今日の聖書(3月30日月曜日)
「レビ人は自分たちの放牧地と所有地を捨てて、ユダとエルサレムに来たのである。ヤロブアムとその子らが、主の祭司としての彼らの職を解き、自分のために祭司たちを任命して、彼が造った高き所と雄やぎと子牛に仕えさせたからである。さらに、彼らのあとに続いて、イスラエルの全部族の中から、その心をささげてイスラエルの神、主を尋ね求める者たちが、その父祖の神、主にいけにえをささげるためエルサレムに出て来た。彼らは三年の間、ユダの王権を強固にし、ソロモンの子レハブアムを励ました。三年の間、彼らがダビデとソロモンの道に歩んだからである。」(歴代誌第二11章14節〜17節抜粋)
 
 第二歴代誌10章からは、列王記と同じようにソロモン王以降の王が紹介されています。列王記と違うのは、主に南ユダ(ダビデ、ソロモンの流れ)に焦点があてられていることです。
 聖書を読むと北イスラエルよりも南ユダの方が良い王様がでました。国も長く続きました。その背景の一つとして、今日の箇所の出来事があると思います。
 北イスラエルの王ヤロブアムは、神様の礼拝を司るレビ人を排除しました。一方で南ユダの王レハブアムが彼らを受け入れました。そういう意味で歴代誌のテーマである「礼拝の回復」(礼拝を大切にしていること)を表す象徴的な出来事でもあります。
 私たちにとっても礼拝は大切ですね。礼拝は日曜日に教会にいくことだけではありません。個人的に聖書を読むことや祈ることもそうです。日々の生活の中でイエス様がともにいてくださることを認め、イエス様を信頼して歩む生活そのものが礼拝です。
 仕事、勉強、家事、育児、今日、私たちに与えられている一つ一つのことを、イエス様に信頼しながら歩んでいきましょう。それが礼拝の生活です。
 今日も1日神様の祝福がありますように!
 
 
今日の聖書(3月31日火曜日)
「それから彼らは、アジヤでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので、フルギヤ・ガラテヤの地方を通った。こうしてムシヤに面した所に来たとき、ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった。」(使徒の働き16章6節、7節)
 
 使徒の働き16章から18章には、パウロの第二回宣教旅行について書かれています。
 この旅行の最初の目的は、第一回目宣教旅行で行ったアジア地域の教会を再度訪問してクリスチャンたちを励ますことでした。パウロたちは以前伝道したデルベやルステラ、イコニウムといった町々を訪問します。それと同時に、以前は行くことができなかった新しい地域にも足を向けるのです。
 パウロは、「先ずはアジア地域のもっと西の方へいこう」と思ったのですが、「アジヤでみことばを語ることを聖霊によって禁じられたので」とあるように、神様からのストップがかかります。
 なので向きを変えて今度は北へ向かおうとすると、「ビテニヤのほうに行こうとしたが、イエスの御霊がそれをお許しにならなかった。」とあります。パウロ一行はしかたなく、ぐるっと進路をかえアジアの北西トロアスという港町に導かれるのです。
 「聖霊によって禁じられた」や「イエスの御霊がそれをおゆるしにならなかった」が、具体的にどのような形で語られたのかは書かれていませんし、その理由もわかりません。でも、パウロが神様によって道が閉ざされたことが分かったことが重要です。
 最終的に彼らはアジアの端の町トロアスへ来ました。そして、ここからパウロたちが想像もしなかった場所であるヨーロッパへと渡り、新たな宣教の旅がスタートするのです。
 パウロは旅の計画をしっかりと持っていました。道が閉ざされれば祈って次の可能性を考え探りました。そのような歩みの中で行くべき道が開かれていったのです。
 私たちの人生にも重なりますね。神様に祈りながら計画を立てます。(教会でも年度計画や予算を立てます)時には、計画通りにいかなかったり、壁にぶち当たることもあるかもしれません。でもその度に、神様に祈り、神様を信頼しながら、自分に与えられている情報をもとに良く考えて、柔軟に方向転換してゆけばよいのです。そのような歩みの中で思いもよらない道へと神様が導いてくださるのですね。
 「神様に信頼する」そして「自分でも考える」、その両方のバランスの中で主と共に歩むがクリスチャン生活の醍醐味です。
 今日も1日神様の祝福がありますように!
 
 
今日の聖書(4月1日水曜日)
「あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける。わたしはあなたがたのからだから石の心を取り除き、あなたがたに肉の心を与える。」(エゼキエル書36章26節)
 今日の箇所からは、私たち人間の救いは「ただ神の恵み」による、ということを改めて確認することができます。
 北イスラエルと南ユダは神様の前に罪を犯し、何度も過ちを繰り返しました。その結果、捕囚の民となりました。しかし、神様はそんな彼らを滅ぼし尽くすことはなさらずに赦しと回復の預言を語られます。
 それは、彼らが心から悔い改めたからではありません。神様を心底信頼するようになったからでもありません。どうしようもないイスラエルの民に、神様の方が一方的な愛のメッセージを語って下さるのです。
 「あなたがたに新しい心を与え、あなたがたのうちに新しい霊を授ける。」
 つまり、神様ご自身が彼らに「新しい心」を与え、「新しい霊」を授けるというのです。そして、神様ご自身によって全てを回復してくださるという約束です。
 この神様の約束は今も変わることはありません。私たちに、イエス様による罪の赦し、神の子としての立場、天の御国の希望が与えられるのは、全て神様が一方的に用意して下さり、無条件で与えてくださる「恵み」です。
 イエス様を通して私たちは、ただその恵みを受け取るだけで良いのです。
 今日も1日神様の祝福がありますように!
 
 
今日の聖書(4月2日木曜日)
「アサは、彼の神、主がよいと見られること、御目にかなうことを行い、異教の祭壇と高き所を取り除き、柱を砕き、アシェラ像を打ちこわした。・・・アサはその神、主に叫び求めて言った。『主よ。力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたにあっては変わりはありません。私たちの神、主よ。私たちを助けてください。私たちはあなたに拠り頼み、御名によってこの大軍に当たります。』」(歴代誌第二14章2節、3節、11節)
 
 今日の箇所は、南ユダの王アサがクシュ人(北アフリカの国)と戦った時の祈りです。
 「主よ。力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたにあっては変わりはありません。」
 アサ王は、偶像を取り除き神様を第一にした良い王様だったと言えます。主なる神様だけが地上の何よりも頼ることのできるお方だと信頼していたのです。
 そして、アサは、「私たちの神、主よ。私たちを助けてください。」と素直に神様に助けを求めました。また、「私たちはあなたに拠り頼み、御名によってこの大軍に当たります。」と、神様に対して正直でありのままの祈りをしたのです。そして、最後にアサは神様に頼りながら勇気を持って行動した(戦った)のです。
 私たちも、何にもまして偉大な神様に頼るものでありたいですね。また、神様の前に素直にありのままを祈りましょう。そして、神様にお祈りしておゆだねしたならば、勇気をもって小さな一歩かもしれませんが行動してゆきましょう。神様はいつも私たちの見方です。
 今日も1日神様の祝福がありますように!
 
 
今日の聖書(4月3日金曜日)
「ある夜、主は幻によってパウロに、『恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。この町には、わたしの民がたくさんいるから』と言われた。そこでパウロは、一年半ここに腰を据えて、彼らの間で神のことばを教え続けた。」(使徒の働き18章9〜11節)
 
 「使徒の働き」の16章から18章には、パウロの第二回宣教旅行について書かれています。
 この旅行でのパウロの目的は、第一回宣教旅行で伝道したアジア地域の教会を訪問し、クリスチャンたちを励ますことでした。そんな中、神様(聖霊)によって方向転換したパウロたちは、当初予定になかったヨーロッパへ渡ります。
 現在のギリシャに位置するピリピ、テサロニケ、コリント、アテネなどを旅して伝道しました。その中でも一番長く滞在したのがコリントの町です。
 今日の箇所は、そのコリントの町で神様がパウロに語られたことばです。
 神様はパウロに「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない。」福音を伝え続けなさいと語られました。当時、パウロに敵対する人や宣教の邪魔をする人が沢山いたのです。パウロは落ち込んでいたのかもしれません。そんな彼を神様は励ましてくださったのです。
 そして、神様は「わたしがあなたとともにいるのだ。だれもあなたを襲って、危害を加える者はない。」と神様の守りを保証してくださいました。さらに「この町には、わたしの民がたくさんいるから。」と神様が愛し救おうとされている人が大勢いることを伝え、だから、福音を語り続けなさいと励ましてくださったのです。
 私たちも時々、自分自身が今置かれている場所で辛い気持ちになったり、不都合なことが起こったりすることがあるかもしれません。でも、今日のことばにあるように、神様はいつも私たちに「恐れないでわたしのことを伝えて欲しい」そして、「わたしがいつもあなたとともにいる」なぜなら、「あなたのそばに、わたしが愛する人がいるから」と励ましてくださるのです。
 今日も1日神様の祝福がありますように!
 
 
今日の聖書(4月4日土曜日)
「こうして、主のことばは驚くほど広まり、ますます力強くなっていった。」(使徒の働き19章20 節)
 
「使徒の働き」19章からは、パウロの第三回宣教旅行が始まります。
 第一回目はアジアの西側、第二回目はアジアの東側に行くつもりが神様によって方向転換しヨーロッパへ、そして、第三回目は元々パウロが行こうとしていたアジアの東側エペソから始まります。
 パウロはエペソに約3年間とどまり伝道しました。聖書のみ言葉が語られ、聖霊の豊かな働きがあり、多くの人々が偶像を捨てイエス様を主として信じました。パウロにとってもすばらしい結果が見られたわけです。
 でも、そのエペソ伝道のまとめを使徒の働きを書いたルカはこう記録しているのです。
 「こうして、主のことばは驚くほど広まり、ますます力強くなっていった。」
 主語は、パウロではありません。ほかの人でもありません。「主のことば」が主語になっています。
 イエス様が宣べ伝えられて人が救われることにおいて、いつも中心は「主のことば」(聖書)です。聖書によってイエス様の救いが、私たちを通して周囲の人々へと伝わっていくのです。
 今日も1日神様の祝福がありますように!