城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇二〇年三月二二日            関根弘興牧師
                アモス一章一節、八章一一節

    「みことばの飢饉」

 1:1 テコアの牧者のひとりであったアモスのことば。これはユダの王ウジヤの時代、イスラエルの王、ヨアシュの子ヤロブアムの時代、地震の二年前に、イスラエルについて彼が見たものである。
 8:11 見よ。その日が来る。――神である主の御告げ。――その日、わたしは、この地にききんを送る。パンのききんではない。水に渇くのでもない。実に、主のことばを聞くことのききんである。(新改訳聖書第三版)

 今日は、旧約聖書の十二小預言書の中のアモス書から学んでいきましょう。
 前回のハバクク書は、北イスラエル王国がアッシリヤ帝国に滅ぼされ、南ユダ王国がバビロニヤ帝国の脅威にさらされていた時代を背景としていましたが、このアモス書は、それよりも以前の、まだ北イスラエル王国が滅亡する前の時代に書かれたものです。北イスラエル王国は、当時、ヨアシュの子ヤロブアム二世の治政の下に領土を拡大し、外国の侵略もなく、平和で、経済的繁栄の絶頂に達していました。しかし、宗教的にも道徳的にも非常に堕落し腐敗していました。そんな北イスラエル王国に対して、預言者アモスは、神様のさばきを宣告したのです。
 アモスは、どのような預言者だったでしょうか。まず、「アモス」という名前には、「重荷、負担」という意味があります。変わった名前ですね。それから、アモスの職業は、1章1節に「牧者のひとりであった」と書かれていますから、羊飼いだったようですが、いちじく桑の木を栽培する農夫でもあったようです。7章14節-15節で、アモスはこう言っています。「私は預言者ではなかった。預言者の仲間でもなかった。私は牧者であり、いちじく桑の木を栽培していた。 ところが、主は群れを追っていた私をとり、主は私に仰せられた。『行って、わたしの民イスラエルに預言せよ』と。」
 アモスの出身地テコアは、南ユダ王国のエルサレムから二十キロくらい離れた田舎町です。しかも、アモスは、職業的預言者でもなく、預言者としての訓練を受けたわけでもない、ただの羊飼いであり農夫でした。当時は、職業的預言者がたくさんいたのにもかかわらず、神様は、わざわざ田舎の無名なアモスを選び、御自分の言葉を語らせるために北イスラエルにお遣わしになったのです。羊飼い兼、農夫であったアモスにとって、それは、名前の通り、重荷となり負担となったことでしょう。「どうして私が行かなければならないのか」とも思ったことでしょう。しかし、アモスは、神様の召しを確信していました。3章8節で、こう言っています。「神である主が語られる。だれが預言しないではいられよう。」そして、北イスラエル王国に行って、大胆に神様の言葉を語り始めたのです。

1 神様の方法

 当時の北イスラエル王国は、繁栄を謳歌していました。右肩上がりで、万事がうまくいっているような状態でした。そのように順調な時は、人は、なかなか預言者の言葉に耳を傾けないものです。しかも、世界から注目されている北イスラエルに比べて、アモスの住んでいた南ユダ王国は、一歩も二歩も遅れをとっていたのです。北イスラエルの人々は、アッシリヤ帝国の高官が来たら耳を傾けたでしょう。エジプトの王様が来たら耳を傾けたでしょう。しかし、自分の国より遅れをとっている南ユダの田舎からやって来た無名の農夫が語っても誰が聞こうとするでしょう。人間的に考えたら、アモスを遣わすより、もっとしっかりとした訓練を受け、その道のエキスパートであり、社会的な地位もある精鋭を送って、神様の言葉を語らせればいいではないかと思いますね。しかし、神様の方法は違うのです。
 昔、イスラエル軍とペリシテ軍が戦ったとき、ペリシテ軍の大男ゴリヤテがイスラエル軍に一対一の勝負を挑んで来ました。しかし、イスラエル軍には、ゴリヤテと戦おうとする者が誰もいません。皆、恐れをなしてしまったのです。その時、たまたまその場にいた羊飼いのダビデが「私がゴリヤテと戦います」と志願しました。まだ若く、戦場に出た経験もないダビデを見て、皆、「こんな羊飼いごときにゴリヤテを倒せるはずがない」と思ったことでしょう。しかし、ダビデは、「この戦いは主の戦いだ」と宣言し、剣も槍も持たずにゴリヤテに向かって行き、使い慣れた石投げで石を放ってゴリヤテの眉間に命中させ、一発で倒してしまったのです。
 イエス様がベツレヘムの家畜小屋でお生まれになった時、最初に御使いの知らせを聞いたのは、野宿で夜番をしていた羊飼いたちでした。彼らは、住民登録の対象にもならない、世界に何の影響力のない人たちでしたが、真っ先に救い主のもとにいって礼拝をささげたのです。
 パウロは第一コリント1章26節ー29節にこう書いています。「兄弟たち、あなたがたの召しのことを考えてごらんなさい。この世の知者は多くはなく、権力者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。」神様は、みことばを語ったり、みわざをなさるときに、弱い者、取るに足りない者、無に等しい者を選ばれることがよくあるのです。

2 主を求めて生きよ

さて、アモスは、語り始めました。最初に、北イスラエルの近隣の国々の罪を指摘し、それぞれに対するさばきを語っていきました。ダマスコ、ガザ、ツロ、エドム、モアブ、そして、自分の故郷である南ユダの罪とさばきを語りました。「北イスラエルの人たち。あなたがたの周りの国々を見てください。あのダマスコを見てください。あそこは本当に罪で満ちています。隣のガザを見てください。ガザには三つも四つも罪があります。ツロを見てください。エドムを見てください。そして私の国である南ユダを見てください。あそこにも罪が満ちているではありませんか。」それを聞いた北イスラエルの人は、きっと、最初はアモスに好意を示したでしょうね。しかし、最後にアモスは、北イスラエルの罪とさばきを宣告したのです。神様に逆らい、偶像礼拝にはしり、数々の悪を行う北イスラエルに対して、アモスは神様の厳しい叱責の言葉を語りました。4章を見ると、神様はイスラエルに警告のための災いを繰り返しお与えになったのですが、「それでも、あなたがたはわたしのもとに帰って来なかった」という言葉が五回も繰り返されています。そして、4章12節では、神様が最終的なさばきを行われることが暗示され、「あなたはあなたの神に会う備えをせよ」という呼びかけが記されています。「このままでは滅びてしまうから、最終的なさばきの時がくる前に悔い改めて神に立ち返りなさい」という最終通告です。
 また、5章6節でアモスは、「主を求めて生きよ。さもないと、主は火のように、ヨセフの家に激しく下り、これを焼き尽くし、ベテルのためにこれを消す者がいなくなる」と熱く呼びかけています。「ヨセフの家」というのは北イスラエル王国のことで、「ベテル」は北イスラエルの偶像礼拝の聖所があった場所です。「主が北イスラエルを滅ぼしつくされる前に、主を求めて生きよ」とアモスは必死に語り続けているのです。

3 聞こうとしない人々

 しかし、北イスラエルの人々は、アモスを通して語られる主の言葉に耳を貸そうとしませんでした。
 私たちは、他の人が悪いという話なら、熱心に聞くし、心地よくうなずきます。しかし、自分が悪いと指摘されたらどうでしょう。謙虚に耳を傾けて、反省し、改めるべき所は改めることができたらいいのでしょうが、「冗談じゃない、そんなことを言われる筋合いはない」と腹を立てて、聞こうとしないことも多いのではないでしょうか。
 北イスラエルの人々は、残念ながら、アモスの言葉に耳を傾けようとはしませんでした。かえって、「イスラエルに向かって預言するな。自分の国に帰れ」とアモスを脅したのです。「我々は、こんなに繁栄しているのに、どうして、後進国出身のアモスのような奴に批判されなければならないのだ」と憤慨したのでしょう。
 そのような態度をとる人々は、いつの時代にもいます。
 使徒の働きを見ると、イエス様が十字架にかかり、三日目に復活され、召天された後に、信じる一人一人に聖霊が下り、弟子たちは、大胆に福音を宣べ伝え始めました。神様は、弟子たちを通して素晴らしいみわざを行ってくださいました。ある時、ペテロとヨハネは、神殿の入り口で物乞いをしている足の不自由な人に出会いました。ペテロがその人に「イエス・キリストの名によって、歩きなさい」と言うと、その人はたちまち癒やされて歩き出したのです。それで大騒ぎになり、ペテロとヨハネは、宗教指導者たちに逮捕されてしまいました。そして、議会で尋問を受けたのですが、ペテロとヨハネはイエス・キリストによる救いについて大胆に語りました。しかし、宗教指導者たちは、ガリラヤの田舎出身の漁師だった者の話など聞こうとしませんでした。「彼らは、ペテロとヨハネが無学の普通の人であることを知って驚いた」と書かれていますが、「このような無学な者から、私たちが学ぶべきことはない。私たちに説教をする気か。冗談じゃない」という思いで、ペテロたちの言葉に真摯に耳を傾けようとはしなかったのです。
 私たちは、誰が語ろうが、主の言葉を聞くときに謙虚に耳を傾けることが大切です。聖書の言葉の前で、いつも素直になりましょう。もちろん語る人に特別な権威があるわけではありません。あるとするなら、みことばを語る権威を委ねられているだけです。みことばを聞くことを妨げるようなプライドやこだわりがあったら、そんなものは捨て去りましょう。
 神様のことばに耳を傾け、敬い、従い、礼拝していく中で、私たちは主が生きておられることを知ることができるのです。

4 主のことばを聞くことのききん

残念ながら、北イスラエルの人々は、アモスの言葉を聞こうとしませんでした。そこで、アモスは、8章11節ー12節で、神様のさばきのことばを語りました。「その日、わたしは、この地にききんを送る。パンのききんではない。水に渇くのでもない。実に、主のことばを聞くことのききんである。彼らは海から海へとさまよい歩き、北から東へと、主のことばを捜し求めて、行き巡る。しかしこれを見いだせない。」
 主のことばが聞けなくなるききんが襲ってくるというのです。「なんだ、そんなのは、たいしたことではない」と思う方がいるかもしれませんが、実は、それは大変深刻な事態なのです。イエス様は「人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出るひとつひとつのことばによる」と言われました。つまり、神のことばがなければ、人は人として生きていくことはできないというのです。パソコンは、パソコン用の言語を組み込んだときに初めてパソコンとしての機能が発揮できるようになります。人も、獲得した言葉を元にしてそれぞれの価値観や思考や行動が決定されるのです。
 もし赤ちゃんに、ひと言も語りかけずに、食物と衣類だけ与えたら育つと思いますか。育ちません。人は、語りかけられながら、その交わりの中で成長していく存在なのです。
 確かに肉体的な飢饉は大変なことです。しかし、パウロは、何度も飢えたり瀕死の重傷を負ったりしながらも、いつも消えることのない希望を持って生きていました。神様の恵みの言葉に養われていたからです。彼が自分の弱さを覚えたとき、神様から「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである」という言葉を与えられました。
 しかし、アモスの時代、北イスラエルの人々は神様のことばなど聞こうとせず、求めようともしませんでした。求めようとしない人には、神様の祝福と恵みのことばが閉ざされてしまう、それが神様のさばきなのです。
 皆さん、今日、私たちには愛と真実にあふれた神様の恵みの言葉が豊かに注がれています。「主のことばを聞くことのききん」を招くことがあるとするなら、それは、私たちが耳を閉じてしまうことから起こるのです。イエス様は、たびたび「聞く耳のある者は聞きなさい」と言われました。聞く耳を持ちましょう。また、「主の祈り」の中で、「日ごとの糧を今日も与えたまえ」と祈りますが、肉体の糧だけでなく、神様の尽きることのない恵みの言葉によって、日毎に養われていきましょう。
 今は新型コロナウィルス感染拡大の不安の中にありますが、主の言葉は失われることはありません。「あなたがたの思い煩いをいっさい神にゆだねなさい」「恐れるな。わたしがあなたの神だから」と語ってくださる主に「おゆだねします」と応答し、主とともに歩んでいきましょう。