城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇二四年九月一日              関根弘興牧師
                 エズラ記一章一節〜一一節
  帰還からマラキ書まで1
     「帰還命令」
 
 1 ペルシヤの王クロスの第一年に、エレミヤにより告げられた主のことばを実現するために、主はペルシヤの王クロスの霊を奮い立たせたので、王は王国中におふれを出し、文書にして言った。2 「ペルシヤの王クロスは言う。『天の神、主は、地のすべての王国を私に賜った。この方はユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てることを私にゆだねられた。3 あなたがた、すべて主の民に属する者はだれでも、その神がその者とともにおられるように。その者はユダにあるエルサレムに上り、イスラエルの神、主の宮を建てるようにせよ。この方はエルサレムにおられる神である。4 残る者はみな、その者を援助するようにせよ。どこに寄留しているにしても、その所から、その土地の人々が、エルサレムにある神の宮のために進んでささげるささげ物のほか、銀、金、財貨、家畜をもって援助せよ。』」5 そこで、ユダとベニヤミンの一族のかしらたち、祭司たち、レビ人たち、すなわち、神にその霊を奮い立たされた者はみな、エルサレムにある主の宮を建てるために上って行こうと立ち上がった。6 彼らの回りの人々はみな、銀の器具、金、財貨、家畜、えりすぐりの品々、そのほか進んでささげるあらゆるささげ物をもって彼らを力づけた。7 クロス王は、ネブカデネザルがエルサレムから持って来て、自分の神々の宮に置いていた主の宮の用具を運び出した。8 すなわち、ペルシヤの王クロスは宝庫係ミテレダテに命じてこれを取り出し、その数を調べさせ、それをユダの君主シェシュバツァルに渡した。9 その数は次のとおりであった。金の皿三十、銀の皿一千、香炉二十九、10 金の鉢三十、二級品の銀の鉢四百十、その他の用具一千。11 金、銀の用具は全部で五千四百あった。捕囚の民がバビロンからエルサレムに連れて来られたとき、シェシュバツァルはこれらの物をみないっしょに携えて上った。(新改訳聖書第三版)
 
 昨年から旧約聖書の中からサムエル記、列王記、歴代誌、ダニエル書、エゼキエル書を通して、イスラエルの歴史を見てきましたね。イスラエルの最初の王としてサウルが選ばれ、次のダビデ王の時代に統一王国が確立し、その子ソロモン王の時代に全盛期を迎えましたが、その後、北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂しました。最初から神様に背を向けていた北イスラエル王国はアッシリヤ帝国に滅ぼされてしまいました。一方、ダビデの王朝が続いていた南ユダ王国も、神様に繰り返し背いたために三回にわたってバビロニヤ帝国の攻撃を受け、そのたびに多くの人がバビロンに捕らわれていきました。これをバビロン捕囚と言います。預言者ダニエルは第一回バビロン捕囚の時に、預言者エゼキエルは第二回バビロン捕囚の時にバビロンに連れて行かれました。そして、第三回目のバビロニヤの攻撃の時に南ユダ王国は滅び、エルサレムの町も神殿も徹底的に破壊されてしまったのです。バビロンに捕らわれていった人々は、信仰の中心である神殿が破壊されてしまったことに衝撃を受け、意気消沈したことでしょう。しかし、神様は、預言者たちを通して希望を与えてくださいました。エレミヤを通して「バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを帰らせ、あなたがたの繁栄を元通りにする」と約束してくださいましたし、ダニエルやエゼキエルを通して、「多くの困難があるが、最終的に永遠の王国を立てる救い主を遣わす。だから、希望を持って生きよ」と励ましてくださったのです。
 今日からは、その後の歴史を旧約聖書の最後のマラキ書の時代まで見ていくことにしましょう。
 ところで、聖書にはなぜイスラエルの歴史が詳しく書かれているのでしょうか。イスラエルだけが他の民族より優れていたからでしょうか。そうではありません。神様は、すべての人を愛し、すべての人を救うために壮大な計画を立てておられたのです。神様は、神様から離れて神様のことがわからなくなっている人々に御自分の存在と性質と力を知らせるために、まず、アブラハムという人物をお選びになりました。そして、アブラハムとその子孫であるイスラエル民族の歴史を通して、神様に信頼し、神様とともに歩むことの大切さを教えてくださったのです。イスラエルの人々は、すべての人を代表するサンプルとして選ばれたわけですね。私たちは、聖書に書かれているイスラエルの歴史を見ることによって、人間の弱さ、愚かさ、高慢さを知ることができます。それとともに、そんな人間を神様が深く愛し、あわれみ、決して見捨てることなく、呼びかけ、導き、時には試練に遭わせて反省させ、正しい道に歩ませようとしてくださっていることを知ることができるのです。また、神様は、神様とともに歩むために必要な基準を律法を通して示してくださいましたが、それは、私たち人間が自分の力で律法を完全に守り通すことのできない罪深い存在であることを自覚させるためでした。そして、だからこそ救い主が必要であることを教え、神様御自身がその救い主を使わすと約束してくださったのです。その約束は、イエス・キリストが来られた時に実現しましたね。今では、そのイエス様を信じる人々が本当の意味での「神のイスラエル」なのです。
 ですから、今、パレスチナに存在しているイスラエルという国と、新約聖書が教えている神とともに歩む民イスラエルとは区別して考える必要があるのですね。
 
1 帰還命令
 
 さて、強大な力を誇っていたバビロニヤ帝国に大きな衝撃が走りました。紀元前五三八年、バビロニヤ帝国の支配下にあった同盟国ペルシャの臣下クロスがバビロンに無血入城し、バビロニヤ帝国はあっけなく滅びてしまったのです。ペルシヤ帝国時代の幕開です。その直後に起こった出来事が、エズラ記の1章から書かれています。今日は、エズラ記1章から4章の内容を見ていきましょう。
 クロス王はその第一年に王国中におふれを出しました。その内容が1章2-3節に書かれていますね。「ペルシヤの王クロスは言う。『天の神、主は、地のすべての王国を私に賜った。この方はユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てることを私にゆだねられた。あなたがた、すべて主の民に属する者はだれでも、その神がその者とともにおられるように。その者はユダにあるエルサレムに上り、イスラエルの神、主の宮を建てるようにせよ。』」このおふれは、エズラ記の一つ前の第二歴代誌の最後にも記録されていましたね。クロス王は世界の覇権を握るとすぐに、このおふれを出したのです。
 これだけ読んだら、クロスという王様は神様を信じる敬虔で寛容な王様のように思えますね。以前のバビロニヤ帝国は、反抗する可能性のある者を徹底的に排除、追放する政策をとっていました。一方、ペルシヤ帝国のクロス王は、支配下の各地域の習慣や宗教を尊重することで忠誠心を持たせようとしたのです。有名なクロスの円筒印象というものがあります(写真参照)。ここには、バビロンに連れてこられた諸民族と神々について「私は彼らを彼らの地に帰し、その地に永遠に住まわせる」と記されています。クロスは、イスラエル人だけでなく、バビロンに捕囚となっていたすべての民族を本国に返し、宗教の自由を保障したのです。それは、国内で騒乱が起こらないようにし、安定した基盤を作るためでした。彼にとっては、民がどの神様を信じようが問題ではなかったのです。イスラエル人に対しては「天の神、主」と言っていますが、別の民には「私の生涯が長く続くことをベルとナブ(バビロニアの神々)に日々祈らしめよ」と記しています。
 しかし、クロス王がこのようなおふれを出した背後には、神様御自身の働きがあったのですね。神様がクロス王を奮い立たせ、このおふれを出そうという思いを与えたというのです。そして、まさにエレミヤの預言を通して約束してくださったとおり、バビロンに七十年の満ちるころ捕囚の民が故国に帰れるようにしてくださったのです。人々は皆、このエレミヤの預言を知っていたでしょうが、それがどのように実現するのかまったく見当もつかなかったことでしょう。しかし、神様は、突然バビロニヤを滅ぼし、クロス王の心を動かして、一度布告したら誰も取り消すことのできないペルシヤの王の命令という形で実現させてくださったのです。神様はすべてを支配し、私たちの思いもよらない時に不思議な方法でみわざを行ってくださるのですね。
 クロス王は、故国に帰って神殿を再建せよという命令を出しただけでなく、以前バビロニヤ王がエルサレムの神殿から奪って来ていた金銀の用具を返却しました。また、帰還せずに各地に留まっている民には、神殿再建に必要な財貨や物資をささげるようにとも命じたのです。神様は、命令するだけでなく、その命令を行うために必要なものも備えてくださる方なのですね。
 
2 帰還した人々
 
 しかし、考えて見てください。バビロン捕囚から約七十年経った今、バビロンで生まれ、故国を知らない者たちもたくさんいたでしょう。クロス王のお墨付きをもらったとはいえ、荒れ捨たれているエルサレムに帰って神殿を再建するには、多くの困難が予想されます。
 しかし、神様は人々の心も動かしてくださいました。故国に帰る決意した人が四万二千人以上いたのです。その内訳はエズラ記2章に記されています。その一方、ペルシヤ国内に留まる決断をした人々もいましたが、彼らも神殿再建のために祈り、ささげものをしたことでしょう。神殿を再建し、神殿の方角に向かって祈ることは、当時の彼らの信仰生活にとって大切なことだったからです。神殿の再建は、礼拝の回復を意味していたのです。
 さて、帰還する人々のリーダーになったのが、2章2節に記されているゼルバベルとヨシュアでした。
 ゼルバベルは、1章8節では「ユダの君主シェシュバツァル」と呼ばれています。マタイの福音書1章の系図では12節に「エコニヤの子、サラテルの子、ゾロバベル」と紹介されています。エコニヤは南ユダ王国末期の王でバビロンに捕囚になったエホヤキンのことですから、ゼルバベルはダビデ王の血筋を引く人ということですね。彼は、故国に帰って行政面の指導をする総督の役割を果たすことになりました。
 一方、ヨシュアは「エホツァダクの子ヨシュア」と呼ばれています。祭司の家系出身で、神殿の最高責任者である大祭司としての役割を果たす人物でした。宗教面での指導者です。
 この二人をリーダーにして人々は故国へと出発したわけですが、有名な詩篇121篇は、彼らが道々歌った応答歌ではないかとも言われています。前方の人たちが「私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか」と叫ぶと、後方から「私の助けは、天地を造られた主から来る」と応答し、互いに励まし合いながらエルサレムを目指したのではないかと言われるのです。
 
3 神殿再建工事の開始
 
 ついに故国に到着した彼らは、自分たちのもとの町々に住み着きました。そして、3章に書かれているとおり、第七の月が近づくと、いっせいにエルサレムに集まってきました。イスラエルでは、第七の月の一日が新年の始まりの日です。そして、その月の十日は贖罪の日で、十五日からは仮庵の祭りがあります。その大切な時に彼らは祭壇を築き、毎日朝と夕にささげる常供のいけにえや、祭りのいけにえや、民が進んでささげるいけにえをささげて礼拝をしたのです。
 それから彼らは神殿再建のための材料を集め、翌年の第二の月に神殿再建工事を開始しました。神殿に仕える祭司とレビ人たちが工事を指揮しました。神殿の礎が据えられたとき、祭司とレビ人たちがラッパとシンバルを持ち、民と共に主を賛美し、「主は慈しみ深い。その恵みはとこしえまでも」と歌いました。大声をあげて泣く者もいれば、大声で喜び叫ぶ者もいて、「だれも喜びの叫び声と民の泣き声とを区別することができなかった」、また、「その声は遠いところまで聞こえた」と書かれています。とにかくスタートは順調だったわけですね。
 
4 妨害と中断
 
 さて、私たちは、「神様のみこころなら、すべて問題なく、うまくいくに違いない」と考えがちですね。「主に信頼して生きていくなら、障害や妨げが起こるはずがない、もし起こったとしても、主がすぐに道を開いてくださるだろう」と期待するわけです。しかし、聖書は、私たちの期待通りにいかないこともあるということをいろいろな事例を通して教えています。
 今回の神殿再建工事も、スタートは順調でしたが、その地域に住んでいた人々の妨害を受けて中断せざるを得なかったことがエズラ記4章に書かれています。
 4章1節に「ユダとベニヤミンの敵たち」と呼ばれる人々が登場します。ユダとベニヤミンというのは南ユダ王国を構成していた部族のことで、つまり南ユダ王国に住んでいた人々、つまり、バビロン捕囚から帰還した人々のことです。南ユダ王国がバビロニヤ帝国に滅ぼされる約百年前に北イスラエル王国はアッシリヤ帝国に滅ぼされてしまいました。アッシリヤは、占領地域の民族の純潔を失わせるために混血政策をとりました。北イスラエルに住んでいたイスラエル人を他の地域に移し、代わりに他の民族を連れてきて住まわせたのです。ですから、サマリヤを中心とする旧北イスラエル地域に住んでいる人々は、いろいろな民族の混血となり、宗教も様々な神々を拝む混合宗教でした。
 そんな人々の住む地域にバビロン捕囚から帰って来た人々が住み始め、神殿再建工事を始めたわけです。彼らは、聖書の神様だけを信じる宗教的な純粋性を保っていました。それを見たサマリヤの人々は面白くなかったでしょう。脅威を感じたかもしれません。そこで、まず「あいつらに協力を申し出て、我々の仲間に取り込んでしまおう」と考えたようです。サマリヤ人の代表者がゼルバベルたちのところにやって来て言いました。「私たちもアッシリヤの王にここに連れて来られた時から ずっとあなたがたの神様を拝んできました。だから一緒に神殿を建てさせてください。」しかし、ゼルバベルたちは、その申し出をきっぱりと断りました。「私たちの神のために宮を建てることについて、あなたがたと私たちとは何の関係もない。私たちだけで、イスラエルの神、主のために宮を建てるつもりだ。」
 これだけ読むと、「ずいぶん排他的だな。もっと寛容になって人の好意を素直に受け入れればいいのに」と思う方もおられるかもしれません。しかし、妥協してもいいことと、決して譲ってはならないこととを区別することはとても大切なのです。
 サマリヤ人たちは、まことの神様だけでなく、他のさまざまな偶像の神々を拝んでいました。つまり、まことの神様のことをたくさんいる神々の一人ぐらいにしか考えていなかったのです。もし、ゼルバベルたちがサマリヤ人の協力を受け入れたら、神殿に偶像礼拝が持ち込まれ、純粋な信仰が失われてしまう危険がありました。神様は聖なる方であり、不純なものや汚れたものは受け入れることはありませんから、神殿は、神様だけを心から信じ礼拝する人々によって建てられる必要があったのです。
 教会もその点に注意しなければなりませんね。もし誰かがこう言ってきたらどうでしょうか。「私は神様を信じていませんが、関根さんも疲れ気味だから、説教をしてあげますよ。またどうしたら教会が発展するかアドバイスもしてあげましょう。資金援助もできますよ。」そのような申し出は教会にとっては時には誘惑ともなるでしょう。しかし、きっぱりとお断りします。なぜなら教会の土台はキリストを信じる信仰であり、教会はキリストのからだだからです。もちろん、目に見える教会堂の修理や改築などのためにはどのような人であってもきちんと仕事をしてくれる人がきてくれれば問題はありません。しかし、大切な神様を礼拝するということ、信仰の中心となることに関しては、なんでもかんでもお手伝いしてくれるならいいですよ、とは決して言わないのです。
 ゼルバベルたちは、サマリヤ人の申し出をきっぱり断りました。「神殿は、まことの神様だけを心から礼拝する人々によって建てなければならない」と宣言したわけです。それは、勇気ある決断でした。だから、神様がこれからの道を開いてくださってもいいではないかと思いますね。以前、ダニエルや仲間たちが勇気をもって信仰的な決断をした時には、神様が華々しい奇跡を起こして助けてくださいましたね。だから今回も同じように助けてくださればいいのにと期待したくなります。しかし、今回は、かえって大きな困難を招く結果になりました。ゼルバベルたちに断られたサマリヤ人たちは、態度を一変し、今度は、何としても神殿を建てさせまいと執拗な妨害工作を始めたのです。4章4節ー5節にはこう書かれています。「すると、その地の民は、建てさせまいとして、ユダの民の気力を失わせ、彼らをおどした。さらに、議官を買収して彼らに反対させ、この計画を打ちこわそうとした。このことはペルシヤの王クロスの時代からペルシヤの王ダリヨスの治世の時まで続いた。」その結果、神殿の工事は中断したまま十数年の歳月が経過することになったのです。また、4章6節ー23節は、後の出来事が挿入的に記されている箇所ですが、神殿が完成した後にエルサレムの町を再建しようとしたときにもサマリヤ人たちが妨害工作をしたことが記録されています。
 
 信仰に生きるとき、すべて順風満帆にはいかないことを覚えておくことは大切ですね。
 ローマ12章2節でパウロはこう書いています。「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」パウロがここで言っている「この世」とは、「神様なしの秩序」という意味です。私たちは、神なしの秩序に合わせようとするのではなく、どんな状況に置かれたとしても、いつも神様を信頼し、心を新しくしていただきながら、神様とともに歩んでいくことが大切なのですね。
 神様は、約束したことを必ず実現してくださいます。私たちには、不可能のように思えても、行き詰まってしまったように思えても、なかなか実現しないように思えても、神様は、約束のことを最善の時に必ず行ってくださるのです。そのことを信頼し、期待し、感謝しつつ今週も歩んでいきましょう。