城山キリスト教会 礼拝説教
二〇二五年三月三〇日 関根弘興牧師
創世記一一章三一節ー三二節
一二章一節ー四節
創世記から士師記まで8
「新しい出発」
31 テラは、その息子アブラムと、ハランの子で自分の孫のロトと、息子のアブラムの妻である嫁のサライとを伴い、彼らはカナンの地に行くために、カルデヤ人のウルからいっしょに出かけた。しかし、彼らはハランまで来て、そこに住みついた。32 テラの一生は二百五年であった。テラはハランで死んだ。
1 主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。2 そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。3 あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」4 アブラムは主がお告げになったとおりに出かけた。ロトも彼といっしょに出かけた。アブラムがハランを出たときは、七十五歳であった。(新改訳聖書第三版)
以前にもお話ししましたように、創世記は、大きく二つに分けることができます。
最初の1章から11章9節までには、すべてのものの「はじまり」が記されています。天地万物が創造され、最初の人アダムはエバと結婚し、神様と共に満ち足りた生活を送っていました。しかし、神のようになれるという誘惑に負けて、禁じられた気の実を取って食べてしまった結果、神様との麗しい関係が破壊されてしまいました。聖書は、その神様との関係がずれてしまった状態のことを「罪」と呼んでいます。罪の状態に陥った人間は、ありのままの自分を恥じて隠すようになる一方で、自分勝手な欲望のままに生活するようになり、お互いの関係にも様々な問題をかかえることになりました。自己正当化や責任転嫁でお互いにさばきあうようになってしまったのです。そして、最初に生まれた息子カインが弟アダムを妬んで殺してしまうという殺人事件まで起きてしまいました。時が経つにつれて、人々の悪が増大し、地が暴虐で満ちていったので、神様は、大洪水を起こして人々を滅ぼすことになさいました。ただ、ノアだけは神様に信頼して歩んでいたので、神様はノアに箱舟を作らせ、ノアとその家族を滅びから救ってくださいましたね。
しかし、それで、罪の問題が解決したわけではありませんでした。ノアとその家族の中に罪の性質は残っていたのです。ノアの三人の息子たちから多くの民族が分かれ出ましたが、しばらく時代が経過すると、人々は天に届く塔を建てようとし始めました。それは、ちっぽけな存在にすぎない人間が神様と肩を並べようとする滑稽な試みでした。神様は彼らの言葉を混乱させ、互いの意志の疎通ができないようにしてしまわれたので、彼らの計画は頓挫し、彼らは各地に散って行ってしまったのです。このバベルの塔の出来事は、人が高慢になると、互いに通じ合えない混乱した世界を造り出してしまうだけだということを教えています。それを前回お話ししましたね。
さて、このバベルの塔の出来事までが一区切りで、次の11章10節以降は、ノアの息子セムの子孫に焦点が当てられていきます。
神様は、アダムとエバが神様に背いて罪の状態に陥った時から、すでに救いの御計画を初めておられました。「女の子孫から救い主が生まれる」という希望の約束を与えてくださったのです。「女の子孫」というのはすべての人間ですから、最初は漠然としていました。しかし、時代が経つにつれて、アダムの三男「セツ」の子孫、そのセツの子孫のうちの「ノア」の子孫、そして、ノアの三人の息子のうちの「セム」の子孫から救い主が生まれるというふうに次第に範囲が狭められていきました。 そのセムの子孫から救い主イエス・キリストに至るまでの壮大な歴史が11章10節から展開していくのです。
まず、11章10節から26節には、セムを一代目とすると、九代目の子孫テラまでの系図が記されています。そして、27節からはテラの家族に焦点が当てられていきます。テラには、アブラム、ナホル、ハランという三人の息子がいました。この中のアブラムが、後にアブラハムと改名する人物で、これからは彼を中心にした物語が25章11節まで続いていきます。このアブラム(アブラハム)について数回に分けて説教する予定ですので、事前に25章まで読んでおいていただけると説教がわかりやすくなるでしょう。
さて私たちの人生は様々な決断をもって織りなされていきます。進学、就職、結婚、対人関係において、いろいろな選択と決断を促されながら、進んで行くわけです。そして、何か決断をしようとするとき、ほんとうにこれで良いのだろうかと迷うこともあるでしょう。それは、昔も今も変わりません。
1 テラの決断
11章31節-32節にこう記されています。「テラは、その息子アブラムと、ハランの子で自分の孫のロトと、息子のアブラムの妻である嫁のサライとを伴い、彼らはカナンの地に行くために、カルデヤ人のウルからいっしょに出かけた。しかし、彼らはハランまで来て、そこに住みついた。テラの一生は二百五年であった。テラはハランで死んだ。」テラはメソポタミヤ地方のウルに住んでいましたが、息子のアブラムとその妻サライ、孫のロトとともにカナンの地を目指して旅立ちました。テラの息子でロトの父であるハランは、すでに亡くなっていました。
テラがなぜカナンに行こうと思ったのか理由は書かれていませんが、新約聖書の使徒の働き7章2-3節でステパノがこう語っています。「兄弟たち、父たちよ。聞いてください。私たちの父アブラハムが、ハランに住む以前まだメソポタミヤにいたとき、栄光の神が彼に現れて、『あなたの土地とあなたの親族を離れ、わたしがあなたに示す地に行け』と言われました。そこで、アブラハムはカルデヤ人の地を出て、ハランに住みました。そして、父の死後、神は彼をそこから今あなたがたの住んでいるこの地にお移しになりましたが・・。」つまり、テラがカナンに向かって旅立ったのは、息子のアブラムに説得されたからだったのでしょう。
ウルは大都会で、月の神ナンナールの礼拝が盛んな町でした。ヨシュア記24章2節には「あなたがたの先祖たち、アブラハムの父で、ナホルの父でもあるテラは、昔、ユーフラテス川の向こうに住んでおり、ほかの神々に仕えていた」と書かれています。ユダヤの言い伝えでは、父テラは、月の神の像を造りながら生計を立てていたとされています。ですから、テラたちがウルを離れるのは容易ではなかったことでしょう。
こんな逸話があります。テラが作った様々な神々の像を見て、アブラムが尋ねました。「お父さん、どの神が一番強いのですか。」テラは「この一番大きな像だ」と答えました。アブラムはテラが外出したすきに、その一番大きな像だけ残して、他の像をことごとく叩き壊してしまいました。帰ってきたテラは「だれが神々の像を壊したのか」と激怒しました。すると、アブラムが「あの一番大きな像が壊したのです」と答えました。テラは更に怒って「そんなことがあるものか、あれは単なる土偶にすぎない。どうしてこんなことができよう!」と言うので、アブラムは「その通りですよ。お父さん。あれは単なる土偶人形です。そんな何もできないものを神とするとは何たることですか」と諫めました。そこで、テラはその商売から足を洗って、ウルを後にする決心をしたというのですね。
本当にその通りだったかはわかりませんが、アブラムが神様からの召命を受け、父や妻たちを説得してカナンの地に出発したのでしょう。その途中、ハランという場所にたどり着きました。そこは住みやすい場所だったようです。父テラには、それ以上旅を続けるのが無理だったのかもしれません。その地で生涯を閉じました。しかし、アブラムは、まだ道の途中だという思いを持っていたでしょう。
2 アブラムの召命
そのアブラムに神様は12章1節ー3節の言葉をお語りになりました。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。・・・地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」
ここで、神様は「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て」と言われていますが、もしかすると父テラはこのハランが出身地であったのかもしれません。または、あなたは生まれ故郷であるウルに戻るのでなく、さらに私が示す地へ行け、ということかもしれません。
この時、アブラムは七十五歳です。この神様の召命に従うためには、「生まれ故郷と父の家を離れる」という決断が必要でしたが、それは、当時としては、とても勇気の要る決断でした。
なぜなら、生まれ故郷には、自分の土地や財産や慣れ親しんできた人間関係がありました。長い旅をするために、放棄しなければならないものがたくさんあったでしょう。
また、当時は警察がありませんから、家族や親戚が互いの財産を守っていました。守ってくれる人々がいる生まれ故郷を離れることは、自分を保護し守ってくれるものから離れるという決断でもあったのです。
また、当時の古代オリエントの世界では、様々な神々が自分たちを守ってくれると信じられていましたが、アブラムは、そのような神々からも決別して、神様だけを信頼して進んで行こうと決断したわけです。
しかも、ヘブル11章8節には、アブラムが神様の命令に従って、「どこに行くのかを知らないで、出て行った」と書かれています。漠然とした方角は示されていたのかもしれませんが、具体的な行き先がわからないまま、ただ神様の言葉に従って出発したのです。
これ以降も、アブラムの生涯は、神様をどれだけ信頼して生きるかという挑戦の連続となっていきます。その姿を見ると信仰に生きることには勇気と冒険心が必要だと思わされます。しかし、それと同時に、結局、神様に信頼して生きることが最も安心な道なのだということを知ることができるのです。
ただ、このようなお話をすると、「神様以外何も頼りません。行政サービスも医療も警察も必要ありません。行き先がわからないけど、とにかく出発します」と極端に考える人がいるかもしれませんね。しかし、それは間違いです。この召命はアブラムに与えられたものだからです。私たちがアブラムと同じことをしなさいと言われているわけではありません。でも、日常生活の中で、神様に信頼して一歩を踏み出してみる必要があることはたびたびありますね。そのとき、アブラムの姿は大いに参考になるのです。
3 カナンの地で
さて、アブラムはカナンの地に入ると、まずシェケムの町の外にあるモレの樫の木のところまで来ました。そこは、現地の人々が宗教的な儀式を行う場所の一つです。
12章7節には、「そのころ、主がアブラムに現れ、そして『あなたの子孫に、わたしはこの地を与える』と仰せられた。アブラムは自分に現れてくださった主のために、そこに祭壇を築いた。」
以前、アブラムがハランを出発するとき、神様は「あなたを大いなる国民とする。あなたを祝福する」という約束をしてくださいました。そして、こんどは、「あなたの子孫に、この地を与える」と約束してくださったのです。神様はアブラムに子孫と土地を約束してくださったのですね。
ただ、妻サライは不妊の女で、アブラムには75歳になっても子どもがいませんでした。それなのに、神様は「あなたの子孫にこの地を与える」と約束してくださったのです。本当に子どもが生まれるのだろうかと、アブラムは半信半疑だったかもしれませんが、そこに主のために祭壇を築き、主を礼拝しました。
そこから、アブラムは南に下り、ベテルの町の東にある山の方に移動して、天幕を張りました。そこでも、祭壇を築き、主の御名によって祈りました。また、アブラムは、次回出てくるさらに南のヘブロンの地にも、主のために祭壇を築いたのです。このシェケム、ベテル、ヘブロンという町は、これからもたびたび登場するので覚えておいてください。
アブラムは羊飼いで、生涯、天幕生活をしていました。天幕生活は、いつでも移動できる身軽な生き方ですね。しかし、その一方で、アブラムは、大切な場所に、主を礼拝するために、動かされることのない祭壇を築いたのです。
これは、とても象徴的なことだと思います。人生の旅においては、自由に動くことのできる身軽さが必要であるとともに、いつも動かされることなく、しっかりと据えておく神様を礼拝する場が必要なのですね。
4 試練と失敗
アブラムは、神様の祝福の約束を信じてカナンの地にやってきました。神様の命令に忠実に従って、はるばるやってきたのですから、カナンの地では良いことばかり起こると期待するのが当然ですね。
ところが、激しい飢饉が起こったのです。その時のことが、12章10節から書かれています。アブラムは「こんなはずではなかった。神様の約束はどうなっているんだ。これでは、子孫ができるどころか、飢え死にしてしまう」と思ったかもしれませんね。せっかく一大決心をしてこの地にやって来たのに、しかも、神様が「あなたの子孫にこの地を与える」と約束してくださったのに、その地をあっさりと後にして、エジプトに下って行ってしまったのです。当時のエジプトは大帝国ですから、エジプトに行けば何とかなるだろうと思ったのでしょう。
しかし、アブラムは神様に祈って、神様に導かれてエジプトに行ったわけではなく、とにかく思いつきのように窮地を切り抜けようとしたようです。エジプトへ行くときのアブラムには、平安がなく恐れがありました。神様が守ってくださるという確信が持てませんでした。そこで自分を守るために姑息な手段を使ったのです。
エジプトに入る前に、アブラムは妻のサライに言いました。「聞いておくれ。あなたが見目麗しい女だということを私は知っている。エジプト人は、あなたを見るようになると、この女は彼の妻だと言って、私を殺すが、あなたは生かしておくだろう。どうか、私の妹だと言ってくれ。そうすれば、あなたのおかげで私にも良くしてくれ、あなたのおかげで私は生きのびるだろう。」これが、本当にアブラムの言葉なのかと疑いたくなってしまいますね。神様を信頼し、勇気を持って旅立ったあのアブラムはどこに行ってしまったのでしょうか。
ちなみに、アブラムがサライを妹と呼ぶのは、間違いではありません。サライは、腹違いの妹でもあったからです。以前にもお話ししましたが、神様が人をお造りになってからしばらくの間は、遺伝子が健康で、近親結婚をしても問題なかったようです。近親結婚が禁じられたのは、後のモーセの時代になってからで、それまでは、身内同士で結婚することが普通に行われていました。
とはいえ、アブラムは、自分が殺されるのを恐れて、サライが実は自分の妻であることを隠そうとしました。また、サライが他の男性の妻にされてもしかたないと思ったわけですから、アブラムよ、どうしてしまったのだと言いたくなりますね。
アブラムの予想した通り、彼らがエジプトに入ると、美しいサライはすぐにエジプト王パロの高官の目にとまり、推薦されて後宮入りしてしまいました。アブラムの妹ということで宮廷に召し入れられたわけですね。そして、12章16節にはこう書かれています。「パロは彼女のために、アブラムによくしてやり、それでアブラムは羊の群れ、牛の群れ、ろば、それに男女の奴隷、雌ろば、らくだを所有するようになった。」飢饉から一転、アブラムは一躍財産家になってしまいました。
しかし17節にはこう書かれています。「主はアブラムの妻サライのことで、パロと、その家をひどい災害で痛めつけた。」 エジプトの王宮にいろいろな災難が頻発しました。調べると、どうもあのサライという女を召し入れてから災難が続いているらしいとわかったのです。あの女はどうも不吉な女性だということで素性を詳しく調べると、アブラムの妻であることがわかったのです。18節ー20節にこう書かれています。「そこでパロはアブラムを呼び寄せて言った。『あなたは私にいったい何ということをしたのか。なぜ彼女があなたの妻であることを、告げなかったのか。なぜ彼女があなたの妹だと言ったのか。だから、私は彼女を私の妻として召し入れていた。しかし、さあ今、あなたの妻を連れて行きなさい。』パロはアブラムについて部下に命じた。彼らは彼を、彼の妻と、彼のすべての所有物とともに送り出した。」
このようにして、アブラム夫婦は、命を守られただけでなく、多くの所有物を得て、エジプトから出ることになったのです。
今日の箇所を読むと、立派な信仰の持ち主だと思われる人物でも、弱さや失敗があることがよくわかりますね。
アブラムは、神様にすべてを委ねて旅立つという勇気ある者でした。また、各地に祭壇を築いて、主の御名によって祈りました。しかし、大飢饉に直面すると、勝手にエジプトに下って行きました。まるで、信仰生活から遠ざかるような姿です。そして、このエジプトでは、祭壇を築き、主の御名によって祈った姿がどこにも見られません。
しかし、神様はそれでもなおアブラムたちを守ってくださいました。「あなたを祝福する」と約束してくださったからです。神様の約束は、私たちの信仰の状態によって変わったり無効にになってしまうことは決してありません。必ず実現するのです。
でも、それなら、なぜ飢饉が起こったのかと思う方もおられるでしょう。神様を信じているのになぜ苦しみや悲しみがあるのかという疑問が湧いてくるでしょう。その理由はいくら考えても、いつまでたってもわからないかもしれません。でもそれでいいのです。神様は、私たちをそういう試練の中を通されます。そして、私たちはその試練を通して弱さを知り、その試練が決して無駄にはならないということを心に留めておくのです。 アブラムは今回の出来事を通して、自分の愚かさ、浅はかさ、弱さを思い知ったことでしょう。また、それにも関わらず、神様が自分のいのちを守ってくださっただけでなく、豊かにしてくださり、しかも、サライが王の妻になることを阻止してくださるという神様の不思議な驚くほどの恵みを体験しました。神様への畏敬と感謝の念を深めたことでしょう。
ちなみに、この後見ていくことになりますが、神様は、サライの子孫から救い主を起こす御計画を立てておられたので、その御計画を成就するために、サライをエジプト王から守ってくださったということでもあるのですね。
こうして、アブラムたちはエジプトを離れ、再び神様の約束の地へと戻ってきました。13章3節-4節に、こう書かれています。「彼はネゲブから旅を続けて、ベテルまで、すなわち、ベテルとアイの間で、初めに天幕を張った所まで来た。そこは彼が以前に築いた祭壇の場所である。その所でアブラムは、主の御名によって祈った。」 アブラムは以前築いた祭壇の前に立ち、礼拝をささげたのです。彼は思ったことでしょう。「やはり、ここに戻ってこなければならないのだ。いや、私が自分で戻ったのではなく、神様がここに連れ戻してくださった。なんと感謝なことだろう。」そして、賛美と感謝の祈りをささげたことでしょう。 私たちは地上では旅人です。しかし、私たちがいつも戻るべき場所があります。それは、神様に礼拝をささげる場所です。「祝福する」という言葉には、「崇める」「ほめたたえる」「感謝する」という意味があります。神様はアブラムにも私たちにも「あなたを祝福する。あなたの名は祝福となる。あなたによって、すべての人が祝福される」と約束してくださいました。それは、私たちが神様を心から礼拝する中に実現していくのですね。