城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇一六年一月一七日             関根弘興牧師
                 ガラテヤ二章一節~一〇節
 ガラテヤ人への手紙連続説教3
   「差し伸ばされた右手」

1 それから十四年たって、私は、バルナバといっしょに、テトスも連れて、再びエルサレムに上りました。2 それは啓示によって上ったのです。そして、異邦人の間で私の宣べている福音を、人々の前に示し、おもだった人たちには個人的にそうしました。それは、私が力を尽くしていま走っていること、またすでに走ったことが、むだにならないためでした。3 しかし、私といっしょにいたテトスでさえ、ギリシヤ人であったのに、割礼を強いられませんでした。4 実は、忍び込んだにせ兄弟たちがいたので、強いられる恐れがあったのです。彼らは私たちを奴隷に引き落とそうとして、キリスト・イエスにあって私たちの持つ自由をうかがうために忍び込んでいたのです。5 私たちは彼らに一時も譲歩しませんでした。それは福音の真理があなたがたの間で常に保たれるためです。6 そして、おもだった者と見られていた人たちからは、──彼らがどれほどの人たちであるにしても、私には問題ではありません。神は人を分け隔てなさいません──そのおもだった人たちは、私に対して、何もつけ加えることをしませんでした。7 それどころか、ペテロが割礼を受けた者への福音をゆだねられているように、私が割礼を受けない者への福音をゆだねられていることを理解してくれました。8 ペテロにみわざをなして、割礼を受けた者への使徒となさった方が、私にもみわざをなして、異邦人への使徒としてくださったのです。9 そして、私に与えられたこの恵みを認め、柱として重んじられているヤコブとケパとヨハネが、私とバルナバに、交わりのしるしとして右手を差し伸べました。それは、私たちが異邦人のところへ行き、彼らが割礼を受けた人々のところへ行くためです。10 ただ私たちが貧しい人たちをいつも顧みるようにとのことでしたが、そのことなら私も大いに努めて来たところです。(新改訳聖書)

私たちの身の回りには、いろいろな情報があふれています。その情報が、どれだけ信頼性があるかを知るためには、その出所を知る必要がありますね。
 たとえば、「明日は雨らしいですよ」と言われたとき、その情報をどこから得たかが問題ですね。「去年のこの日も雨でしたからね。だから今年も雨ですよ」と私が言ったらどうでしょう。あなたは、この情報を信じますか。では、別の人が「先ほど気象庁から最新の発表があって、明日は晴れだそうです」と言ったら、どうでしょう。きっとその情報を信じるでしょうね。もちろん気象庁の予報も外れることがありますが、私の言葉より、気象庁の発表のほうが格段の信頼性がありますね。
 天気予報の場合は、はずれても、普通それほどの問題にはなりません。しかし、私たちの人生そのものに関係がある情報の場合は、それがどこから出た情報なのか、どれだけ信頼性があるのか、ということが大変重要になってきますね。
さて、聖書には、様々な情報が書かれています。この聖書の情報を信じるかどうかによって、私たちの人生は大きく変わります。では、聖書の情報の出所はどこなのでしょうか。そして、その情報は、どれほどの信頼性があるのでしょうか。
 皆さんご存じのとおり、聖書は旧約聖書と新約聖書からなっています。旧約聖書は、私たちには救い主が必要であることが示し、新約聖書は、その救い主が来られたことを示しています。
 まず、新約聖書ですが、これは誰によって書かれたかといいますと、イエス・キリストといつも共に生活し、イエス・キリストから直接教えを受け、イエス・キリストが行った奇跡や恵みのわざを身近で直接見聞きした弟子たち、つまり、ペテロやヨハネやマタイたち、それから、復活したイエス・キリストから直接啓示を受けて使徒となったパウロ、また、ペテロやパウロと一緒に伝道旅行をし、彼らの説教や彼らを通して表された神様の不思議なわざを直接見聞きしたマルコやルカなどの人々によって書かれました。その人々が、「私は、イエス・キリストが素晴らしい奇跡を行い、十字架にかかり、死んだことを目撃した。また、復活したキリストに直接会って、そのからだに触れることができた。また、このイエス・キリストを通して、私たちは天地を造られた神様がどのような方であるかを知り、神様の救いと恵みを受け取ることができた。また、イエス・キリストが送ってくださった聖霊によって新しい力を受け、聖霊に導かれて福音を伝えることができた。そのことは、私たちを含め、多くの人々が証言しているのだ」と書き記しているのです。つまり、「イエスこそ、神が人として来てくださったまことの救い主なのだ」と証言しているわけですね。
 そして、彼らは、イエス・キリストによってもたらされた救いの内容や、イエス・キリストによって語られた様々な約束を記録しています。たとえば、ヨハネ3章16節には、「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」とあります。また、ヨハネ1章12節には「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった」とあります。そしてヘブル13章5節には「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない」というイエス・キリストの約束が書かれています。その聖書の情報を信じ、人生が変えられた人々によって教会が誕生していったわけです。そして、今でもその情報を信じて新しい人生をスタートする人々が起こされ続けているわけですね。
 それから、旧約聖書ですが、イエス・キリストを信じるなら、旧約聖書の情報も信じることができます。なぜなら、イエス・キリスト御自身が旧約聖書の信頼性を認めておられるからです。
聖書の情報とその信頼性は、イエス・キリストに基づいているといえるのですね。
 さて、このことを踏まえた上で、教会がいつもチェックしなければならないことがあります。それは、「今、教会で語られていることは、聖書とずれていないか」ということです。どんなに魅力的な言葉であっても、もしそれが聖書のことばとずれていたら、それはまことの福音とはいえないのです。

さてガラテヤの諸教会はパウロによって生み出された教会です。パウロが伝えた福音は、「ただ神様の恵みよって、イエス・キリストを信じる信仰によって救われ生かされていくことができる」というものです。
 しかし、その福音の内容を微妙に変えた別の教えを語る者がいつのまにか入り込んできたのです。彼らは、「イエス・キリストを信じるだけでは不十分です。与えられた救いを完成し、信仰を成長させるためには、ユダヤ人のように割礼(男性の生殖器の包皮を切り取る儀式)を受け、律法の戒めを守り行わなければなりません」と教えて、人々をまことの福音から切り離そうとしていたのです。また、彼らは、自分たちの教えを正当化するためにパウロを批判し、パウロの使徒としての資格やパウロが語る福音の信頼性を疑わせようとしたのです。「パウロは、正式な使徒でもないのに、勝手なことを教えている」というような批判をしたわけですね。
 そのことを知ったパウロは、急いでこの手紙を書き送りました。自分が直接イエス・キリストに出会い、イエス御自身から福音を伝える使徒としての使命を与えられたこと、また、自分の伝えている福音がイエス御自身から示されたもので本当に信頼できるものであることを、ガラテヤの人々にはっきり伝える必要があったからです。
 パウロは、まず、この手紙の1章に「私が伝えた福音は、人間から出たことではない。イエス・キリストから直接示されたものだ」と記しました。そして、続けて、自分がどのように回心し、福音を伝える使命を与えられたのかを詳しく説明していきました。
 パウロは、以前はクリスチャンたちを迫害していましたが、ダマスコに行く途上で、突然、強い光に照らされ、イエス様の声を聞き、イエス様こそまことの救い主であることを知りました。そして、ダマスコにいるクリスチャンたちの助けと励ましによって洗礼を受け、そこにしばらく滞在していましたが、その後、一人でアラビヤに出て行きました。しばらくの間、神様と自分の一対一の関係の中でじっくりと心を整理して、自分に起こったことを振り返り、検討する必要があったのでしょう。彼は、その間、「記された聖書のことば」を読み返し、「自分に語りかけられたイエス様の言葉」を繰り返し思い起こしながら、少しずつ福音の内容を確信していったのでしょう。
 その後、パウロは、再びダマスコに戻り、福音を宣べ伝えていましたが、三年後、エルサレムに向かいました。エルサレムにいるペテロと主の兄弟ヤコブに会うためでした。彼らは教会を代表する人たちでしたから、彼らに会って、自分のこれからの福音宣教を了解してもらう必要があると感じたのでしょう。パウロがこの二人との会見について手紙に記したのは、ガラテヤの諸教会の人々に「私が語る福音は、ペテロもヤコブも了解済みだ」ということを知ってもらいたかったからでしょう。
 パウロは、エルサレムにわずか15日間だけ滞在した後、シリヤと自分の故郷があるキリキヤ地方に向かいました。
 そして、それから十四年後、パウロが再びエルサレムに行ったときの出来事が今日の箇所に記されています。詳しく見ていきましょう。

1 パウロの同労者バルナバとテトス

 パウロは、この十四年の間、外国を回って異邦人たちやユダヤ人たちに福音を伝えていました。しかし、それは、パウロ一人だけの働きではありませんでした。1節にバルナバとテトスと一緒にエルサレムに行ったと書かれていますね。
 バルナバは「慰めの子」と呼ばれた人で、マルコの福音書を書いたマルコとは、いとこ同士です。バルナバは、キプロス生れのレビ人で、福音が宣べ伝えられ始めた初期にイエス様を信じました。彼はレビ人ですから、ユダヤ社会の中では神殿で奉仕することがゆるされた家系です。ですから、人一倍ユダヤの伝統や儀式、習慣に慣れ親しんでいたはずです。そのバルナバがクリスチャンとなり、当時の教会の指導者の一人になっていました。パウロが回心した後にエルサレムに行ったとき、エルサレムのクリスチャンたちは最初、パウロがクリスチャンになったことを信じられず、受け入れることをためらっていましたが、バルナバが率先してパウロを受け入れ、擁護し、仲間に紹介したのす。バルナバはパウロの良き理解者であり、紹介者であり、パウロを世に送り出した育ての親のような存在でした。パウロの働きの背後にバルナバや他の多くのクリスチャンたちの助けと祈りがあったことを忘れてはいけませんね。
 一方、テトスは、ギリシヤ人です。ユダヤ人からみれば異邦人ですね。パウロを通して信仰に導かれ、早くからパウロの片腕として働いていました。
 このバルナバとテトスという二人の仲間と共にパウロはエルサレムに行ったのです。

2 エルサレム訪問の目的

では、なぜパウロたちはエルサレムに行ったのでしょうか。エルサレムの使徒たちや教会の長老たちと会って、ぜひ話し合い、確認しなければならないことがあったのです。
 イエス・キリストの福音は、ユダヤ人にも異邦人にも伝えられ、多くのクリスチャンが生まれ、各地に教会が出来ていきましたが、一つ大きな問題が生じてきました。それは、「クリスチャンになった異邦人は、ユダヤ人と同じように割礼を受けるべきかどうか」という問題でした。
 もともと、ユダヤ人は、「自分たちは神に選ばれた民族で、異邦人とは異なる存在だ」という自負心があり、神様の約束はユダヤ人に与えられているものだという考え方を強く持っていました。そして、イエス様を信じてクリスチャンになった後も、そういう今までの価値観を捨てきれないユダヤ人クリスチャンがたくさんいたのです。
 そこで、彼らの中には、「異邦人がクリスチャンになった場合、私たちと同じように旧約聖書の律法に従って割礼を受けるべきではないか」と考える人々が少なくありませんでした。そして、そういう考え方のユダヤ人たちが各地の教会にもいて、「異邦人クリスチャンもユダヤ人クリスチャンと同じように割礼を受けなければならない」と教え始めたのです。
 一方、パウロたちは、「イエス・キリストを信じれば、誰でも救われる。割礼を受けている受けていないは、救いとはまったく関係ない」と教えていました。パウロは、律法や戒めを守ることによっては救いを得ることはできない、救い主イエスを信じることによってしか救いはない、ということを自らの経験からはっきり知って、そのことを熱心に伝え続けてきました。それなのに、その働きを台無しにするような「律法や戒めも守らなければならない」という間違った教えが入り込んで来たわけです。
 そこで、パウロたちは、この問題についてエルサレムの使徒たちや長老たちと話し合うためにエルサレムに上ることにしました。エルサレム教会は、ユダヤ人クリスチャン中心の教会であり、福音宣教の出発点となった教会ですから、ユダヤ人クリスチャンたちに大きな影響力を持っていました。パウロが語っている福音の内容が、エルサレム教会で認められるかどうかということは、ユダヤ人クリスチャンにとっても、異邦人クリスチャンにとっても、また、パウロたちのこれからの福音宣教にとっても、大変重要なことだったのです。
 パウロは、それまで、各地を回って福音を伝えていき、その働きの身は着実に結ばれ、教会が各地に出来ていました。しかし、その中で、パウロは、「人は律法の行いによって救いを得ることは決してできない、ただイエス・キリストを信じる信仰によってのみ救われるという福音の真理は、どの場所においても、どの民族においても決して変わることはない」ということをすべてのクリスチャンに理解してもらう必要を感じていました。そして、特に、ユダヤ人クリスチャンたちの中心的存在であるエルサレム教会の人々と十分に話し合って、福音の本質を確認し、しっかり連携しながら福音を伝えていく必要があると思ったのでしょう。そうでないと、エルサレム教会と異邦人の教会が全く関係のない別の教会のようになってしまうかもしれないからです。
 福音には、ユダヤ人も異邦人もありません。ユダヤ人中心の教会があってもいいし、異邦人中心の教会があってもいいし、ユダヤ人と異邦人が混じり合った教会があってもいいのです。でも、どの教会もキリストにおいて一つとされているのが福音の本質です。福音は隔ての壁を打ち壊し、平和を築いていくものだからです。パウロにとってこのことは何よりも大事なことでした。
 エルサレム教会の人々、特にリーダー的な存在であるペテロやヨハネや主の兄弟ヤコブが、パウロたちをどのように受け入れてくれるのかということは、これからのパウロの働きのためだけでなく、教会全体のためにも、とても重要なことだったのです。

3 テトスを連れて行った意味

 パウロは、エルサレム教会に異邦人クリスチャンであるテトスを連れて行きましたね。それには大事な意味がありました。 もしも異邦人のテトスが、ユダヤの習慣と伝統が色濃く残るエルサレムの教会で、「お前は異邦人だから、割礼を受けなければ一人前のクリスチャンではない」とか「割礼を受けなければこの教会に入ることはできない」などど言われたら、それまでパウロが語ってきたことと、ペテロやヨハネが語っていることは違うということになってしまいますね。そして、全く別物の二種類のキリスト教が出来てしまうことになるでしょう。
 パウロは、異邦人のテトスが割礼を受けないままでエルサレム教会に主にある兄弟として受け入れてもらえるだろうかということについて相当心配したかもしれません。しかし、あえてテトスを連れて行ったのは、パウロが異邦人に伝えている福音の内容をエルサレム教会が公認するか否かの大きな試金石となると考えたからだと思います。
 さて結果はどうだったのでしょう。3節に「私といっしょにいたテトスでさえ、ギリシア人であったのに、割礼を強いられませんでした」と書かれていますね。テトスは、割礼を受けないままで、クリスチャンとして教会に迎え入れられたのです。それは、エルサレム教会も「ただイエス・キリストを信じる信仰によってのみ救われる。割礼は必要ない」ということを認めたということですね。パウロにとって、それは本当にうれしいことでした。

4 福音の認証

 そして、6節に「おもだった人たちは、私に対して、何もつけ加えることをしませんでした」と書かれていますね。
 この「おもだった人たち」の中には、9節にあるように柱として重んじられているヤコブとケパ(ペテロ)とヨハネがいました。このヤコブとは、イエス様の母マリアと夫ヨセフとの間に生まれた子で、エルサレム教会の代表者でした。そのヤコブと使徒たちの代表者であるペテロとヨハネが、パウロの主張や立場を認め、パウロに右手を差し伸べたのです。「ペテロが割礼を受けた者への福音をゆだねられているように、私が割礼を受けない者への福音をゆだねられていることを理解してくれた」ということですね。パウロは、教会の代表者たちから正式に「異邦人への使徒」として認められたのです。
 パウロは福音の本質が少しでもゆがめられることに対しては一歩も譲りません。今日の5節に「私たちは彼らに一時も譲歩しませんでした。それは福音の真理があなたがたの間で常に保たれるためです」と記していますね。恵みの福音に少しでも何かを付け加えるような動きに対しては、決して譲歩しなかったのです。徹底的に恵みの福音に生き、この福音を語り伝えていくことが、パウロの願いであり使命でありました。
 しかし、だからといって、パウロは、人の意見を無視したり、通常の手順を無視したり、人への配慮を怠ったり、理解を得る努力を惜しんだりすることは、ありませんでした。
 パウロは、「私は神様から直接、任命されて福音を預かったのだから、ペテロやヨハネたちに会って相談する必要なんてない」とは言いませんでした。熱心なあまりに常識や社会性を失って独りよがりな行動に走る、ということもありませんでした。 パウロは、まことの福音がすべての人に届けられるために、他の人々と話し合い、協力し合い、祈り合っていったのです。 また、10節に「ただ私たちが貧しい人たちをいつも顧みるようにとのことでしたが、そのことなら私も大いに努めて来たところです」とあるように、パウロは、エルサレム教会が飢饉で苦しい状態にあるときには、異邦人教会から義援金を集め、エルサレム教会に届ける働きもしました。互いに主にある兄弟姉妹として歩んでいったのです。

さて、パウロは今日の箇所で、エルサレムの代表者たちがパウロを使徒として認めたこと、また、パウロが宣べ伝えている福音の内容を認めたことを記していますが、それは、ガラテヤの諸教会に対して、「私の伝えた福音から逸れていかないでほしい。割礼を受けているユダヤ人も受けていない異邦人も、皆同じように、ただイエス・キリストを信じることによって救われ、キリストによって一つにされているということを分かってほしい」という強い願いがあったからです。
 最後に、ガラテヤ3章28節のパウロの言葉を読みましょう。
 「ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。」