城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇一四年四月二七日             関根弘興牧師
               第一テサロニケ一章一節ー四節

テサロニケ人への手紙連続説教1
    「信仰、希望、愛に生きる」

1 パウロ、シルワノ、テモテから、父なる神および主イエス・キリストにあるテサロニケ人の教会へ。恵みと平安があなたがたの上にありますように。2 私たちは、いつもあなたがたすべてのために神に感謝し、祈りのときにあなたがたを覚え、3 絶えず、私たちの父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています。4 神に愛されている兄弟たち。あなたがたが神に選ばれた者であることは私たちが知っています。(新改訳聖書)


 今日から、パウロが記したテサロニケ人への手紙第一、第二の連続説教を始めます。
 テサロニケという町は、ギリシャの北部のマケドニヤ地方にあります。紀元前三一五年にマケドニヤ王カサンドロスがこの町を再建したときに妻テサロニカの名前を付けました。その後、紀元前一四八年にローマの属国になりましたが、ローマと東方を結ぶ港湾都市として栄えました。政治、軍事、商業の中心地であったのです。
 当時、小アジアやヨーロッパの各都市には、離散したユダヤ人たちが大勢住んでいました。彼らは、自分たちの生活の場所には必ず会堂を建て、そこに集まって聖書を学び、礼拝していました。テサロニケにもユダヤ人の会堂があったのです。
 「使徒の働き」17章には、パウロたち一行がテサロニケに伝道に行った時のことが書かれています。彼らは、ユダヤ人の会堂に行って、約三週間にわたり聖書に基づいてイエス・キリストの十字架と復活を宣べ伝えました。会堂に集まるユダヤ人たちやユダヤ教に改宗していたギリシャ人たちに、イエス様こそ救い主であると説き明かしたのです。すると、一人、また一人とクリスチャンが誕生していきました。
 しかし、それを見たユダヤ人の宗教指導者たちは、おもしろくないわけですね。人々がパウロの語る言葉に熱心に耳を傾けていたり、クリスチャンになって喜んでいる姿を見て、激しいねたみに駆られました。そこで、彼らは、町のならず者をかり集めて暴動を引き起こしました。そして、パウロたちを人々の前に引きずり出そうと捜し回ったのです。その時、ある情報が入りました。「パウロたちはヤソンという男の家にかくまわれているらしい」というのです。そこで、彼らはヤソンの家を襲いました。しかし、パウロたちを見つけ出すことができなかったので、代わりにヤソンとその仲間を町の役人の前にひっぱっていき、こう叫んだのです。「世界中を騒がせて来た者たちが、ここにも入り込んでいます。それをヤソンが家に迎え入れたのです。彼らはみな、イエスという別の王がいると言って、カイザルの詔勅にそむく行いをしているのです。」
 この騒動で町中が大混乱になりました。そこで、パウロたちは、夜のうちにこっそりとテサロニケを脱出し、隣町のベレヤに向かいました。約七十キロほど離れた場所です。
 ベレヤに着いたパウロたちは、ひっそり身を隠していたかというと、そうではありませんでした。いつもと同じようにユダヤ人の会堂に行って、イエス様が救い主であることを熱心に語ったのです。ベレヤの人たちは、テサロニケの人たちより良い人で、非常に熱心にみことばを聞き、そのとおりかどうか毎日聖書を調べました。「そのため、彼らのうちの多くの者が信仰に入った」と書かれています。
 ところが、テサロニケのユダヤ人たちは、パウロがベレヤにいるとわかると、わざわざやってきて、ここでも群衆を扇動して騒ぎを起こしたのです。彼らはねたみ深く、執拗にパウロを迫害したのですね。そこで、パウロは、やむなく、同労者であったシラスとテモテをあとに残して、自分ひとりアテネに逃れて行きました。そして、アテネでシラスとテモテが来るのを待っていたのです。
 パウロは、アテネにいる間、テサロニケの教会のことを考えると大変不安になったことでしょう。なぜなら、テサロニケ教会は、パウロのたった三週間の働きを通してクリスチャンになった人たちが中心となってできた教会だからです。
 皆さん、たった三週間でいったい何が分かるでしょう。パウロは、もっと一緒に聖書を学びたい、共に生活しながら信仰を分かち合いたいと思っていたはずです。しかし、ユダヤ人たちの激しい迫害のためにテサロニケを離れざるを得なくなってしまいました。ですから、パウロは、「テサロニケのクリスチャンになったばかりの人々は大丈夫だろうか。生まれたばかりの教会がユダヤ人たちに迫害されていないだろうか。あのとき信じたあの人は、教会の群れに加わっているだろうか・・・。」考えれば考えるほど心配であったのです。
 パウロがそんな不安の中にあったとき、ベレヤに踏みとどまっていたテモテたちがアテネに到着しました。パウロは、そこで、テモテに「テサロニケにもう一度戻って、教会の様子を見てきてほしい」と頼んだのです。
 その後、アテネからコリントに移って伝道の働きを始めていたパウロのもとに、テモテがテサロニケから戻ってきてテサロニケ教会の状態を報告しました。それは、パウロにとって喜びの報告でした。テサロニケの人々がしっかりと信仰を保って歩んでいるという報告だったからです。パウロは、それを聞いてどれほど安堵したことでしょう。また、パウロは、この若い教会が、患難の中で励ましと教育を必要としているとの情報を聞きました。しかし、パウロ自身がテサロニケに戻ることは出来ない状態だったので、パウロは、コリントからテサロニケの教会に二通の手紙を書き送ったのです。それは、テサロニケの教会の人たちが、イエス様にあってより豊かに成長するようにとの励ましの手紙でした。
 これからその二つの手紙を読んでいくわけですが、私たちも、信仰生活の年数に関係なく、テサロニケの教会と同様にイエス様にあって成長できるように、信仰と希望と愛に生かされていくことの幸いを学んでいきましょう。
 第一回目の今日は、手紙の最初の書き出しの部分から、教会とはどのようなものであるかを考えてみたいと思います。

1 教会は、背後の祈りによって支えられている

 まず、2節に「私たちは、いつもあなたがたすべてのために神に感謝し、祈りの時にあなたがたを覚え」と記されていますね。パウロたちは、いつもテサロニケ教会のために祈り、感謝をささげていたのです。テサロニケ教会は、まだ若く、特別な指導者もいませんでした。しかし、その背後に、多くの祈りがあったのです。
 パウロは、テサロニケ教会のことを考えると、いろいろ心配だったことでしょう。しかし、教会の一人一人のために神様に感謝していました。
 皆さん、私たちも、お互いのためにまず神様に感謝をささげることから始めていきたいですね。「この人がここにいることのゆえに神様に感謝します」という祈りです。「感謝します」とは「ありがとう」ということですね。私の隣の人がここにいることに「神様、ありがとうございます」と言うのです。
 また、パウロは、「祈りの時にあなたがたを覚えている」と記していますね。この言葉を読むたびに、思い出すことがあります。
 この城山教会をスタートしたとき、私は国内開拓伝道会という団体から三年間経済的な支援を受けていました。その団体を創設された方はアメリカ人のプールさんという方です。プールさんは、最初は、宣教師として日本に来られました。しかし、日本語の難しさもあり、伝道は思うように進みませんでした。その経験から、彼は、日本人なら言葉の問題なく自由に福音を語ることができるのだから、日本人牧師の開拓伝道の支援をしようと考えました。それで、アメリカに戻り、自分で働いた収入を基金として蓄えるとともに、各地を巡回して日本人牧師への支援を訴え、日本人牧師の開拓伝道を支援する団体「ホワイト・フィールズ」を設立したのです。そして、その支援を受ける日本側の団体として国内開拓伝道会が生まれました。そして、それから五十年あまりの間に三百近い教会が支援を受けることができたのです。私もこの国内開拓伝道会の支援に助けられました。
 ちょうど教会を開始して三年目の時でした。その設立者のプール先生が小田原を訪問してくださいました。日本だけでなくメキシコや他の地域でも同じ働きが始まっていて、多くの牧師を支援しておられた先生でしたが、私が駅にお迎えに行くと、改札口から出て来るなり、「パスター・セキネ、お会い出来てうれしいです。いつも祈っていますよ」と開口一番、声をかけてくださったのです。私は大変驚きました。どうして私の顔が分かったのだろうと思ったからです。そのことを聞いてみると、プール先生は、支援している牧師の顔写真をノートに貼り付けて、いつも祈ってくださっているというのです。開拓の働きで、これから先どうなっていくのかわかないような若い牧師にとって、このことは大きな励ましとなり、勇気を与えられました。
 テサロニケ教会の人々も「あなたがたのことを覚えて祈っています」というパウロのひとことが、とても大きな励ましとなったことでしょうね。
 皆さん、私たちが今ここにいることの背後には、多くの祈りがあったことをご存知ですか。この城山教会の働きがこうして継続されている背後に、多くの人々の祈りが積まれているのです。そのことに感謝するとともに、私たちも他の教会や他の人々のことを覚えて祈る者とされていきましょう。

2 教会は、神に愛され選ばれた者たちの群れである

 次に、4節を見ると、「神に愛されている兄弟たち。あなたがたが神に選ばれた者であることは私たちが知っています」と書かれていますね。パウロは、テサロニケ教会の一人一人に対して、「あなたがたは神に愛され、神に選ばれた者たちです」というのです。
 それは、今日ここにいる私たち一人一人も同じです。つまり、一人一人が神様に愛され、神様に選ばれた者なのです。聖書のいう「教会」とは、建物のことではありません。「教会」という言葉は、ギリシャ語では「エクレシア」といいます。それは「呼び出された者たち」という意味です。神様が愛し、選び、呼び集めてくださった者たちの群れ、それが教会なのです。
 でも、「選ばれた」という言葉を聞くと変な感じがしますね。「なぜ私なんかが選ばれたんだろう」と思ったり、「私はそんなに立派なのかな」と思ったりしますね。
 それに、最近では「選ばれた」なんて言われると、何か騙されているのではないかと疑ってしまいますね。私のところにも、時々、「おめでとうございます。あなたは特別に選ばれました」というメールが来るんですよ。何の応募もしていないのに「当選しました!」というんですね。そして、「今なら、当選したあなただけに特別価格でご提供します」と続くわけです。おだてて売りつけようとするわけですね。ひどい時には、大金をだまし取られてしまうこともあります。ですから、「選ばれた」なんて聞くと、「まゆつばものだぞ」と警戒するわけですね。
 私たちは、聖書がいう「神に選ばれる」という言葉を間違った意味に捉えてしまうことがよくあります。
 たとえば、「神様に選ばれた人だけが信じることができるのなら、信じる信じないは、私たちの責任ではないではないか。選ばれなかった人は、かわいそうだ」と考える人がいます。
 聖書は、確かに、神様がまず私たちを選んでくださったのだと教えています。ヨハネの福音書15章16節で、イエス様はこう言っておられましたね。「あなたがたが私を選んだのではない。私があなたがたを選び、任命したのです」と。また、エペソ人への手紙1章でも「神は私たちを世界の基の置かれる前から選んでくださっていた」と書かれています。ですから、一人一人は、神様によって選ばれた者たちなのです。
 しかし、一方で、イエス様は、ヨハネの福音書10章9節でこのようにも言われました。「わたしは門です。だれでも、わたしを通って入るなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。」イエス様は、「だれでも救われることができる」と言われたのです。また、第一テモテ2章4節には、「神は、すべての人が救われて、真理を知るようになるのを望んでおられます」と書かれています。つまり、神様は、すべての人を愛しておられ、すべての人が救われるのを望んでおられるのです。
 つまり、神様はすべての人を愛しておられ、だれでもイエス様を信るなら救われるようにしてくださったので、私たちは、自分の意志で信じて救いを受け取ることができます。しかし、その背後には、神様の選び、神様の助けがあるということなのです。
 それから、「選ばれた」という言葉を聞くと、私たちは、「立派だから選ばれたのだ」と思ってしまいがちですね。しかし、私たちが選ばれたのは、特別な能力や才能があるからでもなく、特別に熱心だからでもなく、特に良い人間だからでもありません。
 パウロは、第一コリント1章27節で、面白いことを書いています。「神は知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の取るに足りない者を選ばれたのです。」神様の選抜方法は、ユニークですね。しかし、これを聞くと、「えっ、つまり、私は愚かで取るに足りない者ということですか。それはちょっと心外だな」と思う人がいるかもしれませんね。もちろん、クリスチャンの中にも才能や能力がある人は大勢います。この世の評価が高い人もいます。しかし、神様が私たちを選ばれたのは、この世の評価が高いとか低いとかには関係ないのです。神様の基準と私たちの基準は違うのです。
 イエス様は、マタイの福音書11章28節で、このように言われましたね。「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」また、マルコの福音書2章17節では、「医者を必要とするのは丈夫な者ではなく、病人です。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです」とも言われました。
 つまり、自分の中に弱さや愚かさがあることを自覚した人、また、自分は罪人であり神様の助けがどうしても必要であることに気づいた人、そういう人を神様はお選びになるのです。自分の力で救いを得たり、本当の平安を見い出すことのできる人は一人もいません。そのことに気づいて、救い主を求める人は、だれでも神様に選ばれた者、神様の愛を味わう者となることができるのです。
 皆さん。私たちは、強がって生きていく必要はありません。弱くてもいいのです。神様は、一人一人を選び、愛し、支えていくことを通して、ご自分が与える救いのすばらしさをこの世に示そうとされているのですから。
 私たちは、神様の選びの器です。ですから、ちょっと自己評価を変えてみてはいかがでしょう。「駄目な私」「何もできない、どうしようもない自分」という評価はふさわしくありません。神様は、私たちのすべてをご存じの上で「だから、わたしはあなたを選び、恵みを運ぶ器として選んだのだ」と言われます。そして、第二コリント12章9節に書かれているように、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」と言ってくださるのです。

3 教会は、信仰と希望と愛の満ちているところである

 それでは、神に選ばれ、愛されている教会の特徴は何でしょう。それは、信仰、希望、愛なんですね。
 パウロは、3節に「絶えず、私たちの父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています」と書いていますね。まだ生まれたての若いテサロニケ教会に、信仰と希望と愛に生きる姿があるというわけです。
 皆さん、家を建てる時、肝心なのは何ですか。土台と柱ですね。皆さんの人生の土台は何ですか。そして、柱は何ですか。
 イエス様は、私たちの人生の土台となる方です。私たちは、この方の上に人生を建て上げていくのです。そして、柱となるのは、信仰と希望と愛です。
 信仰とは、主に信頼することです。ローマ人への手紙9章33節には、「彼(イエス様)に信頼する者は、失望させられることがない」と約束されています。
 もう一つの柱は、希望です。人生に希望を見いだせなければ、いつまでたっても暗闇の中にいるようなものです。希望は、生きる力を生み出します。私たちはどうしたら希望を持つことが出来るのでしょうか。十字架つけられ、三日目によみがえられたイエス様を見上げていくのです。
 ローマ人への手紙5章3節ー5節にはこう書かれています。「またキリストによって、いま私たちの立っているこの恵みに信仰によって導き入れられた私たちは、神の栄光を望んで大いに喜んでいます。そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。この希望は失望に終わることがありません。なぜなら、私たちに与えられた聖霊によって、神の愛が私たちの心に注がれているからです。」
そして、もう一つの柱は、愛です。テサロニケ教会には「愛の労苦」があるとパウロは記していますね。イエス様は、ご自分のいのちをお捨てになるほどに一人一人を愛してくださっています。私たちは愛されているのです。だから、愛されている者らしく、他の人々を愛し、最善を願いながら、自分の出来ることをしていくことができれば幸いですね。
 ヨハネの手紙第一4章11節には、こう書かれています。「愛する者たち。神がこれほどまでに私たちを愛してくださったのなら、私たちもまた互いに愛し合うべきです。」また、4章19節ー21節には、こう書かれています。 「私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。神を愛する者は、兄弟をも愛すべきです。私たちはこの命令をキリストから受けています。」

 テサロニケ教会は、パウロがわずか三週間滞在していたときに生まれた教会でした。不安定なところもあったことでしょう。しかし、背後にはいつもパウロたちの祈りがありました。そして、神様に愛され選ばれた人々が集まり、信仰と希望と愛があるとパウロが語るほどの姿がそこにありました。
 私たちも同じように、「私たち一人一人は、神さまに愛され、神様に選ばれた者です」と告白し、信仰の働きと愛の労苦と希望を人生の柱として据えながら、この一週間も歩んでいきましょう。