城山キリスト教会 礼拝説教          
 二〇二二年五月二九日             関根弘興牧師
              使徒の働き二〇章七節〜二七節
 使徒の働き連続説教29
    「走るべき行程」
 
 7 週の初めの日に、私たちはパンを裂くために集まった。そのときパウロは、翌日出発することにしていたので、人々と語り合い、夜中まで語り続けた。8 私たちが集まっていた屋上の間には、ともしびがたくさんともしてあった。9 ユテコというひとりの青年が窓のところに腰を掛けていたが、ひどく眠けがさし、パウロの話が長く続くので、とうとう眠り込んでしまって、三階から下に落ちた。抱き起こしてみると、もう死んでいた。10 パウロは降りて来て、彼の上に身をかがめ、彼を抱きかかえて、「心配することはない。まだいのちがあります」と言った。11 そして、また上がって行き、パンを裂いて食べてから、明け方まで長く話し合って、それから出発した。12 人々は生き返った青年を家に連れて行き、ひとかたならず慰められた。13 さて、私たちは先に船に乗り込んで、アソスに向けて出帆した。そしてアソスでパウロを船に乗せることにしていた。パウロが、自分は陸路をとるつもりで、そう決めておいたからである。14 こうして、パウロはアソスで私たちと落ち合い、私たちは彼を船に乗せてミテレネに着いた。15 そこから出帆して、翌日キヨスの沖に達し、次の日サモスに立ち寄り、その翌日ミレトに着いた。16 それはパウロが、アジヤで時間を取られないようにと、エペソには寄港しないで行くことに決めていたからである。彼は、できれば五旬節の日にはエルサレムに着いていたい、と旅路を急いでいたのである。17パウロは、ミレトからエペソに使いを送って、教会の長老たちを呼んだ。18 彼らが集まって来たとき、パウロはこう言った。「皆さんは、私がアジヤに足を踏み入れた最初の日から、私がいつもどんなふうにあなたがたと過ごして来たか、よくご存じです。19 私は謙遜の限りを尽くし、涙をもって、またユダヤ人の陰謀によりわが身にふりかかる数々の試練の中で、主に仕えました。20 益になることは、少しもためらわず、あなたがたに知らせました。人々の前でも、家々でも、あなたがたを教え、21 ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神に対する悔い改めと、私たちの主イエスに対する信仰とをはっきりと主張したのです。22 いま私は、心を縛られて、エルサレムに上る途中です。そこで私にどんなことが起こるのかわかりません。23 ただわかっているのは、聖霊がどの町でも私にはっきりとあかしされて、なわめと苦しみが私を待っていると言われることです。24 けれども、私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません。25 皆さん。御国を宣べ伝えてあなたがたの中を巡回した私の顔を、あなたがたはもう二度と見ることがないことを、いま私は知っています。26 ですから、私はきょうここで、あなたがたに宣言します。私は、すべての人たちが受けるさばきについて責任がありません。27 私は、神のご計画の全体を、余すところなくあなたがたに知らせておいたからです。(新改訳聖書第三版)
 
 パウロがエペソの町に約三年間滞在している間に、すばらしい福音の力が示され、多くの人々がクリスチャンになりました。しかし、アルテミス神殿の模型を作ってもうけていた銀細工人たちがそれに反発して大騒動を起こした、というのが前回の内容でしたね。
 その騒動が収まると、パウロは主に示されていた通り、マケドニヤ地方に向かって出発しました。その地方には、以前パウロが訪れたときに生まれた教会が各地にありました。パウロはそれらの教会を巡回して兄弟たちを励まし、また、エルサレム教会への支援金を集めました。それから、南に下ってアカヤ(ギリシヤ)地方に行きました。コリント教会のあるところです。パウロはそこで三ヶ月過ごした後、近くの港からエルサレムのあるシリヤ地方に向かう船に乗ろうとしたのですが、ユダヤ人の陰謀があってそれができなくなったので、マケドニヤに戻ってピリピから船出しました。船はアジア地方のトロアスに寄港し、パウロはそこに七日間滞在することになりました。今日の箇所には、まず、そのトロアスでの出来事が書かれています。
 
1 トロアスにて
 
 7節に「週の初めの日に、私たちはパンを裂くために集まったと書かれていますね。この使徒の働きを書いたルカが「私たち」と書いているわけですから、その時、ルカもその場にいたことがわかりますね。ちなみにこの「私たち」という言葉が初めて出てくるのは16章10節で、その時からルカはずっとパウロと行動を共にしていたようです。
 そして、「パンを裂く」とは聖餐式のことです。週の初めの日である日曜日に聖餐式のために集まったわけですね。パンは十字架で裂かれたキリストのみからだの象徴です。また共に味わうぶどう酒はキリストが十字架で流された血を象徴するものです。私たちは、初代教会の時代からずっと、この聖餐式を通してイエス様の十字架の恵みを覚え、味わっているのですね。
 その時、パウロは翌日出発することにしていました。それに、自分がこの人々に会うことができるのはこれが最後の機会かもしれないと思っていたようです。そこで、パウロは夜中まで人々と語り合い、自分自身でも熱心に語り続けたのです。結局、11節にあるように明け方までずっと話し合っていたわけです。
 そこに、ユテコという青年がいました。彼は三階の窓のところに腰掛けてパウロの話を聞いていたのですが、途中で眠り込んでしまい、三階から転落して死んでしまったというのです。大事件ですね。しかし、神様がユテコを生き返らせてくださいました。大きな奇跡が起こったのです。
 この事件によって、ユテコは「説教中に居眠りをして三階から転落した人」として世界的、歴史的な有名人になってしまいました。ユテコは、今日も、天国で苦笑いしているかもしれませんね。しかし、今日は、ユテコの名誉を少しばかり回復したいと思っています。「この箇所は、礼拝中に居眠りをしてはいけないということを教えているのだ」と解釈する人もいますが、それはまったく見当違いの解釈だと思います。ユテコが居眠りしてしまったのには、それなりの理由があると思うからです。
  まずパウロの話し方ですが、第二コリント10章10節には「パウロの手紙は重みがあって力強いが、実際に会った場合の彼は弱々しく、その話しぶりは、なっていない」と書かれています。ですから、パウロの話し方は、地味で淡々としていたのかもしれません。それに、パウロの手紙を読むとわかりますが、パウロの話はよくあっちに行ったりこっちに行ったり横道にそれるのです。そういう話を長時間聞くのは、かなりの忍耐が必要でしょう。それに、当時は日曜日は休日ではありません。ユテコも昼間働いてから集会に参加したのではないかと思います。仕事で疲れているところに長い話を聞いていたら、眠気に襲われても無理はありませんね。また、彼は「窓のところに腰を掛けて座っていた」と書かれています。部屋が満員だったのでしょう。しかも「ともしびがたくさんともしてあった」とありますから、ともしびの煙や人いきれで酸欠状態になっていたかもしれません。ユテコは、最初から眠る気なら、わざわざ危険な窓の所に腰をかけたりしなかったでしょう。パウロの話を真剣に聞こうとして、一番眠りにくい場所を選んだのかもしれないのです。しかし、どんなに工夫しても、意気込みがあっても、眠ってしまうことはありますね。
 私はそれを数え切れないほど経験していますから、よくわかります。高校生の時、毎週木曜日の夜七時から教会で祈り会がありました。家が教会だったので私も毎週出席していました。しかし、部活を終えて疲れ切って出席するので、始まったとたんに夢の中というわけです。目が覚めると、祈り会は終わっていて、みんなお茶を飲んでいるんです。私にとって祈り会は快適な眠りを提供してくれる居眠り会だったんですね。
 ユテコも眠り込んでしましました。そして、三階から落ちていったんは死んでしまいましたが、神様が生き返えらせてくださいました。そして、この出来事の締めくくりとして、12節にこう書かれています。「人々は生き返った青年を家に連れて行き、ひとかたならず慰められた。」実は、これが大切なんです。ここには「ユテコが居眠りするからこんなことになったのだ」という批判も「ユテコは居眠りしたから罰を受けたのだ」というさばきの言葉もありません。教会の人々はみな「よかった、よかった。主はすばらしいね」と大きな慰めを受けたのです。パウロの説教よりユテコが生き返った出来事のほうが大きな慰めになったかのような書き方ですね。パウロが去って行ってしまうということで人々は不安や寂しさを感じていたかもしれません。しかし、ユテコの出来事を通して、この力ある主を信頼していけば大丈夫だという確信を与えられたのでしょう。
 
2 ミレトの告別説教 その一
 
 さて、パウロは、アソス、ミテレネ、サモスと進んで行きました。その後、エペソの港に寄ることもできたのですが、エルサレムへの旅を急いでいたパウロは、エペソには寄らずにミレトまで行って、そこにエペソの長老たちを呼ぶことにしたのです。パウロはエペソに約三年間滞在していたので、多くの人々と親しい関係を築いていたでしょうから、本当はエペソの町を訪問したかったと思います。しかし、パウロは、25節で言っているように、もう二度とエペソの人々に会うことができないことを知っていました。別れは人間的にはとても悲しい出来事です。もし今エペソの町に立ち寄ったら、一人一人に別れの挨拶をするのにかなりの時間を取られてしまうでしょう。そこで、少し離れたミレトに教会の長老たちだけを呼んで、別れを告げることにしたのです。
 この時にパウロが語った言葉は、18節から35節までに記されていますが、ミレトの告別説教として知られています。
 この説教は、三つに分けることができます。18節ー27節はパウロ自身の人生について、28節ー31節は教会に対する教え、そして、32節ー35節は聖書と奉仕に関する教えが語られています。
 今日は、その最初の部分を見ていくことにしましょう。パウロは自分の人生についてどのように語っているでしょうか。
 
(1)主に仕える人生
 
@謙遜の限りを尽くして主に仕えた
 
 まず、パウロは19節で「私は謙遜の限りを尽くして主に仕えた」と言っています。パウロは当時の大伝道者でした。パウロが語ると多くの人が救われ、パウロを通して病人のいやしなどの様々な奇跡が行われました。だからこそ、謙遜であり続けることがパウロにとって最も大切な課題だったのです。
 人には日々襲ってくる高慢との戦いがあります。有名になればなるほど、自分の力を誇りたくなってしまうのです。しかし、高慢こそ主から私たちを引き離す元凶なのです。
 J・B・フィリップスという人がいます。彼の書いた「現代英語訳の新約聖書」は超ベストセラーになりました。人気絶頂です。その時、彼は、正直にこう告白しているんです。「私は、成功の甘味に我を忘れた。健康は上々、前途はバラ色に見えた。私の行くところ、人々の賞賛、名誉、感謝の声に迎えられた。私は、成功の危険に気がつかなかった。微妙な品性の腐食。知らぬ間に価値観が変わっていった。自分自身を過大評価するひそかな思いが、徐々に私に浸透していった。漠然と、このことに気が付いたとき、『主よ。私を謙遜にして下さい。しかし、今、とは申しません』と祈った。」しかし、彼は突然、強度の神経衰弱になり、書くことも話すこともできなくなってしまいました。そして、なんと二十年あまりの長いトンネルが続いたのです。しかし、彼は「このトンネルの中で永遠に変わらない神様により深く信頼することを学んだ」と言っています。
 パウロも高慢にならないように常に意識していたでしょう。第二コリント12章7節には「私は、高ぶることのないようにと、肉体に一つのとげを与えられました」と書いています。自分の肉体に弱さがあることは、主が私を謙遜にさせるための恵みだと理解したのです。そして「私の弱さの内に主の力が完全に表れるのだから、私は自分の弱さを誇る」と言いました。自分の弱さを常に自覚して、主の力と恵みに依り頼んで歩くことが大切だと知っていたのです。そして、自分ではなくキリストがあがめられることだけを願い求め、人々にもそう教え続けました。
 
A試練の中で主に仕えた
 
 パウロは、多くの苦難や葛藤を経験し、涙を流しました。外部からの妨害だけでなく、教会内部の問題もありました。批判され、誤解され、攻撃されました。第二コリント11章24節ー28節にはパウロの経験した困難の一覧が記されています。「三十九の鞭が五度、鞭で打たれことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度、一昼夜海を漂流し、川の難、盗賊の難、同国民から受ける難、異邦人から受ける難、都市の難、荒野の難、海上の難、にせ兄弟の難、飢え、凍え、さまざまな教会の中で起こってくる批判や問題に対する心づかい」等々を経験したというのです。これほどの苦難の中で、さすがのパウロも心が萎えてしまうときもあったでしょう。
 問題が起こったとき、二つの反応があります。一つは「イエス様を信じたのにこんなことになるなんて、冗談じゃない!信じて損した」と言って神様に背を向けてしまう反応です。もう一つは「この試練も神様が与えてくださったのだ。神様は、どんな試練の中でも最善を行ってくださる」と信頼し、期待し、忍耐をもって主に従い続けていこうとする反応です。
 全地全能の神様は、私たちが何の苦労もなく歩めるようにすることもおできになるでしょう。しかし、私たちは、人生が思うようにいかないときにこそ何かを学ぶことができますね。行き詰まったときこそ、神様の恵みや力を味わうことができる成長のチャンスなのです。
 それに第一コリント10章13節にはこう約束されています。「あなたがたのあった試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実な方ですから、あなたがたを耐える事の出来ないような試練に合わせるような事はなさいません。むしろ、耐える事のできるように、試練と共に脱出の道も備えて下さいます。」だから、詩篇にも「主を待ち望め」という言葉が繰り返し出てくるのですね。
 パウロは様々な困難を通過しましたが、暗い人生を歩んだわけではありません。どんな時も希望と賛美と感謝をもって歩んでいたのです。そして、ローマ8章28節に書いているように「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています」と宣言することができたのです。実際、問題が起こるとその都度、「主のことばは驚くほど広まり、ますます力強くなっていった」と聖書に書かれているのです。おもしろいですね。問題が起こることは、避けられませんが、その問題を通して新しい道が開かれ、教会は前進していったのです。
 
(2)自分の走るべき行程を走り尽くす人生
 
 そして、パウロは、24節で「私が自分の走るべき行程を走り尽くし、主イエスから受けた、神の恵みの福音をあかしする任務を果たし終えることができるなら、私のいのちは少しも惜しいとは思いません」と語っています。
 パウロは、人にはそれぞれ「自分の走るべき行程」が神様から与えられていて、その行程を走り尽くすことがクリスチャン人生なのだという意識を持っていました。ピリピ3章13節-14節ではこう書いています。「兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕らえたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」パウロは人生をマラソンにたとえたのですね。
 ただ、「私は走るのが苦手だから、マラソンなんて無理です」という方もおられるかもしれませんね。大丈夫です。自分に与えられた行程を自分のペースで進んで行けばいいのです。
 イソップ寓話に「ウサギとカメ」の話がありますね。むこうのお山の麓までどちらが先に着くか競争しようというお話ですね。普通は誰が考えてもウサギが勝つはずですが、この話では勝ったのはカメでした。ウサギが油断して、途中で長い昼寝をしてしまったからです。
 この話は何を教えているのでしょうか。「怠けないで勤勉に励むことが大切だ」とか「自己過信や油断はよくない」ということを教えているのだと考える人も多いでしょうね。
 でもさらに深掘りしていくと、ウサギとカメは、見ているものが違っていたことがわかります。ウサギはカメを見ていました。カメに勝つことが目標でした。だから、カメの進み方が遅いので油断してしまったのです。一方、カメはゴールだけを見ていました。ウサギを見たらとても勝てないと諦めてしまったかもしれません。しかし、ゴールを見て、ゴールまで完走することを目標にしていたので、歩みは遅かったけれど勝つことができたのです。
 私たちは、どうもこのウサギのような感覚を持ってしまうことが多いのではないでしょうか。まわりばかり見て、自分を人と比べて優越感に浸ったり、劣等感に悩んだり、まわりの存在が自分の目標にすり替わって一喜一憂し、本来の目標を見失ってしまうことがとても多いように思います。
 大切なのは、人生の本来の目標が何かをしっかり確認して、それに向かってひたむきに一心に進んでいくことです。私たちは、永遠の御国に向かって、天のゴールを目指して進んでいくのです。
 
 与えられた行程はそれぞれ違います。進み方も速さもそれぞれ違います。カメのように歩みが遅い人だと言われてもいいではありませんか。人と比べる必要はありません。まわりの人の歩みを気にする必要はありません。イエス・キリストとともに自分のペースで歩んで行けばいいのです。
 
(3)神のご計画の全体を余すところなく知らせる人生
 
 そして、パウロは、27節で「私は、神のご計画の全体を、余すところなくあなたがたに知らせた」と宣言しました。
 神様のご計画とは何でしょうか。神様に背を向けて自分の価値を見失い、道に迷い、虚しさと不安の中で自分勝手に生きる私たちを救うために、御子イエスを救い主として遣わし、その十字架と復活によって私たちに罪のゆるしと新しいいのちを与え、神様と共に永遠に生きる者としてくださる、それが神のご計画です。そのために、神様は最初から準備をしてくださいました。旧約聖書の時代には、神様がどのような方なのかを教え、人々に罪を自覚させ、救い主が必要であることを教えてくださいました。そして、新約聖書の時代には、実際に救い主イエス様を送り、イエス様が救いの道を完成してくださいました。
 ですから、パウロは、旧約聖書の内容についても、また、自分たちを救ってくださった救い主イエス様についても、余すところなく人々に語り伝えました。神様の厳しさや罪へのさばきも語るとともに、神様の豊かな愛と恵み、赦しと永遠の救いを語りました。将来に関する神様の素晴らしい約束についても語りました。神様をあがめ、イエス様を信頼し、聖霊に導かれて生きることがどれぼど素晴らしいことなのかも語りました。
 その神様のご計画の全体を、今、私たちは聖書を通して知ることができます。私たちも、自分にとって都合のいいところだけでなく、聖書全体から教えられ、神様のご計画を余すところなく分かち合っていく教会とされていきたいですね。そして、一人一人が主に仕え、走るべき行程を走り尽くす人生を送らせていただきましょう。