城山キリスト教会 礼拝説教          
 二〇二二年二月二七日            関根弘興牧師
          使徒の働き一五章三〇節〜一六章一一節
 使徒の働き連続説教20
   「道を開かれる主」
 
 30 さて、一行は送り出されて、アンテオケに下り、教会の人々を集めて、手紙を手渡した。31 それを読んだ人々は、その励ましによって喜んだ。32 ユダもシラスも預言者であったので、多くのことばをもって兄弟たちを励まし、また力づけた。33 彼らは、しばらく滞在して後、兄弟たちの平安のあいさつに送られて、彼らを送り出した人々のところへ帰って行った。35 パウロとバルナバはアンテオケにとどまって、ほかの多くの人々とともに、主のみことばを教え、宣べ伝えた。36 幾日かたって後、パウロはバルナバにこう言った。「先に主のことばを伝えたすべての町々の兄弟たちのところに、またたずねて行って、どうしているか見て来ようではありませんか。」37 ところが、バルナバは、マルコとも呼ばれるヨハネもいっしょに連れて行くつもりであった。38 しかしパウロは、パンフリヤで一行から離れてしまい、仕事のために同行しなかったような者はいっしょに連れて行かないほうがよいと考えた。39 そして激しい反目となり、その結果、互いに別行動をとることになって、バルナバはマルコを連れて、船でキプロスに渡って行った。40 パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて出発した。41 そして、シリヤおよびキリキヤを通り、諸教会を力づけた。1 それからパウロはデルベに、次いでルステラに行った。そこにテモテという弟子がいた。信者であるユダヤ婦人の子で、ギリシヤ人を父としていたが、2 ルステラとイコニオムとの兄弟たちの間で評判の良い人であった。3 パウロは、このテモテを連れて行きたかったので、その地方にいるユダヤ人の手前、彼に割礼を受けさせた。彼の父がギリシヤ人であることを、みなが知っていたからである。4 さて、彼らは町々を巡回して、エルサレムの使徒たちと長老たちが決めた規定を守らせようと、人々にそれを伝えた。5 こうして諸教会は、その信仰を強められ、日ごとに人数を増して行った。6 それから彼らは、アジヤでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤの地方を通った。7 こうしてムシヤに面した所に来たとき、ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった。8 それでムシヤを通って、トロアスに下った。9 ある夜、パウロは幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が彼の前に立って、「マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください」と懇願するのであった。10 パウロがこの幻を見たとき、私たちはただちにマケドニヤへ出かけることにした。神が私たちを招いて、彼らに福音を宣べさせるのだ、と確信したからである。11 そこで、私たちはトロアスから船に乗り、サモトラケに直航して、翌日ネアポリスに着いた。(新改訳聖書第三版)
 
1 エルサレム会議の報告
 
 前回は、エルサレム教会で開かれた会議の内容を学びました。教会の内部で意見の対立があったので、その問題を解決するためにエルサレムで会議が開かれたのです。
 パウロたちがいたアンテオケ教会にはユダヤ人クリスチャンだけでなく異邦人クリスチャンもたくさん集まっていました。 ユダヤ人クリスチャンたちは、生まれてからずっと旧約聖書の律法に従って生活し、神様に選ばれた民である証拠として割礼(男性の生殖器の包皮を切り取る儀式)を受けていましたから、クリスチャンになってからも律法や割礼を大切に思う人が多くいました。一方、異邦人クリスチャンは、神様や律法のことを知らずに生活してきました。ただ救い主イエスの福音を聞いてクリスチャンになったのです。
 その異邦人クリスチャンたちに対して、一部のユダヤ人クリスチャンたちが「あなたがたは、イエス・キリストを信じるだけでなく、私たちと同じように律法の戒めを守り、割礼を受けなければ正式な神の民とは認められない」と言い始めたのです。それに対してパウロたちはこう反論しました。「私たちユダヤ人も、自分の力で律法を守って救いを得ることはできなかったではありませんか。だから、神様がイエス・キリストを信じるだけで救われる道を与えてくださったのです。それなのになぜ異邦人に律法の戒めを押しつけようとするのですか」と。
 両者の間に激しい対立が生じたので、パウロたちはエルサレムに上り、エルサレムにいる使徒たちや長老たちとこの問題について話し合うことになりました。それがエルサレム会議と呼ばれるものです。会議の中で、ペテロやパウロたちが、神様の導きによって異邦人にイエス・キリストの福音を語ると多くの異邦人が信じて救われたことを証言しました。また、神様が彼らに聖霊を注いで彼らの救いを保証してくださったことも語りました。その結果、二つの結論が出ました。
 一つは「イエス・キリストを信じてクリスチャンになった異邦人に律法を無理強いして悩ませてはならない」ということです。つまり、「救われるために必要なのは救い主イエスを信じる信仰だけである。それ以外のことは必要ない」ということを確認したのです。
 そして、もう一つは「ただし、異邦人クリスチャンたちは、律法を大切に思っているユダヤ人に不快な思いをさせないように血や絞め殺したものを避けるなどの配慮が必要である」ということです。私たちは、イエス・キリストによって、すべての束縛から解放されて自由になりましたが、それは、何でも自分の好き勝手にすればいいということではありません。本当の自由には健全な判断と愛の配慮が必要です。神様に喜ばれることを行い、神様が悲しむことは行わない自由、人の益になることを行い、人をつまずかせることは行わない自由、それは、規則や戒めに縛られて仕方なく行動するのではなく、愛に基づいて自発的に判断しながら生きていく自由なのです。
 さて、このエルサレム会議の結論は手紙に記されました。パウロたちはその手紙を持って、エルサレム教会から派遣されたユダとシラスとともにアンテオケ教会に戻りました。教会の人々はその手紙を読んで大きな励ましを受け喜んだのです。
 文書として残すことはとても大切です。語った言葉は、言い伝えられていくうちに内容が変わってしまうことがありますね。伝言ゲームを思い出してください。短い文を一人ずつ順に伝言していくのですが、わずか数人に伝言するだけでも内容がかなり変わってしまうということがありますね。私たちの信仰も言い伝えだけに頼っていたら怪しい内容になってしまうでしょう。
 しかし、幸いなことに神様が示してくださった大切な内容は旧約の時代からずっと詳しく記されてきました。その聖書があるからこそ、私たちは、今でも神様の恵みや救いを正しく理解していくことができるのです。
 
2 第二次伝道旅行
 
(1)パウロとバルナバの反目
 
 さて、しばらくして、パウロがバルナバに「以前、福音を伝えた場所にまた行って、教会の様子を見て来きましょう」と提案しました。しかし、ここで大きな問題が起こりました。マルコと呼ばれるヨハネを同伴させるかどうかで意見が対立したのです。第一次伝道旅行のとき、マルコは旅の途中でエルサレムに帰ってしまいました。詳しい経緯はわかりませんが、パウロにはマルコが伝道を放棄してしまったかのように見えたようです。そんなマルコを無理に連れて行っても同じような結果になるのではないかと思ったのでしょう。しかし、バルナバは、一度挫折したマルコに再度挑戦の機会を与え、伝道の働きの素晴らしさを味わわせたいと考えたようです。マルコ自身も自分の行動を反省していたのでしょうね。
 パウロとバルナバは、正反対の意見を主張し、譲歩しませんでした。「そして激しい反目となり、その結果、互いに別行動をとることになった」と書かれていますね。
 クリスチャンというと「いつも笑顔で仲良く、何でも受け入れ、人と争わず、波風を立てず・・・」というイメージを思い描く人が多いかもしれませんね。特に聖書に登場する人物は、争ったり対立することなどないのではないかと思っている人も多いかもしれません。
 でも、教会の中心人物であったパウロとバルナバでさえ、相手に合わせることができず、激しく反目してしまうことがあったのです。そのことが率直に記録されているので、私たちは安心できますね。
 考えてください。教会に集う私たちは、考え方も気質も性格も違います。何かにかけようとする熱意も姿勢も違いますね。ですから、意見の対立や批判や反目が起こることもあります。その結果、それぞれが別々の道を進むことも起こります。時には、教会を移ることもあるでしょう。
 また、教会同士でも神学的見解の違いや方向性の違いによって意見の衝突が起こることがあります。その結果、たくさんの教団、教派が生まれてきました。
 しかし、大切なのは、それぞれがイエス・キリストを信じ、聖書の真理の内に留まっているなら、たとえ反目状態になったとしても、皆、主にあって一つとされた仲間であることを認めることです。
 また、意見の対立や反目があるのが悪いわけではありません。それぞれが主から与えられた志と思いを大切にしているなら、神様がそのことさえも益にしてくださるからです。パウロとバルナバの激しい反目も、伝道の働きが二倍になるという結果をもたらしました。福音がより多くの場所に届けられることになったのです。
 それに、この反目がずっと続いたわけではありません。この後、パウロは、コリント人への手紙の中でバルナバを無二の同労者として紹介していますし、第二テモテ4章11節では、「マルコは私の務めのために役に立つ」と書いています。たとえ、一時的に対立したり反目したとしても、それを根に持って憎しみや恨みを抱くのではなく、互いに認め合い、受け入れ合う、それが主にある仲間の姿なのですね。
 
(2)テモテの割礼
 
 さて、バルナバはマルコを連れて船でキプロス島に向かい、パウロはシラスを連れて陸路、小アジア地方に向かいました。そこには、以前の伝道旅行で訪れたデルベやルステラの町がありました。ルステラは、以前、パウロがその地方のユダヤ人たちから石を投げつけられて死の危機に瀕した場所です。しかし、パウロは怯むことなく再び訪問したのです。そこにイエス様を信じる仲間たちがいたからです。そのルステラで、パウロはその後の生涯にわたる忠実な同労者を得ることができました。テモテという青年です。
 テモテは「信者であるユダヤ婦人の子で、ギリシヤ人を父としていた」と書かれています。第二テモテ1章5節でパウロはテモテにこう書き送っています。「私はあなたの純粋な信仰を思い起こしています。そのような信仰は、最初あなたの祖母ロイスと、あなたの母ユニケのうちに宿ったものですが、それがあなたのうちにも宿っていることを、私は確信しています。」また、第二テモテ3章15節には、テモテが「幼いころから聖書に親しんで来た」と書かれています。
 パウロがテモテを伝道の働きに誘ったとき、テモテは二十歳前後だったのではないかと言われています。幼いころから旧約聖書に親しみ、また、クリスチャンとなった祖母と母の信仰を受け継いだテモテがパウロの同労者となったのです。テモテは、パウロの伝道旅行に同行しただけでなく、パウロが別の場所に去った後もその場所に留まって働きを続けたり、パウロの使者として派遣されたりするなど重要な役割を果たしました。また、パウロが記した手紙のうち六つにおいて(第二コリント、ピリピ、コロサイ、第一、第二テサロニケ、ピレモン)、テモテは共同執筆者としてその名が挙げられています。
 ところで、3節にこうありますね。「パウロは、このテモテを連れて行きたかったので、その地方にいるユダヤ人の手前、彼に割礼を受けさせた。彼の父がギリシヤ人であることを、みなが知っていたからである。」
 これを読んで「あれ?変だな」と思う方もおられるでしょう。先ほどお話ししたように、パウロはいつも「救いに必要なのは信仰だけだ。割礼は必要ない。異邦人クリスチャンに割礼を強制すべきではない」と強く主張していたのです。そして、その考えが正しいと認めてもらうためにわざわざエルサレムに出かけていったほどです。ガラテヤ6章15節では「割礼を受けているか受けていないか、大事なことではありません」と断言していますし、ガラテヤ2章では、パウロの同労者であるギリシヤ人のテトスがパウロとエルサレムを訪問したとき、テトスに割礼を受けさせるべきだと考える人々がいたのですが、パウロは彼らに一歩も譲歩しなかったと書いています。
 それなのに、テモテには割礼を受けさせたのです。なぜでしょうか。「ユダヤ人の手前」という訳を読むと「ユダヤ人に批判されるのを恐れて」とか「ユダヤ人におもねって」という感じがしてしまいますが、そうではありません。パウロは、ユダヤ人の気持ちを配慮して、これからのテモテの働きがユダヤ人にも受け入れやすくするために割礼を受けさせたのです。
 パウロは、異邦人だけでなく、世界中に散っているユダヤ人たちにも福音を伝えたいと願っていました。また、テモテには、教会を牧する働きもさせたいと思っていたでしょう。しかし、テモテの父はギリシヤ人ですから、ユダヤ人から見ればテモテは異邦人です。もし、テモテが割礼を受けていないなら、ユダヤ教の会堂で話をすることもできませんし、ユダヤ人の信用を得ることもできません。素晴らしいイエス様の福音を語る前に拒否されてしまうでしょうし、ユダヤ人がいる教会を指導するのも難しいでしょう。だから、パウロは、テモテに割礼を受けさせてユダヤ人の社会に入ることができるようにしたのです。 パウロは、福音の根本に関わる時には決して譲歩することはありませんでしたが、福音を伝えるために相手の文化を取り入れることは躊躇しませんでした。ユダヤ人にはユダヤ人のように、ギリシヤ人にはギリシヤ人のように、自分が柔軟に合わせていく、これがパウロの意識だったのです。
 前回もお話ししましたが、私たちは、変えてはならないことと、変えてもいいことを賢く判断する必要があります。「イエス・キリストを信じる信仰によって、ただ神の恵みによって救われる」ということは、決して変えられないし変えるべきではありません。しかし、それ以外のこと、例えば礼拝の順序や教会の伝統、組織、慣例などは必要に応じて変えていけばいいのです。もしそれが福音を妨げているなら変えなければなりません。イエス様は、当時の宗教家を鋭く批判しましたね。なぜなら、変えてはいけない神様に対する心からの愛や畏敬をないがしろにして、形だけの言い伝えや儀式に固執していたからです。
 こんな話を聞きました。ある奥さんがクリスチャンになりまた。しかし家には仏壇があります。奥さんは決めたそうです。仏壇に手を合わせて礼拝することはしないけれど、家の人が大切にしている仏壇をいつもきれいにしよう。この奥さんの態度は、徹底していました。まことの神様以外に礼拝はしない、これは変えられないことです。しかし、一生懸命、仏壇をきれいに掃除をしたそうです。それを見ていたおばあさんがえらく感心して心を開いていったというのです。そして、教会に行くようになったそうです。私たちは、変えてはいけないものをしっかりと守りつつ、変えてもいいことについては自由な発想をもって生活していこうではありませんか。
 
(3)主の導き
 
 さて、パウロたちが進んで行くと、不思議なことが起こりました。6節に「彼らは、アジヤでみことばを語ることを聖霊によって禁じられた」とありますね。また、7節では「ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった」とあります。パウロたちが旅していた今のトルコにあたる小アジア地方はいろいろな地域に分かれていましたが、その中のアジア地方やビテニヤ地方に行くことを主がお許しにならなかったというのです。これは、何か神秘的な声が聞こえたのかもしれませんし、様々な交通事情などで行くことができなかったということかもしれません。いずれにせよ、パウロたちは、主が道を閉ざされたと理解したのです。
 その結果、パウロたちは、小アジアの西の端のトロアスに行くことになりました。トロアスの先はエーゲ海が広がっていて、対岸は今のギリシヤ、つまりヨーロッパになります。そのトロアスでパウロは幻を見ました。9節からこう記されていますね。「ある夜、パウロは幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が彼の前に立って、『マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください』と懇願するのであった。パウロがこの幻を見たとき、私たちはただちにマケドニヤへ出かけることにした。神が私たちを招いて、彼らに福音を宣べさせるのだ、と確信したからである。」当時、今のギリシヤにあたる地域は、北部のマケドニヤと南部のアカヤに分かれていました。そのマケドニヤに行け、と主がお命じになったのです。そして、ここから福音がアジアだけでなくヨーロッパへと広がっていくことになるのです。
 私が牧師としてよく質問されることの一つが「このことは、主の導きでしょうか」という質問です。答えは「私に聞かれてもわかりません」です。でも、聖書を読むと主がいろいろな方法で私たちを導いてくださることを知ることができますね。
 今日の箇所では、主がパウロたちが行こうとする道を閉ざされることによってパウロたちを別の方向に導かれたことが書かれています。
 パウロたちは、アジア地方に行ってみことばを語ろうと考えました。しかし、主はその道を閉ざされました。次にビテニヤ地方に行こうとしましたが、その道も閉ざされてしまいました。その結果、パウロたちはヨーロッパ伝道に導かれることになったのです。
 つまり、もし私たちが主のみこころでないことをしようとしたら、主が道を閉ざしてくださるということです。逆に言えば、もし道が閉ざされたら、「これは主のみこころではなかったのだ」と判断すればいいのです。何かやろうとするときに「これは主のみこころかどうかわからない」と言って何もしないよりも、「もし主のみこころでなければ、道を閉ざしてください」と祈りつつ進んでみるほうがいいことが多いのですね。
 私は主によって何度も道を閉ざされた経験があります。例えば、神学校を選ぶとき、私は当たり前のように栃木の実家の近くの神学校を選んで受験し合格しました。しかし、普通では考えられないような理由で行けなくなって、急遽、東京の神学校に入ることになりました。結果的には、その神学校のほうが私に合っていましたし、その神学校で大切な出会いをいくつか経験しました。また、神学校の卒業を控えて進路を決めなければならなくなったとき、宇都宮の教会の牧師になることがほぼ決まっていたのに、急にその話がなくなり、神学校にいた宣教師の紹介で小田原に来ることになりました。その結果、こうしてこの城山教会の牧師をしているわけです。また、教会堂を建てる土地を探していたとき、最初に見つけた土地の購入を打診してみましたが、持ち主に断られてしまいました。しかし、その結果、もっと良いこの土地が与えられたのです。
 こういう経験をしながら実感したことがあります。それは、「主が道を閉ざされるとき、それよりももっと良い道に導いてくださる」ということです。
 ですから、「これは主のみこころかどうか」とあまり心配しすぎずにともかく進んでみることは大切です。「やってみなければわからない」ということが多いのです。もし失敗しても、間違ったとしても、主はその経験をも益とすることができる方です。また、主は私たちが道を逸れたら、必ずみもとに連れ戻してくださる良き羊飼いです。その主の大きな守りと導きのうちにあることを信頼し、与えられた思いや志を大切にしながら進んで行きましょう。
 パウロたちでさえ、自分の思った道が閉ざされることがあったのです。道を閉ざし、道を開いてくださる主がおられることを感謝し、期待しつつ歩んで行きましょう。