城山キリスト教会 礼拝説教    

二〇二六年五月三一日             関根弘興牧師

                 民数記二〇章一節〜一三節

 

 創世記から士師記まで34 

     「あれから四十年」

 

1 イスラエル人の全会衆は、第一の月にツィンの荒野に着いた。そこで民はカデシュにとどまった。ミリヤムはそこで死んで葬られた。2 ところが会衆のためには水がなかったので、彼らは集まってモーセとアロンとに逆らった。3 民はモーセと争って言った。「ああ、私たちの兄弟たちが主の前で死んだとき、私たちも死んでいたのなら。4 なぜ、あなたがたは主の集会をこの荒野に引き入れて、私たちと、私たちの家畜をここで死なせようとするのか。5 なぜ、あなたがたは私たちをエジプトから上らせて、この悪い所に引き入れたのか。ここは穀物も、いちじくも、ぶどうも、ざくろも育つような所ではない。そのうえ、飲み水さえない。」6 モーセとアロンは集会の前から去り、会見の天幕の入口に行ってひれ伏した。すると主の栄光が彼らに現れた。主はモーセに告げて仰せられた。8 「杖を取れ。あなたとあなたの兄弟アロンは、会衆を集めよ。あなたがたが彼らの目の前で岩に命じれば、岩は水を出す。あなたは、彼らのために岩から水を出し、会衆とその家畜に飲ませよ。」9 そこでモーセは、主が彼に命じられたとおりに、主の前から杖を取った。10 そしてモーセとアロンは岩の前に集会を召集して、彼らに言った。「逆らう者たちよ。さあ、聞け。この岩から私たちがあなたがたのために水を出さなければならないのか。」11 モーセは手を上げ、彼の杖で岩を二度打った。すると、たくさんの水がわき出たので、会衆もその家畜も飲んだ。12 しかし、主はモーセとアロンに言われた。「あなたがたはわたしを信ぜず、わたしをイスラエルの人々の前に聖なる者としなかった。それゆえ、あなたがたは、この集会を、わたしが彼らに与えた地に導き入れることはできない。」13 これがメリバの水、イスラエル人が主と争ったことによるもので、主がこれによってご自身を、聖なる者として示されたのである。(新改訳聖書第三版)

 

 今日は民数記20章ー21章の内容を見ていきましょう。

 まず、20章1節に「イスラエル人の全会衆は、第一の月にツィンの荒野に着いた」とありますね。前後の文脈から判断して、これは、エジプトを出てから四十年目の第一の月だと考えられます。あれから四十年ですよ。エジプトで奴隷として苦役を強いられていたイスラエルの民が神様の様々な奇跡によってエジプトを脱出し、約束の地に向かって荒野の旅を始めてから四十年が経ったのです。「そこで民はカデシュにとどまった」と書かれていますね。ツインの荒野にあるカデシュ・バルネアです。この場所は、以前、13章ー14章に出て来ましたね。エジプトから脱出して約二年後に彼らは一度ここまでやって来ました。神様が約束してくださったカナンの地はすぐ目の前です。十二人の族長たちがカナンの地を偵察に行くと、自然の恵み豊かな素晴らしい土地でしたが、大きくて強そうな民がたくさん住んでいます。偵察から帰って来た十二人のうち、ヨシュアとカレブの二人は「神様がともにいてくださるから大丈夫だ。攻め上ろう」と民を励ましました。しかし、残りの十人は「彼らに比べたら、私たちはいなごのようにちっぽけだ。とても太刀打ちできない」と悪いうわさを言い広め、民もみな「私たちは敵に滅ぼされるくらいなら荒野で死んだ方がましだ。モーセではなく、別のリーダーを立ててエジプトに帰ろう」と泣き叫んだのです。 すると、神様は「あなた方は四十年間荒野をさまよわなければならない。ヨシュアとカレブ以外の二十歳以上の者はみな荒野で死んで、約束の地に入ることはできない」と宣告されました。後悔しても後の祭りです。本来なら二年で約束の地に入れたのに、彼らは、それからさらに三十八年間も荒野の旅を続けることになったのです。

 神様の予告されたとおり、四十年目にカデシュ・バルネアに再びやって来たとき、第一世代はほとんど死んでしまっていました。前回見たコラたちのように、神様に逆らって命を落とした人々もいましたが、一説によると荒野で生活する人々の寿命は四十年ともいわれるので、寿命が尽きて死んだ人々も多かったでしょう。今では、第二世代が中心になっていました。そして、このカデシュ・バルネアでモーセの姉のミリヤムも死んで葬られました。百三十近い年齢だったでしょう。荒野で生活したにしては奇跡的に長生きでした。

 

1 メリバの水

 

 ここで再び問題が起こりました。水がないので会衆がモーセとアロンを非難したのです。「なぜ主の集会である私たちをこんなところに連れてきて、死なせようとするのか。ここは不毛の地で飲み水さえないではないか。」世代が変わっても人の身勝手さは変わりませんね。彼らは、自分たちのことを「主の集会」と言っています。都合のいいときだけ神様のことを持ち出すのです。「神の民である私たちを神様が悪いところに導くはずがない。こんな荒野に引き入れたのはモーセとアロンの責任だ」と攻撃したのです。さすがのモーセも頭にきたでしょう。荒野を四十年間もさまよったのは、モーセが原因ではなく、民が神様に逆らったからなのに、すべてモーセに責任をなすりつけようとしているのですから。

 すると神様はモーセに言われました。「杖を取れ。あなたとあなたの兄弟アロンは、会衆を集めよ。あなたがたが彼らの目の前で岩に命じれば、岩は水を出す。あなたは、彼らのために岩から水を出し、会衆とその家畜に飲ませよ。」そこで、モーセは会衆を集めて言いました。「逆らう者たちよ。さあ、聞け。この岩から私たちがあなたがたのために水を出さなければならないのか。」そして、杖で岩を二度打つと、たくさんの水が湧き出てきたのです。

 ところが神様はモーセとアロンに厳しく言われました。「あなたがたはわたしを信ぜず、わたしをイスラエルの人々の前に聖なる者としなかった。それゆえ、あなたがたは、この集会を、わたしが彼らに与えた地に導き入れることはできない。」モーセとアロンのどこが悪かったのでしょうか。一つは、神様が「岩に命じなさい」と言われたのに、モーセは杖で岩を二度打ちました。神様の命令と違う自分勝手な方法を使ってしまったということです。四十年前、エジプトを出て間もない頃、レフィディムという場所で同じようなことがありました。水がなくて民がモーセに文句を言ったとき、神様は「ホレブの岩を杖で打て」と言われ、モーセがその通りにすると岩から水が出ました。その時の経験から、今回、モーセがつい岩を打ってしまっても仕方が無いように思えます。しかし、もっと深い問題がありました。それはモーセは「この岩から私たちがあなたがたのために水を出さなければならないのか」と言ったのです。まるで自分たちに水を出す力があるかのような言い方ですね。モーセは地上の誰よりも謙遜な人でした。神様抜きでは何も出来ないことを十分わかっていました。しかし、理不尽な民の批判を受けて「私たちが今まであなたがたのためにどれだけ我慢し、どれだけ必死に主にとりなしをしてきたかわからないのか」という感情に煽られ、つい売り言葉に買い言葉ですね。「私たちが助けてやってるんだ」という言葉が出て来てしまったのでしょう。本当は「神様が水を与えてくださるのだ」と言って神様の働きに民の目をむけさせるべきだったのですね。

 とはいっても、これまでの四十年間、モーセは神様に忠実に従ってきました。兄のアロンは以前にも失敗がありましたが、モーセは、今回が初めての失敗といえるような出来事です。それなのに「あなたがたは約束の地に入ることはできない」と宣告されるなんて、「神様は厳しすぎる。モーセが可哀想だ」と思ってしまいますね。しかし、このあと、モーセもアロンも、約束の地に入ることはできないと言われたことにショックを受けたとか、その決定を覆してくださるように必死に祈ったと、そのようなことはどこにも書かれていません。この後も淡々と主に従っていくのです。神様が彼らを見捨てた、というようなものではありませんでした。

 考えてみてください。モーセはすでに百二十歳、アロンは百二十三歳です。約束の地に入って行っても、待っているのは様々な敵との戦いです。荒野の旅以上の過酷な試練が待っています。ですから、神様のこの宣告の裏には「あなたがたはこれまで十分に働き、重荷を負ってきた。ご苦労様。これからは永遠の憩いの中で安らぎなさい」という神様の配慮があるように思われます。約束の地を前にして、モーセもアロンも、もうすぐ自分たちの役割を果たし終えて休むことができるという安堵を感じたかもしれませんね。

2 約束の地に向かって

 

 さて、ここで当時の地図を頭に入れておいてください。ヨルダン川から死海を通って葦の海(アカバ湾)に続く線の東側には南からエドム人、モアブ人、エモリ人の王シホンとバシャンのオグが支配していました。エモリ人の東側にはアモン人がいました。エドムは、イスラエル民族の先祖であるヤコブの双子の兄エサウの子孫の国です。また、モアブとアモンは、イスラエルの父祖アブラハムの甥であるロトの子孫から生まれた民族です。ですから、エドム、モアブ、アモンはイスラエルの親戚の民族と言うことになりますね。そして、これらの国々の中を北のダマスコから南のアカバ湾にいたる通商路(王の道)が通っていました。モーセたちは、約束の地へ入るために、このヨルダン川の東側を北上して行くことになったのです。

 モーセは、まずカデシュ・バルネアからエドムの王に使いを送り、「決して迷惑はかけないからエドム領内を通らせてください」と丁寧に許可を求めました。しかし、エドム王は許可しないどころか、大軍を率いてイスラエルを迎え撃つために出て来たのです。そこで、モーセはエドムを通ることを断念し、カデシュ・バルネアからホル山に向かいました。ホル山は20章ではエドム領内にあったと書かれていますが、33章では、エドムの国の端にあったとあります。場所を特定するのは難しいですが、山の麓で宿営をしました。その場所で神様はモーセに言われました。「あなたはアロンと、その子エルアザルを連れてホル山に登れ。アロンにその衣服を脱がせ、これをその子エルアザルに着せよ。アロンは先祖の民に加えられ、そこで死ぬ。」アロンは、息子のエルアザルに大祭司の職務を引き継ぎ、地上の生涯を閉じました。山の上から約束の地を眺めながら「息子よ、良き働きを担っていけ」という思いで息を引き取ったのかもしれません。全会衆はアロンのために三十日間喪に服しました。

 このホル山の麓で宿営中にまた事件が起こりました。カナンの地の南側のネゲブ地方に住んでいたカナン人アラデの王が襲ってきて何人かが捕虜となって連れて行かれてしまったのです。イスラエルの民が「もし、この民を渡してくださるなら、彼らの町を聖絶します」と誓願を立てると、主がその願いを聞き入れてくださったので、イスラエルは彼らを滅ぼし、その場所をホルマ(聖絶する)と呼びました。

 ところで、これから聖書を読み進めていくと「聖絶」という言葉がでてきます。これは神様のために取り分けるという意味が含まれています。これから約束の地に入っていくと、そこにいるいくつかの民を聖絶せよと命令が下されます。それはカナンの地やその周辺に住む民族の忌まわしい偶像礼拝や退廃的な習慣を自分のものとすることによって身を汚すことは、自らの滅びに繋がるという厳しい警告となっていきました。しかし、その一方で、聖絶の対象である民であっても、神様を信頼して生きようとする者には神様が救いの道を用意してくださっていることも記されています。私たちが注意すべきなのは、この聖絶という考え方を自分勝手に解釈して戦争を正当化したり他人を攻撃するようなことがあってはならないということです。このことについては、ヨシュア記の説教の時に、さらに詳しく見ていきましょう。

 神様はすべての人を愛し、すべての人が御自分に信頼して生きることを願っておられます。神様に救いを求めるすべての人を赦し、受け入れてくださいます。しかし、その神様を無視してただ欲望のまま生きるなら、自らに滅びを招くことになるのだ、ということも覚えておきましょう。

 

3 青銅の蛇

 

 さて、ホルマの場所がどこなのかはっきりわかっていませんが、カナンの地のすぐ南であったと考えられます。ホルマを制圧したのですから、そこからすぐに北上して行けば、すぐ約束の地に入れます。ところが、21章4節にこう書かれています。「彼らはホル山から、エドムの地を迂回して、葦の海の道に旅立った。」北上するのではなく、南に下って行ったのです。もちろん、神様の指示があったからでしょう。しかし、民は途中でがまんができなくなりました。民の気持ちになってみてください。約束の地を目前にして、「前に進め」ではなく「後退しろ」というのです。もう少しで手の届く所まで来たのに、逆方向に向かうのですから、不満が出ても無理はありません。

 しかし、信仰生活は決してワンパターンではありません。神様が「前進せよ」と言われたら、勇気を持って前進すればいいでしょう。しかし、今回は、せっかく敵に勝利したのだから「前進あるのみ」と思ってもおかしくないのに、神様は「退却して、別の方向に進め」と言われたのです。信仰に熱心であるというのは、何があっても闇雲に前進あるのみということではありません。時には退くこと、立ち止まることを受け入れる勇気も必要なのです。進むにしても退くにしても、神様を信頼し歩もうとする心が大切なのですね。時や状況によって、前に進むのか、その場で待つのか、退くのか、いろいろ変わるからです。 しかし、イスラエルの民は理解できません。せっかくのチャンスを逃しているようにしか思えないのです。退くことに我慢できなくなってしまいました。そして、文句を言い始めたのです。「なぜ、あなたがたは私たちをエジプトから連れ上って、この荒野で死なせようとするのか。パンもなく、水もない。私たちはこのみじめな食物に飽き飽きした。」ここで、神様が与えてくださった天からのパンであるマナを「みじめな食物」と言っていますね。ようやく約束の地に入って作物を育てたり地の産物を味わうことができると思ったのに、また荒野に後退したわけですから、マナがみじめな食物のように思えて、八つ当たりしたのでしょうね。つまりは、神様に文句を言ったわけです。

 すると、神様は、宿営の中に、燃える蛇を送られました。燃える蛇とは毒蛇です。噛みつかれると焼かれるような痛みに襲われるのです。シナイ半島にはこうした毒蛇がたくさんいるそうです。そういう毒蛇が大量に発生して民に噛みついたので、噛まれた人々はバタバタと死んでいきました。すると、彼らはモーセに「私たちは主とあなたを非難して罪を犯しました。どうか、蛇を私たちから取り去ってくださるよう、主に祈ってください」と懇願したのです。モーセが民のために祈ると、主はこう言われました。「あなたは燃える蛇を作り、それを旗ざおの上につけよ。すべて噛まれた者は、それを仰ぎ見れば、生きる。」モーセは急いで青銅の蛇を作り、それを旗ざおの上につけ、「蛇にかまれた者は、この蛇を仰ぎ見よ」と呼びかけました。するとどうでしょう。痛み苦しんでいる人がその蛇を見上げると、いのちが助かったのです。

 この出来事は、ヨハネの福音書3章で、イエス様が御自分の働きについて説明なさるときに引用されています。イエス様のもとに夜こっそりとパリサイ人のニコデモがやって来ました。イエス様は彼に言われました。「人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」ニコデモはその意味がわからず、質問しました。「人は、老年になっていて、どのようにして生まれることができるのですか。もう一度、母の胎に入って生まれることができましょうか。」すると、イエス様はこう言われたのです。「モーセが荒野で蛇を上げたように、人の子もまた上げられなければなりません。それは、信じる者がみな、人の子にあって永遠のいのちを持つためです。」

 「人の子」とは、神様が人となって来てくださった方、つまり、イエス御自身のことです。そして、「人の子が上げられる」とは、青銅の蛇が旗ざおに付けられたように、イエス様が十字架に付けられるということです。蛇の毒で死にかけていた人々は、旗ざおに付けた青銅の蛇を仰ぎ見ただけで肉体のいのちを得ました。それと同じように、罪のために死ぬはずの人々は、すべての罪を背負って十字架に付いてくださったイエス様を仰ぎ見るだけで永遠のいのちを得るというのです。

 青銅の蛇を仰ぎ見るだけでいのちを得るというのは、理屈では理解できませんね。しかし、神様の命令を聞いてその通りにした人々は実際に身体に回った毒が消え、いのちを救われました。それと同じように、十字架に付けられたイエス様を仰ぎ見るだけで永遠のいのちを得るというのも、理屈では理解できないかもしれません。しかし神様の言葉を信じてその通りにすると、すべての罪がきよめられ永遠のいのちを得ることができるのです。どちらも人の努力や才能や熱意とはまったく関係ありません。ただ神様の言葉を信じ行うときにいのちを得ることができるのです。神様は、はるか昔の旧約の時代からすでに、来たるべき救い主について、また救いを得ることについて示してくださっていたのです。

 

4 ヨルダン川東岸の占領

 

 さて、いったん後退したイスラエルの民は、いよいよヨルダン川の東を北上し始めました。彼らは、エドムとモアブを迂回して進み、アモン人との戦いも避け、モアブの北の境であるアルノン川の北にあるネボ山に到着しました。その山のピスガの頂きからは、約束の地全域が遙か地中海まで見渡せます。やっとここまで来たということですね。後にモーセはこの頂にたち、約束の地を見ながら、天に召されるのです。

 さあその場所から、モーセはエモリ人の王シホンに使者たちを送り、「迷惑をかけないので、あなたの国を通らせてください」と願いましたが、シホンはイスラエルが自分の領土を通ることを許さず、イスラエルを迎え撃つために出て来て戦いました。イスラエルはシホンが誇る強力な軍を打ち破り、その領土と町々をすべて手に入れまたのです。イスラエルはさらに北上し、バシャン地域を支配するエモリ人の王オグとも戦うことになりました。申命記を見ると、オグは、巨人の種族レファイムの生き残りで、長さ約四メートル、幅約一・八メートルの巨大な鉄の寝台を使っていたと書かれています。しかも、高い城壁に囲まれた要害の町々が六十もあったのです。誰が考えても、荒野を旅をしてきた弱小のイスラエルの民が勝てるとは思えない相手です。しかし、主はモーセに言われました。「彼を恐れてはならない。わたしは彼とそのすべての民とその地とをあなたの手のうちに与えた。」と。そして、主の言葉通り、彼らは、オグの軍隊を退け、その地を占領したのです。荒野を旅をしてきた弱小のイスラエルの民が強国を次々と打ち破ったのです。 戦士はすべて第二世代の者たちで、戦いの経験は乏しいし、武器も十分ではなかったでしょう。しかし、神様が「恐れるな、わたしは彼らとその地をあなたの手に渡している」と約束してくださったからこそ、その通りになったのです。ですから、イスラエルの民は、自分の力を決して誇ることなどできません。

 私たちの信仰生活も同じです。自分が強いか弱いかは主の前には関係ありません。そして、決して自分を誇ることも出来ません。パウロは、第一コリント1章26節ー31節でこう書いています。「神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。・・・まさしく、『誇る者は主を誇れ』と書いてあるとおりになるためです。」また、第二コリント12章9節ー10節ではこう書いています。「主は、『わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである』と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。・・・なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。」そして、ピリピ4章13節では「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです」と宣言しているのです。

 主がいてくださるならば、私たちには不可能であっても、主は道を開いてくださると信じ生きることは大切です。信仰を持っているが故の醍醐味です。でも、今日の箇所にあるように、私たちは闇雲に「前進、前進」と言って進んで行くことだけが熱心さではないことを知っておいてください。時には後退し、我慢の限界を迎えそうなになることもあるものです。だからこそ、私たちは主を仰ぎ見、生きるのです。見上げて生きていくのです。