城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇一四年三月九日              関根弘興牧師
                ヨハネ二〇章一節ー一〇節

ヨハネの福音書連続説教61
  「週の初めの日」

1 さて、週の初めの日に、マグダラのマリヤは、朝早くまだ暗いうちに墓に来た。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。2 それで、走って、シモン・ペテロと、イエスが愛された、もうひとりの弟子とのところに来て、言った。「だれかが墓から主を取って行きました。主をどこに置いたのか、私たちにはわかりません。」3 そこでペテロともうひとりの弟子は外に出て来て、墓のほうへ行った。4 ふたりはいっしょに走ったが、もうひとりの弟子がペテロよりも速かったので、先に墓に着いた。5 そして、からだをかがめてのぞき込み、亜麻布が置いてあるのを見たが、中に入らなかった。6 シモン・ペテロも彼に続いて来て、墓に入り、亜麻布が置いてあって、7 イエスの頭に巻かれていた布切れは、亜麻布といっしょにはなく、離れた所に巻かれたままになっているのを見た。8 そのとき、先に墓に着いたもうひとりの弟子も入って来た。そして、見て、信じた。9 彼らは、イエスが死人の中からよみがえらなければならないという聖書を、まだ理解していなかったのである。10 それで、弟子たちはまた自分のところに帰って行った。(新改訳聖書)


先週は、イエス様がゴルゴタの地で十字架につけられたときに十字架上でお語りになった言葉から、十字架の意味を考えました。
 イエス様は、息を引き取られる直前に「完了した」と言われました。「完了した」とは、「終結した」「目的を達した」という意味の言葉です。イエス様が「完了した」と言われたのは、私たちの救いはイエス様の十字架によってすでに完了したということです。ですから、私たちは、一生懸命、何かの宗教的なお勤めをしたり、修行をして、自分の力で救いを得ようとしなくてもいいのです。私たちは、ただ、イエス様の十字架によって完成された赦しと救いを感謝して受け取り、神様の愛と恵みの中で喜んで歩んでいけばいいのですね。

1 空の墓

 さて、イエス様が息を引き取られると、当時のユダヤ議会の議員であったアリマタヤのヨセフとニコデモが手厚くイエス様を埋葬しました。イエス様が十字架につけられ埋葬されたのは金曜日です。そして、翌日の土曜日が安息日でした。そして、その安息日が終わり、週の初めの日、つまり、日曜日の朝を迎えた時の出来事が今日の箇所に記されています。
 イエス様の埋葬から復活にかけての出来事は、他の福音書にもいろいろ視点から記録されています。まず、イエス様が埋葬された墓がどのような様子であったかと言うと、入口は大きな石によって塞がれていました。また、マタイの福音書によると、ローマ総督ピラトの命令によって、封印され、番兵が番をしていました。それは、「弟子たちがイエスの遺体を盗み出して、イエスはよみがえったというデマを言いふらすと混乱が起こるから、盗まれないようにしてほしい」とユダヤ人たちがピラトに要請したからです。
 マルコの福音書には、日曜日の朝、マグダラのマリヤを含む三人の女性たちがイエス様の遺体に香料を塗るために墓に出かけていったことが書かれています。この女性たちは、墓が大きな石で塞がれていることを知っていましたから、「墓の入口からあの石をころがしてくれる人が、だれかいるでしょうか」と話し合いながら墓に向かっていったのです。しかし、墓に着くと、石はすでに脇に転がしてありました。
 マタイの福音書には、大きな地震が起こって墓の入口を塞いでいた石が脇に転がされた、と書かれています。そして、その時現れた御使いの姿を見て、番兵たちは震え上がり、都に戻って、起こったことを全部、祭司長たちに報告したというのです。
 そして、 ヨハネの福音書の今日の箇所では、石が転がしてあるのを見たマグダラのマリヤが、急いでペテロともう一人の弟子であるヨハネの所に行って、「だれかが墓から主を取って行きました。主をどこに置いたのか、私たちにはわかりません」と伝えたと書かれていますね。
 さて、イエス様の復活を否定しようとして、いろいろな説が考えられてきましたが、その一つに盗難説というのがあります。「イエスの遺体は、誰かによって持ち去られた」というのです。では、誰が持ち去ったのかというと、犯人は墓泥棒だと考える人もいます。先週お話ししましたように、イエス様の埋葬の時に大量の没薬とアロエ、そして香料が使われました。どれも大変高価なものです。傍から見れば、大金持ちの埋葬のように見えたことでしょう。ですから、それを見ていた墓泥棒が盗んだのだというのです。しかし、墓泥棒が普通狙うのは、遺体ではなく、遺体と共に納められる埋葬品ですね。もちろん、遺体と共に亜麻布で巻かれた没薬や香料を手に入れるために遺体ごと運び去ったと考えることも出来なくはないですが、あまり説得力はありませんね。
 また、弟子たちが盗んだのだと考える人もいます。しかし、弟子たちは、イエス様が捕らえられたときに、恐れて散り散りに逃げ去り隠れてしまったのです。そんな弟子たちに番兵に監視されている墓からイエス様の遺体を盗み出すような大胆なことができるでしょうか。しかも、弟子たちは、その後、イエス様の遺体があるのを知っているのに、どんな迫害にも屈せず、命がけで「イエス様は復活した」と世界中に宣べ伝えていくことができるでしょうか。
 マタイの福音書28章には、番兵たちの報告を聞いたユダヤ当局が、その番兵たちに多額の金を与えて、「『夜、私たちが眠っている間に、弟子たちがやって来て、イエスを盗んで行った』と言うのだ」と指図したことが書かれています。しかし、番兵たちが眠っている間に弟子たちがイエス様の遺体を盗んだというのは、おかしいですね。眠っていたなら、どうして犯人が弟子たちだとわかるのでしょうか。誰が盗んだかわからないはずですよね。しかも、番兵たちは、職務上のミスを犯したら、自分が厳罰に処せられますから、普通は交代で眠ることはあっても一緒に眠るなどありえないことなのです。
ですから、泥棒にせよ、弟子たちにせよ、誰かがイエス様の遺体を盗んだと考えるのは無理があります。
 でも、空っぽの墓を見れば、だれでも最初に思うことは、「だれかが主を持ち去ってしまった」ということでしょう。マリヤもそう思って、ペテロとヨハネに報告したのです。

2 残された亜麻布


 さて、マリヤの話を聞くと、ペテロとヨハネは、墓に向かって走り出しました。4節には「ふたりはいっしょに走ったが、もうひとりの弟子がペテロよりも速かったので、先に墓に着いた」と書かれています。
 聖書学者というのは、細かいことまで気になるのでしょうね。ここで、「どうしてもうひとりの弟子、つまり、ヨハネのほうが先に着いたのか。そこに何か意味があるのではないか」と考えるわけです。「ヨハネは近道を知っていたに違いない」とか、「ヨハネはこの福音書を書いたときは九十歳近かったようだから、昔を思い出して、『私も若かったときは足が速くて、ペテロより早く着いたんだよな』とちょっと自慢話のように書いたのではないか」とか、「ペテロはイエス様を三度も否んでしまった男だから、途中、そのことを思い出して走っている足が鈍ったのではないか」とかいろいろ考えるのですね。でも、「もうひとりの弟子がペテロよりも速かったので」と書いてあるのをそのまま受け取ればいいでしょうね。
 先に着いたヨハネは、墓の中をのぞき込み、亜麻布が置いてあるのを見ました。しかし、中には入りませんでした。後からきたペテロのほうが先に入りました。ここに二人の性格の違いが出ていますね。
 彼らの見た亜麻布は、どのような状態だったでしょうか。6節、7節には、こう書いてあります。「シモン・ペテロも彼に続いて来て、墓に入り、亜麻布が置いてあって、イエスの頭に巻かれていた布切れは、亜麻布といっしょにはなく、離れた所に巻かれたままになっているのを見た。」
ヨハネは、どうして、イエス様の遺体を包んでいた布について、このように詳しく記録したのでしょうか。 
一つは、当時から主張されていた盗難説に対して反論するためであったのかもしれません。墓泥棒が遺体を盗むのに、わざわざしっかりと巻いてある布をほどいて、しかも、ほどいた布をまた巻き戻して置いていくようなことをするでしょうか。誰が盗んだにしても、番兵の隙を狙ってなるべく早く持ち去らなければならないわけですから、布をほどく手間をかけるとは考えられません。ですから、遺体を巻いていた布が残されていたという事実は、盗難説を否定する有力な証拠となるわけです。
 ヨハネが、墓に残された亜麻布のことを詳しく記したもう一つの理由として、イエス様の復活が特別なものであったことを示すためということが考えられます。
 思い出していただきたいのですが、ヨハネの福音書11章で、ベタニヤのラザロが死んで四日後に、イエス様はラザロを生き返らせてくださいましたね。イエス様がラザロの墓の前で、「ラザロよ。出て来なさい」と叫ばれると、「死んでいた人が、手と足を長い布で巻かれたままで出て来た。彼の顔は布切れで包まれていた」と書かれています。ラザロが墓から出てくるときは、布でぐるぐる巻きにされている状態だったわけですね。 しかし、イエス様の場合は、巻かれた布がそこに残されていました。つまり、イエス様の復活は、あのラザロが生き返った出来事とは全く違う性質のものなのだということを、ヨハネは記しているわけです。イエス様の復活は、単なる蘇生ではないのです。そして、そのことは、この後、読み進めていくと、さらに鮮明になっていくのです。

3 ヨハネの信仰の原点

@「見て、信じた」

空の墓と残された亜麻布は、ヨハネの信仰の原点となりました。8節に「そのとき、先に墓に着いたもうひとりの弟子も入って来た。そして、見て、信じた」とありますね。ヨハネは、自分が空の墓と残された亜麻布を見て信じたのだと記しているのです。
 ヨハネは、この福音書を書いているときに、自分の信仰を振り返りつつ、「私の信仰は、あの空の墓、そして置かれた亜麻布を『見て、信じた』ことから始まっている」という思いを持ったのではないでしょうか。ヨハネは、老年になって、イエス様の生涯を思い起こしながらこの福音書を記しているわけです。イエス様が私たちのもとに来てくださったことから始まり、十字架の出来事を記し、埋葬のことを記し、そして、週の初めの日、自分があのイエス様の墓に行って、空の墓と置かれた亜麻布を見て信じたのだったなあ、と振り返っているかのようです。
 この出来事のあと、ヨハネは他の弟子たちと共に、実際に復活したイエス様にお会いするという経験をします。復活したイエス様を目で見ただけでなく、そのからだに触れ、共に食事もしました。そして、その後、イエス様の復活の目撃証言者として活動していくわけです。ヨハネだけでなく、最初の弟子たちは、イエス様をよく知っていたので、復活して姿を現された方が本当にイエス様であることを証言することができました。そして、その弟子たちの証言によって多くの人々が信じるようになったのです。
 しかし、ヨハネがこの福音書を記している頃には、実際の目撃証言者たちのほとんどは天に召され、残っているのは、彼らの目撃証言の言葉と空の墓だけになっていました。それは、今も同じですね。
イエス様の復活の話をすると、「復活したイエス様の姿をこの目で見ることができれば信じましょう」と言う人は結構いますね。しかし、実際のイエス様がどんな方なのか知らない私たちが、復活したイエス様を見ても、それが本当にイエス様かどうかわかるでしょうか。わかりませんね。ですから、大切なのは、イエス様と生活を共にし、イエス様の言葉やみわざをつぶさに目撃してよく知っている弟子たちの証言を信じることなのです。
 あとで詳しく学びますが、弟子のトマスは、「私は自分の手で実際にイエス様に触らなければ信じない」と言いました。すると、イエス様はトマスに現れ、こう言われたのです。「あなたはわたしを見たから信じたのですか。見ずに信じる者は幸いです。」
トマスは、以前からイエス様を知っていたので、復活のイエス様にお会いして信じることができました。しかし、後の時代の教会にとっては、イエス様の言われた「見ずに信じる者は幸いです」という言葉が大切な真理となっていきます。つまり、実際に復活したイエス様を見なくても、初代の弟子たちが残した目撃証言を聞き、墓が空になっていることを知ることによって信じることが大切だということなのです。
 ヨハネがこの福音書を書いているのは、まさにそういうことが大切になってきた時期でした。ですから、ヨハネは、わざわざ自分の信仰の原点を振り返り、「私も最初は、残された亜麻布と空の墓を見て信じたのだ」ということを伝えたかったのでしょう。
 私たちは、今、復活されたイエス様の姿を実際の目で見なくても、聖書に記されている弟子たちの目撃証言によって、また、イエス様の復活を信じた人々の内に現された神様のみわざについての証言を聞くことによって、信じることができるのです。 ヨハネは、この福音書の目的を20章31節に書いています。「これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるため、また、あなたがたが信じて、イエスの御名によっていのちを得るためである」と。ヨハネは、「この福音書を読んで、実際に復活したイエス様の姿を見なくても信じる人々は幸いである」と言っているのです。

A「まだ理解していなかった」

ヨハネは、8節で「見て、信じた」と書きました。ところが、次の9節では、「彼らは、イエスが死人の中からよみがえらなければならないという聖書を、まだ理解していなかったのである」とありますね。「信じた」と言ったり、「まだ理解していなかった」と言ったり、いったいどういうことなんだと思いますね。
 それで、「8節の『信じた』というのは、信仰の表明としての言葉ではなくて、『報告に来たマリヤの言葉や墓が空っぽで亜麻布だけが残されていることを知った』というような意味ではないか」と考える人もいます。
 しかし、実際には、「信じているけれど、まだ理解していない」ということは、よくあるのです。
 ヨハネは、空の墓と残された布を見て信じましたが、しかし、その時には、イエス様の復活について旧約聖書の預言と結び合わせて十分理解するほどではなかったということなのです。この時点では、イエス様の復活の出来事が旧約聖書の預言の成就としてまだきちんと整理されていなかったのです。しかし、聖書が全部わからなければ信じられないかというと、そうではありませんね。ヨハネの信仰の原点は、あの空の墓に行ったときにあり、そして、その後の生涯を通じてさまざまなことを学び、信仰の確信へと繋がっていったのです。
 私たちのクリスチャン生活にも、「信じたけど、理解していなかった」ということはよくあります。
 たとえば、イエス様の十字架のことを考えましょう。十字架は、私たちの罪のためにイエス様がついてくださったものです。私たちのためにイエス様がいのちを捨ててくださった尊い恵みの場所です。私たちは、ただイエス様の十字架によって救いを得ることができるので、自分の修行や功績を積む必要はありません。私たちは、イエス様の十字架のもとには、いつでも赦しがあることを信じているのです。しかし、ときどき、理解が十分でないことがありますね。「こんな私は赦されないのではないか」とか、「自分の信仰は弱いので、神様は私を見捨ててしまうのではないか」とか、いろいろなことを考えてしまうわけです。信じているけれど、理解していないということは、とても多いわけです。
 私の父は、よく電話をかけてきます。その多くがパソコンに関する質問です。「弘興、いつのまにか画面の表示のボタンが消えてしまった。どうすれば元に戻せるんだ」とか、しばらく前は、「弘興、何をやってもパソコンが終了しない。一時間も格闘しているのだけれど、どうしても終了できない。どうすればいい?」こんな質問でした。「ああ簡単だよ、電源切れば?」ってな具合ですね。パソコンを使って仕事が出来るということは信じています。ですから、それを購入するわけです。しかし、パソコンを使いこなす方法については、理解していない部分がたくさんあるわけですね。信じて購入したけれど、十分に理解していないので、その性能を100%味わえないのです。こうしたことは、私たちの日常生活にはたくさんありますね。
 信仰生活も同じです。「私は、イエス様を信じ受け入れました。実際の目で見たわけではないけれど、聖書の言葉を信じました」ということから出発するわけですが、しかし、信じたからといって、すべてがわかるかというと、そうではありません。理解していない部分もたくさんあるわけです。ですから、信仰は、生活の中で生かし、用い、試しながら、少しずつ理解していくのです。

 さて、ヨハネは、信仰の確信を持つことになった原点の思い出を紹介しながら復活の出来事を書き進めていきます。次週は、この同じ場所にいたマグダラのマリヤが復活の主に出会った箇所を通して、イエス様の復活の意味をさらに探っていきましょう。