今日の聖書(4月6日月曜日)
「私(パウロ)が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。」(使徒の働き20章31節、32節)
パウロは第三回宣教旅行で3年間エペソに滞在しました。その後、もう一度ヨーロッパへと渡り、第二回宣教旅行の時にイエス様を宣べ伝えた地域を周りました。そして、その後エルサレムへと向かって出発したのですが、その途中、ミレトという場所にエペソ教会の人々(教会のリーダーたち)を呼び寄せて別れの挨拶をするのです。それが今日の箇所です。
ここに記されていることばから、パウロのエペソ教会の人たちへの熱い思いと信仰の姿勢を見ることができます。
1、「私(パウロ)が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを、思い出してください。」・・・偶像と罪に満ちた大都市エペソで、コツコツとイエス様のみことばを伝え続けたパウロの姿が見えてきます。
2、「いま私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。」・・・パウロは、人の力や指導力によってではなく、最終的に彼らの信仰を守ってくださるのは、神様の恵みとみことば(聖書)だと確信していました。
3、「みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。」・・・みことば(聖書)を読み、そこにとどまっていれば、信仰は成長し、聖なるもととされ、やがて天のみ国へといくことができるという確信です。
この原則は、私たちも同じです。どんなに罪に満ちた、神様を無視している世界の中に生きていても、神様は大きな恵みと愛とで私たちを守り導いて下さっています。
そして、私たちがイエス様を信じ、聖書のことばにうなずきながら歩んで行くならば、みことばが私たちを育成し、天の御国のゴールへと導いて下さるのです。
今日も1日神様の祝福がありますように!
今日の聖書(4月7日火曜日)
「その夜、主がパウロのそばに立って、『勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない』と言われた。」(使徒の働き23章13 節)
第三回宣教旅行を終えたパウロはエルサレムへと向かいます。主な目的は、当時、経済的に困っていたエルサレム教会に、アジアやヨーロッパの教会から集めた献金を持っていく事でした。さらに、パウロの目線は世界の中心ローマへと向かっていました。
しかし、エルサレムで予定が変わってしまうのです。世界中でイエス様のことを伝えて沢山のクリスチャンを導いてきたパウロに対して、ユダヤ人の妬みと怒りが爆発したのです。
ユダヤ人による暴動が起きました。その騒ぎを治めようとローマ軍が出動してパウロは捕えられてしまいます。パウロは何も悪い事をしていないのに、自分の意志とは関係なく、大きな流れに押し流されてしまうのです。
でも、そんな時、神様がパウロにこう語りかけられます。「勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない。」命を狙われ自由に身動きが取れない状況の中で、神様はパウロを励まされたのです。
私たちの人生にも時々、予想外の出来事がおこります。自分の願いや意志とは関係なく、自分ではどうすることもできない周囲の状況に押し流されてしまうようなときがあるかもしれません。
そのような私たちに、神様は今日の箇所を通して語ってくださっています。
「勇気を出しなさい」「わたしがあなたの人生を導き、あなたにしか出来ないことを成し遂げさせるのだよ。」と。
神様は、私たちの人生の全てをご存じです。それぞれになすべきことを用意してくださっています。そして、どのような状況にあっても、みことばをもって語りかけてくださり、見えない愛の御手で私たちを抱き、日々の全てを守ってくださっているのです。そのような主に信頼して歩んでいきましょう。
今日も1日神様の祝福がありますように!
今日の聖書(4月8日水曜日)
「それは彼らの目を開いて、暗やみから光に、サタンの支配から神に立ち返らせ、わたし(イエス)を信じる信仰によって、彼らの罪の赦しを得させ、聖なるものとされた人々の中にあって御国を受け継がせるためである。」(使徒の働き26章18節)
エルサレムでユダヤ人による暴動に巻き込まれたパウロは、ローマ軍に捕えられ、その後、2年間も拘留されてしまいます。その間、ユダヤ指導者やローマの役人たちに尋問され、イエス様と出会った出来事やこれまで何を伝えてきたかを説明しました。
今日の箇所は、パウロが語ってきたメッセージの要約のような内容です。
1、「暗闇から光へ」・・・神様が分からず暗闇の中にいる人々の目を開かせ、光、つまり本当の生き方へと気づかせること。
2、「罪の赦しを得させる」・・・自分ではどうすることもできない罪から解放すること。
3、「イエス様を信じる信仰による」・・・そして、それは、ただイエス様を信じることによるということ。
私たちも、もし聖書に証されている主なる神様を知らなければ、どのように生きて良いかが分からなくなってしまうと思います。自分の力や知恵には限界があるからです。
また、自分の心の内側をみれば、人には言えないような暗い部分があります。自分ではどうすることもできない罪です。
でも、そのような私たちの為にイエス様が十字架にかかってくださいました。十字架ですべての罪の呪いと罰とを受けてくださいました。そのイエス様を信じ心にお迎えするとき、私たちの全ての罪がゆるされます。神様との親しい関係が回復され、暗闇から光へと導かれるのです。
2000年前に語られたパウロのメッセージは、今日を生きる私たちにも語られています。
今日も1日神様の祝福がありますように!
今日の聖書(4月9日木曜日)
「この川が流れて行く所はどこででも、そこに群がるあらゆる生物は生き、非常に多くの魚がいるようになる。この水がはいると、そこの水が良くなるからである。この川がはいる所では、すべてのものが生きる。」(エゼキエル書47章9節)
エゼキエル書40章から47章には、バビロンで捕囚になっているエゼキエルが神様によって見せられたエルサレム神殿回復の幻が記されています。そして、今日の箇所には、その神殿から水が流れ出して次第に豊かな流れになり、多くの生物が生きる様子が描かれます。
聖書は、今イエス様を信じる私たち一人一人が神殿(神の宮)であると教えています。イエス様を信じる者のうちに聖霊が住んでくださっているからです。そして、「川の流れ」は、その聖霊の豊かないのちを表しています。
私たちがイエス様を信じた時から、私たちの内に住んでくださっている聖霊が、私たちの内側から溢れ流れて、大きな大きな命の流れとなってゆくという約束です。
そして、この約束はイエス様によって実現しました。
イエス様が「わたしを信じる者のうちから生ける水の川がながれでるようになる」と言われたように、私たちを通して聖霊が働いてくださり、私ち自身を生かすとともに、周りの人々へも豊かないのちを与えてくださるのです。
ですから、私たちの内におられる聖霊に信頼し、いつも自分の心の真ん中にお迎えし、「聖霊さま、満ちあふれてください」と語りかけていきましょう。聖霊は人格をもっておられる方ですから。
今日も1日神様の祝福がありますように!
今日の聖書(4月10日金曜日)
「ウジヤは、彼ら全軍のために、盾、槍、かぶと、よろい、弓および石投げの石を用意した。さらに、彼はエルサレムで、巧みに考案された兵器を作り、矢や大石を打ち出すために、やぐらの上や、城壁のかどにある塔の上にこれを据えた。こうして、彼の名は遠くにまで鳴り響いた。彼がすばらしいしかたで、助けを得て強くなったからである。しかし、彼が強くなると、彼の心は高ぶり、ついに身に滅びを招いた。彼は彼の神、主に対して不信の罪を犯した。」(歴代誌第二26章14節〜16節)
今日の箇所は、南ユダ第十代目の王ウジヤについてです。
ウジヤは王になった当初、神様に従い「主の目にかなうこと」を行っていました。また、戦いの能力にも優れ、国を強くしました。王としてすばらしい働きをしたのです。
でも、残念なことに、その後、彼は力が増し加わるにつれて「心は高ぶり」、神様を忘れてしまいます。晩年は病気にもなってしまいます。
私たちも困難なときや自分の弱さを感じている時には神様に頼りやすいですね。でも、物事がうまくいっていたり、自分の力を過信したりすると、神様の存在を忘れてしまう弱さがあるように思います。
「自分は強い」と思っている時に実は弱く、「自分は弱い」と自覚している時に実は強いというのが聖書のメッセージです。
だからこそ、神様に信頼し、そのお方に頼りながら、生きることは素晴らしいことです。本当の強さは自分の内側から出てくるのでなく、神様が与えてくださるものだからです。「神様!今日も私を助けて下さい!」と祈りながら歩んでゆきましょう。
今日も1日神様の祝福がありますように!
今日の聖書(4月11日土曜日)
「その日からこの町の名は、『主はここにおられる』と呼ばれる。」(エゼキエル書48章35節)
預言者エゼキエルは、バビロン捕囚のときにイスラエルの民に神様のメッセージを語りました。彼が語った預言の最後の言葉は「その日からこの町の名は、『主はここにおられる』と呼ばれる。」でした。
そして、このメッセージはイエス様によって実現しました。
イエス様はおよそ2000年前にこの地上に人として来て下さり、すべての人間の罪の為に十字架で死んでくださいました。そして、よみがえり、天に昇り、今、イエス様を信じる一人一人とともにいてくださいます。
「主はここにおられる」というエゼキエルの預言は「わたしはあなたとともにいる」と語ってくださったイエス様によって成就しています。私たちは、このメッセージのとおりに生かされているのです。
今日も1日神様の祝福がありますように!