城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇一六年一月二四日             関根弘興牧師
               ガラテヤ二章一一節~一四節
 ガラテヤ人への手紙連続説教4
   「アンテオケ事件」

11 ところが、ケパがアンテオケに来たとき、彼に非難すべきことがあったので、私は面と向かって抗議しました。12 なぜなら、彼は、ある人々がヤコブのところから来る前は異邦人といっしょに食事をしていたのに、その人々が来ると、割礼派の人々を恐れて、だんだんと異邦人から身を引き、離れて行ったからです。13 そして、ほかのユダヤ人たちも、彼といっしょに本心を偽った行動をとり、バルナバまでもその偽りの行動に引き込まれてしまいました。14 しかし、彼らが福音の真理についてまっすぐに歩んでいないのを見て、私はみなの面前でケパにこう言いました。「あなたは、自分がユダヤ人でありながらユダヤ人のようには生活せず、異邦人のように生活していたのに、どうして異邦人に対して、ユダヤ人の生活を強いるのですか。(新改訳聖書)

 イエス・キリストの福音によって示された神様の愛は、人種、身分、性別を超えて、すべての人に注がれています。ユダヤ人も異邦人も、奴隷も自由人も、男性も女性も、一人一人がキリストにあって、神様の豊かな愛の中に招き入れられているのですね。ですから、イエス・キリストの福音は、ユダヤ人だけではなく、世界中の異邦人たちにも宣べ伝えられていったわけです。
 前回学びましたが、ユダヤ人たちには、自分たちだけが特別に神様の恵みを受けることができるという選民意識がありました。そのためユダヤ人クリスチャンの中には、異邦人もイエス・キリストを信じるだけでなくユダヤ人に与えられた伝統や言い伝え、そして律法や戒めを守るべきだと考える人々もいました。そして、「キリストを信じるだけでは十分ではない。いろいろな戒めをきちんと守っていかなければ信仰が成長しない。救いから落ちてしまう」というようなことを教え始める人も出てきたのです。
 それに対して、パウロは「ユダヤ人も異邦人も、イエス様を信じる信仰によってのみ救われるのであって、それに何も付け足す必要がない」ということをはっきり示す必要があると考え、エルサレムに行って、全教会のリーダーであるペテロやヨハネやヤコブたちと話し合ったのです。そして、「ただし、いつも他の人々への配慮を忘れないようにすればよい」ということを確認し合ったわけです。
 しかし、このことが、すぐにすべての教会、すべてのクリスチャンに伝えられ理解されたわけではありませんでしたから、これ以降も似たような問題は繰り返し起こってきました。また、福音の本質を十分理解しているはずの人々でさえ、間違った方向に引きずられてしまうことがあったのです。
 今日の箇所に書かれている出来事も、その一つです。アンテオケ教会で起きたことなので、俗に「アンテオケ事件」と呼ばれています。これは、福音に生きる私たちに、大切なことを教えてくれる事件です。

1 アンテオケ教会

 アンテオケの町は、シリヤ地方にありました。今のトルコにあたる場所です。当時のアンテオケは、人口50万を擁する世界屈指の大都市でした。現在はアンタキアという名前で地図に載っています。
 アンテオケ教会が出来た経緯については、使徒の働き11章19節ー26節に記されています。
 エルサレムでクリスチャンたちに対する激しい迫害が起こりました。その迫害から逃れたクリスチャンたちは、各地に散って、それぞれの場所で福音を宣べ伝えていきました。その結果各地に教会が出来ていったのです。迫害の結果、かえって福音が広がっていったのですね。
 迫害されたクリスチャンたちは、アンテオケにも来て、最初は、そこにいるユダヤ人たちに、また、次第に異邦人たちにも福音を伝え始めました。すると大勢の人がイエス・キリストを信じるようになったのです。その知らせを聞いたエルサレム教会は、バルナバをアンテオケに派遣しました。そして、バルナバによって、さらに多くの人がキリストを信じるようになっていったのです。教会の成長につれ、バルナバは、故郷のタルソに戻っていたパウロを助け手として連れて来ました。そして、アンテオケ教会の働きはさらに大きくなっていったのです。
 ちなみに、このアンテオケで、初めて「クリスチャン」という呼び方が使われるようになりました。この「クリスチャン」という言葉は、アンテオケの人たちが教会の人に対して用いた渾名だったのです。「あの人たちはいつもキリスト、キリスト、とばっかり言っている、キリストかぶれだ。クリスチャンだ」と言ったのが始まりなんですね。

2 アンテオケ事件

 さて、アンテオケ教会では、ユダヤ人クリスチャンも異邦人クリスチャンも共に礼拝をささげていました。イエス・キリストを信じる仲間として一つにされていたわけですね。
 ところが、そこに今日の12節ー13節に出来事が起こってしまったのです。
「なぜなら、彼は、ある人々がヤコブのところから来る前は異邦人といっしょに食事をしていたのに、その人々が来ると、割礼派の人々を恐れて、だんだんと異邦人から身を引き、離れて行ったからです。そして、ほかのユダヤ人たちも、彼といっしょに本心を偽った行動をとり、バルナバまでもその偽りの行動に引き込まれてしまいました」と書かれていますね。
 「彼」というのは、ケパ、つまり、ペテロのことです。そして、「ある人々」とあるのは、名前は分かりませんが、エルサレム教会のヤコブのところから来た人たちでした。
 ヤコブは、エルサレム教会の代表者です。イエス様の母マリヤとヨセフとの間に生まれたイエス様の弟ですね。先週お話ししたように、ヤコブも、イエス様を信じる信仰のほかに何ひとつ付け加える必要はないことを認めていました。クリスチャンになった異邦人たちにユダヤ人と同じ割礼を受けさせたり、ユダヤの伝統を守らせたりする必要はない、と認めていたのです。そして、パウロが異邦人に福音を伝えていく使徒であることも承認していました。
 しかし、ヤコブの指導の下にあったエルサレム教会は、ユダヤ人クリスチャン中心の教会でしたから、クリスチャンになってからもユダヤの伝統を守ることが大切だという空気がまだまだ色濃くありました。
 ユダヤ人たちが、特に大切にしていたことの一つは、「身を汚さない」ということでした。そして、異邦人の手下になっているような取税人、そして神様の律法やユダヤの先祖代々の戒めを守れない罪人、そして、異邦人に対しては、交際すると汚れると考えていたのです。特に、一緒に食事をするというのは、親しい関係を意味していましたから、ユダヤ人は、取税人、罪人、異邦人と食事を共にすることを避けていました。
 ところが、イエス様は、たびたび取税人や罪人と呼ばれている人たちと食事をしましたね。ユダヤ人の伝統や戒めを厳しく守る律法学者やパリサイ人たちは、その姿を見て、「イエスはとんでもない奴だ。罪人一緒に食事をするとは」と非難したわけですね。
 しかし、イエス様は、こう語っています。黙示録3章20節で、「見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」イエス様は、ご自分を迎え入れる一人一人とともに食事をしてくださるというのですね。ユダヤ人であろうとが異邦人であろうが関係なく、イエス様は食事をしてくださる、つまり、本当に分け隔てない親しい交わりの中に共に歩んでくださる方だと聖書は教えているわけですね。
 そして、そういうクリスチャン同士も、互いに聖くされた者として、皆一つになって親しい交わりの中に歩む者とされているのです。その象徴が皆で共に食事をすることでした。その食事は、初代教会においては「愛餐」と呼ばれ、親しい交わりを意味する代名詞になっていきました。アンテオケ教会でも、ユダヤ人クリスチャンと異邦人クリスチャンが親しい交わりを保っていたのです。
 ところが、そこに、エルサレムから何人かのユダヤ人クリスチャンがやってきました。すると、おかしなことが起こってきました。ペテロは、それまではアンテオケ教会の異邦人クリスチャンたちと何の抵抗もなく一緒に食事をしていたのですが、彼らがやって来ると、彼らに遠慮したのか配慮したのかわかりませんが、ペテロは異邦人と一緒に食事をすることをやめてしまったのです。
 ペテロもユダヤ人ですから、クリスチャンになる以前は異邦人と食事をしなかったでしょう。しかし、今は、福音に生きる者として、違った対応をしていいはずでした。ところが、ペテロだけではなく、ほかのユダヤ人たちも、そして、ついにはバルナバまでもが異邦人と食事をすることをやめてしまったというのです。
 すると、パウロは大先輩であるペテロとバルナバに対して面と向かって抗議しました。ユダヤ人が異邦人と一緒に食事をしない、ということぐらいで、そんなに目くじらを立てなくてもいいのではないか、と思えるかもしれませんね。しかし、福音とは、分け隔てのないイエス様の恵みに生かされていくものです。イエス様ご自身が分け隔てなさらないのに、そのイエス様に従う人々が分け隔てをしていいでしょうか。ですから、パウロは面と向かって抗議せずにはおれなかったのです。
 繰り返しお話ししていますが、パウロは福音の本質に関係ないことについては大変寛容です。しかし、福音の本質を少しでも歪めるものに対しては一歩も譲歩しません。相手が先輩のペテロであろうが誰であろうが妥協はしませんでした。
 では、パウロは、ペテロたちのどのような姿に対して抗議をしたのでしょうか。

3 パウロの抗議

①福音の真理についてまっすぐに歩んでいない

 まず、14節に「彼らが福音の真理についてまっすぐに歩んでいない」と書かれていますね。
 「福音の真理」とは、神様がすべての人を分け隔てなく愛し、キリストを信じる信仰によって一つにしてくださる、ということです。ですから、その福音を信じ受け入れて生きる人々の中では、あらゆる隔ての壁が取り除かれていくのです。
 ところが、ユダヤ人クリスチャンの中に「割礼派」と呼ばれる人々がいました。「クリスチャンといえども律法を守り、割礼を受ける必要がある」と主張する人々です。ユダヤ人の男性は皆、生後八日目に割礼を受けていますが、割礼派の人々は、異邦人のクリスチャンたちにも、「イエス様を信じるだけでは足りない。律法を守り、割礼も受けなければならない」と主張したのです。要するに、「異邦人もユダヤ人のようになりなさい」と言っていたわけですね。しかし、もし彼らの言い分が通れば、ユダヤ人にも異邦人にも同じように神の愛が注がれ、救いが与えられるという福音の真理が否定されてしまいます。ですからそれは、福音の本質を揺るがす大きな問題なのです。
 この問題は、アンテオケ教会だけでなく、パウロがこの手紙を書いているガラテヤ諸教会が直面している問題でもあったわけですね。
 その福音の本質を揺るがしかねない主張をする人々におもねるような行動をとるペテロやバルナバに対し、パウロは、面と向かって、「あなたがたは、福音の真理についてまっすぐ歩んでいない」と抗議しました。想像してみてください。ペテロは当時の教会のトップです。バルナバは、パウロにしてみれば信仰の育ての親のような存在です。その二人を「福音の真理についてまっすぐ歩んでいない」と批判したのです。
 そして、14節後半で「あなたは自分がユダヤ人でありながらユダヤ人のようには生活せず、異邦人のように生活していたのに、どうして異邦人に対して、ユダヤ人の生活を強いるのですか」と迫りました。これは、分かりやすく言えば、「あなたは、自分の力で戒めを守って救いを得ることができず、ただ、イエスキリストを信じることによって救われたのに、どうして、いまさら異邦人に対して戒めを守るべきだと言うのですか」ということですね。つまり、「あなたは福音の恵みを深く味わい、それにふさわしい歩みをしていたのに、どうしてそれを捨てるようなことをするのですか」と指摘したのです。
 ペテロ自身も福音の本質をよく理解しているはずでした。
 使徒の働き10章には、ペテロが神様に示され導かれて、異邦人であるローマ軍の百人隊長コルネリオの家に行った時の出来事が書かれています。ペテロが福音を語っていると、コルネリオやそこにいた異邦人たちに聖霊が下り、皆、イエス・キリストを信じて洗礼を受けたのです。コルネリオたちは、割礼を受けていなかったのに、神様御自身が聖霊を与え、信仰に導いてくださったわけですね。
 その時、ペテロは、こう語っています。「ご承知のとおり、ユダヤ人が外国人の仲間に入ったり、訪問したりするのは、律法にかなわないことです。ところが、神は私に、どんな人のことでも、きよくないとか、汚れているとか言ってはならないことを示してくださいました。」(使徒10・28)「これで私は、はっきりわかりました。神はかたよったことをなさらず、どの国の人であっても、神を恐れかしこみ、正義を行う人なら、神に受け入れられるのです。」(使徒10・34-35)
 このことをペテロは、よく分かっていたはずでした。それなのに、異邦人クリスチャンと一緒に食事をしなくなるという行為は、せっかく神様から示していただいた福音の真理からそれてしまうことではないか、とパウロはペテロに抗議したのです。
一緒に食事をするかしないか、という問題は、とても些細な問題のように見えるかもしれません。しかし、キリストにあって一つとされている私たちの中に、隔ての壁を作ろうとするものがあるなら、どんなに小さくても見過ごさずに注意深く取り除いていかなければなりません。隔ての壁を打ち壊してくださったキリストの福音の真理を大切にしていくことが教会にとって大切だらかです。

②本心を偽った行動をとっている

 さて、パウロは、ペテロたちに対してもう一つ、「本心を偽った行動をとっている」と指摘しました。
 ペテロにしてみれば、異邦人と食事を共にすることをやめたのは、ヤコブのもとから遣わされた律法に熱心なクリスチャンたちへの配慮だというかもしれません。彼らは、エルサレムから遣わされたのですから、まるで総本山から遣わされたような権威があるように思ったのかもしれません。
 しかし、ペテロは、福音の本質を知っていましたし、異邦人と食事をしても問題ないことを知っていたのです。しかし、この時は、エルサレムからきた人々にこのすばらしい福音の恵みを分かち合うのではなく、本心を偽って、異邦人とユダヤ人を分け隔てるような振る舞いをしたのです。
 もちろん、私たちが実際に生活していくとき、配慮しなければならないことはたくさんあります。配慮することは、とても大切なことです。
 パウロも福音を伝えていくために様々な配慮をしました。ユダヤ人たちに福音を伝えるために、同行していたギリシヤ人のテモテに割礼を受けさせたぐらいです。パウロは、割礼が救いとまったく関係ないことは分かっていましたが、テモテがユダヤ人に抵抗なく受け入れられ、自由に福音を語ることができるように配慮したのです。
 パウロは、福音を伝えていくために、ユダヤ人にはユダヤ人のように、ギリシヤ人にはギリシヤ人のように接していったのです。その理由を彼は第一コリント9章22-23節でこう語っています。「・・・何とかして、幾人かでも救うためです。 私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。」
 福音を伝えるために相手の状態に合わせて様々な配慮が必要です。しかし、それが福音の本質を歪めるようなことになってはなりません。私たちは、毎日の生活の中で、福音の本質を大切にしながら、相手に配慮しつつ福音を伝えていくことが必要です。そのための知恵と判断力と神様の導きを祈り求めていきましょう。

4 パウロの勇気

 パウロは、このガラテヤ人への手紙の中で、福音の本質は何かを繰り返し語っています。そして、その福音をゆがめたり、その福音からそれることに関して、厳しく忠告しています。今日の箇所で、あのペテロに対してさえ面と向かって抗議したことが書かれていますね。この手紙を読んだガラテヤ教会の人たちは、自分たちの姿をもう一度見直す必要を強く感じたことでしょう。
 私たちも、この手紙を読んで、自らの姿を見直すことが大切です。知らず知らずのうちに、福音の本質からずれてしまっていないか注意しなければなりません。特に、指導者が福音の本質からずれると、教会は危機的な状態に陥ってしまうことがあります。恵みの福音を語っているはずなのに、「こうでなければならない。こうしなければいけない」とたくさんの戒めで縛ろうとしていることはないでしょうか。また、カルト的な教会などは、牧師に絶対服従することがイエス様に従うことだ、と教えるところもあります。権威を振りかざしてコントロールしようとすることもあるかもしれません。
 しかし、私たちは、パウロの勇気を思い出しましょう。彼は教会を代表するペテロに対して、また育ての親であるバルナバに対して、勇気を持って「それは違う」と抗議したのです。もしパウロがそこで口をつぐんでいたら、福音は、いつの間にか、おかしなものへと変容してしまっていたかもしれません。実は、この勇気が教会をあるべき姿へと戻すことになるのです。
 ですから、皆さん、もし私の説教や教会のあり方が福音の本質とずれていると思うことがあれば、「それは違うのではないか」と勇気を持って語り合っていく教会でありたいですね。
 一方、ペテロとバルナバも、謙遜な人たちだったと思いますね。パウロの抗議に、きちんと耳を傾けたからです。もちろん、この時は、二人ともむかっとしたかもしれません。生意気なパウロだな、と思ったかもしれません。しかし、彼らは、このパウロの抗議を受けて、自分の姿や態度に「ハッと」気づかされたに違いありません。そして、あらためて福音の広さ、深さを考え、その福音を広めるために、さらに大きな働きをしていったのです。
 私たちも、このすばらしい福音の世界に生きるために、お互いに励まし合い、時には戒め合いながら、恵みと平安の中を今週も歩んで生きましょう。