城山キリスト教会 礼拝説教
二〇二五年一〇月二六日 関根弘興牧師
出エジプト記二章一節〜一五節
創世記から士師記まで22
「モーセの誕生」
1 さて、レビの家のひとりの人がレビ人の娘をめとった。2 女はみごもって、男の子を産んだが、そのかわいいのを見て、三か月の間その子を隠しておいた。3 しかしもう隠しきれなくなったので、パピルス製のかごを手に入れ、それに瀝青と樹脂とを塗って、その子を中に入れ、ナイルの岸の葦の茂みの中に置いた。4 その子の姉が、その子がどうなるかを知ろうとして、遠く離れて立っていたとき、5 パロの娘が水浴びをしようとナイルに降りて来た。彼女の侍女たちはナイルの川辺を歩いていた。彼女は葦の茂みにかごがあるのを見、はしためをやって、それを取って来させた。6 それをあけると、子どもがいた。なんと、それは男の子で、泣いていた。彼女はその子をあわれに思い、「これはきっとヘブル人の子どもです」と言った。
2:7 そのとき、その子の姉がパロの娘に言った。「あなたに代わって、その子に乳を飲ませるため、私が行って、ヘブル女のうばを呼んでまいりましょうか。」8 パロの娘が「そうしておくれ」と言ったので、おとめは行って、その子の母を呼んで来た。9 パロの娘は彼女に言った。「この子を連れて行き、私に代わって乳を飲ませてください。私があなたの賃金を払いましょう。」それで、その女はその子を引き取って、乳を飲ませた。10 その子が大きくなったとき、女はその子をパロの娘のもとに連れて行った。その子は王女の息子になった。彼女はその子をモーセと名づけた。彼女は、「水の中から、私がこの子を引き出したのです」と言ったからである。11 こうして日がたち、モーセがおとなになったとき、彼は同胞のところへ出て行き、その苦役を見た。そのとき、自分の同胞であるひとりのヘブル人を、あるエジプト人が打っているのを見た。12 あたりを見回し、ほかにだれもいないのを見届けると、彼はそのエジプト人を打ち殺し、これを砂の中に隠した。13 次の日、また外に出てみると、なんと、ふたりのヘブル人が争っているではないか。そこで彼は悪いほうに「なぜ自分の仲間を打つのか」と言った。14 するとその男は、「だれがあなたを私たちのつかさやさばきつかさにしたのか。あなたはエジプト人を殺したように、私も殺そうと言うのか」と言った。そこでモーセは恐れて、きっとあのことが知れたのだと思った。15 パロはこのことを聞いて、モーセを殺そうと捜し求めた。しかし、モーセはパロのところからのがれ、ミデヤンの地に住んだ。彼は井戸のかたわらにすわっていた。(新改訳聖書第三版)
創世記が終わり、今日から出エジプト記に入ります。今日は、1章ー2章の内容を見ていきましょう。
前回までの創世記には、天地の始まり、人の誕生、罪と死の始まり、そして、神様の救いの御計画の始まりなど、今の私たちの人生にも関わる様々なルーツが書かれていましたね。神様は、神様を離れて本来の生き方を見失っているすべて人々を救うために、まずアブラハムという一人の人物をお選びになり、「あなたの子孫によってすべての人が祝福を受けるようになる」と約束してくださいました。その約束は息子のイサク、ヤコブに受け継がれ、ヤコブの十二人の息子たちとその子孫を通して神様の救いの御計画が進められていくことになりました。神様は、彼らとその子孫たちに語りかけ、教え導きながら、御自分が愛と真実と赦しと恵みに満ちた神であることを示し、神様に信頼して生きることが人として最も幸いな生き方なのだということを旧約聖書全体を通して示してくださったのです。
創世記の最後の部分には、ききんで窮地に陥ったヤコブの家族を、神様が不思議な方法で救い出してくださったことが書かれていましたね。十一番目の息子ヨセフは、父親に特別にかわいがられていました。そこで、兄たちはヨセフを妬み、エジプトに奴隷として売りとばしてしまったのです。しかし、神様がいつもヨセフとともにいて、ヨセフのすることすべてを成功させてくださったので、ヨセフはついに王に次ぐ第二の権力の座に着き、エジプトを支配するようになりました。そこに、ききんで食糧を買い求めに兄たちがやってきたのです。ヨセフは兄たちと和解し、父ヤコブとその家族全員をエジプトに呼び寄せて養うことになりました。つまり、ヨセフがエジプトに奴隷として売られていったおかげで、ヤコブの家族全員がききんから救われたわけですね。人間は妬んだり傷つけ合ったりしますが、神様は、そういう人間の弱さや失敗や悪をも用いて、ヤコブとその子孫たちを救う御計画を進めてくださったのです。ヨセフは兄たちにこう言いました。「あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことの計らいとなさいました。」ローマ8章28節に「神様を愛し信頼して生きていく人のためには神様がすべてのことを益としてくださる」とありますが、ヨセフの人生はまさにそのことを表していますね。
1 迫害の始まり
ところで、ヤコブの子孫はイスラエル人と呼ばれます。以前、ヤコブが神様から「あなたの名はイスラエルだ」と言われたからです。でも、もう一つ「ヘブル人」という呼び方も使われています。「国境を越えてきたもの」「川向こうから来た者」の意味で、アブラハムの時代から使われている呼び方です。
ヨセフはエジプトでとても尊敬されていたので、ヨセフが生きている間も死んだ後もイスラエル人は優遇されていました。ヤコブ一族がエジプトに移住したときは七十人でしたが、出エジプト記1章7節にはこう書かれています。「イスラエル人は多産だったので、おびただしくふえ、すこぶる強くなり、その地は彼らで満ちた。」
ところが、ヨセフのことを知らない新しい王が即位しました。新王朝に変わったのでしょう。すると、イスラエル人への対応が一変してしまいました。新しい王は強くて数の多いイスラエルの民が反逆するのを恐れ、彼らにレンガ造りや畑の過酷な労働を課して苦しめることにしたのです。しかし、1章12節には「苦しめれば苦しめるほど、この民はますますふえ広がったので、人々はイスラエル人を恐れた」とあります。
そこで、王は次に、ヘブル人の助産婦たちに恐ろしい命令を出しました。「ヘブル人の女に分娩させるとき、産み台の上を見て、もしも男の子なら、それを殺さなければならない。女の子なら、生かしておくのだ。」(1章16節)しかし、助産婦たちは命がけで王の命令に逆らい、男の子を生かしておきました。そして、王に追求されるとこう答えたのです。「ヘブル人の女はエジプト人の女と違って活力があるので、助産婦が行く前に産んでしまうのです。」ペブル人の女は活力があるというのは真実かもしれませんが、助産婦が行く前に産んでしまうというのは偽りですね。
ここで問題になるのは、「人が偽りを言うのは許されるのか」ということです。神様から与えられた十戒の中に「あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない」とあるので、「クリスチャンは絶対に偽りを言ってはならない」と考える人がいます。しかし、聖書は全体を読んでバランス良く解釈しなければなりません。この「偽りの証言をしてはならない」というのは「相手に対して悪意を持ち、相手を傷つけたり貶めたりする目的で偽りの証言をしてはならない」ということです。たとえば、出エジプト記23章には、「偽りのうわさを言いふらしてはならない。悪者と組んで、悪意ある証人となってはならない。「偽りの告訴から遠ざからなければならない。罪のない者、正しい者を殺してはならない」と書かれています。
また、王に偽りを言ったヘブル人助産婦たちについて、20節ー21節にはこう書かれています。「神はこの助産婦たちによくしてくださった。それで、イスラエルの民はふえ、非常に強くなった。助産婦たちは神を恐れたので、神は彼女たちの家を栄えさせた。」神様が、この助産婦たちのしたことを認めてくださったことがわかりますね。また、ヨシュア記で、ヨシュアはエリコの町に攻め込む前に部下二人をエリコの町の偵察に行かせましたが、彼らが見つかりそうになったとき、町の娼婦であるラハブが彼らを隠し、「あの人たちは町を出て行きました」と偽りを言って彼らを救いました。その結果、エリコの町が滅ぼされたときにラハブとその家族は救われ、ラハブは救い主の系図にも名前が載ることになったのです。このように見ていくと、神様が「偽りの証言をしてはならない」と命じられたから、一切嘘をついてはならない、というのは極端すぎる解釈のように思われますね。もし、そう決めつけるなら、「安息日に一切仕事をしてはならない。イエスが安息日に病気をいやすのは、神様の命令に逆らうことだ」と主張するパリサイ人や律法学者と同じになってしまうでしょう。
ローマ14章5節ー6節にこう書かれています。「ある日を、他の日に比べて、大事だと考える人もいますが、どの日も同じだと考える人もいます。それぞれ自分の心の中で確信を持ちなさい。日を守る人は、主のために守っています。食べる人は、主のために食べています。なぜなら、神に感謝しているからです。食べない人も、主のために食べないのであって、神に感謝しているのです。」私たちは「こうでなければならない」と決めつけるのではなく、聖書をバランスよく解釈し、主の前に最善だと思えることをしていくことが大切です。もし間違ったとしても、悪意ではなく、愛にもとづいているなら、神様がその心を見て、よい方向に導いてくださるでしょう。
さて、助産婦たちが王の命令に従わないので、王はさらに残酷な命令を出しました。「生まれた男の子はみな、ナイルに投げ込まなければならない。女の子はみな、生かしておかなければならない。」
2 モーセ誕生
その頃、一人の男の子が生まれました。父はレビ部族のアムラム、母はヨケベデです。本当はナイル川に投げ込まなければなりませんが、両親はその子を隠しておきました。しかし、三か月も経つと泣き声も大きくなり、隠しきれません。見つかればすぐに殺されてしまいます。そこで、パピルス製のかごに防水処置をして、子どもをその中に入れ、ナイルの岸の葦の茂みの中に置きました。
すると、ちょうどその時、王の娘が水浴びをしようとやってきて、かごを見つけました。その中で赤ちゃんが泣いています。王の娘は、その子を助けたいと思いました。すると、そのとき、遠くから様子をうかがっていたその子の姉が近づいてきて「あなたに代わって、その子に乳を飲ませるため、私が行って、ヘブル女のうばを呼んでまいりましょうか」と申し出たのです。王の娘が「そうしておくれ」と頼んだので、姉は、母親を呼んできました。王の娘は「この子を連れて行き、私に代わって乳を飲ませてください。私があなたの賃金を払いましょう」と頼みました。つまり、実の母ヨケベデは、息子を死なせずにすんだだけでなく、息子は王の娘の養子となり、しかも、自分は息子の乳母として賃金をもらいながら安心して乳を飲ませることができることになったのです。
その子が大きくなったとき、ヨケベデはその子を王の娘のもとに連れて行き、その子は王の息子として育てられました。王の娘は「水の中から、私がこの子を引き出したのです」と言って、その子をモーセ(引き出す)と名付けました。
モーセは、まず生みの母親から、まことの神様を信頼することの大切さを教えられたことでしょう。そして、宮廷では王の娘の息子としてエジプトの最高の学問を身に付けたのです。使徒7章22節には「モーセはエジプト人のあらゆる知恵を教え込まれた」と書かれています。本来ならナイル川に投げ込まれ殺されるはずだったモーセが、宮廷の若きリーダーとして成長していったのです。
3 モーセの失敗
モーセはエジプトの宮廷で何の不自由もない生活をしていました。あの黄金のマスクで有名なツタンカーメンの時代とモーセの時代とは、そんなに隔たりがあるわけではありません。多くの富の中で生きていたのです。
しかし、その一方で、自分がヘブル人であることも自覚し、同胞が苦役を強いられていることに心を痛めていました。何とかして同胞を救いたいという思いが日増しに強くなっていたのかもしれません。
ある日、エジプト人がヘブル人を打っているのを見て、モーセは義憤にかられ、あたりにだれもいないのを見て、そのエジプト人を打ち殺し、砂の中に隠してしまいました。自分は同胞のために正義を行ったと思っていたでしょう。しかし、その翌日、今度は、ふたりの同胞が争っているではありませんか。モーセが悪いほうの者に「なぜ自分の仲間を打つのか」と問いただすと、意外な答えが返ってきました。「だれがあなたを私たちのつかさやさばきつかさにしたのか。あなたはエジプト人を殺したように、私も殺そうと言うのか。」自分は仲間を助けようとしたのに、その思いは同胞たちにはまったく伝わっていませんでした。しかも、自分がエジプト人を殺したことが噂になっていたのです。王もモーセの殺人事件を知って、モーセを捕まえて死刑にするために指名手配しました。そこで、モーセはエジプトから逃げ出さざるをえなくなったのです。
モーセは、苦しむ同胞を救いたいという動機は間違っていませんでした。エジプトの宮廷での豊かな生活よりも、同胞を救うことを優先しようとしたのです。しかし、方法が間違っていました。自分勝手な使命感に燃えて、人を殺してしまったのです。その結果、同胞にも理解されず、エジプト人の怒りも買う結果になってしましました。モーセがエジプト人を殺した結果、王はますますヘブル人を苦しめようと思ったことでしょう。この時、モーセは四十歳でした、一番脂ののっているときに大失敗をしたわけです。
しかし、それも神様の御計画のうちにありました。ヘブル人への手紙11章24節-27節にはこう記されています。「信仰によって、モーセは成人したとき、パロの娘の子と呼ばれることを拒み、はかない罪の楽しみを受けるよりは、むしろ神の民とともに苦しむことを選び取りました。彼は、キリストのゆえに受けるそしりを、エジプトの宝にまさる大きな富と思いました。彼は報いとして与えられるものから目を離さなかったのです。信仰によって、彼は、王の怒りを恐れないで、エジプトを立ち去りました。目に見えない方を見るようにして、忍び通したからです。」挫折したモーセは、もはや神様を頼るしかなくなったのです。
4 逃亡生活
モーセは、ミデヤンの地に逃れていきました。シナイ半島の南東部のあたりと言われています。荒涼とした荒野が広がる場所です。モーセが井戸のかたわらに座っていると、ミデヤンの祭司の七人の娘が父の羊の群れを連れてきて水を飲ませ始めました。そこに、別の羊飼いたちが来て、彼女たちを追い払おうとしたのです。しかし、モーセが立ち上がって彼女たちを救ったので、彼女たちは羊の群れに水を飲ませることができました。彼女たちは父のところに帰ると報告しました。「お父さん、ひとりのエジプト人が私たちを羊飼いたちの手から救い出してくれました。そのうえその人は、私たちのために水まで汲み、羊の群れに飲ませてくれました。」それを聞いた父親は、「食事をあげるためにその人を呼んで来なさい」といってモーセを招き、もてなしました。モーセは、思い切ってこの人の家に寄宿することにしました。そして、娘のチッポラと結婚したのです。ところで、この父親の名前は、2章ではレウエル、3章ではイテロとなっています。これは矛盾しているのではなく、当時は二つの名前を持つことはよくあることでした。おそらくレウエル(神の友)が個人名で、イテロ(彼の豊かさ)は祭司であるレウエルの公式な称号ではなかったと考えられます。
こうして、モーセはミデヤンの荒野で羊飼いとしての生活を始めました。そして男の子が生まれました。モーセはその子をゲルショムと名づけました。「私は外国にいる寄留者だ」という意味です。モーセはもうエジプトに戻ることはない、一生この地で暮らすのだと思っていたことでしょう。実際、モーセは四十歳から八十歳になるまでの四十年間、ミデヤンの地でひっそりと暮らすことになったのです。エジプトで苦しんでいる同胞を救うことなど、もはや自分には不可能だと思って、あきらめていたことでしょう。
しかし、この荒野での四十年間の生活は、後にイスラエルの民を率いて荒野を旅するための大切な訓練期間となったのです。エジプトの宮廷で何不自由のない生活していたモーセには、このミデヤンの荒野での厳しい生活の経験をする必要がありました。この訓練期間がなければ、多くの民を率いて厳しい荒野の生活をすることは不可能だったでしょう。つまり、神様は、モーセの失敗や挫折をも用いてくださったということなのですね。
また、モーセはエジプトの同胞を自分の力で救おうとして大きな挫折を味わいました。自分の弱さ、愚かさを思い知らされ、
謙遜を学びました。民数記12章3節には「モーセという人は、地上のだれにもまさって非常に謙遜であった」と書かれています。そして、その謙遜こそが、神様の働きを担う指導者として最も大切な資質なのです。神様は、モーセに謙遜を学ばせ、荒野の生活の訓練をさせ、イスラエルの民をエジプトから脱出させるための準備をさせてくださったのです。
5 民の叫び
さて、2章の最後にこう書かれています。「それから何年もたって、エジプトの王は死んだ。イスラエル人は労役にうめき、わめいた。彼らの労役の叫びは神に届いた。神は彼らの嘆きを聞かれ、アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた。神はイスラエル人をご覧になった。神はみこころを留められた。」ヤコブ達がエジプトに移住してから約四百年が経過していました。彼らはその間、故郷に帰ることもできたはずです。しかし、ヨセフのおかげでエジプトで満ち足りた生活をしていた彼らは、その生活に満足し、主に呼び求めることも途絶えてしまっていたのかも知れません。しかし、今、厳しい苦役と迫害の生活を強いられ、「神様、何とかしてください。助けてください」と叫び求め始めたのです。その叫びを聞いた神様は、「アブラハム、イサク、ヤコブとの契約を思い起こされた」とありますが、これは神様が契約を忘れておられたという意味ではなく、「契約を覚えておられた」という意味です。民は生活が楽で安定しているときは神様を忘れ、神様に叫び求めることをしなかったけれど、神様のほうでは御自分の契約を決して忘れず、民が求めるのを待っておられたのです。詩篇22篇24節に「まことに、主は悩む者の悩みをさげすむことなく、いとうことなく、御顔を隠されもしなかった。むしろ、彼が助けを叫び求めたとき、聞いてくださった」とあります。神様は彼らの悩む声を聞き、具体的な働きを開始してくださるのです。その具体的な働きのためにミデアンの荒野で四十年間、モーセを訓練しておられたのですね。そして、モーセは自分が予想もしなかった方法でイスラエルの民を救い出すことになるのです。
さて、私たちは、自分勝手なシナリオを描くことがよくありますが、それは神様の御計画と違うことが多いということを覚えておきましょう。自分の予想や期待が裏切られて挫折を経験することもありますね。しかし、聖書の人物たちを見ると皆、挫折や失敗を通して謙遜や忍耐を学ばされ、神様の御計画に用いられやすい者へと整えられているのです。それは、私たちも同じです。ですから、失敗や挫折を恐れないでください。失望の中でも、神様はちょうどよいタイミングで私たちに語りかけ、勇気づけ、前に進ませてくださるのです。
ピリ2章13節に「神は、みこころのままに、あなたがたのうちに働いて志を立てさせ、事を行わせてくださるのです」とあります。この神様に人生をゆだねて生きていきましょう。