城山キリスト教会 礼拝説教          
二〇二一年九月五日              関根弘興牧師
   使徒の働き五章三四節〜六章十二節、七章五四〜六〇節
 使徒の働き連続説教7
   「神の右に立つイエス様」
 
 5:34 ところが、すべての人に尊敬されている律法学者で、ガマリエルというパリサイ人が議会の中に立ち、使徒たちをしばらく外に出させるように命じた。35 それから、議員たちに向かってこう言った。「イスラエルの皆さん。この人々をどう扱うか、よく気をつけてください。36 というのは、先ごろチゥダが立ち上がって、自分を何か偉い者のように言い、彼に従った男の数が四百人ほどありましたが、結局、彼は殺され、従った者はみな散らされて、あとかたもなくなりました。37 その後、人口調査のとき、ガリラヤ人ユダが立ち上がり、民衆をそそのかして反乱を起こしましたが、自分は滅び、従った者たちもみな散らされてしまいました。38 そこで今、あなたがたに申したいのです。あの人たちから手を引き、放っておきなさい。もし、その計画や行動が人から出たものならば、自滅してしまうでしょう。39 しかし、もし神から出たものならば、あなたがたには彼らを滅ぼすことはできないでしょう。もしかすれば、あなたがたは神に敵対する者になってしまいます。」彼らは彼に説得され、40 使徒たちを呼んで、彼らをむちで打ち、イエスの名によって語ってはならないと言い渡したうえで釈放した。41 そこで、使徒たちは、御名のためにはずかしめられるに値する者とされたことを喜びながら、議会から出て行った。42 そして、毎日、宮や家々で教え、イエスがキリストであることを宣べ伝え続けた。
 6:1 そのころ、弟子たちがふえるにつれて、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちが、ヘブル語を使うユダヤ人たちに対して苦情を申し立てた。彼らのうちのやもめたちが、毎日の配給でなおざりにされていたからである。2 そこで、十二使徒は弟子たち全員を呼び集めてこう言った。「私たちが神のことばをあと回しにして、食卓のことに仕えるのはよくありません。3 そこで、兄弟たち。あなたがたの中から、御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人たち七人を選びなさい。私たちはその人たちをこの仕事に当たらせることにします。4 そして、私たちは、もっぱら祈りとみことばの奉仕に励むことにします。」5 この提案は全員の承認するところとなり、彼らは、信仰と聖霊とに満ちた人ステパノ、およびピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルメナ、アンテオケの改宗者ニコラオを選び、6 この人たちを使徒たちの前に立たせた。そこで使徒たちは祈って、手を彼らの上に置いた。7 こうして神のことばは、ますます広まって行き、エルサレムで、弟子の数が非常にふえて行った。そして、多くの祭司たちが次々に信仰に入った。8 さて、ステパノは恵みと力とに満ち、人々の間で、すばらしい不思議なわざとしるしを行っていた。9 ところが、いわゆるリベルテンの会堂に属する人々で、クレネ人、アレキサンドリヤ人、キリキヤやアジヤから来た人々などが立ち上がって、ステパノと議論した。10 しかし、彼が知恵と御霊によって語っていたので、それに対抗することができなかった。11 そこで、彼らはある人々をそそのかし、「私たちは彼がモーセと神とをけがすことばを語るのを聞いた」と言わせた。12 また、民衆と長老たちと律法学者たちを扇動し、彼を襲って捕らえ、議会にひっぱって行った。(中略)7:54 人々はこれを聞いて、はらわたが煮え返る思いで、ステパノに向かって歯ぎしりした。55 しかし、聖霊に満たされていたステパノは、天を見つめ、神の栄光と、神の右に立っておられるイエスとを見て、56 こう言った。「見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。」57 人々は大声で叫びながら、耳をおおい、いっせいにステパノに殺到した。58 そして彼を町の外に追い出して、石で打ち殺した。証人たちは、自分たちの着物をサウロという青年の足もとに置いた。59 こうして彼らがステパノに石を投げつけていると、ステパノは主を呼んで、こう言った。「主イエスよ。私の霊をお受けください。」60 そして、ひざまずいて、大声でこう叫んだ。「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」こう言って、眠りについた。(新改訳聖書第三版)
 
 使徒の働きには、初代教会の姿が記されています。イエス様が天に昇られたあと、約束通りにもう一人の助け主なる聖霊が弟子たちに注がれました。主が共にいてくださることによって、弟子たちは大胆にイエス様の復活と救いの福音を宣べ伝えていきました。すると、多くの人々が信じ、教会が誕生し、成長していったのです。ただ、教会には、内部からも外部からも様々な問題が起こりました。しかし、それぞれの問題の中で、教会は、教会のあるべき姿を学び、また、守り導いてくださる神様の力を知ることができたのです。
 さて、前回の箇所では、外部の問題が起こりましたね。イエス様が救い主であることを認めようとしないユダヤの宗教指導者たちが、使徒たちの働きを見て激しい怒りとねたみを持ち、使徒たちを逮捕、投獄してしまったのです。しかし、投獄された使徒たちは、その夜、御使いによって牢屋から助け出されるという不思議な体験をしました。そして、「イエス・キリストの救いを語り続けなさい」という御使いの命令通り、朝早く神殿に行って福音を語り始めたのです。しかし、また、すぐに逮捕されてユダヤの最高議会の中に立たされ審問を受けることになりました。すると、使徒たちは、最高の権力を持っている人々の前で大胆にこう語りました。「人に従うより、神に従うべきです。私たちは、イエス様が復活したこと、そして、イエス様がまことの救い主であることの証人です。」それを聞いた人々は怒り狂い、使徒たちを殺そうとしました。その時、すべての人に尊敬されている律法学者でパリサイ派のガマリエルという人が立って助言をしたのです。今日の箇所はそこから始まっています。
 
1 ガマリエルの助言
 
 ガマリエルは、こう言いました。「以前、チゥダやガリラヤ人ユダが騒動や反乱を起こしましたが、結局自滅してしまったではありませんか。この使徒たちも、もしその計画や行動が人から出たものなら自滅してしまうでしょう。しかし、もし神から出たものならば、あなたがたは彼らを滅ぼすことはできないどころか、自分たちが神に敵対する者になってしまいますよ。」神殿の祭司たちが属するサドカイ派は復活を信じていませんから、イエス様の復活を絶対に認めようとしませんでしたが、パリサイ派に属するガマリエルは、死人の復活を信じていました。それに、弟子たちの大胆な姿を見、弟子たちを通して聖霊の不思議なみわざが行われているのを知って、もしかしたらイエスという人物が本当に救い主なのかもしれない、これから弟子たちの様子を見ながら見極めたい、という思いを持っていたのかもしれませんね。
 
2 使徒たちの姿
 
 ガマリエルに説得された人々は、使徒たちをむち打ち、「イエスの名によって語ってはならない」と厳しく言い渡してから釈放しました。しかし、使徒たちは、41節にあるように「御名のためにはずかしめられるに値する者とされたことを喜びながら、議会から出て行った」のです。普通は、良いことが起こったら喜びますね。でも、使徒たちは、イエス・キリストのために迫害されたことを喜んだのです。もしかしたら、ルカ6章22節ー23節のイエス様のこの言葉を思い出したのかもしれません。「人の子のために、人々があなたがたを憎むとき、また、あなたがたを除名し、はずかしめ、あなたがたの名をあしざまにけなすとき、あなたがたは幸いです。その日には、喜びなさい。おどり上がって喜びなさい。天ではあなたがたの報いは大きいからです。」
 クリスチャンの人生を特徴づける言葉は「喜び」です。でも、人生には辛く悲しい出来事も襲ってきます。そんな時は、とても喜べないと感じてしまいますね。嘆き、涙しながら葛藤します。でも心の奥底にある救いの喜び、主が共にいてくださるという喜び、永遠の希望があるということを思い起こすとき、喜びは、少しずつ回復していくのです。だれも、私たちに与えられた永遠の救いを奪うことなどできないのですから。
 
3 教会内部の問題ふたたび
 さて、前々回読んだ5章の最初には教会内部で起こった問題が書かれていましたね。アナニヤとサッピラの夫婦が献金のことで「偽り」を言って神様を欺こうとしたのです。そのため、夫婦はその場でいのちを失ってしまいました。その出来事は、神様に対して正しい畏敬の念を持つことの大切さを教えるものとなりました。
 そして、今日の箇所の6章の最初には、再び教会内部で問題が起こったことが書かれています。食べ物の配給の時に、ギリシャ語を使うユダヤ人のやもめがなおざりにされていたというのです。当時のエルサレムには、ギリシャ語を使うユダヤ人がたくさんいました。世界中に離散していたユダヤ人たちがエルサレムに戻って来ていたのでしょう。しかし、以前からエルサレムに住んでいたヘブル語を使うユダヤ人たちは、離散から戻ってきたユダヤ人たちを軽んじる思いがどこかにあったのかもしれません。
 考えてみてください。永遠の救いを宣べ伝えている教会の中で、食事の量の多い少ないは些細なことに思えますね。教会の伝道の働きが進んでいくためにはあまり関係がなさそうです。しかし、教会の中で起こる問題の多くは、些細なことが発端になる場合が多いのです。「いつも座っている椅子に他の人が座った」とか「スリッパの位置がいつもと違う」とか「つまらない奉仕に回された」とか、実に小さなことが問題になるのです。しかし、些細なこととして放置していると次第に事が大きくなって教会分裂にまで発展しかねません。ですから、初代教会は、そうした小さな問題も弟子たち全員を集めてきちんと討議し、食事当番を選んだのです。選ぶ際の条件は「御霊と知恵とに満ちた、評判の良い人」でした。皆が信頼できる人を選ぶことが大切だったのですね。そして、名前を見るとわかるのですが、ギリシャ名を持った人たちが選ばれました。なおざりにされていた人たちに十分配慮できそうな人が選ばれたわけですね。私たちは、この出来事から何を学ぶことができるでしょうか。
 
(1)小さな問題にも誠実に対処すること
 
 教会の人数が増えてくると、小さな意見や目立たない問題が無視されてしまったり、自分がなおざりにされていると感じる人が出てきたりすることがありますね。小さな意見にも誠実に耳を傾け、小さな問題にも的確に対処する教会でありたいですね。
 
(2)奉仕に優劣はない
 
 選ばれた七人は、食事配給の仕事を忠実に行いました。そのおかげで、使徒たちは、食事の問題に煩わされることなく、みことばと祈りの奉仕に専念することができたのです。そして、「神のことばはますます広まっていった」と書かれています。 主にある奉仕で大切でないものは一つもありません。この奉仕は立派で、あの奉仕は大したことがない、ということはないのです。一人一人は、キリストのからだの器官です。それぞれが自分に与えられている役割を心から果たしていくときに、麗しいキリストのからだが成長していくのです。手が足をうらやむ必要はないし、目が眉毛を見下すのも愚かなことですね。人と比べる必要などありません。いま与えられている奉仕があるなら、感謝しつつ誠実に行っていきましょう。
4 最初の殉教者ステパノ
 
 さて、食事配給係に選ばれた七人の中にステパノという大変優れた人物がいました。「ステパノは恵みと力とに満ち、人々の間で、すばらしい不思議なわざとしるしを行っていた」とあります。多くの人がステパノによってキリストに導かれたことでしょう。そんなステパノに、ユダヤ人たちが議論を挑んで来ました。しかし、彼らはステパノに対抗できませんでした。そこで、彼らは人々をそそのかし、「ステパノがモーセと神を汚す言葉を語っている」と偽証させたのです。
 聖書や神様を汚すことを語るのは、死刑に値する重罪ですから、ユダヤ当局はステパノを捕らえ、議会に引き出しました。すると、ステパノは、議会のそうそうたるメンバーに向かって大胆に説教を始めたのです。その内容は、7章2節ー53節に記されているので、この礼拝後ゆっくりと読んでくださいね。
 では、ステパノは、何を語ったのでしょう。かいつまんで言いますと、彼はまず旧約聖書に記されているイスラエル民族の歴史を語っていきました。そして、52節ー53節でこう厳しく語ったのです。「あなた方は、かたくなで、先祖たちと同じように、いつも聖霊に逆らっています。あなた方の先祖たちは、救い主の到来を語った預言者たちを殺しましたが、今では、あなた方が救い主を殺してしまったのです。あなたがたは、神様の律法を受けたのに、それを守ったことがありません」と。
 相手は、「自分たちこそ他の誰よりも神の律法を守っていて、救いを受けるに一番相応しい人間だ」と自負している人々です。彼らは、ステパノの言葉に激怒しました。自分たちの罪を指摘されて、耳を覆ってしまったのです。ステパノは、彼らの罪を指摘しましたが、それで終わるのではなく、罪を赦し、永遠の救いを与えてくださる救い主のことも語ろうとしていたことでしょう。しかし、残念なことに、彼らは、その神様の豊かな恵みを聞く前に耳を塞ぎ、ステパノを石で打ち殺してしまったのです。
 誰も自分の罪を指摘されるのは心地いいものではありません。聞きたくないテーマです。私たちは、聖書や礼拝を通し、また祈りの中で、心のずれ、罪を指摘されることがあります。傲慢、不品行、貪欲、むさぼり、偽りを指摘されることがあります。その時、耳を覆ってしまうなら、ステパノを殺した人々と実は同じなのです。彼らは耳を覆って、ステパノを殺し、永遠の恵みの約束、救いのことばを葬ってしまいました。
 一方、それとは対照的に、ステパノには極限の中にあっても何とも言えぬ平安の姿がありました。ステパノのこの平安は、どこから来るのでしょう。ステパノはこの時、何を見ていたのでしょう。7章55節ー56節にこう書かれていますね。「しかし、聖霊に満たされていたステパノは、天を見つめ、神の栄光と、神の右に立っておられるイエスとを見て、こう言った。『見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。』」
 ステパノは、四面楚歌の状況の中で、天を見上げました。そこに何を見たでしょうか。
 ステパノは、すべてをご存じで、すべてを支配しておられる神様の栄光を見ました。また、神の右に立っておられる人の子、つまり、人として来てくださった救い主イエス様を見ました。ヘブル1章3節には、イエス様が罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者、つまり、神様の右の座に着かれたと書かれています。それは、「イエス様こそ誰も超えることのできない至高の地位に着いておられる方だ」ということを示す表現です。ただ、今日の箇所では、イエス様は、着座されているのではなく、「立っておられる」というのです。まるで、神の右に座していたイエス様が立ち上がって、愛するしもべステパノのほうに身を乗り出し、手を差し伸べているかのような光景ではありませんか。この光景を見たステパノは、喜びと平安と希望に満たされたことでしょう。
 しかし、そのステパノの言葉を聞いた人々は、大声で叫びながら、耳をおおい、いっせいにステパノに殺到しました。彼らにとって神様は、罪ある人間が決して近づくことができない聖なる方です。神様の御顔を少しでも見たら、死んでしまうほどの恐るべきお方です。その神様のもとに人の子にすぎないイエスがいるなどというのは、何という冒涜だと怒り狂ったのです。神様を冒涜する者は、石打の刑に処せられることが決まっていました。そこで、彼らは、ステパノを町の外に引きずり出して石で打ち殺したのです。
 当時、このような刑を執行するためには、一定の手続きが必要でした。まず、証人たちの証言によって「神への冒涜だ」と認められると、大祭司と議会全体の正式な処刑の認可が出されます。そして、処刑される者は「町の外」にある処刑場のような場所に引きずり出され、人の背丈の倍ほどある高い場所から下に突き落とされ、証人たちが大きな石を投げるのだそうです
 ステパノは、石を投げつけられながら、天に向かって二つの祈りを叫びました。「主イエスよ。私の霊をお受けください」、そして、「主よ。この罪を彼らに負わせないでください」という祈りです。これは、イエス様の十字架上の祈りと重なります。すべてを神様にゆだね、自分を迫害する人々のために罪の赦しを祈ったのです。そして、ステパノは、永遠の眠りにつきました。
 御霊と知恵とに満ち、信仰と愛に溢れ、素晴らしい働きをしていたステパノが、教会の最初の殉教者となってしまいました。彼が生きていれば、さらに大きな働きがたくさんできたにちがいありません。それなのに、なぜ神様は、ステパノを救い出してくださらなかったのだろうかと思いますね。しかし、その理由をいくら探っても、私たちにはわかりません。
 ただ、ステパノは、天の神様のみもとで永遠の安らぎを味わうことができるようになったことは確かです。様々な困難を経験したパウロも、ピリピ1章21節ー23節でこう書いています。「私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です。しかし、もしこの肉体のいのちが続くとしたら、私の働きが豊かな実を結ぶことになるので、どちらを選んだらよいのか、私にはわかりません。私は、その二つのものの間に板ばさみとなっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。実はそのほうが、はるかにまさっています。」
 それに、このステパノの殉教をきっかけにエルサレムで激しい迫害が起こり、弟子たちが各地に散らされていくことになりました。つまり、ステパノの痛ましい殉教の出来事が、福音が世界中に拡大していくきっかけとなったのです。迫害は決して歓迎されるものではありません。痛みそのものです。しかし、こうした迫害をも神様は益としてくださるのです。
 そして、もう一つ、このステパノの殉教の姿が一人の人物に大きな影響を与えたと考えられるのです。
 
5 サウロの登場
 
 7章58節に「証人たちは、自分たちの着物をサウロという青年の足もとに置いた」とありますね。サウロというのは、後のパウロのことです。ヘブル名はサウロですが、キリストを信じた後に、異邦人に福音を伝えるためにギリシャ名のパウロと呼ばれるようになったのです。
 ステパノが神を冒涜したと証言する証人たちは、ステパノに石を投げつけるときに、自分たちの着物をサウロの足もとに置きました。たぶん、これは、サウロが議会の正式な処刑の認可証のようなものをもっていたからだと考えられます。
 サウロは、その場で、ステパノが石で打たれる姿を目撃していました。そして、「主よ。この罪を彼らに負わせないでください」と声を振り絞りながら祈るステパノの声を聞いたはずです。この経験が、サウロに大きな印象を与えたのではないでしょうか。キリスト教会の初期の神学者アウグスチヌスは、「もしステパノが祈らなかったら、サウロは回心させられなかったであろう」と記しています。ステパノの祈りは、その場では、ただ虚しく響くだけのものだったかもしれません。しかし、その後の記録を見ると、その祈りは決して虚しく散っていったのではないということがわかるのです。聖書を読んでいくと、こうした祈りの一つ一つが実を結んでいくのを見ることができるのです。
 ステパノの石打ち刑を冷酷に見ていたサウロは、この後、9章でイエス・キリストに出会い、劇的な回心をします。それ以降、使徒の働きは、彼の活動に焦点を当てながら展開していくことになるのです。