城山キリスト教会 礼拝説教          
二〇二一年一〇月二四日            関根弘興牧師
              使徒の働き九章三二節〜四三節
 使徒の働き12 
  「タビタの愛」
 
 32 さて、ペテロはあらゆる所を巡回したが、ルダに住む聖徒たちのところへも下って行った。33 彼はそこで、八年の間も床に着いているアイネヤという人に出会った。彼は中風であった。34 ペテロは彼にこう言った。「アイネヤ。イエス・キリストがあなたをいやしてくださるのです。立ち上がりなさい。そして自分で床を整えなさい。」すると彼はただちに立ち上がった。35 ルダとサロンに住む人々はみな、アイネヤを見て、主に立ち返った。36 ヨッパにタビタ(ギリシヤ語に訳せば、ドルカス)という女の弟子がいた。この女は、多くの良いわざと施しをしていた。37 ところが、そのころ彼女は病気になって死に、人々はその遺体を洗って、屋上の間に置いた。38 ルダはヨッパに近かったので、弟子たちは、ペテロがそこにいると聞いて、人をふたり彼のところへ送って、「すぐに来てください」と頼んだ。39 そこでペテロは立って、いっしょに出かけた。ペテロが到着すると、彼らは屋上の間に案内した。やもめたちはみな泣きながら、彼のそばに来て、ドルカスがいっしょにいたころ作ってくれた下着や上着の数々を見せるのであった。40 ペテロはみなの者を外に出し、ひざまずいて祈った。そしてその遺体のほうを向いて、「タビタ。起きなさい」と言った。すると彼女は目をあけ、ペテロを見て起き上がった。41 そこで、ペテロは手を貸して彼女を立たせた。そして聖徒たちとやもめたちとを呼んで、生きている彼女を見せた。42 このことがヨッパ中に知れ渡り、多くの人々が主を信じた。43 そして、ペテロはしばらくの間、ヨッパで、皮なめしのシモンという人の家に泊まっていた。(新改訳聖書第三版)
       
 前回は、サウロ(後のパウロ)がダマスコの途上でイエス様と出会い、回心し、世界中に福音を宣べ伝える使命を受けたあとの箇所を読みました。私たちの感覚からすると、サウロがすぐに全世界に出ていって福音を伝えた人になったかのように思ってしまいます。しかし、サウロは、ダマスコでイエス様と出会って、その後アラビヤに行き、またダマスコに戻った後、エルサレムへ、そして自分の故郷タルソに戻っていきました。
サウロがイエス様と出会ってから公に伝道旅行に出かけるまで、およそ十四年もの歳月が流れていたのです。サウロは淡々とタルソで日常生活を送りながら、神様が備えてくださる「時」を待っていたのです。
 さて、前回読んだ31節には、「こうして教会は、ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの全地にわたり築き上げられて平安を保ち、主を恐れかしこみ、聖霊に励まされて前進し続けたので、信者の数がふえて行った」と書かれていましたね。
 各地に教会が出来ていったわけですが、当時の教会は今のように特別な建物があったわけではありません。家の教会といって、仲間の家に集まって、共に祈り、賛美し、礼拝をささげていたのです。ただ、当時は、まだイエス・キリストの福音が記された新約聖書が完成していませんでしたから、使徒たちや中心的な弟子たちが各地の教会を巡回して、福音を正しく教え、迫害や苦難を味わっているクリスチャンたちを励ましていたのです。
 ペテロもそうでした。32節に「ペテロはあらゆる所を巡回した」と書かれていますね。ここから12章までは、主にペテロの働きに焦点が当てられています。まず、今日は、ルダとヨッパで起こった出来事を見ていきましょう。
 
1 ルダのアイネヤ
 
 まず、32節ー35節にはルダでの出来事が書かれています。
 32節にペテロが「ルダに住む聖徒たち」のところへ下っていったと書かれていますが、「聖徒たち」というのは、イエス・キリストを信じて神様のものとされ、神様の専用品として生かされている人々、つまり、クリスチャンたちのことです。
 ルダという町はヨッパ(現在のテル・アビブ)の南東約十八キロに位置する町です。そこに、アイネヤという人がいました。この人は中風で、八年間ずっと寝たきりでした。その中で、きっと寂しさや無力さを感じていたことでしょう。しかし、そこにペテロが来て、「アイネヤ。イエス・キリストがあなたをいやしてくださるのです。立ち上がりなさい」と言いました。するとすぐに、アイネヤは癒やされ、立ち上がることができたのです。
 その地域に住む人々みな、癒やされたアイネヤを見て、イエス・キリストを信じるようになったと書かれていますが、それは、もちろん、ペテロがこの出来事を見て驚いた人々に、主イエスの福音を大胆に宣べ伝えたからです。
 思い出してください。以前、ペンテコステの日に弟子たちに聖霊が下り、弟子たちが様々な国ことばで神様のみわざを語り始めた、という出来事が起こりましたね。その時、驚いて集まってきた人々にペテロが福音を語ると、三千人が信じました。
 また、神殿の美しの門のところに座って物乞いをしていた生まれつき足の不自由な人に、ペテロが「イエス・キリストの名によって歩きなさい」と言うと、その人はすぐに立ち上がって歩けるようになりましたが、その時、驚いた群衆にペテロが福音を語ると、五千人が信じました。
 そして、今日の箇所でも、癒やされたアイネヤを見た人々にペテロが福音を語ると、多くの人が信じるようになったのです。
 主はみわざを行ってくださるだけでなく、人の語る言葉を用いて信じる人を起こしてくださるのですね。そして、このアイネヤの癒やしの出来事は、アイネヤだけでなく、多くの人々に新しい人生を与えるものとなったのです。
 
2 ヨッパのタビタ(ドルカス)
 
 さて、次の36節からは、すぐ近くの町ヨッパでの出来事が書かれています。
 
(1)タビタの働き
 
 そこには、タビタという敬虔なクリスチャン女性がいました。「タビタ」という名前は、ギリシャ語に訳すと「ドルカス」で、「かもしか」という意味があります。旧約聖書では、かもしかは、「美しい」「優しい」「すばやい者」の比喩に使われていますから、きっとこの女性も愛らしい、きびきびした婦人だったのでしょう。
 いつクリスチャンになったかは記されていませんが、36節では「女の弟子」と呼ばれていますね。聖書の中の女性で「弟子」とはっきり紹介されているのは、このタビタだけです。そして、「この女は、多くの良いわざと施しをしていた」とありますね。タビタは、特に、当時、社会的に弱い立場にあったやもめたちを助けることに熱心だったようです。針仕事が得意だったのでしょうね。やもめたちのために多くの下着や上着を作ってあげていました。タビタ自身も、やもめだったのかもしれません。タビタは多くの人々に愛されていました。タビタの働きは、どんなに多くの人々に平安をもたらしたことでしょう。
 このタビタの働きは、ペテロやパウロたちのように奇跡的で人々の注目を集めるような働きではありませんでした。タビタは、ただ、得意な針仕事で自分ができることをしていただけです。地味で目立たない働きです。しかし、そのタビタのことを聖書は丁寧に記しているのです。
 ペテロのような驚くような働きも、またタビタのような目立たない働きも、主の目には尊い働きなのです。そのことを改めて心に留めましょう。
 
(2)タビタの死と残された人々
 
 しかし、このタビタが病気になり死んでしまいました。人々から愛され慕われていたタビタの死は、どれほど大きな悲しみを教会にもたらしたでしょう。仲間たちは、タビタが死んだとき、どうしたでしょうか。
 
@タビタの死を悲しんだ。
 
 39節に「ペテロが来たとき、やもめたちはみな泣いていた」と書かれていますね。多くのやもめたちが「神様、どうしてタビタを死なせてしまったのですか」と涙を流しながら祈ったことでしょう。愛する者との別れは辛く悲しいものです。
 クリスチャンは死んだら天国に行けるのだから、悲しむ必要はないとか、悲しむのは不信仰なのではないかと考える方が時々います。たしかに、死はすべての終わりではありません。天国で再会できる希望があることもわかっています。イエス様も「わたしはよみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです」と約束してくださいました。しかし、今、愛する人を失ってしまった、という悲しみは大きなものです。そういう悲しみは、悲しみとして素直に表現すればいいのです。悲しい時には強がる必要はありません。人生には悲しみが必ず襲ってきます。悲しみの涙をいっぱい流すときがあります。涙に明け暮れる時がしばらく続くかも知れません。しかし、神様の前で素直にありのままの感情や思いを表すときにこそ、神様の慰めや希望を受け取ることができるようになっていくのです。
 詩篇にも、たくさんの涙が出てきます。そして、涙のあとに味わうことのできる恵みがあることを教えています。
私は私の嘆きで疲れ果て、私の涙で、夜ごとに私の寝床を漂わせ、私のふしどを押し流します。」(詩篇6篇6節)
まことに、御怒りはつかの間、いのちは恩寵のうちにある。 夕暮れには涙が宿っても、朝明けには喜びの叫びがある。」(詩篇30篇5節)
彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。 初めの雨もまたそこを祝福でおおいます。」(詩篇84篇6節)
涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら刈り取ろう。」(詩篇126篇5節)
 涙を流すときには、大いに流しましょう。神様がその涙を拭ってくださるのですから。
 
Aタビタの遺体を洗って、屋上の間に置いた。
 
 教会の仲間たちは、タビタの遺体をきれいに洗い、整え、丁重に扱いました。
 時々、キリスト教は死んだ人を粗末に扱うと誤解されることがあるようです。肉体はやがて朽ちて土に帰るのだから大切ではない、と教えているかのような印象があるのかもしれません。しかし、聖書は、肉体も神様が作ってくださったのだから大切にすべきだと教えています。また、今日の箇所にあるとおり、死んだ方の遺体を敬意をもって丁重に扱うことは、召された方への、また、悲しんでいる方々への愛の配慮として大切なことです。
 
Bタビタの遺品を持ち寄り、偲んだ。
 
 キリスト教会では、故人を礼拝することはありませんが、故人を偲ぶために遺品を飾ったり、故人の信仰や働きを記念することは禁じられていません。故人を偲ぶ記念会を行うこともたびたびあります。ヨッパのやもめたちも、タビタが作ってくれた下着や上着の数々を見て故人を偲んでいました。
 それぞれが自分たちに合った形で故人を偲ぶことはとても自然なことです。想い出の写真や遺品を見ながら、あるいは、想い出の場所に行って故人を偲ぶということもあるでしょう。そうすることによって、私たちは、その方の生涯に現された神様のみわざや恵みを覚え、また、召された方の信仰の姿から学ぶことができるのです。
 
Cペテロを招いた。
 
 そして、残された仲間たちは、近くの町ルダに滞在していたペテロを呼んできました。なぜでしょうか。葬儀の司式をしてもらうためでしょうか。そうではないでしょう。
 彼らはペテロを通してなされる神様の働きやみことばの励ましを知っていました。ですから、タビタの死についてもペテロを通して神様の慰めと励ましを望んでいました。また、信仰と愛に生きたタビタという女性がいたことを、教会のリーダーであるペテロにも知っておいてほしいと思ったのかもしれません。
 
(3)タビタが生き返る
 
 ペテロは、タビタの遺体が安置されている屋上の間に入ると、みなを外に出して、ひざまずいて祈り始めました。そして、「タビタ。起きなさい」と言うと、びっくりするような奇跡が起こりました。タビタが目を開け、ペテロを見て、起きあがったのです。
 そして、この出来事を知った多くの人々が主を信じました。
 
3 主のみわざ
 
 アイネヤが癒やされ、タビタが生き返った奇跡を見て、多くの人々が主を信じました。華々しい成果ですね。
 人間は弱いものです。このような素晴らしい働きをすると、自分に力があると思い込んでしまうことがあるのですね。しかし、ペテロは、決して自分を誇ることはありませんでした。「自分は主のみわざを流す器にすぎない」ということをいつもわきまえていたのです。
 ペテロは、アイネヤに「イエス・キリストがあなたをいやしてくださるのです」と言いました。神殿の美しの門にいた足のなえた人にも「イエス・キリストの名によって、歩きなさい」と宣言し、「イエスの御名が、この人を歩けるようにしたのです」と人々に語りました。タビタが生き返った後も、人々に「イエス・キリストがこの人を生き返らせたのです」と宣べ伝えたことでしょう。だからこそ、人々は、ペテロではなく、主を信じたのです。
 ただ、ペテロが特別な働きのために選ばれ用いられたのもまた事実です。不思議な事ですが、ある人が祈っても癒されないのに、別の人が祈ると癒やされることがあります。確かに、ペテロが祈らなければ何も起こらないこともあったでしょう。
 しかし、いつどこで誰を用いるかは、すべて神様が主権を持ってお決めになることなのです。ペテロが用いられることもあるし、他の人が用いられることもあるのです。
 ですから、私たちは、神様のみこころにゆだねつつ、ともかく癒やしを求めて祈るのです。また、仲間にも共に祈ってもらうのです。
 そして、「人ではなく、神様がみわざを行ってくださるのだ」ということを理解することが大切です。そうでないと、私たちは、いつの間にか、イエス様御自身でなく、力のありそうな人を求め、その人に依存する結果になってしまうこともあるからです。
 また、今日の箇所を読むと、「アイネヤは癒やされたのに、どうして私は癒やされないのだろう」とか「タビタは生き返らせていただけたのに、なぜ私の愛する者が死んだときは、生き返らせてもらえなかったのだろう」と考えてしまう方もおられるかもしれません。あるいは、「私が苦しんでいるときに、なぜ神様はペテロのような人を遣わしてくださらなかったのだろう」と思うかもしれません。そして、「自分の信仰に問題があるのではないか」と悩んでしまうこともあるのです。
 でも、皆さんに知っておいていただきたいのですが、イエス様でさえ、すべての人の病を癒やされたわけではありません。イエス様が死んだ人を生き返らせたという出来事は、三回しか記録されていません。ナインの町のやもめの息子、会堂管理者ヤイロの娘、そして、ベタニヤのラザロだけが、イエス様によって生き返ったのです。それは、イエス様がまことの神の御子であり救い主であることを証明するためのものでした。
 ペテロの場合も、死人のために祈るとみな生き返ったわけではありません。タビタは、特別なケースだったのです。
 ステパノのような信仰者ですら、ペテロや教会の人々の熱心な祈りがあったにもかかわらず殉教し、生き返ることはありませんでした。
 私たちの主は今でも、全能の力をもって生かそうと思えば生かすことがおできになる方です。必要とあれば、生かしてくださるでしょう。
 しかし、私たちはいつかは誰も死を迎えます。その死の彼方に誰があなたを待っているのでしょう。イエス様です。そして、今生きているこのときもイエス様が共にいてくださるのです。ですから、パウロは、ローマ14章8節に「生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです」と記し、また、ピリピ1章21節に「私にとっては、生きることはキリスト、死ぬこともまた益です」と記しています。つまり、主イエス様がこの世においても後の世においても、変わることなく支えて続けてくださるということを確信していたのです。
 
 さて、最後に二つのことを覚えておいていただきたいのです。
 一つは、イエス様の福音は、どんな状況にある人でも起き上がらせることができるということです。誰もが病に直面します。人間の力では抵抗しがたい力が、私たちから自由を奪い取っていく現実があります。どんなに熱心で信仰深いと言われる人でも同じです。そして私たちは誰も死を迎えます。一度生き返ったタビタも、ヤイロの娘も、ナインのやもめの息子も、ラザロもみな死にました。
 しかし、ペテロは、誰もが「イエス様の御名によって起き上がることができる」と確信していました。私たちは、いろいろな問題に苦しみに倒れることがあります。病に倒れることがあります。死に倒れることがあります。しかし、死の床から永遠のみ国へと起き上がらせる主イエス様の御手がいつも差し出されているのです。
 あのサウロもダマスコ途上で、倒されましたが起き上がり、人生の再出発をしたではありませんか。美しの門にいた足の不自由な男も、イエス様の名前によって立ち上がって歩き出しましたね。ルダに住むアイネヤも「イエス様が癒やしてださる。起きなさい」と言われ、起き上がりましたね。
 みなさん、私たちは、主イエス様によって「起き上がり、立ち上がる」人生が約束されています。それは、たとえ死が襲ってきたとしても、決して失望のまま終わらないということでもあるのです。
 詩篇23篇には「たとえ死の陰の谷を歩くことがあっても、災いを恐れません。あなたが私とともにおられますから」と書かれています。私たちも同じ言葉を告白しつつ歩んでいきたいですね。
 そして、二つ目は、タビタの姿です。彼女は際だった働きなどしませんでした。ただ主の愛に生かされて、自分にできる小さな働きを行っただけです。やもめたちの相談相手になり、針仕事をもって助けていきました。ただ主の愛に生かされ、歩んでいったのです。
 私たちは人と比べることなどありません。主イエス様が、それぞれの持ち味を生かしてくださいます。主の愛に生かされていく生涯となりますように。