城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇二四年六月九日             関根弘興牧師
            エゼキエル書四章一節〜六節
  エゼキエル書3
     「開始」
 
 1 人の子よ。一枚の粘土板を取り、それをあなたの前に置き、その上にエルサレムの町を彫りつけよ。2 それから、それを包囲し、それに向かって塁を築き、塹壕を掘り、陣営を設け、その回りに城壁くずしを配置せよ。3 また、一枚の鉄の平なべを取り、それをあなたと町との間に鉄の壁として立て、あなたの顔をしっかりとこの町に向けよ。この町を包囲し、これを攻め囲め。これがイスラエルの家のしるしだ。4 あなたは左わきを下にして横たわり、イスラエルの家の咎を自分の身の上に置け。あなたがそこに横たわっている日数だけ彼らの咎を負え。5 わたしは彼らの咎の年数を日数にして三百九十日とする。その間、あなたはイスラエルの家の咎を負わなければならない。6 あなたがその日数を終えたら、次にまた、あなたの右わきを下にして横たわり、ユダの家の咎を四十日間、負わなければならない。わたしは、あなたのために一年に対して一日とした。(新改訳聖書第三版)
 
 エゼキエルは、紀元前五九七年の第二回目のバビロン捕囚のときにバビロンに連れて行かれました。エルサレム神殿で祭司として仕えるはずだったのに、その夢が絶たれて、遠く離れた異教の地で失意の生活を送ることになったのです。しかし、捕囚生活の五年目に、エゼキエルは栄光の主がここにおられるという幻を見、預言者としての使命を与えられました。主は「同胞のイスラエル人たちは心頑なで、あなたが語る言葉を聞こうとしないだろう。しかし、怯まず大胆に語り続けよ。そして、預言者がいることを知らしめよ」とお命じになったのです。それは、紀元前五九三年頃のことです。当時は、まだ南ユダ王国は存続していました。ゼデキヤが王でした。しかし、後にゼデキヤが反逆したため、エルサレムはバビロニヤ軍に約三年間包囲され、三年目の紀元前五八六年にエルサレムの町も神殿もことごとく焼き払われ、南ユダ王国は滅亡してしまうのです。
 エゼキエルが預言活動を開始したのは、まだ、エルサレムも神殿も存続していた時でした。ですから、エルサレムも神殿も神様が守ってくださるから滅びるはずがないと思っている人がたくさんいました。人々が喜ぶことを語ろうとする偽の預言者たちも、もうすぐ神様がバビロニヤを打ち破り、救いと解放をもたらしてくださるというようなことを語っていたのです。そういう人々に対してエゼキエルは預言活動を始めたわけですが、エゼキエルが最初に行ったのは、とても奇妙なことでした。 
 
1 象徴的な行動
 
 神様は、預言者たちに「このように語れ」というだけでなく、「このように行え」とお命じになることがあります。象徴的な行動を通して神様のみこころを示すためです。預言者になりたてのエゼキエルにも、神様は4章と5章で象徴的な行動をお命じになりました。
 
(1)粘土板のエルサレムを包囲せよ
 
 まず、4章で主は「粘土板にエルサレムの町を彫りつけ、その回りに塁や塹壕や陣営や城壁崩しを配置しせよ。そして、一枚の鉄の平なべをあなたと町の間に鉄の壁として立て、あなたの顔をしっかりとこの町に向け、これを攻め囲め」と言われました。エルサレムが敵に包囲されている光景を表すジオラマを作れというのですね。このジオラマは、エゼキエルの家のすぐ外に置かれたのではないかと考えられます。エゼキエルが突然奇妙な行動を始めたという噂が広がって、人々がそれを見にやって来たでしょう。よく見ると、エルサレムが強大な軍隊に包囲されているジオラマです。それを見て憤慨する人もいたでしょう。「こんなことが起こるはずがない、馬鹿げている」と批判する人もいたでしょう。一方で、これには何の意味があるのだろうかと考えた人もいたはずです。ところで、エルサレムとエゼキエルの間に鉄の壁が立てられたのは何を意味するのでしょうか。預言者には神様の言葉を語り、警告を発する使命がありますが、その預言者の言葉を聞こうとしないエルサレムの頑なな姿を表しているのではないかと考えられるのです。あなたとわたしとの間に鉄の壁があって遮られている、ということなのですね。
(2)四百三十日間横たわれ
 
 次に神様はこう言われました。「あなたは三百九十日間、左わきを下にして横たわり、イスラエルの咎を負い、次ぎに、四十日間、右わきを下にして横たわり、ユダの家の咎を負わなければならない。」これも奇妙な命令ですね。これも誰も見ていないところでこっそり行うのではなく、人々が見ているところで行ったのでしょう。それもし、合計で四百三十日の間です。もちろんこれは一秒たりとも動かないでずっと横たわっていたというわけではないと思います。そんなことをしたら、うっ血や褥瘡で大変なことになってしまいますね。毎日、ある一定の時間、エルサレムのジオラマの横で身動きせずに横たわっていたのでしょう。人々は、エゼキエルの姿を見て物笑いの種にしたかもしれません。しかし、それが四百三十日も続くと、その意味を真剣に考える人も出て来たでしょう。
 神様は、一日は一年の意味だと言われました。ですから、合計で四百三十年ということですね。この年数は何を意味しているのでしょうか。書かれていないので、はっきりわかりません。ただ旧約聖書を知っている人ならこの年数でピンと来ることがありました。出エジプト記12章40節に「イスラエル人がエジプトに滞在していた期間は四百三十年であった」と書かれているのです。イスラエルの民がエジプトのの奴隷状態から解放されるまでの期間が四百三十年だったわけですね。ですから、これは、イスラエルが罪の奴隷状態にある期間を象徴的に示していると考えることもできます。また、南ユダの四十年間の四十という数字は苦難の期間を表す時に用いられます。いずれにせよ、北イスラエルと南ユダの人々が神様に背を向けた結果味わう苦難の期間を表しているのでしょう。
 
(3)わずかなパンと水で過ごせ
 
 神様は、また、こう言われました。「小麦、大麦、そら豆、レンズ豆、あわ、裸麦を混ぜて一日分二十シェケルを量ってパンを作り、わきを下にして横たわっている三百九十日間、それを一日一回食べよ。水は一日分六分の一ヒンを量り、それを一日一回飲め。」敵に包囲されて小麦や大麦が不足するので他の穀物を混ぜてパンを作らねばならず、しかも、一日二十シェケル、つまり、約二百三十グラムしか食べられない、また、水も一日一回六分の一ヒン、つまり、約0・六リットルしか飲めないというのです。敵に包囲されて食糧と水が不足するエルサレムの状態を表すわけですね。
 しかも、主は、パンを「彼らの目の前で、人の糞で焼け」と命じ、「このように、イスラエルの民は、わたしが追いやる国々の中で、彼らの汚れたパンを食べなければならない」と言われたのです。当時は動物の糞は乾燥させて燃料にしていましたが、それが足りなくなって人の糞を使わざるを得なくなるような非常に過酷な現実が待っていることを示せというのですね。しかし、律法では「人の糞は汚れた物だから穴を掘って埋めなければならない」と定められていました。人の糞で焼いたパンを食べるなどユダヤ社会ではとても受け入れられないことだったのです。特に、祭司としての教育を受けたエゼキエルには耐え難いことでした。そこで、エゼキエルが「そんなことはできません」と訴えると、主は「では、人の糞の代わりに牛の糞でパンを焼け」と言われました。牛の糞は普通に料理の燃料として使われていましたから、牛の糞で焼いてみせるのと人の糞で焼いてみせるのとでは人々に与える衝撃度は全く違います。しかし、主は狼狽したエゼキエルを思いやって譲歩してくださったのです。エゼキエルにとって、主の気遣いは大きな心の励ましとなったことでしょう。
 ちなみに、主がなぜ四百三十間でなく三百九十日間パン焼いて食べよと言われたのか、残りの四十日間はどうしたのかは、よくわかりません。天国に行って質問したほうがいいですね。
 
(4)頭と髭を剃れ
 
 さて、横たわったまま過ごすエルサレム包囲の期間の終わりに、主は、今度はこうお命じになりました。「人の子よ。あなたは鋭い剣を取り、それを床屋のかみそりのように使って、あなたの頭と、ひげをそり、その毛をはかりで量って等分せよ。その三分の一を、包囲の期間の終わるとき、町の中で焼き、またほかの三分の一を取り、町の回りでそれを剣で打ち、残りの三分の一を、風に吹き散らせ。わたしは剣を抜いて彼らのあとを追う。あなたはそこから少しの毛を取り、それをあなたの衣のすそで包み、そのうちからいくらかを取って、火の中にくべ、それを火で焼け。火がその中から出て、イスラエルの全家に燃え移ろう。」(5章1節ー4節)
 集まってきていた人々は、鋭い剣を持って出て来たエゼキエルを見て、いったいこの男は今度は何をするつもりだと警戒しながら見つめていたことでしょう。するとエゼキエルは、その剣で頭の髪とひげを剃り始めたのです。ユダヤ人にとって、それは恥と嘆きのしるしでしたから、皆、驚いたことでしょう。すると、エゼキエルは剃った髪の毛と髭をはかりで量って三等分し、三分の一を粘土板に刻まれたエルサレムの町の上で焼き、次の三分の一は粘土板のエルサレムの回りで剣で打ち、残りの三分の一を空中にまき散らしました。そして、その中から少し取り分けた毛を火にくべて焼いたのです。
 これは、何を象徴しているのでしょうか。5章12節で神様ご自身ががこう説明しておられます。「あなたの三分の一はあなたのうちで疫病で死ぬか、あるいは、ききんで滅び、三分の一はあなたの回りで剣に倒れ、残りの三分の一を、わたしは四方に散らし、剣を抜いて彼らのあとを追う。」多くの民がエルサレムで倒れ、たとえエルサレムから逃亡できたとしても安全は保証されないという強烈なメッセージが込められていたわけです。
 「神様はきっとエルサレムや神殿を守ってくださる」と期待していた人々に対して、神様は「わたしはエルサレムを惜しまず、あわれまず、廃墟とし、その住民に災いを下す」と宣告なさったのです。
 
2 主の熱心
 
 ここからエゼキエルは、神様の厳しいさばきのことばを繰り返し語り続けることになりました。
 例えば7章2節ー4節にはこう書かれています。「イスラエルの地について神である主はこう仰せられる。『もう終わりだ。この国の四隅にまで終わりが来た。今、あなたに終わりが来た。わたしの怒りをあなたのうちに送り、あなたの行いにしたがって、あなたをさばき、あなたのすべての忌みきらうべきわざに報いをする。わたしはあなたを惜しまず、あわれまない。わたしがあなたの行いに仕返しをし、あなたのうちの忌みきらうべきわざをあらわにするとき、あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。』」
 神様はエゼキエルを通して「わたしはあなたを惜しまず、あわれまない」と繰り返し宣告なさいました。愛の神様がなぜこのような厳しいことを言われたのでしょうか。
 イスラエルの民は、神様から豊かな祝福と恵みを受けたのにもかかわらず、神様に背を向け、悪を行うことを繰り返してきました。そして、苦境に陥った時だけ反省して神様の赦しと回復を求めるのですが、そのたびに神様はあわれみ、助け、いやしてくださったのです。それにも関わらず彼らは逆らい続けたのです。エゼキエルの時代には、王も指導者も祭司も預言者も一般の民も、神様に従おうとせず、異教の人が造った神々を拝み、占いに頼り、神殿に偶像を置いて汚し、私利私欲のために自分勝手なことを行っていました。神様が様々な預言者を遣わして「このままではあなたがたは滅びてしまう。悔い改めてわたしのもとに立ち返り、生きよ」と熱心に語りかけても、彼らは真剣に聞こうとしませんでした。それどころか、「我々は神様に選ばれた民だから、滅びるはずがない」「悪いことをしても悔い改めれば神様が助けてくれるから大丈夫だ」というような高慢な思いを持っていたのです。
 また「私たちがこんなに苦しんでいるのは先祖が罪を犯したからだ」と言って責任転嫁をし、自分自身を反省しようとしない人々もいました。エルサレムに住む人々の中には「バビロンに連れて行かれたのは、骨のように捨てられる無価値な人々だ。私たちは肉のように大切だから守られる」と言ってはばからない人もいました。また、バビロンに捕囚になっている人々の中にも、神様のことばを聞こうとしない人々や聞き心地の良いことを言って人々を惑わしている偽預言者がいました。
 神様は愛に満ちた方です。でも、だからこそ、そのような態度を取り続けるイスラエルの民をいったん突き放すことが必要だというのです。そして、たとえそこに義人として有名なノアとダニエルとヨブがいたとしても、彼ら自身は助かるが、国が助かることはないと断言なさるほどでした。
 相手に命の危険が迫っているのに、そのままの状態を容認するのは本当の愛ではありません。本当に相手を愛し、相手の最善を願うなら、時には厳しく、断固とした態度を取る必要もあるのです。
 神様は、そのままでは滅びに向かっていく民に対して「わたしはあなたを惜しまず、あわれまない」と突き放す言葉をお語りになりましたが、同時に「そうすれば、あなたがたは私が主であることを知ろう」とも繰り返し語っておられるのです。自分がこのままでは失われてしまうことに気づいてほしい、何としても生きてほしい、わたしがあなたを生かすことのできる主であることを知ってほしい、という熱心な思いがあるからこそ、神様はあえて厳しく接しておられると考えてください。
 神様はエルサレムを滅ぼすと断言なさいましたが、それとともに、いつも希望も与えてくださいました。6章8節ー9節でこう言っておられます。「しかし、わたしは、あなたがたのある者を残しておく。わたしがあなたがたを国々に追い散らすとき、剣をのがれた者たちを諸国の民の中におらせる。あなたがたのうちののがれた者たちは、とりこになって行く国々で、わたしを思い出そう。・・・・わたしがゆえもなくこのわざわいを彼らに下すと言ったのではないことを知ろう。」残された人々の中に、自分の罪に気づき、神様に立ち返る人が出てくるというのですね。また、14章11節では、神様はこう言っておられます。「それは、イスラエルの家が、二度とわたしから迷い出ず、重ねて自分たちのそむきの罪によって自分自身を汚さないためであり、彼らがわたしの民となり、わたしも彼らの神となるためである。」と。
 また、神様は、えこひいきのないお方です。イスラエルに対してさばきの言葉を語っただけでなく、他の国々に対しても厳しくさばきの言葉をお語りになりました。神様はイスラエルの民だけでなく、すべての人々を愛しておられます。だからこそ、自分たちが滅びに向かっていることに気づいて欲しい、何としてもわたしのほうに向きを変えていのちの道に歩んで欲しいという熱い思いで、語り続けておられるのです。
3 エゼキエルへの励まし
 
 しかし、エゼキエルにとって、神様の厳しいさばきの言葉を語り続けることは大変だったことでしょう。エゼキエルがケバル川で預言者として召命を受けて、四年目のことでした。バビロンに連れてこられて九年が経過した時です。エゼキエルは、最愛の妻を突然亡くすのです。これまで苦楽を共にしてきた最愛の妻を失うことは大きな悲しみです。悲しい時には思い切り涙を流し、自分の心の痛みを吐き出すことが大切です。しかし、神様はエゼキエルに「嘆くな。涙を流すな」と言われたのです。喪に服すな、というのです。どうしてこう言われたのでしょう。それは、エルサレム崩壊の衝撃と悲しみは、涙と痛みを越えるほどのものとなることを人々に象徴的に伝えるためであったのです。そういうエゼキエルの姿や言葉を人々は理解しようとしませんでした。エゼキエルが悲しみの涙を抑えながら熱心に語っても、まったく真剣に聞こうとしてくれないのです。
こうした苦難がどれほど辛かったか私たちには想像できません。20章49節でエゼキエルはこう叫んでいます。「ああ、神、主よ。彼らは私について、『彼はたとえ話をくり返している者ではないか』と言っています。」人々は「エゼキエルの言うことはただのたとえ話で現実に起こるはずがない」とあなどっていたのです。 また、12章22節には、人々が「日は延ばされ、すべての幻は消えうせる」ということわざを言っていると書かれています。「神様のさばきの日はすぐには来ない。預言者が語る幻は実現しない」というのです。また、12章27節にあるように、「彼が見ている幻はずっと後のことについてであり、はるか遠い将来について預言しているのだ」と言っている人もいました。
 そんな人々の態度や言葉にエゼキエルはくじけそうになったことが何度もあったでしょう。しかし、神様はエゼキエルに「わたしが言ったことは・・・・必ず成就する」(12章28節)とはっきり告げられたのです。
 また、神様は、1章、3章、10章においても、ことあるごとに、ケルビムの上におられる主の栄光の幻をエゼキエルに見せてくださいました。私たちは過去に天にも昇れるような経験をしても襲ってくる困難の中では、その経験は忘れてさられてしまうことがありますね。一回見ただけでは、感動が薄れてしまうものです。でも、主は繰り返し御自分の臨在溢れる栄光の幻をエゼキエルに見せたのです。そして、エゼキエルは、主がここにいることを知り続けていったのです。神様は苦難の中で預言活動をするエゼキエルに「わたしはここににいる」と何度も教え、励ましてくださったのです。
 
 さて、エゼキエルが象徴的な行動で示したことは、まもなく実際に起こりました。南ユダ最後の王ゼデキヤの時代にエルサレムは三年間、バビロン軍に包囲され、徹底的に焼き尽くされ滅ぼされてしまったのです。エゼキエルが語ったとおりのことが実現したのです。しかし、それで終わりなら説教をする意味がありません。神様は、エゼキエルを通して将来の回復と希望を示してくださったのです。 次回は、その内容を見ていくことにしましょう。