城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇一四年九月一四日             関根弘興牧師
              ルカの福音書五章一節ー一一節

イエスに従った弟子たち1 
   「おことばどおりに」

1 群衆がイエスに押し迫るようにして神のことばを聞いたとき、イエスはゲネサレ湖の岸べに立っておられたが、2 岸べに小舟が二そうあるのをご覧になった。漁師たちは、その舟から降りて網を洗っていた。3 イエスは、そのうちの一つの、シモンの持ち舟に乗り、陸から少し漕ぎ出すように頼まれた。そしてイエスはすわって、舟から群衆を教えられた。4 話が終わると、シモンに、「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」と言われた。5 するとシモンが答えて言った。「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」6 そして、そのとおりにすると、たくさんの魚が入り、網は破れそうになった。7 そこで別の舟にいた仲間の者たちに合図をして、助けに来てくれるように頼んだ。彼らがやって来て、そして魚を両方の舟いっぱいに上げたところ、二そうとも沈みそうになった。8 これを見たシモン・ペテロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ。私のような者から離れてください。私は、罪深い人間ですから」と言った。9 それは、大漁のため、彼もいっしょにいたみなの者も、ひどく驚いたからである。10 シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブやヨハネも同じであった。イエスはシモンにこう言われた。「こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです。」11 彼らは、舟を陸に着けると、何もかも捨てて、イエスに従った。(新改訳聖書)

 今日から、数回にわたって、イエス様に従っていった弟子たちの姿を通して、イエス様を信頼し生きるとはどういうことなのかを考えていきましょう。
 今日の箇所に登場する「シモン」というのは、弟子の中で最も有名なペテロのことです。今日は、このペテロがどのようにイエス様に従っていったのか、その最初の出来事を聖書から学んでいきましょう。

1 ペテロの名前

 まず、ペテロの名前について説明しておきましょう。新約聖書には、ペテロのいろいろな呼び方が紹介されています。
 まず、ペテロの本名は、「バルヨナ・シモン」といいます。「バルヨナ」とは、「ヨハネの子」という意味ですから、「バルヨナ・シモン」というのは、「ヨハネの子シモン」という意味ですね。それから、「シモン」というのは、ヘブル語の「シメオン」がギリシャ語に音訳されたものです。ですから、「シモン」と呼ばれたり、「シメオン」と呼ばれたりしています。
 では、このシモンが「ペテロ」と呼ばれるようになったきっかけは何かといいますと、シモンにはアンデレという兄弟がいました。ヨハネの福音書を読むと、このアンデレは、バプテスマのヨハネの弟子だったようです。ある日、アンデレともう一人の弟子がバプテスマのヨハネと一緒にいたとき、イエス様が歩いて行かれるのが見えました。すると、バプテスマのヨハネは、イエス様をさして「見よ。神の小羊」と言ったのです。そこで、弟子のアンデレともう一人はイエス様についていき、その日はイエス様と一緒に過ごしました。それから、アンデレは、兄弟シモンの所に行って「私たちはキリストに会った」と告げたのです。
 アンデレがシモンをイエス様の元に連れて来ると、イエス様はシモンに、「あなたはヨハネの子シモンです。あなたをケパ(訳すとペテロ)と呼ぶことにします」と言われました。「ケパ」とはアラム語で「岩」という意味です。その「ケパ」をギリシャ語に訳すと「ペテロ」となるのです。つまり、「ペテロ」というのは、イエス様がシモンに付けられたニックネームのようなものなのですね。
 ですから、ペテロには、いくつかの呼び方があります。「ペテロ」という呼び方が一番有名ですが、その他にも「バルヨナ・シモン」「シモン・ペテロ」「シモン」「シメオン」「ケパ」という違う呼び方が新約聖書の中に出てきますので、それはペテロのことだと理解してください。

2 イエス様との出会い

 さて、このペテロは、今日読んだ箇所でおわかりのように、ゲネサレ湖(別名ガリラヤ湖)で漁師をしていました。ガリラヤ湖の漁業協同組合の親分のような人であったかもしれません。カペナウムという町に立派なユダヤ教の会堂がありますが、彼は、そのすぐ目の前に住んでいたと言われています。妻と姑と一緒に住んでいました。いたって平凡な普通の漁師として生活していたようです。
 ただ、ペテロは、日常の生活に飽き足らず、何かを求めていたようです。バプテスマのヨハネが登場して「もうすぐ救い主がやってくるから、悔い改めて救い主をお迎えする準備をしなさい」と宣べ伝えているのを何度も聞いて、救い主の到来を待ち望んでいたのでしょう。
 そこに、兄弟のアンデレが「私はキリスト(救い主)と出会った」と興奮してやって来たので、ペテロもすぐにアンデレと共にイエス様のもとに行きました。すると、イエス様は、彼を見るなり、「あなたはヨハネの子シモンです。あなたをケパ(訳すとペテロ)と呼ぶことにします」と言われたのです。イエス様は、初めからペテロのすべてをお見通しだったのですね。ですから、ペテロは驚いて、「この方は、いったいどのような方なのだろう」と強く思ったに違いありません。

3 むなしい朝

 さて、この出会いの後、しばらくして、イエス様はペテロたちが漁をしている湖のほとりに来られました。多くの群衆がイエス様のもとに迫ってきたので、イエス様は、ペテロの持ち舟を借りて、それに乗り、湖に少しだけこぎ出して、そこから岸に向かって説教を始められたのです。
 皆さん、ペテロはどんな気持ちで自分の舟を貸したのでしょうね。彼は、前の晩、夜通し働きましたが、収穫がまったくなかったのです。湖を知りつくしている漁師なのに、まったく魚が捕れなかったのです。死活問題ですね。きっと、ペテロは、「どうして魚が取れなかったのだろう」と考えながら、むなしく網を洗っていたのでしょう。そんな時、イエス様が来て、ちょっと舟を貸して欲しいというわけです。
 皆さん、人間にとって最もプライドが傷つけられるのは、自分の得意としていることがうまくいかないときではありませんか。ペテロは、ガリラヤ湖の漁に自信をもっていたはずです。しかし、今、むなしく網を洗い、よりによって商売道具の舟を説教台がわりに使われているわけです。彼は、そんな無力感の中でイエス様の話を聞いていたのでしょう。
 私たちの人生にも、ペテロと同じような経験がありませんか。夜通し働いたけれど、何もとれない、労すれど、労すれど、結果が見えてこないという経験です。一生懸命尽くしたのに、結局、理解されなかった。万全の準備をして取り組んだのに、失敗してしまった。自分ならきっと出来ると思っていたのに、実際には、何も出来なかった、というような経験があるのではないかと思います。
私は、時々、牧師として小田原にやって来たときのことを思い出します。「自分はできる」と思って小田原にやってきたのです。開拓伝道から始まりましたが、自分が牧師なら、すぐに人は集まるだろうと思っていました。それこそ、すぐにでも大漁の報告をする予定でした。しかし、なかなか思うようにいきません。支援を受けていた団体に毎月、開拓伝道のレポートを書いて送ることになっていたのですが、毎回、魚が一匹もとれずに、ただむなしく網を洗っているような思いで書いていたのです。
 ペテロは、最初に兄弟アンデレに連れられてイエス様と出会ったときは、不思議な安心と興奮を覚えたと思います。しかし、今はどうでしょう。むなしく網を洗っていたのです。
 しかし、このむなしい朝の経験こそが大切なのだと聖書は教えています。なぜなら、この経験によって、イエス様に対する大切な応答が引き出されることになるからです。
 イエス様は、説教を終えると、ペテロに「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい」とお命じになりました。考えてみてください。一晩中網をおろしていたのに一匹もとれなかったのです。今さら舟を出して魚がとれるとは思えませんね。しかも、一生懸命網を洗って片付けが終わってほっとしているところなのに、また網をおろすなんて冗談じゃないよ、と文句の一つも言いたくなると思いませんか。
 しかし、ペテロは、一晩中労しても一匹もとれなかったという現実を味わい、自分の無力さを感じていました。そういう時には、他の人の意見を聞いてみようと考えるものですね。自分の限界を認めることによって、謙遜を学ぶことができるようになるのです。もし、大漁だったら、ペテロは鼻高々で、「冗談じゃありませんよ。あなたに言われる必要はありません。手伝ってもらわなくても大丈夫ですよ」という態度で、イエス様の言葉に耳を傾けることなどしなかったかもしれません。
 神様は、時々、私たちに謙遜を学ばせるために、得意の分野で失敗させたり、高慢な思いを取り除くために、むなしい朝を用意されることがあるのです。
 しかし、そういう時こそ、大切なことを学ぶことができるのです。聖書に登場する人物の多くも同じような経験をしています。そして、自分のプライドや誇りが捨て去られたとき、神様に用いられていったのです。
 たとえば、旧約聖書に登場するモーセは、イスラエル人の家に生まれたのにもかかわらず、神様の不思議なご計画によってエジプトの王女の養子となり、宮殿で最高の教育を受けて育ちました。しかし、四十才になって、大きな挫折を味わうことになります。彼は、同胞のイスラエル人がエジプト人に打ちたたかれているのを見て、そのエジプト人を殺してしまったのです。自分の力で、同胞を助けようとしたわけです。しかし、その結果、エジプト政府から殺人犯人として追われるようになり、また、自分に賛同してくれると思っていた仲間のイスラエル人たちからさえ冷たい目で見られるようになったモーセは、恐れて荒野に逃げていきました。そして、その後、荒野で四十年間、羊を飼いながらひっそりと生活をすることになったのです。「せっかくイスラエル人を助けようとしたのに、理解してもらえなかった。自分のやったことは、無駄だった。もう、自分の人生はこのまま終わってしまうのだ」と思いながら暮らしていたことでしょう。ところが、そのような挫折体験を味わって謙遜になっていたモーセに、しかも、すでに八十歳になっていたモーセに、神様は、エジプトからイスラエルの民を導き出すという大きな使命をお与えになったのです。
また、旧約聖書にエゼキエルという預言者が登場します。彼は、とても困難な時代を経験しました。バビロニヤ帝国がエルサレムを攻撃し、神殿を破壊し、多くの人を捕虜としてバビロンに連れていってしまったのです。その捕虜の中にエゼキエルもいました。彼は、祭司でしたので、本来なら、エルサレムの神殿で奉仕しているはずでした。しかし、故国は敵に滅ぼされ、神殿も壊され、敵国の捕虜となり、希望を失った状態で生活していたのです。自分たちは神から見放されてしまった、神様に礼拝する場所である神殿も失われてしまった、という絶望感に覆われていたことでしょう。しかし、そのような絶望の中で、エゼキエルは、まばゆいばかりの幻を見ました。それは、栄光に満ちた神様の姿、栄光に満ちた神殿の有様でした。遠い敵国で「ここには神様はおられない」と思っていた場所にも、天地を創造された神様がいてくださる、そして、栄光を現してくださるということを知ったのです。
 挫折したとき、むなしさを味わったときこそ、神様のすばらしさを知ることのできるときなのです。ペテロも夜通し働いたけれど収穫がゼロであったという経験によって、キリストの言葉に素直に従う備えができました。「おことばどおり、網をおろしてみましょう」と言うことができました。そして、おことばどおりやってみると、網が破れそうになるほどのたくさんの魚がとれたのです。

4 イエス様に従う

 あまりの大漁を目にしたペテロたちは、「これは神のわざだ」と感じたのでしょう。イエス様の足もとにひれ伏しました。聖なる神様の前では、罪ある人間である自分は一瞬で滅ぼされてもしかたがない存在だと感じて恐れたのです。
 しかし、イエス様は言われました。「こわがらなくてもよい。これから後、あなたは人間をとるようになるのです」という招きの言葉です。
 誤解の無いように言っておきますが、イエス様が言われた「人間をとるようになる」というのは、人を捕まえて塩焼きにしようというような意味ではないんですよ。多くの魚を網に集めるように、多くの人をイエス様の恵みと救い、まさにセーフティーネットの中に集めるための働きをするという意味なんです。
 このイエス様の招きの言葉を聞いたペテロたちは、「何もかも捨てて、イエスに従った」と書かれていますね。
 この「何もかも捨てて、イエスに従う」という言葉を聞くと、「イエス様に従うためには、すべてをすてなければならないのか。私には、無理。とても出来ない」と思ってしまう方が多いのではないでしょうか。あるいは、「よし、イエス様に従うために、仕事もやめて、家族も捨てるぞ」と極端に考えてしまう人もいるかもしれませんね。
 しかし、それは、誤解です。「何もかも捨てて」というのは、文字通り、すべてを捨てて何も持たないということでしょうか。聖書が教えているのは、そういうことではないのです。今まで自分のものだと思っていたものを、神様のものとして認めるということなのです。自分自身も、今おかれている場所も、与えられている様々なものも、本来、神様のものであり、神様が私に託し、管理を任せてくださっているのだという意識を持って生きるのです。それは、結果的に、自分を、そして、他人を大切にすることにつながっていくのです。
 でも、私たちは、「イエス様に従いましょう」という説教を聞くと、いろいろな葛藤を経験しますね。イエス様に従っていくのは良いことだとわかっているけれども、「お墓の問題どうしようか」「近所や親戚とのつきあいはどうしようか」など、いろいろなことを思い煩うのですね。そして、考えれば考えるほど、不安になったり、躊躇したりしてしまうのです。
 ペテロたちも、いろいろな葛藤があったでしょう。「これから自分たちの生活はどうなるのだろう」「本当に、この人についていって大丈夫だろうか」「まわりの人は、何と言うだろう」「残された家族はどうなるだろう」などいろいろな不安や懸念の思いが湧いてきたかも知れません。ペテロは妻帯者でしたから、奥さんのことも心配だったでしょうね。
 しかし、彼らは、思い切ってイエス様に従う道を選び取っていきました。なぜなら、イエス様こそ、豊かなかけがえのない人生へと導いてくださる方だと感じ取っていたからです。
 皆さん、電車に乗るとき、片足を電車に、片足をホームに置いてじっとしている人はいないでしょう。そのままでは、発車と同時に転んでしまいますね。電車に乗り込むか、ホームに残るかを選ばなければなりません。思い切って電車に乗り込めば、目的の場所に行くことができます。信仰も同じです。どっちつかずではなく、思い切って主に委ね、お任せして生きることです。心配する必要はありません。神様は、必ず、すべてを一番よいように備えてくださるからです。
 それから、もう一つ残念なのは、信仰を持つと不自由になると思っている人が多いということです。「信仰を持ったら、大変。何にも出来なくなってしまうから」とか「信仰を持ったら、あれもだめ、これもだめ。窮屈な生活になってしまう」と思うのです。つまり、信仰に生きるとは、たくさんの戒め(戒律)を守ることだと考えているのです。
 しかし、そうではありません。ガラテヤ5章1節には、こう書かれています。「キリストは、自由を得させるために、私たちを解放してくださいました。ですから、あなたがたは、しっかり立って、またと奴隷のくびきを負わせられないようにしなさい。」また、ヨハネの福音書8章32節には、こう書かれています。「あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。」
 このように聖書に記されているとおり、イエス様にすべてを任せ、信頼して生きていくことは、様々な束縛から解放されて自由に生きることにつながるのです。
 ペテロは、イエス様に従っていきましたが、その後の生活は完全なものだったでしょうか。いいえ、違います。イエス様に従っていても、失敗があり、挫折があり、試練がありました。しかし、一方では、天にも昇るようなすばらしい経験もしました。イエス様のすばらしい教えを聞き、様々な驚くべきみわざを目撃することもできました。また、いつも傍らにイエス様の愛のまなざしがあることを味わうことができたのです。
 ペテロと言えば、イエス様を三度も「知らない」と否定した人物です。しかし、ペテロは、その大失敗を通して、自分の弱さを知り、その自分さえ赦し、慈しんでくださるイエス様の愛を体験して、その後、立ち直って、イエス様の福音を大胆に宣べ伝える者とされていきました。
 人が幸福に生きるためには、三つのことが必要だと言われます。
 まず第一に、将来への希望を持つということです。夢も希望もなければ、人生はむなしいですね。ペテロは、イエス様と出会い、従うことによって、明確な希望を持つことが出来るようになりました。イエス様は、昨日も今日もいつまでも変わることがない方ですから、その希望は、決して消えることはありません。
 第二に使命感です。自分が何のために生かされているかということを知ることです。ペテロは、イエス様から「人をイエス様のもとに導く」という明確な使命を与えられました。私たち一人一人にも神様から与えられた使命があります。それは、目立たない小さな事かもしれません。手紙を書き送る、祝福を祈る、笑顔で迎える、声をかける、いろいろなことを通して、イエス様の恵みを分かち合うことができる者とされていることを自覚しつつ生きていくのです。そして、まず、一人一人がそこにいる、ということが大切なのです。イエス様に生かされ、喜びと感謝をもって生きていくとき、私たちを通して、イエス様の恵みが広がっていくのです。
そして、第三に、愛の対象を持つということが必要です。愛し、愛される関わりを持っているかということです。皆さん、神様は「わたしは、あなたを愛している」と言っておられます。「わたしは、あなたを離れず、あなたを守る」と約束してくださっています。その神様の愛を受けて、私たちは、こうして礼拝を通して、また毎日の日常生活の中で、「神様、あなたを愛します」と応答していくのです。
 キリストと出会うことによって、私たちは、人生を幸福に生きるために必要な三つのものを得ることができます。
 ペテロは、むなしい朝を迎えていましたが、イエス様と出会い、将来への希望、新しい使命、大きな愛を知ることができました。だからこそ、イエス様に従っていったのです。
 私たちも同じように、永遠の希望であるイエス様を信頼し、それぞれに与えられた使命を果たしつつ、神様に愛され、神様を愛する者とされていることを喜びながら、この週も歩んでいきましょう。