城山キリスト教会 礼拝説教    
2017年9月24日            関根弘興牧師
                ヘブル11章28節ー31節
 ヘブル人への手紙連続説教30
    「信仰に生きた人々8」

28 信仰によって、初子を滅ぼす者が彼らに触れることのないように、彼は過越と血の注ぎとを行いました。29 信仰によって、彼らは、かわいた陸地を行くのと同様に紅海を渡りました。エジプト人は、同じようにしようとしましたが、のみこまれてしまいました。30 信仰によって、人々が七日の間エリコの城の周囲を回ると、その城壁はくずれ落ちました。31 信仰によって、遊女ラハブは、偵察に来た人たちを穏やかに受け入れたので、不従順な人たちといっしょに滅びることを免れました。(新改訳聖書)

 ヘブル書11章は「信仰とはなにか」ということを教えるもので、11章1節がこの章の大見出しのようなものです。「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです」とありますね。そして、旧約聖書の人物一人一人の名を挙げながら、彼らがこの信仰によってどのように生きたかということを紹介しているのです。
 前回は、モーセの生涯の前半を見ていきました。モーセが誕生した時代、エジプトに住むイスラエルの民は過酷な労働を課されて苦しんでいました。エジプト王は、イスラエル人がおびただしく増えていくことに脅威を感じ、ついには、「生まれてくるヘブル人の男の子は皆、殺せ」という命令を出したのです。
 そんな時に、モーセが誕生しました。モーセは、すぐに殺されるはずでしたが、助産婦たちや両親の信仰によって生き延びることになります。両親は、最初はモーセを家の中に三ヶ月間隠していましたが、もう隠しきれなくなると、防水加工をした篭にモーセを入れてナイル川の葦の茂みの中に置きました。ちょうどその時、エジプト王の娘が水浴びをしようとナイルの川辺に降りてきました。そして、篭の中で泣いている赤ちゃんを見つけたのです。ことの一部始終を見ていた姉のミリアムは、出て行って、モーセの実の母を乳母として紹介しました。モーセは、王の娘の養子となり、乳母として雇われた実の母親の手で育てられることになったのです。母親は、モーセにイスラエル民族の歴史や、神様が先祖に与えてくださった約束について教えたことでしょう。その後、モーセはエジプトの王宮でエジプトの富に囲まれて暮らし、当時の最高の学問を身に付けたようです。しかし、自分がイスラエル人であることを忘れませんでした。
 40歳になった時、モーセは、同胞のイスラエル人を苦しめているエジプト人を殺してしまいました。自分の手で同胞を救おうとしたのでしょう。しかし、同胞からは理解されないばかりか疑いの目で見られ、また、エジプト王がモーセを殺人の罪で捕らえようとしていたので、モーセは、荒野のミデヤンの地に逃れて、そこで羊を飼って生活するようになりました。華やかな宮殿の生活から一気に失墜した敗北者のような姿に見えたことでしょう。しかし、この中に信仰によって生きた姿があるのだと、このへブル人への手紙は教えているのです。
 信仰によって生きていても、人生は自分で決めたように進んでいくわけではありません。人に理解されないときもあるし、気負って何かをしようとしても失敗してしまうことがあります。しかし、私たちは、挫折や失敗を通して大切な謙遜を学ばされ、待つことを通して忍耐を学ばされていくのです。そして、そのことも、大切な信仰によって生きる姿だと聖書は教えているのです。27節に、モーセは「目に見えない方を見るようにして、忍び通したからです」と書かれていましたね。目に見えないけれど、いつも共にいて最善の道に導いてくださる神様を見るようにして歩んでいったのです。

1 出エジプト

 さて、今日の28節ー29節は、モーセが80歳になってからの出来事です。
 モーセは、40歳から荒野で生活をし、もう自分の人生はこの荒野で終わるだろうと思っていたでしょう。しかし、80歳になったとき、神様が突然モーセに現れ、「エジプト王のもとに行って王と交渉し、イスラエルの民をエジプトから導き出せ」と命じられたのです。しかし、以前にエジプトで挫折を味わい、また、高齢になっていたモーセにとって、その任務はあまりにも大きすぎると思われました。そこで、モーセは「私は、大変な口べたなのです。エジプト王と交渉するなんて無理です」と答えました。すると、神様は「わたしがあなたの口とともにあって、あなたの言うべきことを教えるから、大丈夫だ。行け」と励ましてくださったのです。ところが、モーセは「ああ主よ。どうかほかの人を遣わしてください」と言って、渋っていました。すると、神様は、モーセの兄アロンを協力者としてお与えになりました。モーセが神様から聞いた言葉をアロンに伝え、言葉の巧みなアロンがそれを王や人々に語るという方法を用意してくださったのです。神様は不思議な方ですね。モーセがエジプトで若く力があった時には挫折を味わわせ、もう高齢になって自信を失い臆病になっているモーセには大きな使命を与えられるのですから。
 八十歳のモーセと八十三歳のアロンは、エジプトに向かいました。そして、イスラエルの長老たちを集めて神様の命令のことを説明し、エジプト王のもとに行って、イスラエル人をエジプトから出て行かせてくれるようにと願い出ました。しかし、王は、「お前たちは仕事をさぼりたいだけだろう」と怒って、今まで以上の苦役を課すようになったのです。そのため、同胞のイスラエル人たちからも恨まれることになってしまいました。 しかし、モーセは、神様に励まされて、何度も王の前に行って、要求を繰り返しました。ところが、王は心を頑なにして、決して認めようとしません。すると、神様は、エジプトに次々と災いを下されました。ナイル川とエジプト全土の水が血に変わったり(赤潮のような状況だったのかもしれません)、蛙やブヨやアブやイナゴの大群がエジプト全土を襲ったり、疫病で家畜がばたばた死んでいったり、膿の出る腫物が人や家畜に広まったり、激しい雹が降って作物や家畜に大損害を与えたり、エジプト全土を三日間真っ暗闇が覆ったり、という大災害が立て続けに起こったのです。それでも、王はイスラエル人をエジプトから出て行かせることを頑なに拒んでいました。そこで、最後に、最も大きな十番目の災いが下されることになります。

①過越と血のそそぎ

 神様が最後に下された災いは、大変恐ろしいものでした。神様は、こう言われました。「エジプトの国の初子は、王座に着くパロの初子から、ひき臼のうしろにいる女奴隷の初子、それに家畜の初子に至るまで、みな死ぬ。 そしてエジプト全土にわたって、大きな叫びが起こる。このようなことはかつてなく、また二度とないであろう。」(出エジプト11章5節ー6節)
 初子とは、最初に生まれた男の子のことです。エジプトの初子がすべて一度に死んでしまうというのですから、なんと恐ろしいことでしょう。
 しかし、神様は、イスラエルの民には、こう約束されたのです。「傷のない子羊を用意し、それをほふって、その血を自分の家の二本の門柱とかもいにつけなさい。わたしはその血を見て、あなたがたの所を通り越そう。わたしがエジプトの地を打つとき、あなたがたには滅びの災いは起こらない」と。イスラエルの民は、その通りに行い、災いから逃れることができました。
 今日の28節に「信仰によって、初子を滅ぼす者が彼らに触れることのないように、彼は過越と血の注ぎとを行ないました」と書かれているのは、この出来事だったわけです。
 神様の命令に従ったイスラエル人の家には災いが起こりませんでしたが、真夜中になって、エジプト中の初子が死んでしまう大きな災いが起こりました。出エジプト記12章30節には「エジプトには激しい泣き叫びが起こった。それは死人のない家がなかったからである」と書かれています。そこで、エジプト王は、やっと、イスラエル人がエジプトを出ることを許可しました。それどころか、「これ以上の災いを恐れて、イスラエルの民をせきたてて強制的に追い出した」と書かれています。ついに、イスラエルの民は、奴隷生活から開放され、約束の地へと旅立つことになったのです。
 この出来事を記念して毎年「過越の祭り」が行われるようになりました。「主がエジプトを打ったとき、主はエジプトにいたイスラエル人の家を過ぎ越され、私たちの家々を救ってくださった」ということを覚え、子孫に伝えていくための祭りです。
 ところで、イエス・キリストが十字架につけられたのは、過越の祭りの時でした。イスラエルの民が子羊の血によって滅びから救われてエジプトの奴隷生活から解放されたように、すべての人は、神の子羊であるイエス・キリストの十字架の血によって滅びから救われ、罪と死の奴隷状態から解放されるのです。つまり、モーセの時代の過越の出来事は、イエス・キリストの十字架による救いを予め示す型であったわけですね。

②紅海を渡る

 さて、モーセたちは、ついにエジプトを脱出しました。女性と子どもを合わせると百五十万人とも二百万人とも言われる民族の大移動です。神様は、昼は雲の柱、夜は火の柱でモーセたちを導いてくださり、モーセたちはその導きにしたがって海辺にやってきました。
 ところが、エジプト王は、イスラエルの民がエジプトから出て行くと心が変わり、彼らを連れ戻そうと、大軍を率いて追いかけてきたのです。モーセたちの前には海が広がり、後ろにはエジプトの大軍が迫っています。絶対絶命のピンチです。イスラエルの民は恐れ、モーセを非難して叫びました。「あなたが私たちをエジプトから連れ出したのは、ここで死なせるためですか。いったい何ということをしてくれたのですか」と。
 すると、モーセはこう答えたのです。「恐れてはいけない。しっかり立って、きょう、あなたがたのために行われる主の救いを見なさい。あなたがたは、きょう見るエジプト人をもはや永久に見ることはできない。主があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。」(出エジプト14章13節ー14節)
そして、神様は、モーセにこう命じられました。「イスラエル人に前進するように言え。あなたは、あなたの杖を上げ、あなたの手を海の上に差し伸ばし、海を分けて、イスラエル人が海の真ん中のかわいた地を進み行くようにせよ。」
 神様が雲の柱をイスラエル人とエジプト軍の間に移してエジプト軍の進路を阻んでいる間に、モーセが手を海に差し伸ばすと、非常に強い東風が吹き始め、一晩中吹き続けました。すると、海の水が分かれ、海の真ん中に道ができたのです。イスラエルの民は、その道を通って向こう岸であるシナイ半島に渡ることができました。しかし、エジプト軍が後を追いかけてくると海の水がもとに戻り、全軍勢が海に飲み込まれてしまったのです。
 今日の箇所の29節には、その出来事が書かれています。「信仰によって、彼らは、かわいた陸地を行くのと同様に紅海を渡りました。エジプト人は、同じようにしようとしましたが、のみこまれてしまいました。」
この出来事は、私たちが八方塞がりで絶体絶命の状態に置かれたときに、神様の奇跡的な救いがあることを教えています。 もう百年以上も前ですが、ハドソン・テーラーという宣教師がいました。中国に宣教に行ったのですが、彼は、幾多の困難を経験しながら、こう語りました。「悪魔は、あなたの周りに垣をめぐらすことができる。しかし、屋根をつけることはできない。」つまり、周りが壁ばかりで出口がないように見えても、上は空いている、神様を見上げればいいのだ、ということです。 モーセも海と敵に挟まれてもうどうしようもないという状況で神様を見上げ、神様に叫び求めました。その結果、神様の素晴らしい奇跡を体験したのです。
 ギリシャ語で「人」は「アンスローポス」といいます。これは、「アナ」という言葉と「セレオー」という言葉を合成してできた言葉で、「アナ」は「上に」、「セレオー」は「見る」という意味ですから、「アンスローポス」とは、「上を見上げる存在」だというわけです。私たちは、下ばかり見ていたり、横ばかり見ていることが多いですね。そして、いつも人と比べて優越感と劣等感を行ったり来たりしているんですね。しかし、上を見上げて生きる、つまり、神様を見上げ、神様に信頼して生きていくことが、人として最もふさわしい生き方なのです。
 私たちも、出口が見えない八方塞がりのような状態に陥ることがあるでしょう。しかし、私たちの見上げる天は決して塞がれていません。私たちが叫び求める神様への天の窓は、いつも開いているのですね。人は弱い者です。だから上を見上げて生きていくことが必要であり、それが信仰に生きることなのです。

2 約束の地へ

 さて、紅海を無事に渡ったイスラエルの民は、約束の地に向かって荒野を旅して行くことになります。その間に起こった出来事は、旧約聖書の出エジプト記から申命記までに書かれています。
 荒野の旅は、決して楽なものではありませんでした。荒野には食べ物も水もありません。敵に襲われる危険もあります。しかし、神様は、必要なものをすべて備えてくださいました。毎朝、マナという食べ物を天から降らせ、岩から水を湧き出させ、雲の柱と火の柱で導き、律法を与えて生き方を示してくださいました。また、まわりの国々にイスラエルの民に対する恐れを抱かせて敵に襲われないように守ってくださいました。
 しかし、イスラエルの民は、神様の大きなみわざや恵みを実際に味わっているにもかかわらず、文句ばかり言っていました。「これがない、あれもない、ああエジプトにいたほうがよっぽどましだった」というのが彼らの口癖でした。また、神様を信頼せずに、自分勝手な方向に行こうとしたり、金の子牛を造っておがんだり、神様に選ばれたモーセに反抗して自分がリーダーになろうとしたりと、いろいろな問題を起こしたのです。その結果、結局、四十年間も荒野を行ったり来たりすることになってしまいました。
 そして、やっとのことで約束の地を目の前に見る場所にやってきましたが、モーセ自身は、約束の地に入る前に百二十歳の生涯を閉じたのです。
 モーセに代わって神様からリーダーに任命されたのは、ヨシュアという人です。このヨシュアがイスラエルの民を率いて、約束の地へ入っていくことになるのですが、その時の出来事は、旧約聖書のヨシュア記に書かれています。
 約束の地には、いくつかの民族が住んでいましたが、彼らはかなり道徳的に腐敗していたようです。ヨシュアたちは、神様の命令に従って、ヨルダン川を渡り、町々を占領していくわけですが、まず最初に占領しなければならないのは、エリコという町でした。エリコは、由緒ある古い町で、頑丈な城壁に囲まれていました。
 ヨシュアは、エリコの町の偵察するために二人の斥候を送り出しました。二人は、エリコに入ると、ラハブという遊女の家に泊まりました。しかし、そのことを知ったエリコの王は、人をラハブの家に送って二人を捕らえようとしたのです。しかし、ラハブは、屋上に並べてあった亜麻の茎の中に二人を隠してかくまいました。そして、ラハブの家は城壁の中にありましたから、二人を窓から城壁の外に釣り下ろして助けたのです。
 ラハブは、神様が不思議な力をもってイスラエルの民を導いておられることを知っていました。まことの神様への恐れを持っていました。それで、二人の斥候を助ける代わりに、自分と親族を救ってほしいと願ったのです。二人の斥候は、こう約束しました。「あなたが私たちをつり降ろした窓に赤いひもを結びつけておきなさい。そして、あなたの家の者を全部集めておきなさい。そうすれば、あなたがたを助け出そう。」
 さて、ヨシュアたちがエリコの近くに来ると、エリコの城壁の門は固く閉ざされていました。その時、神様は、ヨシュアに不思議なことをお命じになりました。「角笛を吹き鳴らす七人の祭司たちと契約の箱を真ん中にして、戦士たちは黙ったまま一日に一度、城壁の周囲を回りなさい。それを六日間続けなさい。七日目には、七度回ってから祭司たちの角笛に合わせて皆で大声でときの声をあげなさい。そして、城壁が崩れ落ちたら、まっすぐ上って行きなさい」というのです。ヨシュアたちは、それを忠実に実行しました。そして、七日目にときの声をあげたとき、本当にエリコの堅固な城壁が崩れ落ち、ヨシュアたちは攻め入ってエリコを占領することができたのです。
 ラハブは、約束どおり窓に目印の赤いひもを結んでいたので、親族と共に救い出され、それからはイスラエルの民の中で生活するようになりました。
 今日の30節と31節は、このエリコ陥落の出来事の中に大切な信仰の姿があることを教えています。こう書かれていますね。「信仰によって、人々が七日の間エリコの城の周囲を回ると、その城壁はくずれ落ちました。信仰によって、遊女ラハブは、偵察に来た人たちを穏やかに受け入れたので、不従順な人たちといっしょに滅びることを免れました。」

①城壁を回った人々

 祭司と戦士たちは、黙ってエリコの城壁を回りました。エリコの人々は、城壁の上からそれを見て、嘲笑や罵声を浴びせたことでしょう。それに耐えて、静かに行進することは簡単ではなかったと思います。しかも、こんなことをして何の意味があるのかという疑問も湧いてきたかもしれません。しかし、詩篇62篇1節に「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る」とあるように、神様に従いつつ、神様のみわざを黙って待ち望むことも私たちが学ぶべき大切なことです。 今年の念頭に学んだゼカリヤ4章6節の言葉は、「『権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって。』と万軍の主は仰せられる」というものでしたね。難攻不落に見えるエリコの城壁は、人の力ではなく、神様によって崩されました。私たちの目の前にあるとても崩せそうもない壁も、神様なら崩すことがおできになる、ということを覚え、神様に信頼していきましょう。 

②遊女ラハブ

 また、ラハブも信仰によって行動しました。ラハブは「遊女」ですから、決してほめられた人生を送っていたわけではありません。しかし、斥候の二人に、こう告白しているのです。「あなたがたの神、主は、上は天、下は地において神であられるからです」と。イスラエルの民のエジプト脱出の出来事は、この地方の人々に知れ渡っていました。ラハブは、この神様は本物だと思ったのでしょうね。そして、この告白は、結果的にラハブもラハブの親族も救うことになったのです。
 それだけでなく、彼女の名前は、マタイの福音書1章のイエス・キリストの系図の中にも記されています。「サルモンに、ラハブによってボアズが生まれ、ボアズに、ルツによってオベデが生まれ、オベデにエッサイが生まれ、エッサイにダビデ王が生まれた」と書かれています。そのダビデ王の子孫として救い主イエス様が生まれたわけですね。つまり、ラハブは、救い主の先祖の一人として名を連ねているのです。

 モーセもエリコを占領した人々もラハブも信仰によって歩みました。その結果、神様の素晴らしい救いのみわざを経験することができたのです。
 私たちも、今週、「ただ黙って、主の救いを待ち望む」ことの大切さを知ることができますように。