城山キリスト教会 礼拝説教          
二〇二一年一〇月一〇日            関根弘興牧師
              使徒の働き九章二一節〜三一節
 使徒の働き連続説教11
   「サウロの準備」
 21 これを聞いた人々はみな、驚いてこう言った。「この人はエルサレムで、この御名を呼ぶ者たちを滅ぼした者ではありませんか。ここへやって来たのも、彼らを縛って、祭司長たちのところへ引いて行くためではないのですか。」22 しかしサウロはますます力を増し、イエスがキリストであることを証明して、ダマスコに住むユダヤ人たちをうろたえさせた。23 多くの日数がたって後、ユダヤ人たちはサウロを殺す相談をしたが、24 その陰謀はサウロに知られてしまった。彼らはサウロを殺してしまおうと、昼も夜も町の門を全部見張っていた。25 そこで、彼の弟子たちは、夜中に彼をかごに乗せ、町の城壁伝いにつり降ろした。26 サウロはエルサレムに着いて、弟子たちの仲間に入ろうと試みたが、みなは彼を弟子だとは信じないで、恐れていた。27 ところが、バルナバは彼を引き受けて、使徒たちのところへ連れて行き、彼がダマスコへ行く途中で主を見た様子や、主が彼に向かって語られたこと、また彼がダマスコでイエスの御名を大胆に宣べた様子などを彼らに説明した。28 それからサウロは、エルサレムで弟子たちとともにいて自由に出はいりし、主の御名によって大胆に語った。29 そして、ギリシヤ語を使うユダヤ人たちと語ったり、論じたりしていた。しかし、彼らはサウロを殺そうとねらっていた。30 兄弟たちはそれと知って、彼をカイザリヤに連れて下り、タルソへ送り出した。31 こうして教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの全地にわたり築き上げられて平安を保ち、主を恐れかしこみ、聖霊に励まされて前進し続けたので、信者の数がふえて行った。(新改訳聖書第三版)
 
1 サウロの準備
 
 人は、自分がずっと信じてきたことが否定され覆されてしまうという経験をすると、大きな不安や失望や虚無感に襲われます。特に、信じていることに人生をかけて熱心に取り組んできた場合、その信じていることが違っていたと知ったときの衝撃はどれほどでしょうか。
 前回の箇所で、サウロは、そのような経験をしました。
 彼は、後にパウロと呼ばれる人ですが、大変まじめで、志を最後まで貫徹しようとする一途な努力家であり、熱心なユダヤ教徒でした。律法や先祖伝来の戒律を守ることにも人一倍熱心でした。しかし、彼は、「イエスが救い主であるはずがない。自分を神の子だと言いふらして民衆を惑わし、神を冒涜したのだから、抹殺すべきだ」と考えていました。そして、そのイエスを信じるクリスチャンたちも徹底的に迫害し撲滅しようとしていたのです。
 以前、7章で見たとおり、教会の最初の殉教者はステパノでした。石で打ち殺されたのです。その時、ステパノに石を投げつけた人々は、自分たちの上着をサウロのもとに置いたと書かれていましたね。おそらく、サウロは、ステパノ処刑の許可証をユダヤ当局から受け取り、立会人のような立場でそこにいたのでしょう。サウロは、クリスチャン迫害のリーダー的な存在だったのです。
 ところが、前回の箇所に書かれていたように、そんな彼の人生が百八十度変わってしまう出来事が起こりました。
 サウロがダマスコのクリスチャンたちを捕縛する権限を与えられて、ダマスコに向かっている途中のことです。突然、天からのまばゆい光に照らされ、サウロは地に倒れてしまいました。しかも、何も見えなくなってしまったのです。そして、「サウロ、サウロ。なぜ私を迫害するのか」というイエス・キリストの声を聞き、自分が今まで非常に大きな過ちを犯していたことを知りました。彼の信じてきたこと、人生をかけて行ってきたことが一瞬のうちに覆されてしまったのです。
 見えなくなったサウロは、ダマスコの町に連れて行かれ、三日間、飲み食いせずに過ごしました。彼は、意気消沈していたことでしょう。それまでの彼は、自分は人よりも知識があり、知恵も力もあり、誰よりも熱心に神に仕えているという自負があったことでしょう。しかし、イエス・キリストに出会って、倒され、目が見えなくなるという経験をし、人生で初めて、自分の愚かさや弱さや過ちを思い知らされたのです。しかし、それは、彼が新しい人生を始めるために必要な経験でした。
 三日後、ダマスコに住むアナニヤというクリスチャンが、サウロを訪ねてきました。イエス様が幻の中でアナニヤに「サウロのために祈りに行きなさい」とお命じになったからです。アナニヤがサウロに手を置いて祈ると、サウロの目からうろこのようなものが落ちて、サウロは目が見えるようになり、聖霊に満たされました。そして、イエス様を信じて洗礼を受けたのです。この時から、サウロは、ダマスコにあるユダヤ教の会堂を回って、「イエスは神の子である」と宣べ伝え始めました。
 今日の箇所は、その続きです。クリスチャンを激しく迫害していたパウロが、まったく逆のことを言い始めたのですから、人々はみな驚いてしまいました。しかも、サウロは、聖書の知識が豊富ですから、聖書から、イエスがキリストであることを証明して、ダマスコに住むユダヤ人たちをうろたえさせたのです。サウロに反論できる人は一人もいなかったでしょうね。
 さて、23節に「多くの日数がたって後」とありますね。実は、22節と23節の間には、かなり長い期間があったようです。その間、サウロは何をしていたのでしょうか。
 サウロはガラテヤ1章13節ー18節にこう書いています。「以前ユダヤ教徒であったころの私の行動は、あなたがたがすでに聞いているところです。私は激しく神の教会を迫害し、これを滅ぼそうとしました。また私は、自分と同族で同年輩の多くの者たちに比べ、はるかにユダヤ教に進んでおり、先祖からの伝承に人一倍熱心でした。けれども、生まれたときから私を選び分け、恵みをもって召してくださった方が、異邦人の間に御子を宣べ伝えさせるために、御子を私のうちに啓示することをよしとされたとき、私はすぐに、人には相談せず、先輩の使徒たちに会うためにエルサレムにも上らず、アラビヤに出て行き、またダマスコに戻りました。それから三年後に、私はケパをたずねてエルサレムに上り、彼のもとに十五日間滞在しました。」
 つまり、サウロは、ダマスコからアラビヤに行って、またダマスコに戻り、それからエルサレムに行ったというのですね。このサウロの行動を整理して見ていきましょう。
 
(1)ダマスコからアラビヤへ
 
 ダマスコでクリスチャンになったサウロは、しばらくの間ユダヤ人の諸会堂でイエス・キリストを宣べ伝えた後、アラビヤに行きました。当時のアラビヤは、今よりも広い地域を指していたようです。パウロが行ったのは、ダマスコの東の今のシリアの地域だったのではないかと考えられています。ただ、詳しいことは書かれていないので、サウロが実際どの場所に行ったのか、そこにどれくらいの期間滞在し、そこで何をしたのかということについては、よくわかりません。
 ただ、このアラビヤでの滞在期間は、サウロが、イエス・キリストの福音について、また、自分の新しい人生や使命について、落ち着いて深く考え整理する時になったのではないかと思われます。サウロにとって神様と一対一の神学校生活のようなものだったのではないでしょうか。これから始まろうとしている働きの大切な準備期間となったはずです。
 このアラビヤに彼は三つのものを携えていきました。
 
@旧約聖書に記されていること
 
 当時は、まだ新約聖書は完成していませんから、聖書と言えば旧約聖書のことです。当時の聖書は、巻物に手書きされていました。アラビヤに重い巻物を持って行けたとは思えませんが、サウロは、ほとんど暗記するほど旧約聖書に精通していました。旧約聖書には、救い主についての預言がたくさん書かれています。パウロは、その聖書の数々の預言を思い起こしながら、それらの預言がイエス様によって成就したことを、アラビヤでさらに深く学んでいったことでしょう。
 
Aクリスチャンたちによって語られたこと
 
 当時のクリスチャンたちは、実際にイエス様の教えを聞き、イエス様のみわざを目撃しました。また、復活のイエス様にお会いした弟子たちも五百人以上いました。そのクリスチャンたちの証言をサウロも聞き知っていたことでしょう。ダマスコのクリスチャンたちと過ごした時にもイエス・キリストを信じて救われた人々の話を聞いたでしょう。そういうクリスチャンたちの証言についても、サウロはアラビヤでじっくり思い起こし、旧約聖書の預言と関連付けながら整理していったのではないでしょうか。
 
B自分自身が経験したこと
 
 そして、サウロ自身が経験したことです。
 サウロは、直接、主と出会い、主の言葉を聞きました。使徒26章12節ー18節で、サウロは、ローマの総督フェストやアグリッパ王の前で、自分の経験を次のように語っています。「このようにして、私は祭司長たちから権限と委任を受けて、ダマスコへ出かけて行きますと、その途中、正午ごろ、王よ、私は天からの光を見ました。それは太陽よりも明るく輝いて、私と同行者たちとの回りを照らしたのです。私たちはみな地に倒れましたが、そのとき声があって、ヘブル語で私にこう言うのが聞こえました。『サウロ、サウロ。なぜわたしを迫害するのか。とげのついた棒をけるのは、あなたにとって痛いことだ。』 私が『主よ。あなたはどなたですか』と言いますと、主がこう言われました。『わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起き上がって、自分の足で立ちなさい。わたしがあなたに現れたのは、あなたが見たこと、また、これから後わたしがあなたに現れて示そうとすることについて、あなたを奉仕者、また証人に任命するためである。わたしは、この民と異邦人との中からあなたを救い出し、彼らのところに遣わす。それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたしを信じる信仰によって、彼らに罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせるためである。』」
 このように、パウロは、主と出会い、主の言葉を聞きました。そして、主から直接、使命を与えられたのです。サウロは、アラビヤで、この出来事を思い巡らし、自分の内側に起こった変化や様々な思いについて、また、主の言葉や自分に与えられた使命について、深く考えたことでしょう。サウロは、アラビヤでイエス様の救いをじっくりと味わい、熟成させる時を持ったのではないでしょうか。
 
 さて、私たちは、何か特別な経験をしたり、大きな感動を味わったり、劇的な変化が起こったときに、その内容や意味をよく考えずに、やたらと語り始めたり、行動を始めてしまうことがありますね。しかし、私たちにもサウロと同じようなアラビヤの経験が必要だと思います。まず、自分が経験したことをよく吟味し、深く理解していくこと、また、救い主イエス様のことをより深く知っていくことが大切なのです。
 幸いにも、私たちは、サウロが携えていたものをすでに持っています。救い主を預言した旧約聖書があります。救い主に実際にお会いした初期のクリスチャンたちの証言が書かれている新約聖書もあります。また、今に至るまでのクリスチャンたちの証しがあります。そして、主に導かれて信じることができたという体験をそれぞれが味わっています。それらのものをじっくり吟味し、自分が与えられた救いを深く味わい、与えられた使命を確認していく静かな時間を取っていきましょう。
 
(2)ダマスコに戻る
 
 アラビヤでの滞在期間が終わり、サウロは、さらに大きな確信を持ってダマスコに戻っていったことでしょう。
 ダマスコには、迫害者であったサウロを最初に仲間に迎え入れてくれた人々がいました。サウロにとって、こうした仲間との再会は、心安らぐひとときとなったことでしょう。
 しかし、ダマスコには、サウロに苦々しい思いを持っている人々もいました。以前のサウロがそうだったように、イエス様を救い主と認めようとしないユダヤ人たちです。彼らにしてみれば、自分たちのリーダーだったサウロが突然「イエスは救い主である」と公言し始めたわけですから、裏切り行為にしか思えませんでした。
 しかし、サウロを殺害しようとする彼らの陰謀は、サウロに知られてしまいました。サウロがこれ以上ダマスコに滞在すると、命を落とす危険がありました。しかし、町の門は昼も夜も見張られています。そこで、クリスチャン仲間がサウロをかごに乗せて城壁伝いにつり降ろして脱出させたのです。
 
(3)エルサレムへ
 
 サウロは、ダマスコからエルサレムに向かいました。
 しかし、エルサレムは、ダマスコ以上に危険な場所でした。サウルは以前、大祭司からダマスコのクリスチャンを迫害する許可を受け、ダマスコの諸会堂宛てに手紙まで書いてもらって出かけたのです。それなのに、サウロ自身がクリスチャンになって戻ってきたのですから、ユダヤの当局のメンツはまるつぶれです。サウロに対してはらわたが煮え返る思いでいたでしょう。サウロは裏切り者のお尋ね者となっていました。
 しかし、サウロはそれを承知でエルサレムに行ったのです。なぜでしょうか。それは、イエス様から権威を与えられた使徒たちがエルサレムにいたからです。
 以前、ユダヤ人と犬猿の仲であったサマリヤ人たちがイエス・キリストを信じた時、エルサレム教会から使徒たちが遣わされて、確かにサマリヤ人もイエス・キリストを信じて救われ、同じ主にある仲間とされたということを確認しましたね。それと同じように、サウロも、同じイエス・キリストを信じる仲間として使徒たちから認められることが大切だったのです。
 サウロは、復活のイエス様の光に照らされ、イエス様の声を直接聞くという劇的な体験をしました。しかし、ただ自分勝手に活動を始めていたら、教会に混乱をもたらすだけだったでしょう。パウロがこれから全世界に出て行って福音を宣べ伝えるためには、まず、エルサレムの教会にクリスチャンとして受け入れられ、教会の祈りと援助を受けながら各地に派遣されていくことが大切でした。また、サウロの福音宣教の使命が、イエス様から与えられたものであることを使徒たちに認めてもらうことによって、パウロの働きがすべてのクリスチャンたちに認められ、受け入れられることになるのです。
 ですから、サウロは、エルサレムに行って弟子たちの仲間に入ろうとしたのですが、何と言ってもサウロは迫害者として有名でした。特にエルサレムのクリスチャンたちの中には、サウロによって迫害され苦しめられた人々やその関係者たちがたくさんいたはずです。ですから、サウロが本当にクリスチャンになったのか怪しいものだ、スパイなのではないか、と教会の人々が警戒し、恐れていたのも無理はありませんね。
 しかし、27節-28節にこう書かれています。「ところが、バルナバは彼を引き受けて、使徒たちのところへ連れて行き、彼がダマスコへ行く途中で主を見た様子や、主が彼に向かって語られたこと、また彼がダマスコでイエスの御名を大胆に宣べた様子などを彼らに説明した。それからサウロは、エルサレムで弟子たちとともにいて自由に出はいりし、主の御名によって大胆に語った。」仲間たちから信頼されていたバルナバ(「慰めの子」という意味)がサウロを引き受け、使徒たちのところに連れて行ったのですね。ダマスコでは、アナニヤが勇気を持ってサウロのために祈りに行きました。エルサレムでは、バルナバが勇気を持ってサウロを教会に導き入れたのです。そのおかげで、サウロは使徒たちに会い、信仰と使命を認めてもらうことができました。これからの働きに大きな道が開かれたのです。 サウロは、エルサレムでも大胆に救い主イエスのことを宣べ伝えました。しかし、彼がエルサレムに留まっているのは、大変危険なことでした。サウロの命を狙う刺客が待ち構えていたのです。そこで、30節にあるように、教会の仲間たちは、サウロをカイザリヤに連れて下り、タルソへ送り出しました。
 
(4)タルソへ
 
 タルソは、サウロの出身地で、アテネ、アレキサンドリヤと並ぶ学問の都として知られた町でした。また、天幕製造で有名な町で、サウロも天幕職人の技術を身につけていました。この町には、サウロの学友もいたことでしょう。
 ただ、タルソでの生活については、聖書には何も書かれていないので、よくわかりません。世界中に福音を宣べ伝える使命を受けたはずなのに、故郷のタルソに戻ってしまったのは、行くべき道が塞がれたような感じがしますね。しかも、サウロは少なくとも約十年間タルソで生活することになるのです。
 ダマスコでイエス様と出会って、その後アラビヤに行き、またダマスコに戻った後、エルサレムへ、そしてタルソに戻ったわけですから、サウロがイエス様と出会ってから公に伝道旅行に出かけるまで、およそ十四年の歳月が流れたということですね。しかし、サウロは自分に起こった一連の出来事から、神様がすべてを備え、導いてくださることを確信していたのだと思います。彼は淡々と日常生活を送りながら、神様が備えてくださる時を待っていたのでしょう。伝道者の書3章に書かれているとおり、すべてのことに時があるのですね。
 
2 教会の姿
 
 さて、31節に「こうして教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの全地にわたり築き上げられて平安を保ち、主を恐れかしこみ、聖霊に励まされて前進し続けたので、信者の数がふえて行った」と書かれていますね。
 神様の方法は、とても不思議です。迫害によって散らされたクリスチャンたちが、行った先々で福音を語ると、信じる人々が起こされ、各地に教会が出来ていきました。その結果、教会はエルサレムからユダヤ、ガリラヤ、サマリヤ全地へと広がっていったのです。そして、迫害者サウロの回心によって、これから教会はさらに異邦人の中にも広まっていくことになるのです。
 ここに教会の三つの姿が書かれていますね。
 
@平安を保ち
 迫害や困難の中でも教会には平安がありました。すべてを益と変えてくださる主がともにおられると知っていたからです。
 
A主を恐れかしこみ
 これは、礼拝の姿です。主を心からあがめながら、教会の働きが進められていきました。いや、むしろ逆で、主を礼拝することを大切にしていたからこそ、教会の働きが進んでいったのです。
 
B聖霊に励まされて
 聖霊は信じる者の内に住んでくださっています。そして、神様の御心を教え、導きと力を与え、助け、励まし、慰めてくださるのです。その聖霊に支えられながら教会は前進し続けていきました。
 ですから、私たちも、平安を保ち、主を礼拝し、聖霊の励ましを受けながら進んでいきましょう。