りました。
それから、ピラトは、その血まみれの無残な姿となったイエス様を、外にいるユダヤ当局者たちの前に引き出し、「さあ、この人です」と示したのです。ピラトにしてみれば、ここまで痛めつければ、彼らも納得するだろうと考えたのでしょう。
 しかし、6節に書かれているように、祭司長たちや役人たちはイエス様を見ると、「十字架につけろ。十字架につけろ」と激しく叫び続けたのです。
 思惑通りにいかなかったので、ピラトは、再びイエス様を連れて官邸の中に入りました。そして、イエス様に、「あなたはどこの人ですか」と問うと、イエス様が何もお答えにならなかったので、ピラトは、「私には、釈放する権威も十字架につける権威もあるのを知らないのか」と恫喝するのですが、イエス様は、「もしそれが上から与えられているのでなかったら、あなたにはわたしに対して何の権威もありません」と一蹴してしまわれたのです。
 しかし、外にいるユダヤ人たちの叫びはますます激しくなってきました。そして、彼らは、ピラトの急所を突くことを叫び始めたのです。12節に書いてあります。「もしこの人を釈放するなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王だとする者はすべて、カイザルにそむくのです」と彼らは叫びました。つまり、「イエスは、自分を王だと言ってカイザルにそむいている。そのイエスを釈放するなら、あなたもカイザルにそむくことになるのだ」というのです。それを聞いたピラトは、イエス様と自分の保身を天秤にかけたことでしょう。そして、結論はすぐに出ました。13節にあるように、ピラトは、すぐにイエス様を外に引き出して敷石(ガバタ)と呼ばれる場所で、裁判を行い、イエス様を十字架につけるよう判決を下したのです。
 今日は、このピラトの裁判の出来事から、三つのことを覚えていきたいと思います。

1 イエス様が十字架につけられた時刻の問題

 ます、イエス様が十字架につけられた時刻について考えてみましょう。
 ヨハネの福音書には、時間についての記述がたくさんあります。しかし、他の福音書に記されている時間とヨハネが記した時間とでは、だいぶ差があるのですね。
 ヨハネの福音書では、今日の箇所の14節を見ると、ピラトの裁判が行われたのが「第六時ごろであった」と書かれていますね。これは、お昼の十二時頃です。しかし、マルコの福音書15章25節では、「彼らがイエスを十字架につけたのは、午前九時であった」と書かれていて、この午前九時というのは、原文では「第三時」となっているのですね。つまり、イエス様が十字架につけられた時刻を、ヨハネは第六時(昼の十二時)を過ぎてからであると記し、マルコは、第三時(午前九時)であったと記していますから、三時間も違っていることになりますね。どうしてでしょうか。
 実は、当時の時間の感覚は、今の私たちの感覚とはかなり違っていました。私たちには時計がありますから、何時何分まで正確に時を知ることが出来ますね。しかし、当時は、時計はありませんから、太陽の位置を見ながら、大まかな時間を知るわけです。ですから、「第六時ごろ」という表現は、「昼の十二時頃」という意味で使われることもあれば、「午前九時から昼の十二時までの三時間ぐらいの範囲」という大まかな意味で使われることもあったようです。もしそうだとすれば、マルコが「午前九時」といい、ヨハネが「午前九時から昼の十二時ぐらいまでの間」と言っても、大きな違いはないでしょう。
 また、ヨハネの福音書では、イエス様がむち打たれてから、ピラトの裁判があって、その後、十字架刑が執行されたという書き方をしていますが、マルコの福音書では、イエス様がむち打たれた時が十字架刑の始まりだという見方をして書いているのかもしれないと考えることもできます。先ほども言いましたように、十字架につける前にまず、むち打ちを行う慣例があったからです。そうすると、午前九時頃にイエス様のむち打ちが始まって、それからお昼近くに十字架に釘付けにされたということだったのかもしれませんね。
 なぜこのような細かいことをお話しするかと言いますと、聖書は、一見、他の箇所と違う風に記されていることがいくつもありますが、その中に、きちんと調和があり、それぞれの聖書記者の視点の違いがあるということを知っていただきたいからです。むしろ、同じ事でも違う書き方をしているからこそ、いろいろな観点から見ることができ、より深く理解することができるのです。聖書は、信頼に足る書物であり、また、知れば知るほど興味深い書物なのです。

2 ピラトの葛藤

 さて、次に、ピラトの姿を見てみましょう。ヨハネの福音書は、イエス様とユダヤ当局者たちとの間を行ったり来たりするピラトの姿が描かれています。
 先ほどもお話したように、ピラトは奥さんから、「イエスにあまり関わらないで欲しい」と言われていました。ピラトは、イエス様を見る度に、「この男は堂々としているし、ローマ法に照らしてみても罪を指摘することができない不思議な男だ」と思ったことでしょう。しかし、彼は、「真理とは何か」とイエス様に質問しながら、答えを聞こうとはしませんでしたね。
 なぜなら、彼が一番神経を使っていたのは、周りの顔色を見ることだったからです。彼は、外にいるユダヤ当局者たちの追求を何とかかわそうはしているのですが、思い切った決断ができないのです。なぜかというと、彼らの要求どおりにしないと、後でエルサレムで騒ぎを起こされるかもしれない、そうすれば、自分の総督しての首が危なくなるかもしれない、と恐れていたからです。ローマから遠く離れた辺境の地であるユダヤに総督として遣わされたというのは、出世できずに左遷されたということです。もし、ここで何か騒動が起こったら、自分にはもう行き先がない、というような思いもピラトは持ったことでしょう。
 しかし、このままこの不思議なイエスを十字架つけてしまうのは、奥さんの助言もありますし、何か不気味な恐ろしい感じもありました。ご自分がこの世のものでない国の王であると威厳をもって語られるイエス様に対して、自分の責任で十字架刑を命令することに躊躇を感じていたのです。
 しかし、ユダヤ人たちは一向に鎮まる気配がありません。ピラトは、自分では手の下しようがなく、かえって暴動になりそうなのを見ました。そこで、マタイの福音書を見ると、群衆の目の前で水を取り寄せ、手を洗って、こう言ったのです。「この人の血について、私には責任がない。自分たちで始末するがよい」と。「私は、この人を十字架につける責任を負いたくない。あなたたちが自分たちで勝手に死刑にすればいいではないか」というわけですね。すると、ユダヤ人たちは、なんと、「その人の血は、私たちや子どもたちの上にかかってもいい」とまで言って、十字架刑を要求し続けたのです。
 そこで、ピラトは、とうとうユダヤ人たちの要求に屈して、イエス様を十字架刑に引き渡しました。結局、彼は、本当の真理、真実から目を背け、自分の保身に走ってしまったのでした。

3 「見よ、この人を」

 さて、三つめに覚えておきたいことは、イエス様の真理を知ろうとしなかったピラトですが、聖書は不思議にも、そのピラトの言葉が預言的な意味を持っていることを教えているのです。
 今日の箇所で、ピラトはイエス様をむち打ちにし、人々の前に引き出しました。そして、「さあ、この人です」と言ったのです。口語訳聖書では、「見よ、この人だ」と訳されています。ラテン語では「エッケ・ホモ(見よ、この人を)」と訳されている言葉です。美術が好きな方は、「エッケ・ホモ」という言葉を聞いたことがあると思います。キリスト教の絵画の中で、いばらの冠をかぶせられて裁判を受けているイエス様の姿を描いた作品を「エッケ・ホモ」と呼ぶのです。
 ピラトは、「さあ、この人です。この人を見なさい」と言ったとき、憐れな惨めな奴だ、というくらいにしか考えていなかったでしょう。しかし、ピラトは、この他にも、「この人には何の罪も見いだせない」と何度も言っています。14節では、「さあ、あなたがたの王です」とも言っていますね。ピラトは、特別に何も考えずに言ったのでしょうが、これらの言葉は、図らずも、聖書が教える大切な「真理」を表していたのです。つまり、「このイエスは、まったく罪を見いだすことが出来ない方であり、あなたがたの王だ。このイエスを見なさい」ということなのです。
 イエス様は、ヨハネ3章で、「人の子もまた上げられなければなりません」と言われましたが、それは、ご自分が私たちのすべての罪を背負って十字架につけられることを意味していました。そして、十字架につけられたイエス様を仰ぎ見る者は、誰でも救われるのだと約束されたのです。このイエス様を見なさいと、聖書は、私たちに教えているのです。
 讃美歌一二一番は、由木康牧師が作ったもので、「エッケ・ホモ(この人を見よ)」と題がつけられています。

馬槽(まぶね)の中に うぶごえあげ、
  木工(たくみ)の家に ひととなりて、
貧しきうれい、生くるなやみ、
つぶさになめし この人を見よ。

食するひまも うちわすれて、
しいたげられし ひとをたずね、
友なきものの友となりて、
こころくだきし この人を見よ。

すべてのものを あたえしすえ、
死のほかなにも むくいられで、
十字架のうえに あげられつつ、
敵をゆるしし  この人を見よ。

この人を見よ、この人にぞ、
こよなき愛は あらわれたる、
この人を見よ、この人こそ、
人となりたる 活ける神なれ

 私たちが、イエス様を見るとき、何を知ることが出来ますか。
 ヨハネ1章14節には、こう書かれています。「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。」
 また、第一ヨハネ1章1ー2節には、こう書かれています。「 初めからあったもの、私たちが聞いたもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて、──このいのちが現れ、私たちはそれを見たので、そのあかしをし、あなたがたにこの永遠のいのちを伝えます。すなわち、御父とともにあって、私たちに現された永遠のいのちです。」
 私たちが、イエス様を見るとき、恵みとまことに満ちあふれた姿を見ることができます。尽きることのない永遠のいのちを与えてくださる方を知ることができます。ですから、いつもイエス様を見上げて歩む仲間とされていきましょう。
 しかし、残念ながら、ユダヤ当局者たちは、「見よ、この人を」と言われても、「この男は見るに値しない男で、葬り去られるべき男だ」としか思いませんでした。そればかりか、イエス様を否定し、葬り去るために、「カイザルのほかには、私たちに王はありません」とまで言ってしまったのです。彼らは、神様だけを王として歩むべき民族でした。それなのに、神様から王として遣わされた方を拒んだだけでなく、「カイザルのほかには、王はありません」といって、自分たちが神に逆らう者であることを自ら露呈してしまったのです。
 しかし、私たちは、私たちのためにむち打たれ、いばらの冠をかぶせられ、一人一人の罪を背負い、十字架につけられ、赦しを与えてくださるイエス様のあふれる恵みと真実を見続けていくことができますように。