城山キリスト教会 礼拝説教
二〇二五年八月一〇日 関根弘興牧師
創世記三五章一節ー七節
創世記から士師記まで17
「ヤコブの苦悩」
1 神はヤコブに仰せられた。「立ってベテルに上り、そこに住みなさい。そしてそこに、あなたが兄エサウからのがれていたとき、あなたに現れた神のために祭壇を築きなさい。」2 それでヤコブは自分の家族と、自分といっしょにいるすべての者とに言った。「あなたがたの中にある異国の神々を取り除き、身をきよめ、着物を着替えなさい。3 そうして私たちは立って、ベテルに上って行こう。私はそこで、私の苦難の日に私に答え、私の歩いた道に、いつも私とともにおられた神に祭壇を築こう。」4 彼らは手にしていたすべての異国の神々と、耳につけていた耳輪とをヤコブに渡した。それでヤコブはそれらをシェケムの近くにある樫の木の下に隠した。5 彼らが旅立つと、神からの恐怖が回りの町々に下ったので、彼らはヤコブの子らのあとを追わなかった。6 ヤコブは、自分とともにいたすべての人々といっしょに、カナンの地にあるルズ、すなわち、ベテルに来た。7 ヤコブはそこに祭壇を築き、その場所をエル・ベテルと呼んだ。それはヤコブが兄からのがれていたとき、神がそこで彼に現れたからである。(新改訳聖書第三版)
前回は、ヤコブが伯父のラバンの家で過ごした二十年間の出来事を見ましたね。
ヤコブは父と兄エサウを騙してエサウから長子の権利を奪い取ってしまいましたが、そのためにエサウの恨みを買い、エサウに殺されることを恐れて、故郷から遠く離れた伯父ラバンの家に身を寄せることになりました。そして、ラバンの娘ラケルと結婚するために七年間無償で仕えたのですが、ラバンはヤコブを騙して、姉娘のレアを先にヤコブと結婚させてしまいました。そして、妹ラケルとの結婚も許可するかわりに、さらに七年間仕えるようヤコブに要求したのです。
こうしてヤコブは二人の妻を持つことになったのですが、妻たちは相手より多くの息子をヤコブに産もうと競争心を燃やしました。レアは六人の息子と一人の女の子を産みました。しかし、ラケルにはなかなか子供ができません。そこでラケルは自分の女奴隷ビルハに夫の子を二人産ませて自分の息子にしました。レアも自分の女奴隷ジルパに二人の息子を産ませました。そして、最後にやっとラケルも身ごもり、ヨセフが生まれたのです。つまり、ヤコブは伯父の家で十一男一女をもうけたわけですね。
ラバンに十四年間無報酬で仕えたヤコブは、妻と子供たちとともに故郷に帰らせてほしいと申し出ました。しかし、ラバンは神様の祝福を受けているヤコブを手放したくなかったので、これからはヤコブの望む報酬を与えると言い出しました。そこでヤコブは数の少ない黒毛の羊とまだら毛、ぶち毛の山羊をもらうことにしました。その地方では白い羊と黒い山羊が多かったのですが、ヤコブは、自分がもらうことのできる黒毛の羊とまだら毛、ぶち毛の山羊を増やすことに成功して、どんどん豊かになり、多くの家畜や財産を所有するようになったのです。
そして、六年が経った時、つまり、ヤコブが故郷を離れてから二十年経った時、神様が遂に「生まれ故郷に帰りなさい。わたしはあなたとともにいる」と言われました。ヤコブは、妻たと子供たち、多くの家畜やしもべを連れて故郷に向けて旅立ちました。ただ、兄エサウが今でも自分を憎み、殺したいと思っているかも知れません。ヤコブは不安や恐怖に襲われ、必死に神様に祈りました。すると、夜、一人の人が現れ、夜明けまでヤコブと格闘したのです。ヤコブは「この相手は、普通の人ではない。御使いなのか、神なのかわからないが、今この方に求めなければ、明日はない」と強く感じたのでしょう。その人にもものつがいを打たれ、もものつがいがはずれてしまっても「私はあなたを去らせません。私を祝福してくださらなければ」とその人にすがりついて離そうとしませんでした。すると、主は「あなたは、神と戦って勝った。これからは、イスラエルと名乗りなさい」と言って祝福してくださったのです。ヤコブは「私は顔と顔とを合わせて神を見たのに、私のいのちは救われた」と言い、その場所をペヌエル(神の御顔)と名づけました。そして、勇気をもって、兄エサウと対面したのですが、エサウは過去の遺恨はすっかり忘れていて、二十年ぶりに再開した弟ヤコブを喜び泣きながら迎え、抱きしめてくれたのです。兄と和解が出来たヤコブは、安心して故郷の地に入っていきました。ところが、その故郷の地でヤコブは大変な事件や苦悩を味わうことになるのです。今日は、創世記33章17節ー36章の内容を見ていきましょう。
1 シェケム事件
ヤコブは、兄エサウと再会した後、ヨルダン川の東のスコテという場所に数年滞在しました。それから、ヨルダン川を越え、シェケムという町の手前に宿営しました。このシェケムは、以前、ヤコブの祖父アブラハムが神様の約束の地に入って最初に祭壇を築いた所です。ヤコブは、自分が宿営した野の一部をシェケムの人々から買い取り、そこに祭壇を築き、それを「エル・エロヘ・イスラエル(イスラエルの神が神である)」と名づけました。そして、しばらくそこに滞在し、現地の人々と友好関係を保っていたようです。
ところが、とんでもない事件が起こってしまいました。34章1節ー2節にこう書かれています。ヤコブとレアとの間に生まれた娘のディナに関することでした。こう記されています。「レアがヤコブに産んだ娘ディナがその土地の娘たちを訪ねようとして出かけた。すると、その土地の族長のヒビ人ハモルの子シェケムは彼女を見て、これを捕らえ、これと寝てはずかしめた。」ハモルの子シェケムはディナにひどいことをしたわけですね。
このことを聞いたヤコブは、息子たちが野から帰ってくるまで黙っていた、と書かれています。下手に事を荒立てて現地の人々と争うことになったら少人数の自分たちが滅ぼされてしまうかもしれないと懸念したからかもしれません。あるいは、当時は、兄が弟や妹たちの面倒を見る文化がありましたから、対処方法を息子たちと相談する必要があると思っていたのかも知れません。帰って来た息子たちは、この事件のことを聞くと「許されないことだ!」と激怒しました。
一方、ディナを無理矢理はずかしめたシェケムでしたが、ディナのことが好きになってしまいました。そこで、ディナに愛を語り、父親ハモルに「この人を私の妻にもらってください」と懇願したのです。そこで、ハモルは息子シェケムを連れてヤコブとその息子たちのもとに行き、こう申し出ました。「私の息子シェケムは心からあなたがたの娘を恋い慕っております。どうか彼女を息子の嫁にしてください。私たちは互いに縁を結びましょう。あなたがたの娘を私たちのところにとつがせ、私たちの娘をあなたがたがめとってください。そうすれば、あなたがたは私たちとともに住み、この土地はあなたがたの前に開放されているのです。ここに住み、自由に行き来し、ここに土地を得てください。」息子のシェケムも言いました。「あなたがたが私におっしゃる物を何でも差し上げます。どんなに高い花嫁料と贈り物を私に求められても、あなたがたがおっしゃるとおりに差し上げますから、どうか、あの人を私の妻に下さい。」この親子は、ディナをはずかしめたことを心から謝罪するよりも、二人が結婚することのメリットを一生懸命説明したわけですね。
すると、ディナの兄たちがこう答えました。「割礼を受けていない者に、私たちの妹をやることはできません。ただ、あなたがたの男子がみな、割礼を受けて、私たちと同じようになれば、私たちの娘たちをあなたがたに与え、あなたがたの娘たちを私たちがめとります。そうして私たちはあなたがたとともに住み、私たちは一つの民となりましょう。」割礼とは、男性の生殖器の包皮を切る儀式で、アブラハムの時代に神の民となるための契約のしるしとして神様から命じられたことです。ですから、アブラハムの子孫の男子は皆、生後八日目に割礼を受けていました。ディナの兄たちは、現地の人もその割礼を受ければ、お互いに親密に暮らせるようになると提案したわけですね。
ハモル親子はすぐに承知しました。割礼を受けるだけで、ディナを妻にできるだけでなく、ヤコブの一族と婚姻関係を結ぶことができ、経済的利益も大きいだろうと考えたのです。そこで、さっそく町の人々にこう呼びかけました。「私たちのすべての男子が割礼を受けさえすれば、彼らの群れや財産、家畜が私たちのものになるのだ。さあ、皆で割礼を受けよう。」権力のあるハモル親子の言うことですから、逆らうわけにもいきませんね。町のすべての男性が割礼を受けたのです。
しかし、これはすべてディナの兄たちの策略でした。町の人々が割礼を受けて三日目、つまり、一番痛みが強くなるころ、ディナと同じ母親レアから生まれたシメオンとレビが町を襲い、すべての男子を皆殺しにしただけでなく、財産、家畜、妻や子どもたちなどをすべて略奪してしまったのです。彼らは妹のディナがはずかしめられたのだから当然の報いだ思っていたかも知れませんが、復讐心はどんどんエスカレートして大惨劇になってしまったのです。人がどれほどの凶悪性を持っているのかを思い知らされますね。これと同じようなことは、現代の世界にも起こっていますね。
この惨劇を知った父ヤコブは驚き、シメオンとレビに「おまえたちがこんなことをしでかしたから、この地の住民から憎まれるようになってしまった。私たちも根絶やしにされてしまうかもしれない」と言いましたが、息子たちは反省するどころか、「私たちの妹が遊女のように取り扱われてもいいのですか」と反発しました。
シメオンとレビは、受けた被害の何倍もの復讐をするという愚かなことをしましたが、同時に、さらに深刻な過ちを犯していました。それは、神様との大切な契約のしるしである割礼を復讐の道具に利用したことです。
父親のヤコブにも良くないところがありました。現地の人々を恐れて、適切な対処をすることができず、息子たちが勝手に復讐するのを止めることができなかったのです。
このシェケムでの出来事を読むと心が萎えてきます。人間の愚かさと際限なく暴走する復讐、どうして彼らが神様の契約の民として選ばれたのだろうと疑問に思いますね。聖書は、この後も人間の愚かさを繰り返し示していきます。しかし、その一方で、神様が、その愚かな人間を見捨てず、忍耐強く導きながら、すべての人に祝福を与える御計画を進めていかれることも教えているのです。神様は、祝福を受けるに値しない私たちを愛し、赦し、救いへと導いてくださる方なのですね。私たちは、聖書を読むことによって、受けるに値しない私たちに豊かな祝福を与えてくださる神様の深い愛と恵みを深く知ることができるようになるのです。
2 ベテルでの再出発
シェケムでの事件の後、神様は35章1節でヤコブにこう仰せられました。「立ってベテルに上り、そこに住みなさい。そしてそこに、あなたが兄エサウからのがれていたとき、あなたに現れた神のために祭壇を築きなさい。」
ベテルは、以前、ヤコブが生まれ故郷から旅立ち、一夜を過ごすために石を枕にして寝ていたときに、天に届くはしごを御使いが上り下りしている夢を見た場所ですね。その場所で神様はヤコブに現れ、「私はあなたに祝福の契約を与える。わたしはいつでもどこでもあなたとともにいて、あなたを守る」と約束してくださいましたね。そのベテルに再び行って祭壇を築きなさいと神様が言われたのです。
ヤコブは、ベテルに向かって旅立つにあたり、自分と一緒にいるすべての者たちに言いました。「あなたがたの中にある異国の神々を取り除き、身をきよめ、着物を着替えなさい。そうして私たちは立って、ベテルに上って行こう。私はそこで、私の苦難の日に私に答え、私の歩いた道に、いつも私とともにおられた神に祭壇を築こう。」
ヤコブはシェケムでの息子たちの残虐な行為を見て、子供たちの行く末を案じたことでしょう。自分自身も現地の人々を恐れるあまり、神様がともにいて守ってくださることを忘れていたことを反省したかもしれません。そこで、メソポタミヤやカナンの地から持ち込んでいた偶像やそれに関係する物を耳輪にいたるまですべて処分し、身をきよめ、改めて神様の御前に出て礼拝し、息子たちにも神様がどのような方であるかを教え、自覚してもらおうと思ったのでしょう。
35章5節には「彼らが旅立つと、神からの恐怖が回りの町々に下ったので、彼らはヤコブの子らのあとを追わなかった」とあります。ヤコブはシェケム事件の後、自分たちがまわりの人々に滅ぼされてしまうのではないかと恐れていましたが、神様は約束通りに守ってくださったのです。
ベテルに着くと、ヤコブはそこに祭壇を築き、そこをエル・ベテルと呼びました。以前、神様が現れてくださった場所に再び立ったヤコブは、ここから神様を信頼して再出発をすることになるのです。
ところで、35章8節に一つの記事が挿入されています。「リベカのうばデボラは死に、ベテルの下手にある樫の木の下に葬られた。」デボラはヤコブの母リベカの乳母でした。なぜこの時、ヤコブと一緒にいたのかはわかりません。リベカが死んだ後、ヤコブが帰国したことを聞いて同行するようになっていたのかもしれません。とにかく、母親に愛されていたヤコブにとって、デボラは母親に代わる存在だったことでしょう。そのデボラの死をヤコブは深く悲しんだことでしょう。
さて、このベテルで、神様は再びヤコブに現れて、こう告げられました。「あなたの名はヤコブであるが、あなたの名は、もう、ヤコブと呼んではならない。あなたの名はイスラエルでなければならない。わたしは全能の神である。生めよ。ふえよ。一つの国民、諸国の民のつどいが、あなたから出て、王たちがあなたの腰から出る。わたしはアブラハムとイサクに与えた地を、あなたに与え、あなたの後の子孫にもその地を与えよう。」神様はヤコブに対して改めてイスラエルと改名するように言われ、アブラハムから続く契約の約束は、様々な不祥事がありましたが、なおそのまま生き続けていることを告げられたのです。ヤコブは、以前と同じように、その場所に石の柱を立て、改めてその場所をベテル(神の家)と名づけました。
この後、ヤコブは、聖書の中でイスラエルと呼ばれたり、ヤコブと呼ばれたりするようになります。
3 ラケルの死
神様の語りかけを受け、再出発をしたヤコブでしたが、さらに新たな悲劇にみまわれました。ベテルを旅立って、エフラテ(後のベツレヘム)に向かう途中、愛する妻ラケルが産気づいて、ひどい陣痛の中で男の子を産んだのです。しかし、ラケルはそのまま息を引き取ってしまったのです。「ラケルが死ぬなんて、そんなことがあってはならない」とヤコブは叫んだことでしょう。しかし、現実は無情です。ラケルは瀕死の状態の中で、生まれてきた息子を「ベン・オニ(私の苦しみの子)」と呼びました。なんと辛いことでしょう。自分の子に「苦しみの子」と名付け、命を引き取ったのです。それを見ていたヤコブはどれほどの悲しみだったことでしょう。ヤコブはすぐに「とんでない。私の苦しみの子だなんて。この子の名は「ベニヤミン」だ、それは「右手の子、力ある子、祝福の子」と名付けたのです。ヤコブとラケルとの出会いから、何十年もたって苦労の末、ようやく目的の地にたどり着こうとする時に、この悲しい出来事が起こったのです。ったのです。ヤコブはベツレヘムへと続く道にラケルを葬ったのです。ヤコブは、ラケルの遺体をベツレヘムに行く道の途中に葬りました。こうして、ラケルがヤコブに産んだ二人の息子ヨセフとベニヤミンが、ヤコブにとって大切なラケルの忘れ形見になったわけです。
4 長男ルベンの失態
ヤコブは旅を続け、ミグダル・エデル(後のエルサレム)のかなたに天幕を張ってしばらく滞在しました。そこで、また、とんでもない事が起こりました。35章22節にこう書かれています。「イスラエル(ヤコブ)がその地に住んでいたころ、ルベンは父のそばめビルハのところに行って、これと寝た。イスラエルはこのことを聞いた。」ラケルを失ったばかりのヤコブが失意の内に過ごしていた時、長男のルベンが父ヤコブのそばめと姦通していたのです。これは、父親を侮辱する行為です。ルベンには自分が父親に代わって家族を支配するのだという傲慢な心があったのかも知れません。それを知ったヤコブは、心痛めたことでしょう。しかし、ルベンに対して何らかの対処をしたとはどこにも書かれていません。ヤコブ自身も妻二人とそばめ二人に子供を産ませましたし、そばめのビルハに対しても、愛する妻ラケルほど大切にしていなかったでしょう。ルベンを叱る資格がないと感じたのかもしれません。しかし、この出来事によって、ルベンは、長子の権利と祝福を失うことになるのです。
次男のシメオンと三男のレビもシェケム事件を引き起こしましたね。以前は伯父の身勝手に苦しめられたヤコブですが、今度は、息子たちの身勝手な行いに悩まされるようになったのです。
5 父イサクの死
そして、ついにヤコブは、ヘブロンに行って、父イサクに再会しました。母リベカはすでに亡くなっていて、アブラハムやサラとともにマクペラのほら穴に葬られていました。この再会の時の詳しい様子は聖書に書かれていないので、想像するしかありません。イサクはもうかなり老衰していたでしょうから、ヤコブの声がどれほど聞き取れたかわかりませんが、それぞれに様々な感慨を抱いたことでしょう。
イサクは百八十歳で生きを引き取り、二人の息子エサウとヤコブがイサクをマクペラのほら穴に葬りました。それが35章の最後に書かれています。
6 エドムの歴史
さて、35章までは、ヤコブを中心とした出来事が書かれていましたが、次の36章には、本流から外れることになる兄エサウの子孫エドム人の系図と、後にエドム人に加わるホリ人の系図が記録されています。
エサウは三人の妻を持ち、五人の息子をもうけました。そして、南のセイルの山地に住みつきました。この地域は、土地の起伏もあり、山地でもあったので、狩猟に適していました。エサウは元祖アウトドア派ですからね。この場所を気に入り、以前から手中に収めていたようです。ヤコブが戻ってくると、それぞれの持ち物が多すぎて一緒に暮らすにはカナンの地が狭すぎるので、エサウはカナンの地を弟ヤコブに譲って、自分は本格的にセイルの山地に移住しました。
このエサウの系図を見ていくと、エサウの子孫から、各地の首長たちが生まれ、王たちを輩出してその地方に君臨し、エサウ一族の勢力が強大になっていったことがわかります。神様は、ヤコブだけでなくエサウの子孫も増やし、豊かにしてくださったのですね。
一方、神様の祝福を受け継いで行くヤコブの子孫はどうでしょうか。十二人の息子たちは、どのようになっていくのでしょうか。この後も、これからさらに苦難が続いていくのですね。しかし、そうした中にあって、神様の変わることのない約束を見いだし、神様に立ち返り生きることの幸いをこの後の出来事の数々から気づかせてくださるのです。
次回は、創世記37章から最後の50章までに書かれていくヨセフの姿を見ていきましょう。