城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇二三年一一月一九日            関根弘興牧師
              第二列王記二五章二七節〜三〇節
 列王記連続説教20
   「南ユダの滅亡と希望」
 
 27 ユダの王エホヤキンが捕らえ移されて三十七年目の第十二の月の二十七日に、バビロンの王エビル・メロダクは、彼が王となったその年のうちに、ユダの王エホヤキンを牢獄から釈放し、28 彼に優しいことばをかけ、彼の位をバビロンで彼とともにいた王たちの位よりも高くした。29 彼は囚人の服を着替え、その一生の間、いつも王の前で食事をした。30 彼の生活費は、その一生の間、日々の分をいつも王から支給されていた。(新改訳聖書第三版)
 
 これまで、サムエル記、列王記からイスラエルの歴代の王たちの姿を見てきました。サムエル記には、初代の王サウルとダビデの姿が、そして、列王記にはソロモン王、そして、ソロモンの死後分裂した北イスラエル王国と南ユダ王国の歴代の王たちの姿が書かれていましたね。また、列王記の次の歴代誌には、南ユダの王たちの歴史が詳しく書かれているので、そちらも参考にしながら見てきました。今日は、その最終回です。
 北イスラエルの王たちは、最初から金の子牛を拝ませるなどの悪を行い続けたために、紀元前七二二年にアッシリヤ帝国に滅ぼされてしまいました。一方、南ユダは、神様に信頼したヒゼキヤ王によってアッシリヤの脅威を退けることができ、北イスラエル滅亡後も百年以上存続しましたが、神に逆らう王たちが多く、民も悪を重ねた結果、滅亡に向かうことになります。
 前回は、南ユダのマナセ、アモン、ヨシヤの姿を見ましたね。マナセ王が行った数々の悪行は、南ユダの滅亡を招く要因となりました。しかし、マナセ自身は苦難に遭って、まことの神様に立ち帰ったので、旧約の放蕩息子と呼ばれています。マナセの息子アモン王は悪を行いましたが、次のヨシヤは神様に従おうとする王でした。ヨシヤの時代、神殿の修理中に律法の書が見つかりました。旧約聖書の最初の創世記から申命記までの五つの書です。モーセが神様から与えられた律法や戒め、それに、神様と民が結んだ契約の内容が記されています。それを読んだヨシヤ王は、自分の衣を引き裂くほどの衝撃を受けました。神様に背き、神様のことばに従おうとしない民に対する主のさばきがはっきりと書かれていたからです。そこで、ヨシヤは、大宗教改革を行いました。律法の書を民に読み聞かせ、国中から異教の偶像や祭壇を取り除き、あらためて主に従うことを民と共に誓ったのです。ヨシヤは律法を忠実に実践しようとしました。しかし、エジプトの王がユーフラテス川のアッシリヤの王のもとに行って共にバビロニヤと戦おうとして上って来たとき、ヨシヤは、エジプトを迎え撃つために変装をしてメギドの平地に出ていき、あっけなく戦死してしまいました。ヨシヤは「自分は忠実に律法を守っているのだから、神様がエジプトに勝たせてくださるはずだ。自分こそ神の義の担い手だ」と勝手に思い込んでいたのかもしれませんね。信仰のおごりのようなものを感じさせる最後を迎えたのです。そして、ヨシヤの改革も虚しく、南ユダは急速に滅びに向かっていくことになったのです。
 
1 南ユダ末期の出来事
 
(1)エホアハズ
 
 ヨシヤがエジプトとの戦いで戦死すると、その子エホアハズが王となりました。彼は主の目の前に悪を行ったと書かれています。「父ヨシヤは主のために一所懸命に宗教改革したけれど、あっけなく戦死してしまった。そんな神様を信頼しても無駄だ」と思ったのかもしれません。ヨシヤ王がエジプトとの戦いに敗れたので、南ユダはエジプトの支配下に置かれていました。エジプトの王は、エホアハズを快く思っていませんでした。エホアハズをダマスコの北方に位置するリブラに幽閉し、南ユダに銀百タラント(三千四百キロ)と金一タラント(三十四キロ)の科料を課しました。エホアハズは、その後、エジプトに連れて行かれ、その地で死んでしまいました。彼の治世はわずか三ヶ月間でした。
 
(2)エホヤキムと第一回バビロン捕囚
 
 エジプト王は、エホアハズの代わりに異母兄弟のエルヤキムを王位に就け、エホヤキムと改名させました。エジプトの傀儡政権というわけですね。エルヤキムは「神は確立する」という意味、エホヤキムは「神が起こしてくださる」という意味で、どちらも良い名前ですが、彼は、神様を崇めようせず、「主の目の前に悪を行った」と書かれています。エジプトの王から多額の金銀を要求されたので、彼は、民に重税を課し、厳しく取り立てました。しかし、自分自身は贅沢な生活を続けたのです。そのエホヤキムに対して、預言者エレミヤは厳しい預言を語りました。「ああ。不義によって自分の家を建て、不正によって自分の高殿を建てる者。隣人をただで働かせて報酬も払わず、『私は自分のために、広い家、ゆったりした高殿を建て、それに窓を取りつけ、杉の板でおおい、朱を塗ろう』と言う者。あなたは杉の木で競って、王になるのか。あなたの父は飲み食いしたが、公義と正義を行ったではないか。そのとき、彼は幸福だった。彼はしいたげられた人、貧しい人の訴えをさばき、そのとき、彼は幸福だった。それが、わたしを知ることではなかったのか。──主の御告げ── しかし、あなたの目と心とは、自分の利得だけに向けられ、罪のない者の血を流し、しいたげと暴虐を行うだけだ。」(エレミヤ22章13節ー17節)エホヤキムの父ヨシヤは公義と正義を行って幸福だったけれど、エホヤキムには利得と暴虐しかない、とエレミヤは厳しく語ったのです。
 しかし、エホヤキムは、エレミヤの語る神様の言葉を聞こうとしないどころか、エレミヤが語った神様の言葉を記した巻物を火にくべて焼いてしまったのです。
 エホヤキムが王であった十一年の間に、国外の情勢は大きく変わり始めていました。バビロニヤ帝国のネブカデネザル王が勢力を増し加えてアッシリヤ帝国を滅ぼし、また、紀元前六〇五年、ユーフラテス河畔のカルケミシュの戦いでエジプトも打ち破ったのです。そして、南ユダにまで攻め上ってきました。そのため、南ユダは、今度はバビロニヤの支配下に入りました。
 エホヤキムは三年間バビロニヤのしもべとなりましたが、その後、ネブカデネザルがエジプト攻略に失敗して退却したすきに乗じて反旗を翻しました。しかし、結局、バビロニヤに制圧され、エホヤキムは反逆罪に問われ、青銅の足かせにつながれてバビロンへ引いていかれたのです。同時に、神殿の器具の一部が持ち去られ、また、多くの民が捕囚としてバビロンに連れて行かれました。その中には、ダニエル書に登場するダニエルを始めとする四人の少年達もいました。これが第一回目のバビロン捕囚です。
 
(3)エホヤキン(エコヌヤ/エコニヤ)と第二回バビロン捕囚
 
 エホヤキムがバビロンに連れて行かれると、息子のエホヤキンが王となりました。歴代誌やエレミヤ書ではエコヌヤ、新約聖書のマタイ1章の系図ではエコニヤと記されている人物です。彼も主の目の前に悪を行い、在位期間はわずか三ヶ月と十日でした。彼が王になるとすぐに、バビロニヤ軍がエルサレムに攻め上り、町を包囲しました。エホヤキンは降伏するしかありませんでした。バビロニヤの王ネブカデネザルは、主の宮と王宮の財宝をことごとく運び出し、エホヤキン王や王の家族、高官、有力者、職人、鍛冶屋、兵士たちをバビロンに引いて行き、エルサレムには貧しい民衆だけが残されました。これが第二回捕囚で、紀元前五九七年の出来事です。この捕囚の人々の中には、預言者エゼキエルもいました。バビロニヤは、このように国の重要な働きを担う人たちを捕囚として連れ去り、力の無い者たちだけを残して、占領地域を無力化していったのです。ただ、自分たちに逆らわない限りは、国自体を滅ぼすことはしませんでした。
 
(4)ゼデキヤと第三回バビロン捕囚と南ユダ王国の滅亡
 
 バビロニヤの王は、エホヤキンのおじマタヌヤをエホヤキンの代わりに王とし、その名をゼデキヤと改めさせました。このゼデキヤが南ユダ最後の王となってしまいました。第二歴代誌36章12節ー14節にはこう書かれています。「彼はその神、主の目の前に悪を行い、主のことばを告げた預言者エレミヤの前にへりくだらなかった。・・・このように、彼はうなじのこわい者となり、心を閉ざして、イスラエルの神、主に立ち返らなかった。そのうえ、祭司長全員と民も、異邦の民の、忌みきらうべきすべてのならわしをまねて、不信に不信を重ね、主がエルサレムで聖別された主の宮を汚した。」ゼデキヤはエレミヤの警告を無視してバビロニヤに反逆しました。それで、バビロニヤ軍にエルサレムを包囲され兵糧攻めに遭いました。ゼデキヤは何とか町から抜け出しましたが、バビロニヤ軍に捕まり残酷な罰を受けます。第二列王記25章7節に「彼らはゼデキヤの子らを彼の目の前で虐殺した。王はゼデキヤの目をつぶし、彼を青銅の足かせにつないで、バビロンへ連れて行った」と書かれています。バビロン軍はエルサレムの人々を虐殺し、神殿のすべての器具や財宝を奪い去り、神殿や王宮やすべての建物を火で焼き払い、城壁を取り壊し、エルサレムを廃墟にし、残っていた民をバビロンに捕らえ移しました。これが、第三回バビロン捕囚です。こうして南ユダ王国は滅亡してしまったのです。
 
(5)総督ゲダルヤ
 
 バビロニヤの王は、ユダの地に残った民を治める総督としてゲダルヤを任命しました。ゲダルヤのもとに各地に逃れていた部下たちが集まってくるとゲダルヤは言いました。「この国に住んで、バビロンの王に仕えなさい。そうすれば、あなたがたはしあわせになる。」しかし、数ヶ月も経たないうちにイシュマエルという人物が謀反を起こし、ゲダルヤと部下たち、またバビロニアの兵士たちを殺して逃げていきました。この時の詳しい内容は、エレミヤ書41章ー44章に書かれています。
 残されたユダの民や将校たちは、バビロニアの報復を恐れて、エレミヤの「この地に留まりなさい。エジプトに行ってはいけない」という預言を無視してエジプトに逃げていきました。エレミヤも強制的にエジプトに連れて行かれ、そこでしばらく預言活動を続けたのです。
 
2 将来への希望
 
 こうして、北イスラエル王国も南ユダ王国も滅びてしまいました。すべての希望が失せてしまったかのような状況ですね。しかし、列王記も歴代誌も、一番最後に、将来の希望を匂わせる記事を記しているのです。
 
(1)エホヤキンのその後
 
 まず、第二列王記の最後の25章27節ー30節には、バビロンに連れて行かれたエホヤキン王のその後が書かれています。彼は、捕囚となって三十七年目に牢獄から釈放され、生活費を支給され、バビロンの宮廷で暮らすようになったというのです。
 このエホヤキンは、マタイの福音書1章のイエス・キリストの系図にエコニヤという名で記されています。「バビロニヤ移住の後、エコニヤにサラテルが生まれ、サラテルにゾロバベルが生まれ」とあるのです。思い出してください。第二サムエル7章で、神様はダビデにこう約束されましたね。「わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子を、あなたのあとに起こし、彼の王国を確立させる。彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしはその王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。」この「家」と訳された言葉は、「神殿」という意味でも、「王朝」という意味でも使われる言葉です。つまり、神様はダビデ王朝がとこしえまでも続くと約束されたわけです。南ユダのダビデ王朝は、バビロニヤ帝国によって滅ぼされてしまいましたが、この神様の約束は、「ダビデの子孫からまことの王となる方が生まれ、決して滅びることのない永遠の王国、神の国を確立する」という意味があるのです。ですから、ダビデの子孫であるエホヤキンの命が守られたことが列王記の最後に記されているのは、神様がダビデの家を存続させてくださり、エホヤキンの子孫から約束の王が生まれるという希望を示しているわけなのです。そして、その希望が実現したことが、新約聖書の一番初めのマタイの福音書の系図の中に記されているわけですね。
 
(2)七十年が満ちるまで
 
 一方、第二歴代誌の最後の36章21節ー23節にはこう書かれています。「これ(南ユダの滅亡とバビロン捕囚)は、エレミヤにより告げられた主のことばが成就して、この地が安息を取り戻すためであった。この荒れ果てた時代を通じて、この地は七十年が満ちるまで安息を得た。ペルシヤの王クロスの第一年に、エレミヤにより告げられた主のことばを実現するために、主はペルシヤの王クロスの霊を奮い立たせたので、王は王国中におふれを出し、文書にして言った。『ペルシヤの王クロスは言う。「天の神、主は、地のすべての王国を私に賜った。この方はユダにあるエルサレムに、ご自分のために宮を建てることを私にゆだねられた。あなたがた、すべて主の民に属する者はだれでも、その神、主がその者とともにおられるように。その者は上って行くようにせよ。」』」
 エレミヤ29章10節でエレミヤはこう預言していました。「まことに、主はこう仰せられる。『バビロンに七十年の満ちるころ、わたしはあなたがたを顧み、あなたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に帰らせる。』」その預言の通り、バビロニヤを滅ぼして覇権を握ったペルシヤ帝国の時代に、捕囚になった人々は祖国に帰り、主の宮を再建することができるようになったというのです。また、バビロン捕囚には、神様への背信行為や様々な悪行で荒れ果てたユダの地を休ませるためだったというのですね。絶望のように思える経験も神様の目には深い意味があることだったのです。神様が捕囚の民を解放して故国に帰らせ、主の宮を再建させてくださるという喜びの知らせが、歴代誌の最後に記録されているのですね。
 
3 預言者エレミヤのメッセージ 
 
 最後に預言者エレミヤについて少し触れましょう。エレミヤは、南ユダ王国末期のヨシヤ王から滅亡までの時代に活躍した預言者です。エレミヤは何を語ったのでしょうか。
 
(1)南ユダはバビロニヤに滅ぼされる。
 エレミヤは、王や人々の罪を告発し、ユダが滅びることを語ったのですが、そのために迫害され、投獄されました。それでも勇気を持って語り続けたのです。
 
(2)バビロンにくだって、いのちを得よ。
 エレミヤは、また、21章8節ー9節でこう語りました。「主はこう仰せられる。『見よ。わたしはあなたがたの前に、いのちの道と死の道を置く。この町にとどまる者は、剣とききんと疫病によって死ぬが、出て、あなたがたを囲んでいるカルデヤ人(バビロニヤ帝国)にくだる者は、生きて、そのいのちは彼の分捕り物となる。」バビロンに素直に降伏し従えば、いのちを得るというのですが、これを聞いた南ユダの人々の多くはエレミヤがバビロニヤに加担していると疑い、信じようとせず、結局、自らに滅びを招いてしまったのです。
 
(3)バビロンでの長期滞在に備え、その町の繁栄を祈れ。
 バビロンに連れて行かれた人々は、一日も早く故郷に帰りたいと願い、「もうすぐ解放されます。バビロニヤはすぐに倒されます」という言葉を期待したことでしょう。しかし、エレミヤは、バビロンで捕囚生活を送っている人々にこう書き送りました。「あなたがたは七十年間捕囚生活を送らなければならない。神様がその場所で平安を備えてくださるから、現状を受け入れ、長期滞在に備えなさい。」エレミヤは、また「わたしがあなたがたを引いて行ったその町の繁栄を求め、そのために主に祈れ。そこの繁栄は、あなたがたの繁栄になるのだから」(エレミヤ29章7節)と預言しました。「敵を憎み、呪え」ではなく、「その町の繁栄を祈れ」というのです。憎しみの連鎖の中では、悲劇を刈り取ることはあっても、心の平安を得ることはでききません。イエス様は、「あなたがたの敵を愛し、あなたがたを迫害するものために祈りなさい」と言われましたね。どうしてでしょう。それが私たち自身の平安につながるからなのです。
 
(4)将来の希望
 エレミヤは、捕囚の民に、将来の希望についても書き送りました。エレミヤ29章11節ー14節でこう預言しています。「わたしはあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。──主の御告げ──それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。あなたがたがわたしを呼び求めて歩き、わたしに祈るなら、わたしはあなたがたに聞こう。 もし、あなたがたが心を尽くしてわたしを捜し求めるなら、わたしを見つけるだろう。わたしはあなたがたに見つけられる。・・・わたしは、あなたがたの繁栄を元どおりにし、わたしがあなたがたを追い散らした先のすべての国々と、すべての場所から、あなたがたを集める。・・・主の御告げ──わたしはあなたがたを引いて行った先から、あなたがたをもとの所へ帰らせる。」捕囚の民は、国を滅ぼされ、神殿も失い、エルサレムから引き離され、神様から見放されたと思ったかも知れません。しかし、エレミヤは「あなたがたは、実際は何も失っていない」と語りました。私たちは、特別な場所、人、物に執着して、それらを失ったら、もはや信仰生活は続けられないと考えてしまうことがあります。しかし、神様は、いつでもどこでも私たちに平安を与える計画を立ててくださり、私たちが祈り求めるなら、どんな場所に置いても応えてくださるのです。
 また、エレミヤ31章31節ー33節ではこう預言しています。「見よ。その日が来る。・・・その日、わたしは、イスラエルの家とユダの家とに、新しい契約を結ぶ。・・・わたしはわたしの律法を彼らの中に置き、彼らの心にこれを書きしるす。わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。そのようにして、人々はもはや、『主を知れ』と言って、おのおの互いに教えない。それは、彼らがみな、身分の低い者から高い者まで、わたしを知るからだ。・・・わたしは彼らの咎を赦し、彼らの罪を二度と思い出さないからだ。」列王記を読むと、人間の弱さやもろさを思い知らされます。人間の誓いや熱心さがまったくあてにならないことを何度も見てきましたね。しかし、エレミヤは、神様が新しい契約を結んでくださると預言しました。その契約では、私たちの心の中に神様の律法が記され、一人一人が深く神様を知ることができ、すべての罪と咎が赦されるというのです。その預言が、ダビデの子孫から生まれた救い主イエスによって実現しました。神様は、長い歴史の様々な出来事を用いながら、約束を確実に実現してくださる方なのです。
 エレミヤ31章3節で神様はこう言っておられます。「永遠の愛を持って、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。」神様の私たちに対する永遠の愛と真実は変わることがありません。だから、いつも希望を持って歩んで行くことができるのですね。
 最後にエレミヤが書いたのではないかと言われる哀歌の一節をもって列王記を閉じることにします。「私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。それは朝ごとに新しい。」(哀歌3章22節ー25節)