城山キリスト教会 礼拝説教          
二〇二二年一月九日              関根弘興牧師
                使徒の働き一二章一〜二五節
 使徒の働き15 
   「悲しみと希望」
 
 1 そのころ、ヘロデ王は、教会の中のある人々を苦しめようとして、その手を伸ばし 2 ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。 3 それがユダヤ人の気に入ったのを見て、次にはペテロをも捕らえにかかった。それは、種なしパンの祝いの時期であった。4 ヘロデはペテロを捕らえて牢に入れ、四人一組の兵士四組に引き渡して監視させた。それは、過越の祭りの後に、民の前に引き出す考えであったからである。5 こうしてペテロは牢に閉じ込められていた。教会は彼のために、神に熱心に祈り続けていた。6 ところでヘロデが彼を引き出そうとしていた日の前夜、ペテロは二本の鎖につながれてふたりの兵士の間で寝ており、戸口には番兵たちが牢を監視していた。7 すると突然、主の御使いが現れ、光が牢を照らした。御使いはペテロのわき腹をたたいて彼を起こし、「急いで立ち上がりなさい」と言った。すると、鎖が彼の手から落ちた。8 そして御使いが、「帯を締めて、くつをはきなさい」と言うので、彼はそのとおりにした。すると、「上着を着て、私について来なさい」と言った。9 そこで、外に出て、御使いについて行った。彼には御使いのしている事が現実の事だとはわからず、幻を見ているのだと思われた。10 彼らが、第一、第二の衛所を通り、町に通じる鉄の門まで来ると、門がひとりでに開いた。そこで、彼らは外に出て、ある通りを進んで行くと、御使いは、たちまち彼を離れた。11 そのとき、ペテロは我に返って言った。「今、確かにわかった。主は御使いを遣わして、ヘロデの手から、また、ユダヤ人たちが待ち構えていたすべての災いから、私を救い出してくださったのだ。」12 こうとわかったので、ペテロは、マルコと呼ばれているヨハネの母マリヤの家へ行った。そこには大ぜいの人が集まって、祈っていた。13 彼が入口の戸をたたくと、ロダという女中が応対に出て来た。14 ところが、ペテロの声だとわかると、喜びのあまり門をあけもしないで、奥へ駆け込み、ペテロが門の外に立っていることをみなに知らせた。15 彼らは、「あなたは気が狂っているのだ」と言ったが、彼女はほんとうだと言い張った。そこで彼らは、「それは彼の御使いだ」と言っていた。16 しかし、ペテロはたたき続けていた。彼らが門をあけると、そこにペテロがいたので、非常に驚いた。17 しかし彼は、手ぶりで彼らを静かにさせ、主がどのようにして牢から救い出してくださったかを、彼らに話して聞かせた。それから、「このことをヤコブと兄弟たちに知らせてください」と言って、ほかの所へ出て行った。18 さて、朝になると、ペテロはどうなったのかと、兵士たちの間に大騒ぎが起こった。19 ヘロデは彼を捜したが見つけることができないので、番兵たちを取り調べ、彼らを処刑するように命じ、そして、ユダヤからカイザリヤに下って行って、そこに滞在した。20 さて、ヘロデはツロとシドンの人々に対して強い敵意を抱いていた。そこで彼らはみなでそろって彼をたずね、王の侍従ブラストに取り入って和解を求めた。その地方は王の国から食糧を得ていたからである。21 定められた日に、ヘロデは王服を着けて、王座に着き、彼らに向かって演説を始めた。22 そこで民衆は、「神の声だ。人間の声ではない」と叫び続けた。23 するとたちまち、主の使いがヘロデを打った。ヘロデが神に栄光を帰さなかったからである。彼は虫にかまれて息が絶えた。24 主のみことばは、ますます盛んになり、広まって行った。25 任務を果たしたバルナバとサウロは、マルコと呼ばれるヨハネを連れて、エルサレムから帰って来た。(新改訳聖書第三版)
 
 昨年末からアドベント、クリスマス、年末、新年の説教をしてきましたが、今週から「使徒の働き」に戻って読み進めていくことにしましょう。
 まず、11章までの出来事をざっと振り返ってみましょう。
 エルサレムに最初の教会ができ、イエス・キリストを信じる人々がどんどん増えていきましたが、それを敵視するユダヤの宗教当局者たちは、クリスチャンのリーダーの一人であるステパノを捕らえて処刑してしまいました。そして、それをきっかけにクリスチャンたちに対する激しい迫害が始まったため、クリスチャンたちは各地に散らされていきました。しかし、散らされたクリスチャンたちが行った先々で福音を宣べ伝えたので、かえって、福音が各地に広まっていくことになったのです。
 ユダヤ人と犬猿の仲であったサマリア人たちの中にもイエス・キリストを信じて喜ぶ人々が大勢起こされていきました。また、異邦人であるエチオピヤの高官やローマの百人隊長コルネリオが救われるという出来事も起こりました。さらに、シリヤのアンテオケでは、多くのギリシャ人が福音を信じるようになり、アンテオケ教会には、ユダヤ人クリスチャンだけでなく、多くの異邦人のクリスチャンも集まるようになったのです。
 このアンテオケで、イエス様を信じる人々が「クリスチャン」と呼ばれるようになりました。アンテオケの人々は、最初、イエス・キリストを信じる人たちをユダヤ教の一派だと考えていました。しかし、教会に集う人々の姿を見ると、どうもユダヤ教徒とは違うようだと気づいたのです。そこで、キリストを愛し礼拝する人たちのことを、「あの人たちはキリスト党員だ、キリストかぶれの人たちだ」という意味で「クリスチャン」というあだ名で呼び始めたわけです。
 アンテオケ教会には、エルサレムから派遣されたバルナバがいました。また、サウロもいました。サウロは、以前はクリスチャン迫害の先頭に立っていたのですが、イエス・キリストとの劇的な出会いを経験して回心し、熱心なクリスチャンになっていたのです。
 その頃、エルサレム一帯で飢饉が起こったため、バルナバとサウロがアンテオケ教会からの救援物資をエルサレム教会の長老たちに届けることになりました。そのことが11章の終わりに記されています。
 そして、今日の12章の最後の25節には、「任務を果たしたバルナバとサウロは、マルコと呼ばれるヨハネを連れて、エルサレムから帰って来た」とありますね。
 つまり、ちょうどバルナバとサウロがエルサレムに行っている間に、今日読んだ二つの出来事が起こったわけです。一つは、エルサレム教会にとって大きな悲しみの出来事であり、もう一つは、主の奇跡を目の当たりにする出来事でした。
 ところで、この12章の陰の主人公は、ヘロデ王です。新約聖書にはヘロデと呼ばれる王が何人か出てきます。一番有名なのは、イエス様がお生まれになったときに王であったヘロデ大王ですが、今日の箇所に出てくるヘロデ王は、そのヘロデ大王の孫にあたります。彼は、ローマ皇帝と親しくなり、三つに分割されていた領土を統治し、強きヘロデ家を再建したいと願っていました。人心を掴むのが上手だったと言われます。そんな彼が、ユダヤ教徒たちの人気取りのために教会を迫害したのです。
 
1 使徒ヤコブの死
 
 彼は、まず、十二使徒の一人であるヤコブを捕らえ、剣で殺しました。教会にとって大変ショックな出来事です。
 このヤコブは、兄弟のヨハネやペテロたちとともに、最初にイエス様の弟子になった人物です。その後、十二使徒に選ばれ、いつもイエス様と行動を共にしていました。イエス様は、使徒たちの中でも、特にペテロとヨハネ、そして、このヤコブを身近におかれていました。山の上でイエス様が栄光のみ姿に変貌したのを目撃したのは、この三人だけでした。イエス様が会堂管理者ヤイロの娘を生き返らせた場にいたのもこの三人でした。
 ヤコブとヨハネの兄弟は、ガリラヤ湖の漁師でしたが、雇い人がいる比較的裕福な家だったようです。二人の母はサロメという女性で、イエス様の母マリヤの姉妹であったのではないかと推測されています。なぜかと言いますと、イエス様が十字架に付けられたとき、その場にいた女性たちについて、福音書にこう書かれているからです。
 マタイ27章56節「その中に、マグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフとの母マリヤ、ゼベダイの子らの母がいた。」
 マルコ15章40節「また、遠くのほうから見ていた女たちもいた。その中にマグダラのマリヤと、小ヤコブとヨセの母マリヤと、またサロメもいた。」
 ヨハネ19章25節「兵士たちはこのようなことをしたが、イエスの十字架のそばには、イエスの母と母の姉妹と、クロパの妻のマリヤとマグダラのマリヤが立っていた。」
 これらの記事をまとめると、その場に四人の女性がいて、それは、イエス様の母マリヤ、マグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフとの母マリヤ(小ヤコブとヨセの母マリヤ、クロパの妻マリヤ)、そして、イエス様の母の姉妹(サロメ、ゼベダイの子らの母)だったようです。
 「ゼベダイの子ら」というのは、ヤコブとヨハネのことです。ですから、二人の母はサロメという名前で、イエス様の母マリヤの姉妹であり、ヤコブとヨハネはイエス様のいとこにあたるということになりますね。
 このヤコブが、十二使徒のうちの最初の殉教者となりました。一方、彼の兄弟ヨハネは、十二使徒の中で一番長生きをしました。同じ兄弟でも、まったく違う人生をたどったわけですね。
 先ほどもお話ししましたように、ヤコブはイエス様の最も身近にいて信頼されていた使徒でした。しかし、その最期については、「ヘロデ王は、教会の中のある人々を苦しめようとして、その手を伸ばし、ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した」と簡単に記されているだけです。以前、ステパノが殉教した出来事については、6章後半から7章にかけて異例の長さで詳しく記されていましたね。それに比べて、ヤコブの殉教の記事は、あまりにもあっさりしているように感じますね。
 また、今日の3節からは、ペテロが逮捕され、奇跡的に助け出された出来事が詳しく書かれています。同じ使徒なのに、ペテロは助け出され、ヤコブは殉教したということにも、割り切れないものを感じる方がおられるかもしれません。
 しかし、ヤコブが助からなかったのは、また、ヤコブの殉教についてわずかしか記されていないのは、ヤコブが他の弟子たちと比べて価値がなかったからだとか、彼の信仰が足りなかったからだ、というようなことではまったくありません。
 私たちが人生において経験することは、みな違います。寿命も違います。それぞれが経験する喜び、苦しみ、悲しみも、みな違います。果たす役割も違います。しかし、それでもみな、主に愛されている者、主の目に尊い存在であることに変わりはないのです。
 旧約聖書にダニエル書という書物があります。南ユダ王国がバビロニヤ帝国に滅ぼされたとき、ユダヤの人々はバビロンに連れて行かれ、捕囚生活を送ることになりました。その中に、三人の若者がいました。彼らは、シャデラク、メシャク、アベデ・ネゴというバビロン風の名を与えられて、ネブカデネザル王に仕えていたのですが、ある時、王が巨大な金の像を造り、国中の高官を集めて奉献式を行いました。そして、「この像にひれ伏して拝まない者はだれでも、ただちに火の燃える炉の中に投げ込まれる」と宣言したのです。しかし、その場にいたシャデラク、メシャク、アベデ・ネゴは、像を拝もうとはせず、毅然とした態度で王に言いました。「私たちの仕える神は、火の燃える炉から私たちを救い出すことができます。王よ。神は私たちをあなたの手から救い出します。しかし、そうでなくても、王よ。ご承知ください。私たちはあなたの神々に仕えず、あなたが建てた像を拝むこともしません。」(ダニエル3章17節ー18節)
 この三人は、「神様には私たちを救い出す力がある」と確信していました。しかし、それとともに、「神様は、人の思いや願いを越えた最善を行ってくださる」という確信も持っていました。「神様は、私たちを救い出す力をお持ちです。しかし、今、私たちを炎から救い出してこの世で生かし続けてくださるのか、それとも、天に招いてこの世の苦しみから救い出してくださるのか、どちらが最善かは神様だけがご存じです。ですから、すべて神様にお委ねし、どちらであっても喜んで従います」という揺るぎない思いをもっていたのです。
 パウロは、ピリピ1章21節で「私にとっては、生きることはキリスト、死ぬことも益です」と言いました。そして、「私にとっては、この世を去って、天の御国で永遠にキリストと共にいることのほうがはるかにいいけれども、この世に留まって人々にキリストを宣べ伝えることも大切だから、どちらも益なのだ」と言ったのです。また、ローマ14章8節で「もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにも死ぬにしても私達は主のものです」と告白しています。
 ヤコブも、三人の若者やパウロと同じ思いを持っていたことでしょう。最後まで主に忠実に従っていったのです。
 アレキサンドリアのクレメンスという学者が、ヤコブの殉教について一つの逸話を残しています。「ヤコブを法廷に連れてきた男は、ヤコブが証言するのを見たとき、非常に心動かされ、自分もクリスチャンになりたいと告白した。そこでふたりもろとも連れ去られたが、彼はヤコブに自分を赦してくれと頼んだ。ヤコブは『あなたに平安があるように』といって口づけした。こうして二人は同時に首を切られた。」
 私たちは、「もしそうでなくても」「たとえそうでなくても」とはなかなか言えないのが現実です。「主よ、助けてくれなければ嫌です」「私の願いどおりにならなければ嫌です」と、自分の思いに固執してしまいますね。もちろん、それは、自然な思いです。しかし、たった一行しか出てこないヤコブの記事は、「もしそうでなくても」主を見上げる生き方があるのだと教えているのですね。
 
2 使徒ペテロの逮捕 
 
 ヤコブを殺したことがユダヤ人たちの気にいったことを見たヘロデは、次にペテロを捕らえて殺そうと考えました。
 ペテロは捕らえられ、投獄され、鎖につながれ、厳重な監視下に置かれました。ペテロは、もちろんヤコブが殺されたことを知っていましたから、自分もすぐに死刑になると思っていたでしょう。しかし、処刑の前日、ペテロは眠っていました。それも、御使いがわき腹を叩かなければ起きないほど熟睡していたのです。彼は、以前、皮なめしのシモンの家の屋上でも寝込んでしまいましたね。どこでも寝られるんですね。うらやましい男です。
 ペテロは、まだ寝ぼけているような状態のまま、御使いに導かれて、二重三重に管理された牢獄から脱出することができました。しかし、ペテロ自身は、何か自分で脱出の努力をしたり、必死で助けを祈り求めたりしていたでしょうか。いいえ、ただ眠っていたのです。先ほどのバビロンに行った三人の若者やパウロやヤコブのように、ペテロも「何が起こっても、たとえ死刑になったとしても、喜んで神様の御計画に従います」という思いの中で平安を感じていたのでしょう。
 それに、ペテロには主にある仲間がいました。5節に「教会は彼のために、神に熱心に祈り続けていた」と書かれていますね。また12節にも、マルコと呼ばれているヨハネの母マリヤの家に「大ぜいの人が集まって、祈っていた」と書かれています。ペテロの背後には教会の祈りがあり、彼は、その祈りによって支えられていたのです。
 教会の人々は、ペテロの救出のために祈り、たとえそうでなくとも、牢屋の中で平安が与えられるようにと祈っていたことでしょう。ただ、ペテロが助かるかどうか、確信は持てなかったようです。「主よ。ペテロを助けてください。でも、あの厳重に監視されている牢屋から脱出するなど不可能なのではないでしょうか。でも、主よ、助けてください」、こんな思いだったのでしょうね。教会は、ヤコブのためにも必死に祈ったでしょうが、ヤコブは殺されてしまいました。ですから、ペテロも同じく殺されてしまうのではないかという思いも強かったでしょう。ですから、ペテロが奇跡的に牢を脱出して戻ってきたのに、最初は信じられなかったのです。一番願っていたことが叶えられたのに、すぐには受け入れられず疑ったというのですね。
 それでは、彼らの祈りは、むなしい祈りだったのでしょうか。いいえ違います。私たちは、不可能かもしれないと思えるようなことでも祈り求めていけばいいのです。主の最善を祈り求めていくとき、時には、祈っている私たちも信じられないような、主のみわざを見せていただくことがあります。神様は、時々、私たちの願いや思いを越えた不思議を行ってくださるのです。
 ですから私たちは、祈ります。他の人のために平安を祈ります。安全を祈ります。癒やしを祈ります。時には、とても無理だろうと思いながら祈っているような時もあるものです。しかし、神様は、その祈りに必ず最善をもって応えてくださいます。そのことを信頼して、疑いがあっても迷いがあっても、ともかく祈り続けていけばいいのです。祈ることによって、すべてが神様の主権の中で進んでいくことを知ることができるでしょう。 ところで、17節で、ペテロは、自分が救い出されたことを「ヤコブと兄弟たちに知らせてください」と言っていますね。「あれ、ヤコブは殺されたはずなのに変だな」と思う方もおられるかもしれませんが、これは別のヤコブです。
 新約聖書にはヤコブが何人か出てきます。殺されたヤコブの他に、十二使徒の中にはもう一人ヤコブがいます。また、「主の兄弟ヤコブ」、つまり、イエス様の母マリヤから生まれたイエス様の弟であるヤコブもいます。この主の兄弟ヤコブは、エルサレム教会で中心的な役割を担っていたようです。ペテロがここで言っているのは、この主の兄弟ヤコブのことです。
 
3 ヘロデ王の死
 
 ヘロデ王は、当時、強大な権力を持っていました。
 一方、教会は、不当な迫害を国際世論に訴えることもできなければ、署名運動すらできません。教会の武器と言えば、聖書の約束と祈りだけです。世間からみれば、頼りなく、弱々しく見えたかも知れません。
 しかし、今日の箇所には、ヘロデ王の最後がわざわざ記されています。王がカイザリアに行って、ツロとシドンの人々に向かって演説をしたときのことです。人々は、ヘロデ王の国から食糧を得ていたので、王の機嫌をとるために、「これは神の声だ」と口々に叫び始めました。その言葉は、ヘロデの耳に、とても心地よく響いたことでしょう。「確かに、私は神のような存在だ」と思ったのではないでしょうか。しかし、どうでしょう。23節にこう書かれています。「するとたちまち、主の使いがヘロデを打った。ヘロデが神に栄光を帰さなかったからである。彼は虫にかまれて息が絶えた。」権力を誇り、名声を誇っていたヘロデは、なんと一匹の虫にあっけなく殺されてしまったのです。どんなに神であるかのように振る舞っていても、人は弱い存在なのですね。この出来事は、人が神のように振る舞うことがどれほど滑稽なものであるかを教えています。
 「主、われを愛す」という大変有名な讃美歌がありますね。「主、われを愛す。 主は強ければ、われ弱くとも、恐れはあらじ」という歌詞です。
 私たちは皆、弱い人間です。でも、自分が強くなろうとする必要はありません。全能の神様が私たちの味方であり、私たちを守っていてくださるのですから。パウロがローマ8章31章で「神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう」と記している通りです。
 クリスチャンとして生きていくというのは、「自分は弱いけれども、神様の恵みの中で生きていくことができる」ということを知ることです。私たちは明日のことも分かりません。いろいろな心配や不安があります。恐れることも多いです。でも、「主は強ければ、われ弱くとも、恐れはあらじ」なのですね。
 24節に「主のみことばは、ますます盛んになり、広まって行った」とあります。ヘロデは、福音を妨げるためにヤコブとペテロを迫害しました。しかし、主のみことばは、どんな権威や力をもってしても止めることなどできないのです。
 このあと、福音は、さらに力強く全世界へと広がっていきます。その様子を次回からも見ていきましょう。