城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇一五年一月四日              関根弘興牧師
                  エペソ一章一節ー二節

エペソ人への手紙連続説教1
   「忠実な聖徒たちへ」

1 神のみこころによるキリスト・イエスの使徒パウロから、キリスト・イエスにある忠実なエペソの聖徒たちへ。2 私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたの上にありますように。(新改訳聖書)

 今日から、『エペソ人への手紙』の連続説教を始めます。
 この手紙の著者は、パウロです。彼は、様々な地域を旅してまわり、イエス・キリストの福音を伝えていきました。旅をするだけでも大変な上に、信仰の故に迫害を受けたり、投獄されたことも何度もありました。
 このエペソ人への手紙は、パウロがローマでの獄中生活の間に書いた手紙だと言われています。
 もし皆さんが捕らえられて、獄中から手紙を書くとしたら、どんな手紙を書きますか。私なら、「信仰を持っているというだけで投獄されのは不当だ!早く何とかしてくれ!良い弁護士をつけてくれ!」というような手紙になるのではないかと思うんですね。投獄され自由を奪われるわけですから、普通ならマイナスとしか考えられない状況ですね。しかし、パウロは、普段は伝道旅行であちこち回ったり福音を説教したりと忙しい生活を送っていたのですが、獄中では、ゆっくり落ち着くことがきました。しばしの休息の時となったのですね。そして、じっくりと黙想し、イエス様の恵みを深く考える時となっていったのです。そして、その中で、この『エペソ人の手紙』などの深遠な内容の手紙を書くことができたのです。
 皆さん、ぜひ知ってください。人生には、自分の願い通りにならないことがしばしばあります。しかし、すべては神様のご計画のもとにあり、神様は、すべてのことを益にしてくださるのです。パウロは、投獄され自由を奪われましたが、そのような最悪と見える状況すらも神様は豊かに用いてくださいました。彼が投獄されなければ、私たちはこの手紙を読むことが出来ないわけですからね。
 さて、この手紙は『エペソ人への手紙』となっていますが、単にエペソの教会だけでなく、エペソ近隣の諸教会にも回覧されて読まれていったようです。
 本題に入る前に、当時のエペソについて少し説明しておきましょう。エペソは小アジア(現在のトルコ)の中心的な町の一つでした。『使徒の働き』19章に、パウロがこの町でどのような伝道をしたかが記されています。
 エペソには大変有名なアルテミス神殿がありました。この神殿は世界の七不思議に数えられるほど壮大な建物でした。ですから、エペソの町の多くの人たちがこのアルテミス神殿に関連した仕事に従事していました。神殿の女神の像を彫って売っている人や神殿の模型を作って売っている人もいました。
 また、エペソは、異教的迷信の中心地でした。「エペソのお守り札」というのが有名だったそうです。それは旅の安全、安産、恋愛問題、商売繁盛を保証すると言われました。ですから、この「お札」を買うために、世界中から多くの人たちがやって来たようです。
 そして、もう一つ特徴的なことがありました。エペソの町には犯罪者がたくさんいたのだそうです。どうしてかといいますと、アルテミス神殿に逃げ込めば、罪を免れることができたからです。神殿の境内に入りさえすれば、罪が追求されなくなったというのですね。このため、必然的に、エペソは犯罪者の住み家となったというわけです。
 このようにエペソという町は、キリスト教と全く無縁で、イエス様の福音を伝えていくのには非常に困難な土地に思えました。しかし、パウロは、そういう町でイエス様の福音を宣べ伝えていったのです。彼は、イエス・キリストこそ、まことの救い主であるということを語り、そして、多くの人々と論じました。それだけでなく、神様は、パウロによって驚くべき奇跡を行われました。どんな奇跡かといいますと、パウロの身に着けていた手ぬぐいや前掛けをはずして病人に当てると、その病気が治ったというのです。すごいことではありませんか。
 その結果、イエス・キリストを信じる人々がたくさん起こされました。また、魔術を行っていた多くの人が、イエス様の福音を聞いて悔い改め、たくさんの魔術やのろいの本を持ってきて公衆の前で焼き払ったのです。迷信や魔術に縛られていた人たちが、イエス・キリストの福音によって解放され、喜びをもって新たなスタートしていったわけです。こうして、主のみことばは驚くほど広まり、ますます力強くなっていきました。
 しかし、クリスチャンたちが増えていくにつれ、アルテミス神殿関係の仕事に従事していた人たちの反発が高まってきました。そして、その中の一人でアルテミス神殿の模型を作っていた銀細工人のデメテリオという男が、仲間を煽動して、クリスチャンたちを糾弾し始めたのです。「このままでは、俺たちは仕事が減って食っていけなくなる。そればかりか、アルテミス神殿もないがしろにされて大変なことになってしまうぞ」と彼は叫びました。すると、それを聞いた人々が怒って暴徒化し、エペソの町は大混乱に陥ってしまったのです。
 そんな混乱や迫害がありましたが、エペソ教会は、近隣の諸教会のリーダー的な教会として成長していきました。
 しかし、パウロが去ってからしばらくして、その地域の諸教会に間違った教えを広める者たちが入り込んで来たり、異端的な考えが起こってきたりして、混乱や問題が生じ始めたのです。そのことは、獄中のパウロの耳にも届きました。そこで、パウロは、あらためて、福音とは何か、本当に大切なことは何か、ということを教えるためにこの手紙を書き送ったのです。ですから、私たちもこの手紙を学びながら、本当に大切なことを再確認してくことにしましょう。
 さて、今日は、この手紙の書き出しの部分を見ていきましょう。

1 自己紹介

 まず、最初に、パウロの自己紹介が書かれています。「神のみこころによるキリスト・イエスの使徒パウロから」とありますね。
 原文のギリシャ語の語順では、日本語とは逆に、「パウロ、使徒、キリスト・イエスの、神のみこころによって」となっています。
 「パウロ」というのはローマ名で、ユダヤ名は「サウロ」です。『使徒の働き』を見ると、最初は「サウロ」という名前で登場していますが、福音を伝えるために伝道旅行をするようになってからは「パウロ」という名前が使われています。
 このパウロは、自分のことを「使徒」であると紹介していますね。「使徒」とは、単なる使い走りではありません。ヘブル語では「シャーリアハ」と言って、「遣わされた者」という言葉ですが、これは、「ユダヤ教当局から各地にあるシナゴーク(ユダヤ教の会堂)に派遣される公的使節」という意味のある言葉です。ユダヤ教当局がある決定を下すと、その決定は使徒(シャーリアハ)に託され、使徒は決定に関係ある人のもとにそれを携えて行き、決定が執行されるのを見届けました。使徒の語る言葉は、個人的な見解ではなく、いつも背後にユダヤ当局の権威があり、使徒はユダヤ教当局を代表する者であったのです。それゆえ、使徒には権威があったのです。
 実は、パウロは、かつてユダヤ教当局の優秀な使徒(シャーリアハ)でした。ある時、彼は、クリスチャンを迫害するために正式に派遣された使徒としてダマスコに向かいました。彼は、クリスチャンを捕らえ、殺すこともできる権威を与えられてダマスコに向かっていったのです。しかし、ダマスコに近づいたとき、突然、まばゆい光が彼を照らしました。彼は地に倒れ、「サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。とげのついた棒をけるのは、あなたにとって痛いことだ」という声を聞きました。彼が「主よ。あなたはどなたですか」と尋ねると、その方は「わたしは、あなたが迫害しているイエスである」と答えたのです。彼は、目が見えなくなってしまったので、人々に手をひかれてダマスコに入り、三日間、断食し祈っていました。そこへユダヤ人クリスチャンのアナニヤという人がやってきてパウロの上に手を置いて祈ると、パウロの目からうろこのような物が落ちて再び見えるようになったのです。アナニヤは、言いました。「神様があなたに復活のイエス様を見させ、その声を聞かせてくださいました。それは、あなたがすべての人に対してイエス様の証人となるためです」と。(使徒9・1ー22、22・3ー16)
 このダマスコでの経験によって、彼の人生は百八十度変わりました。彼は、この出来事を通して、いくつかのことを確信したのに違いありません。
 第一に、十字架につけられて死んだはずのイエスが、復活して生きておられるということ。つまり、イエスは、まことの救い主であるということです。
 第二に、パウロはクリスチャンたちを迫害していたわけですが、イエス様は「どうしてわたしを迫害するのか」と言われました。つまり、イエス様は、ご自分と教会は一体であると言われたということです。
 第三に、復活したイエス様を迫害することは、「とげのついた棒をける」のと同じように、自分自身を傷つけることになるのだということです。
 そして、第四に、イエス様に敵対して迫害に燃えていた自分のような罪深い者に対して、イエス様はご自分を現わしてくださり、自分をイエス様の復活の証人として、また、福音をすべての人に宣べ伝える使徒として選んでくださった、それは、ただ神様の恵みのご計画によるのだ、ということです。ですから、自己紹介のときに彼はいつも「私は、自分の力ではなく、神様のみこころによってイエス・キリストの使徒とされたのです」と言っているのです。
 こうして、パウロは、イエス・キリストの復活と神のみこころを確信し、洗礼を受け、すべての人に福音をを伝えていく伝道者となっていきました。彼は、以前、ユダヤ教当局から派遣された使徒としてクリスチャンを迫害するために出かけて行きました。しかし、今は、イエス・キリストのすばらしい恵みを運ぶ使徒として歩んでいるのです。彼はイエス様から福音を託された使徒として、イエス様の権威によって遣わされた使徒としての自覚を持って歩んでいたわけです。
 ところで、「イエス・キリストの使徒」という言葉には、狭い意味と広い意味があります。
 狭い意味では、「使徒」というのは、イエス様が特別にお選びになった十二人の弟子とパウロの十三人のみを指しています。
 十二弟子は、イエス様が公の活動を開始された最初からイエス様と生活と行動を共にし、イエス様のさまざまな教えや奇跡を見聞きしてきた人たちです。彼らは、イエス様の十字架と復活の目撃証人でもありました。イエス様が十字架にかけられるとき、ユダが裏切って離れていったので十一人になりましたが、後に、マッテヤという人が加えられました(使徒1・16ー26)。
 そして、パウロですが、パウロは実際にイエス様と行動を共にしたわけではありませんが、ダマスコ途上で復活のイエス様に出会い、劇的な回心をしましたね。そして、イエス様から異邦人に福音を伝える使命が与えられたので「異邦人への使徒」となったのです。
 ですから、狭い意味で「使徒」と言われるのは、この十二弟子とパウロだけです。
 しかし、広い意味では、「使徒」というのは、イエス様を信頼しイエス様とともに歩んでいるすべての人に用いられる言葉でもあるのです。つまり、クリスチャンは皆、イエス・キリストの使徒として生かされているということです。
 「使徒」というのは、自分自身には何の権威もありません。誰によって遣わされているかが大切なのです。皆さん、大いに自信を持ってください。私たちは弱い者です。でも、大丈夫です。なぜなら、私たちの背後におられる方、私たちを使徒として遣わされるイエス・キリストの権威があるのですから。
 パウロは、「私はキリスト・イエスの使徒です」と自己紹介しました。「私は、自分はイエス・キリストから委託を受けて派遣された者だ。私に権威がないのは当然だけれど、最高の権威を持っておられるイエス様が私に託してくださった福音には力があり、人々を救い、いやすことができる」と確信を持っていたのです。
 そして、パウロは、神様のみこころによって使徒となったわけですが、神様のみこころとは何でしょう。それは、すべての人が救われて真理を知るようになることです。そのみこころによって、私たちもクリスチャンとして福音に生きる者となることができました。そして、また、福音を運ぶ使徒とされたのです。

2 宛先

 さて、パウロは、自己紹介の次にこの手紙の宛先を記していますね。「キリスト・イエスにある忠実なエペソの聖徒たちへ」と書いてあります。
 もし、彼がこの城山教会へ手紙を書くとしたら、「キリスト・イエスにある忠実な城山の聖徒たちへ」となるでしょうね。
 でも、そう言われると、何だか変な感じがしますね。「私は、そんなに忠実じゃないし、聖徒と呼ばれるほど聖くないですよ」と思ってしまいますね。あるいは、「道をはずさないように注意して聖い生き方をしていかなければいけないのか」と窮屈な感じを持ってしまうかもしれません。
 しかし、パウロは、そういう意味で書いているのではありません。パウロは、イエス様を信じる人々を皆、「忠実な聖徒たち」と呼ぶのです。
 「忠実」と訳されている言葉は、ギリシャ語の「信仰」という言葉から出てきたものです。ですから、「忠実な人」というのは、「イエス様を信頼している人」ということです。
 それから、「聖徒」というのは、「罪も汚れもない人」という意味ではありません。聖書では、神様のために用いられる者は、人でも物でもすべて「聖」とされたと言うのです。なぜなら、神様は聖なる方だからです。それは、清潔だとか衛生的であるということとは関係ないのです。つまり、「聖」とは、聖なる神様との関係で決まるものなのです。
 ユダヤ人たちは、「自分たちは神様から選ばれたのだから、自分たちこそ聖なる民だ」と考えていました。しかし、パウロは、「ユダヤ人か異邦人かは問題ではない。イエス・キリストを信じて神様との関係を回復し、神様の専用品とされた人こそ、聖なる民なのだ」と語ったのです。そして、以前は異教徒であったけれど今はイエス様を信じるエペソ教会や他の教会の人々に対して、何の躊躇も無く「聖徒たち」と呼びかけているのです。
 私たちは、自分自身を見たら聖さとは無縁な者に思えますね。しかし、イエス・キリストを信頼しているなら、私たちも神の聖徒、神様のために取り分けられた者なのです。自分の力や努力で聖なる者になったのではありません。神様が聖なる者にしてくださったのです。
 パウロは、第一コリント6章11節で、こう記しています。「主イエス・キリストの御名と私たちの神の御霊によって、あなたがたは洗われ、聖なる者とされ、義と認められたのです。」また、第一コリント6章20節では、「あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現しなさい」と書いています。
 私たちは、主イエス・キリストの御名と聖霊によって全ての罪が洗われ、赦され、聖なる者とされました。十字架にかかられたイエス様のいのちの代価によって買い取られ、神様のもの、聖なる者とされたのです。
 また、パウロは第二コリント5章17節でこう書いています。「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」
 聖徒とされるとは、自分の努力や修行によるのではなく、愛なる神様によって選ばれ、神様ご自身の専用品として新しく恵みに生きる者とされるということなのです。

3 祈り

 さて、次に2節で、パウロは、エペソ教会のためにこう祈っています。「私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたの上にありますように。」
 パウロは、恵みと平安があるようにと祈っています。私たちが聖徒として、また使徒として生かされていくための動力源となるのが恵みと平安です。
 「恵み」とは、受けるにふさわしくないのに与えられるものです。私たちは、ありのままの自分を見たら、挫折してしまいそうですね。いろいろな弱さがあります。恐れがあります。疲れやすい者です。しかし、私たちが立派であるなしに関係なく、いつも一方的に注がれている恵みがあることを知ってください。「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」(イザヤ43・4)とおっしゃる神様の恵みがいつも注がれているのです。
 もし、恵みがなく、戒律だけで生きようとしたら大変ですね。私が毎週こう説教したらどうでしょう。「皆さん、今日も努力しましょう。礼拝で皆勤賞になった人には恵みが百倍あります。一日に三時間以上祈ることを義務付けましょう、さあ、みんな頑張って立派になりましょう。」次の週も同じように「努力して、頑張って聖くなりましょう。頑張って愛を実践しましょう。」次の週もその続き・・・。だんだん疲れてしまって、教会から去っていく人が続出するでしょうね。
 自分の頑張りだけで信仰生活を続けていくのは難しいですね。大体、「頑張り」という言葉自体あまりよくありませんね。「頑な」を「張って」いると書くんですからね。
 しかし、イエス様はどういうお方でしょうか。ヨハネ1章14節にこう書かれています。「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。」イエス様は、恵みとまことに満ちておられるのです。そもそも、私たちがイエス様を信じ救いを受けることができたのは、自分の力ではなく、神様の恵みによるのです。そして、クリスチャンとして生活していくのも、成長していくのも、自分の頑張りではなく、神様の恵みによるのです。そして、その恵みは朝ごとに新しく注がれているのです。
 もちろん、自分を吟味し、反省すべきことは反省して正すことも必要です。しかし、それも恵みの中でさせていただけるのです。私たちは、一方的に与えられている恵みの中に生かされていることをいつも自覚しながら、この一年を送っていきましょう。
 それから、「平安」です。イエス様は、ヨハネ14・27で「わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません」と言われました。
 イエス様が与える「平安」とは、争いや悲しみや困難が何もないということではありません。どんな状態の中にあっても揺らぐことのない神様から与えられる平安です。それは、慰めとなり、励ましとなり、落ち着きとゆとりを与えるものです。
 詩篇23篇には「私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえてくださいます」と書いてありますね。神様は敵の前でも、つまり、最も緊迫した状況にあっても平安を与えると約束してくださっているのです。
 私たちは、父なる神と主イエス・キリストからの恵みと平安の中で安息しながら生きる者です。その恵みと平安が他の人々にも与えられるように祈っていきましょう。