今日の聖書(3月9日月曜日)
「『この方(イエス・キリスト)以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。』彼らはペテロとヨハネとの大胆さを見、またふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚いたが、ふたりがイエスとともにいたのだ、ということがわかってきた。」(使徒の働き4章12節、13節)
 
 新約聖書「使徒の働き」の始めには、イエス様が復活され天に昇られた後、聖霊が下り、聖霊の力強い働きによって弟子たち(ペテロやヨハネなど)が福音を語り、教会が誕生してゆく過程が記録されています。
 ペテロやヨハネが語ったメッセージは難しいものではありませんでした。とってもシンプルで簡単です。
 「この方(イエス・キリスト)以外には、だれによっても救いはありません。天の下でこの御名のほかに、私たちが救われるべき名は人に与えられていないからです。」
 そして、そのメッセージを聞いた人々は、「ふたりが無学な、普通の人であるのを知って驚き」、「ふたりがイエスとともにいたのだ、ということがわかってきた」のです。
 私たちも「無学で普通の人」かもしれません。でも、もし私たちがイエスを信じているなら、イエス様(聖霊様)がともにいて下さいます。
 そして、私たちが聖書のメッセージを語り、自分自身がイエス様に救われた経験を伝えるとき、聖霊なる神様が働いてくださるのです。そして、私たちのことばを通して、それを聞いた人々がイエスさまを知ることができるのです。
 今日も1日神様の祝福がありますように!
 
 
今日の聖書(3月10日火曜日)
「主に感謝して、御名を呼び求めよ。主にほめ歌を歌え。そのすべての奇しいみわざに思いを潜めよ。主が行われた奇しいみわざを思い起こせ。主に選ばれた者、ヤコブの子らよ。この方こそ、私たちの神、主。覚えよ。主の契約をとこしえに。お命じになったみことばは千代にも及ぶ。」(歴代誌第一 16章8節-15節抜粋)
 
 第一歴代誌16章には、ダビデが「契約の箱」をエルサレムに運び込んだ出来事が記されています。
 その時、ダビデは何をしたでしょうか。神様を心から賛美して喜んだのです。その内容が今日の箇所に記されています。
 ダビデは神様の救いの素晴らしさを思い巡らすことを勧めました。そして神様の約束の確かさを宣言したのです。ダビデはこのように叫んでいます。
 「覚えよ。主の契約をとこしえに。お命じになったみことばは千代にも及ぶ。」
 神様の救いと祝福の約束がとこしえに続いて千代にも及ぶということは、今の私たちのも及んでいるということです。イエス様によって、この約束は成就し、私たちに与えられました。
 神様は私たちを救ってくださいました。そして、私たちを祝福し、それぞれの人生を守り導いてくださっています。
 その聖書の約束はとこしえにかわることがありません。このみことばの約束を信頼し、主を賛美し、恵みの中を歩んでゆきましょう。
 今日も1日神様の祝福がありますように!
 
今日の聖書(3月11日水曜日)
「わたしは彼らに一つの心を与える。すなわち、わたしはあなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしは彼らのからだから石の心を取り除き、彼らに肉の心を与える。それは、彼らがわたしのおきてに従って歩み、わたしの定めを守り行うためである。こうして、彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。」(エゼキエル書11章19節、20節)
 
 エゼキエル書8章から11章には、バビロンで捕囚の民となっていたエゼキエルが、神様によって幻のうちにエルサレムへ連れて行かれたことが記されています。
 バビロン捕囚後のエルサレムはぼろぼろの状態でした。しかも、残されたイスラエルの民たちは偶像礼拝を行っていました。そんな状態を見せられたエゼキエルは嘆き悲しみ叫びます。
 「ああ、神、主よ。あなたはイスラエルの残りの者たちを、ことごとく滅ぼされるのでしょうか。」
 そのようなエゼキエルの叫びに対する神様の答えが今日の箇所です。
 「わたしは彼らに一つの心を与える。すなわち、わたしはあなたがたのうちに新しい霊を与える。わたしは彼らのからだから石の心を取り除き、彼らに肉の心を与える。それは、彼らがわたしのおきてに従って歩み、わたしの定めを守り行うためである。」
 どうしようもないイスラエルの民に、神様自らが新しい心、新しい霊を与えて下さるというのです。神様が人の頑なな心を取り除き、神様のおきてに従うことが出来るようにして下さるのです。
 そして、神様はこうも言われます。
 「こうして、彼らはわたしの民となり、わたしは彼らの神となる。」
 この福音のことばはイエス様によって成就しました。
 今日も1日神様の祝福がありますように!
 
 
今日の聖書(3月12日木曜日)
「こうして彼らがステパノに石をなげつけていると、ステパノは主を呼んで、こう言った。『主イエスよ。私の霊をお受け下さい。』そして、ひざまづいて、大声でこう叫んだ。『主よ。この罪を彼らに負わせないでください。』こう言って眠りについた。」(使徒の働き7章59節、60節)
 
 エルサレム教会の信徒リーダーだったステパノは、信仰と聖霊に満たされた人でした。また、神様の恵みと力によって沢山の人を教会に導きました。
 そんな中、クリスチャンが増えることを良く思わないユダヤ人指導者たちに妬まれ、石で打たれて殺されてしまいます。「使徒の働き」に出てくる最初の殉教者です。
 今日の箇所は、ステパノが亡くなる直前に神様に捧げた祈りです。この祈りは十字架でイエス様がされた祈りとも重なります。
 「私の霊をお受け下さい。」…神様にすべてをゆだねる祈りです。
 「主よ。この罪を彼らに負わせないでください。」…自分を殺そうとする人の赦しを願う祈りです。
 どうして、ステパノはこのような祈りができたのでしょうか?
 7章55節にはこうあります。
 「しかし、聖霊に満たされていたステパノは、天を見つめ、神の栄光と、神の右に立っておられるイエスとを見て、こう言った。『見なさい。天が開けて、人の子が神の右に立っておられるのが見えます。』」
 ここから分かることは、ステパノのうちに住んでおられる聖霊なる神様が彼を助け、イエス様のお姿を見せて、この祈りを祈らせてくださったのです。
 この御霊が今私たちの内にも住んでくださっています。
 今日も1日神様の祝日がありますように!
 
 
今日の聖書(3月13日金曜日)
「ダビデは言った。『わが子ソロモンは、まだ若く力もない。主のために建てる宮は、全地の名となり栄えとなるように大いなるものとしなければならない。それで私は、そのために用意をしておく。』こうして、ダビデは彼が死ぬ前に多くの用意をしておいた。」(歴代誌第一22章5節、6節)
 
 歴代誌は、バビロン捕囚から解放されたイスラエルの民が、もう一度、神様の祝福を思い起し、神様を礼拝することができるようにという励ましの書物と言えます。
 テーマを一言でいうなら「礼拝の回復」です。ですから、ダビデの個人的な出来事よりも、神様を礼拝する姿に焦点が当てられています。
 今日の箇所は礼拝の宮である神殿建設についてです。
 ダビデは神様を礼拝する神殿を建てたいという願いを持っていました。でもある時、神様が「それはあなたでなく息子ソロモンの使命だ」と語られました。だから、ダビデは自分の願いを息子ソロモンに託すとともに、ソロモンが使命を全うすることができるよう、最大限のサポート(準備)をしたのです。
 もし、私がダビデの立場だったら、「おいしいところを持っていきやがって…」とまで思わないにしても、「後は任せた。私にはもう関係ない。」と丸投げしてしまうかもしれません。
 でも、ダビデは違いました。神様から与えられた自分の役割を理解した上で、まだまだ力の足りなかった息子ソロモンを最大限にサポートしたのです。
 ここにダビデの素晴らしさを見ることができますね。そして、そんな父親ダビデの姿に、父なる神様の私たちに対する姿も重なるのです。
 今日も1日神様の祝福がありますように!
 
 
今日の聖書(3月14日土曜日)
「あなたは誓いをさげすんで、契約を破った。だが、わたしは、あなたの若かった時にあなたと結んだわたしの契約を覚え、あなたととこしえの契約を立てる。わたしがあなたとの契約を新たにするとき、あなたは、わたしが主であることを知ろう。」(エゼキエル書16章59節〜63節抜粋)
 
 エゼキエル書16章では、神様がイスラエルの民を生まれたばかりの赤ちゃんに譬えて語られています。
 生まれてすぐ母親に捨てられた子を、主なる神様が抱き上げ、愛を注ぎ育ててくださいます。しかし、その子は成長するにしたがって神様から離れてしまい、偶像礼拝に明け暮れるのです。そして、自分の罪の故にぼろぼろになってゆく、そんなイスラエルの姿が表現されるのです。
 しかし、そんな彼らに主なる神様は語りかけてくださいます。
 「あなたは誓いをさげすんで、契約を破った。だが、わたしは、あなたの若かった時にあなたと結んだわたしの契約を覚え、あなたととこしえの契約を立てる」と。
 「あなたがどんなに約束を破っても、わたしは決して約束を破らない!」そんな神様の熱い熱い語りかけです。
 そして、「わたしがあなたとの契約を新たにするとき」とあるように、約束を守ることができないイスラエル(そして、全ての人)の為に、神様ご自身が新しく契約を結んで下さるという約束の宣言です。
 「新しい契約」それは、イエス・キリストの十字架の血による契約です。ただイエス様を信じることによって、私たちのすべての罪が赦され、無条件で神の子とされるという、素晴らしい神様からの一方的な契約です。
 今日も1日神様の祝福がありますように!