城山キリスト教会 礼拝説教    
〇一九年四月一四日         関根弘興牧師
                マタイ二七章五〇節〜六六節
イエスの生涯56 
    「埋葬」

50 そのとき、イエスはもう一度大声で叫んで、息を引き取られた。51 すると、見よ。神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた。そして、地が揺れ動き、岩が裂けた。52 また、墓が開いて、眠っていた多くの聖徒たちのからだが生き返った。53 そして、イエスの復活の後に墓から出て来て、聖都に入って多くの人に現れた。54 百人隊長および彼といっしょにイエスの見張りをしていた人々は、地震やいろいろの出来事を見て、非常な恐れを感じ、「この方はまことに神の子であった」と言った。55 そこには、遠くからながめている女たちがたくさんいた。イエスに仕えてガリラヤからついて来た女たちであった。56 その中に、マグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフとの母マリヤ、ゼベダイの子らの母がいた。57 夕方になって、アリマタヤの金持ちでヨセフという人が来た。彼もイエスの弟子になっていた。58 この人はピラトのところに行って、イエスのからだの下げ渡しを願った。そこで、ピラトは、渡すように命じた。59 ヨセフはそれを取り降ろして、きれいな亜麻布に包み、 岩を掘って造った自分の新しい墓に納めた。墓の入口には大きな石をころがしかけて帰った。61 そこにはマグダラのマリヤとほかのマリヤとが墓のほうを向いてすわっていた。62 さて、次の日、すなわち備えの日の翌日、祭司長、パリサイ人たちはピラトのところに集まって、63 こう言った。「閣下。あの、人をだます男がまだ生きていたとき、『自分は三日の後によみがえる』と言っていたのを思い出しました。64 ですから、三日目まで墓の番をするように命じてください。そうでないと、弟子たちが来て、彼を盗み出して、『死人の中からよみがえった』と民衆に言うかもしれません。そうなると、この惑わしのほうが、前の場合より、もっとひどいことになります。」65 ピラトは「番兵を出してやるから、行ってできるだけの番をさせるがよい」と彼らに言った。66 そこで、彼らは行って、石に封印をし、番兵が墓の番をした。(新改訳聖書)


イエス様は、当時、最も極悪な犯罪人を処刑する道具であった十字架につけられました。そして、十字架上で七つの言葉をお語りになりました。その七つの言葉を通して、私たちは、十字架に赦しがあり、永遠の約束があり、神の家族とされる恵みがあり、私たちが何一つ付け加える必要のない完全な救いがあることを知ることができます。イエス様の十字架には、罪を決して赦すことのない神様の徹底した義と同時に、私たちを何とかして救いたいという神様の深い愛が表されているのです。
 また、今まで学んできたとおり、イエス様を苦しめあざけるために兵士や宗教指導者たちが無自覚に行った行動の一つ一つさえもが、あらかじめ旧約聖書で預言されていました。つまり、イエス様を救い主として認めない人々の言葉や行動さえもが、イエス様が旧約聖書で預言されたまことの救い主であることを示していたのです。
 そして、さらに、今日の箇所では、イエス様が十字架上で息を引き取られたときにいくつかの不思議な出来事が起こったことが記されています。これらの出来事も、イエス様がまことの救い主であること、そして、イエス様の救いとはどのようなものかを示すしるしとしての意味がありました。詳しく見ていきましょう。

1 イエス様の死によって起こったしるし

@神殿の幕が二つに裂けた

 まず、51節に「すると、見よ。神殿の幕が上から下まで真っ二つに裂けた」とあります。
 神殿の中は、幕によって二つに分けられていました。入り口から入ってすぐのところが聖所です。そして、その奥には至聖所と呼ばれる場所があり、聖所と至聖所は垂れ幕で仕切られていました。手前の聖所には、パンを供える机とたえずともしびが燃えている燭台と香をたく香壇がありました。神殿に仕えるために特別に聖別された祭司たちが交代で聖所に入って香をたき、燭台の油を足し、パンを供えていましたが、彼らは垂れ幕の奥の至聖所に入ることは許されませんでした。至聖所は、神様の臨在の場所であり、神様が語りかけてくださる最も聖なる場所とされていて、そこに入ることができるのは、ただ一人の大祭司だけ、それも年に一度の贖罪の日と呼ばれる日にしか入れなかったのです。しかも、大祭司は、至聖所に入る前に、まず、自分の罪のための動物のいけにえをささげ、入念に身をきよめなければなりません。それから、民の罪の贖いのために、いけにえの動物の血を携えて至聖所に入っていくのです。
 つまり、至聖所の入り口にかかっている垂れ幕は、罪ある人間はそのままでは神様に自由に近づくことができないこと、そして、神様に近づくためには、罪の贖いが必要であることを教えるものでした。しかも、動物による贖いは不完全でしたから、毎年繰り返し贖いの儀式をする必要がありました。そして、大祭司自身も罪ある人間ですから、至聖所に入る前には、自分の罪を購う必要がありました。完全に聖なる方である神様の御前に罪で汚れたままの姿で近づいたら、たちまちさばきと死を被ることになるのです。ですから、普通の人々が自由に神様に近づいたり、神様と親しい関係を持つことなど、まったく不可能だったのです。
 しかし、イエス様が十字架上で死なれたとき、神様と私たちを隔てるその幕が上から下まで真っ二つに裂けました。それは、イエス様が十字架によって私たちのすべての罪の贖いを成し遂げてくださったので、私たちは罪のない聖なる者と認められ、自由に神様に近づくことができるようになったということを示しているのです。しかも、イエス様が、動物のいけにえではなく、罪のない御自身をいけにえとしてささげてくださったのですから、その贖いは、ただ一度で完全な永遠に有効なものとなったのです。
 ですから、聖書はこう教えています。
 「こういうわけですから、兄弟たち。私たちは、イエスの血によって、大胆にまことの聖所に入ることができるのです。」(ヘブル10章19節)
 「ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。」(ヘブル4章16節)
 イエス様の十字架によって、私たちは、躊躇することなく、大胆に神様に近づき、神様と共に歩み、神様と親しく語り合うことのできる者とされたのです。
 そして、神殿の幕が裂けたことには、もう一つの意味があります。至聖所には、本来は神様の臨在を象徴する契約の箱が置かれることになっていました。しかし、この当時の至聖所は空っぽでした。すでに何百年も前、バビロニア帝国の攻撃によって神殿が破壊された時から、契約の箱は失われたままになっていたからです。ヨセフスというユダヤの歴史家は「至聖所には何もなかった」と記しています。祭司たちは、何もない部屋を大事に守り、厳格な戒めを守ってきたわけですね。すでに、神殿もそこで行われる儀式も虚しいものになっていたのです。
 イエス様の十字架の死によって、幕がまっ二つに裂けたとき、見えたのは何もない部屋でした。それは、それまで神殿で繰り返されてきた動物のいけにえをささげる罪の贖いの儀式がいかに虚しいものであったかを示すとともに、イエス様の十字架の贖いが完成された今では、神殿という場所もそこで行われる儀式ももはや必要なくなった、つまり、旧約聖書に記されている律法を守って救いを得ようとする必要はなくなったということを意味しているのです。

A地が揺れ動き、岩が裂けた

 さて、次に起こったのは、地が揺れ動き、岩が裂けるという出来事でした。「神殿の幕が裂けた」ことと「岩が裂けた」ことを並べて記しているのは、この二つの出来事に関連した意味ももたせているような書き方ですね。イエス様が十字架で死なれた時にたまたま地震が起こって岩が裂けたというのではなく、それ以上の意味が込められているようです。
 先ほどお話ししたように、「神殿の幕が裂けた」ことは、神殿やそこで行われていた儀式の終わりを告げるものでした。ですから、「岩が裂けた」ことも、何かの終わりを告げるものであったと考えられます。
 エルサレムは、岩石層の上にある天然の要塞の町です。ですから、「岩が裂ける」という表現は、エルサレムの土台が崩れていくということを象徴的に表しているのではないかと考えられます。エルサレムは、神様がイスラエルの民を特別に選び、祝福してくださったことを示す町でした。イスラエルの民は、神様がエルサレムを選び、御自分の臨在の場所にしてくださったということに誇りを持ち、自分たちこそ神様に選ばれた民だという選民意識を持っていました。そして、異邦人を、神の救いにふさわしくない者として見下していたのです。
 しかし、その象徴であるエルサレムの岩が裂けました。それは、イエス様の十字架による神様の救いが、イスラエルの子孫だけでなく、すべての民族に及ぶものであることを示していると考えることができます。
 エペソ2章13節ー19節で、パウロは異邦人の読者に対してこう書いています。「しかし、以前は遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスの中にあることにより、キリストの血によって近い者とされたのです。キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。・・・私たちは、このキリストによって、両者ともに一つの御霊において、父のみもとに近づくことができるのです。こういうわけで、あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、今は聖徒たちと同じ国民であり、神の家族なのです。」
 イエス様の十字架によって、一部の特定の人だけでなく、すべての人が神様のみもとに近づき、神様の祝福を受けて生きることができるようになりました。そのことが「神殿の幕が裂けた」出来事と「岩が裂けた」出来事によって象徴的に表されていると考えられるのです。

B墓が開いて、多くの聖徒たちが生き返った

次に、不思議な出来事が書かれていますね。「また、墓が開いて、眠っていた多くの聖徒たちのからだが生き返った。そして、イエスの復活の後に墓から出て来て、聖都に入って多くの人に現れた」とあります。
 ここに出てくる「多くの聖徒たち」とは誰のことなのか、また、彼らが生き返った詳しい状況などは、よくわかりません。 ただわかるのは、マタイがわざわざ「神殿の幕が裂けた」「岩が裂けた」「墓が開いた」ということを並べて記していることです。まるで、イエス様の十字架がもたらす福音とは、こういうことなのだ、と言いたいかのようですね。
 人は、死ねば、墓に運び込まれ墓の中に閉じ込められます。しかし、イエス様の十字架は、死が支配するその墓を開く力があるのです。
 イエス様は、ヨハネ11章25節でこう言われました。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。」
 イエス様は、公の活動をしておられる時に、三人の死人を生き返らせる奇跡を行われました。ヤイロの娘、ナインのやもめの息子、そして、ラザロです。そして、今日の箇所では、イエス様の十字架の死の後に、多くの人々が生き返ったと書かれていますね。イエス様の十字架の贖いによって、多くの人が死の状態から救われ、新しいいのちを持って生きることができるということを示す出来事です。
 しかし、肉体のいのちは、またいつか終わります。この世はいつかは滅びますから、肉体のいのちが永遠に続くことはありえません。イエス様の十字架の素晴らしいのは、この世で死人をよみがえらせる力があるというだけでなく、この世で死んだ人々を天の御国で永遠に生かすことができるということなのです。イエス様を信じる者は、死で終わることはない、その墓は開かれ、永遠のいのちによって生きることができる、というのが、十字架のもたらす福音なのです。

2 百人隊長の告白

さて、54節に、「百人隊長および彼といっしょにイエスの見張りをしていた人々は、地震やいろいろの出来事を見て、非常な恐れを感じ、『この方はまことに神の子であった』と言った」と書かれていますね。マルコの福音書では、「この方はまことに神の子であった」と言ったのは百人隊長だったと書かれています。
 百人隊長というのは、ローマ軍の歩兵百人の指揮官です。彼は、イエス様の十字架刑執行の責任者だったのでしょう。これまで、何人もの処刑に立ち会ったはずです。苦しみの叫びと呪いの声を上げながら処刑される多くの犯罪人の姿を見てきたことでしょう。おそらく、今回も、世界を騒がせた極悪人が処刑されるのだろう、と思っていたのではないでしょうか。しかし、十字架につけられたイエス様の姿は、これまで彼が見たことのないものでした。イエス様は、自分を釘付けにした者たちのために「父よ。彼らを許し給え。彼らは自分のしていることがわからないのです」と祈られました。また、隣の十字架についている犯罪人に「今日、あなたはわたしとともにパラダイスにいます」と約束されました。そして、激しい苦しみの中で何一つ呪いの声を上げることなく、毅然として「完了した。成し遂げた」と言って息を引き取られたのです。また、イエス様が十字架につけられていたとき、全地が真っ暗になりました。イエス様が息を引き取られたときには、地が揺れ動きました。百人隊長は、そのイエス様の姿と不思議な出来事を見て、「この方はまことに神の子であった」と告白したのです。
十字架の場面では、二人の信仰告白が記録されています。まず、イエス様の隣で十字架にかかっていた犯罪人が「イエスさま。あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください」と信仰を告白しました。そして、次に、この百人隊長が「この方はまことに神の子であった」と告白したのです。この二人に共通しているのは、イエス様の姿をずっと見ていたということでした。前にもお話ししましたが、「この人を見よ」という讃美歌にあるとおり、イエス様を見ることが大切なのです。イエス様を見ることによって、信仰の告白へと導かれていくのです。

3 埋葬

@ヨセフとニコデモ

 十字架で息を引き取られたイエス様を葬ったのは、アリマタヤのヨセフでした。57節に、彼は「金持ちで」「イエスの弟子になっていた」とありますね。マルコ15章43節には「ヨセフは有力な議員であり、みずからも神の国を待ち望んでいた人であった」、ルカ23章50節ー51節には「さてここに、ヨセフという、議員のひとりで、りっぱな、正しい人がいた。この人は議員たちの計画や行動には同意しなかった」、ヨハネ19章38節には「イエスの弟子ではあったがユダヤ人を恐れてそのことを隠していたアリマタヤのヨセフが、イエスのからだを取りかたづけたいとピラトに願った」と書かれています。つまり、彼は、ユダヤの最高議会の議員で、イエス様の十字架刑には同意しなかったが、ユダヤ人を恐れて自分がイエス様の弟子であることを隠していた人でした。しかし、そんな彼が大胆にもローマ総督ピラトに願い出てイエス様の遺体を引き取り、手厚く埋葬したのです。
埋葬に立ち会った人物がもう一人いました。ニコデモです。ニコデモは、ヨハネ3章で夜こっそりイエス様を尋ねてきた人です。律法を熱心に守るパリサイ人で、ユダヤ人の指導者でしたが、イエス様から「人は新しく生まれなければ神の国を見ることができない」と言われ、永遠の救いを求めていました。ヨハネ7章ではユダヤ当局がイエス様を不当に逮捕しようしたとき、「まず本人の言い分を聞くべきだ」と擁護しましたが、他の議員の反論を受けると口を閉ざしてしまいました。しかし、イエス様の埋葬の時には、「没薬とアロエを混ぜ合わせたものをおよそ三十キログラムばかり持って、やって来た」と書かれています。
 埋葬の場には、イエス様に付き従っていた女性たちはいましたが、十二弟子の姿はありませんでした。かえってイエス様に敵対していると思われていたユダヤの最高議会のメンバーであるヨセフとニコデモが、イエス様の死を目の当たりにした後、危険を恐れずにイエス様を埋葬したのです。

A特別な埋葬

 イエス様の埋葬には、特別な点がいくつかありました。
 普通、十字架刑で死んだ者たちは、囚人用の共同墓地に葬られるか、野ざらしで放っておかれました。しかし、イエス様が葬られた場所はどうでしょうか。ヨハネの19章41節に「イエスが十字架につけられた場所に園があって、そこには、まだだれも葬られたことのない新しい墓があった」と記されています。これは今日の箇所の59節を見ると、ヨセフが自分のために岩を掘って造ったものだということがわかります。旧約聖書では、「園の中の墓に葬られた」と書かれているのは王様だけです。しかも金持ちのヨセフが造った立派な墓だったことでしょう。
 また、遺体に三十キログラムもの没薬や香料を使うのは、王様か国民的英雄だけです。
 つまり、このイエス様の埋葬も、イエス様が救い主であり神の国の王なる方であることを図らずも示すことになったのです。

B封印と見張り

 さて、62節に「イエス様の埋葬の次の日に祭司長、パリサイ人たちがピラトのところに集まった」と書かれていますね。ユダヤでは一日は夕方から始まりますから、イエス様が埋葬されたのが金曜日の夕方で、その直後に次の日が始まったわけです。ですから、彼らは埋葬後すぐにピラトのもとに行ったのでしょう。そして、こう願い出ました。「閣下。あの、人をだます男がまだ生きていたとき、『自分は三日の後によみがえる』と言っていたのを思い出しました。ですから、三日目まで墓の番をするように命じてください。そうでないと、弟子たちが来て、彼を盗み出して、『死人の中からよみがえった』と民衆に言うかもしれません。そうなると、この惑わしのほうが、前の場合より、もっとひどいことになります。」すると、ピラトは「番兵を出してやるから、行ってできるだけの番をさせるがよい」と答えました。彼らは、イエス様の墓に行って墓の入り口を塞いでいる石に封印をし、番兵に墓の番をさせました。
 しかし、イエス様は、封印されたまま墓の中にとどまっているお方ではありません。イエス様の復活のいのちは、どんな大きな墓石も封じることなど出来ないのです。

 今日は、教会暦では「棕櫚の日曜日」と呼ばれる日です。イエス様がろばの子にのってエルサレムに入城されたことを覚える日ですね。そして、今日から受難週が始まります。イエス様は、木曜日に弟子たちとの最後の晩餐をし、そのあと逮捕され、金曜日に十字架につけられます。そして、金曜日、土曜日、日曜日と数えるユダヤの数え方で三日目の日曜日によみがえられるのです。来週は、イエス様が復活されたことを記念するイースターです。イエス様の十字架の恵みに感謝しつつ、復活の朝を喜びをもって迎えることにしましょう。