城山キリスト教会 礼拝説教          
 二〇二二年五月二二日             関根弘興牧師
             使徒の働き一九章二一節〜四一節
 使徒の働き連続説教28
   「ただならぬ騒動」
 
 21 これらのことが一段落すると、パウロは御霊の示しにより、マケドニヤとアカヤを通ったあとでエルサレムに行くことにした。そして、「私はそこに行ってから、ローマも見なければならない」と言った。22 そこで、自分に仕えている者の中からテモテとエラストのふたりをマケドニヤに送り出したが、パウロ自身は、なおしばらくアジヤにとどまっていた。23 そのころ、この道のことから、ただならぬ騒動が持ち上がった。24 それというのは、デメテリオという銀細工人がいて、銀でアルテミス神殿の模型を作り、職人たちにかなりの収入を得させていたが、25 彼が、その職人たちや、同業の者たちをも集めて、こう言ったからである。「皆さん。ご承知のように、私たちが繁盛しているのは、この仕事のおかげです。26 ところが、皆さんが見てもいるし聞いてもいるように、あのパウロが、手で作った物など神ではないと言って、エペソばかりか、ほとんどアジヤ全体にわたって、大ぜいの人々を説き伏せ、迷わせているのです。27 これでは、私たちのこの仕事も信用を失う危険があるばかりか、大女神アルテミスの神殿も顧みられなくなり、全アジヤ、全世界の拝むこの大女神のご威光も地に落ちてしまいそうです。」28 そう聞いて、彼らは大いに怒り、「偉大なのはエペソ人のアルテミスだ」と叫び始めた。29 そして、町中が大騒ぎになり、人々はパウロの同行者であるマケドニヤ人ガイオとアリスタルコを捕らえ、一団となって劇場へなだれ込んだ。30 パウロは、その集団の中に入って行こうとしたが、弟子たちがそうさせなかった。31 アジヤ州の高官で、パウロの友人である人たちも、彼に使いを送って、劇場に入らないように頼んだ。32 ところで、集会は混乱状態に陥り、大多数の者は、なぜ集まったのかさえ知らなかったので、ある者はこのことを叫び、ほかの者は別のことを叫んでいた。33 ユダヤ人たちがアレキサンデルという者を前に押し出したので、群衆の中のある人たちが彼を促すと、彼は手を振って、会衆に弁明しようとした。34 しかし、彼がユダヤ人だとわかると、みなの者がいっせいに声をあげ、「偉大なのはエペソ人のアルテミスだ」と二時間ばかりも叫び続けた。35 町の書記役は、群衆を押し静めてこう言った。「エペソの皆さん。エペソの町が、大女神アルテミスと天から下ったそのご神体との守護者であることを知らない者が、いったいいるでしょうか。36 これは否定できない事実ですから、皆さんは静かにして、軽はずみなことをしないようにしなければいけません。37 皆さんがここに引き連れて来たこの人たちは、宮を汚した者でもなく、私たちの女神をそしった者でもないのです。38 それで、もしデメテリオとその仲間の職人たちが、だれかに文句があるのなら、裁判の日があるし、地方総督たちもいることですから、互いに訴え出たらよいのです。39 もしあなたがたに、これ以上何か要求することがあるなら、正式の議会で決めてもらわなければいけません。40 きょうの事件については、正当な理由がないのですから、騒擾罪に問われる恐れがあります。その点に関しては、私たちはこの騒動の弁護はできません。」41 こう言って、その集まりを解散させた。(新改訳聖書第三版)
 
 前回見たとおり、パウロはエペソの町に約三年間滞在し、福音を宣べ伝えました。最初の三ヶ月間はユダヤ人の会堂で福音を語り、その後、ツラノの講堂に移って、毎日昼休みの時間を用いて福音を語り続けました。また、神様は、パウロの手によって驚くべきみわざを行ってくださいました。その結果、エペソだけでなく、エペソにあるアジア州に住む多くの人々が福音を聞き、クリスチャンになっていったのです。
 エペソには、女神アルテミスの大神殿があり、また呪術や魔術が盛んでした。しかし、クリスチャンになった人々は、いままで頼ってきた習慣や迷信を捨てて、イエス・キリストを信頼して生きていく決心をしたのです。そして、魔術を行っていた多くの者が魔術の本を抱えてきてみなの前で焼き捨てました。これからは、どんな問題が襲ってきても、将来のことがわからなくても、魔術の本に頼る必要が無くなったからです。
 そのようにエペソの町では、福音によって大きな変化が起こったのですが、今日の箇所はその続きです。
 
1 パウロの計画
 
 エペソでの華々しい宣教活動が一段落すると、パウロは、聖霊に示されて、マケドニヤとアカヤ、そしてエルサレムに行く計画を立てました。そして、その後、ローマにも行かねばならないという思いを持ったのです。
 マケドニヤとアカヤは、今のギリシヤに当たる地域で、エーゲ海を挟んだエペソの対岸にありました。そこは、以前、パウロが第二回目の伝道旅行の時に回った地域で、各地に教会ができていました。マケドニヤ地方には、ピリピやテサロニケの教会があり、アカヤ地方には、コリント教会がありました。パウロは、それぞれの教会を再び訪れて教会の状態を知り、励ましや慰めを与えたいと願ったのでしょう。特に、コリント教会は、教会内で分派や分裂や秩序の乱れなどの問題が起こっていたので、実際に自分が訪問して解決したいと思っていたようです。
 そして、その後、パウロはエルサレムに行ってから、ローマに行こうと計画したのです。
 しかし、地図をみると、せっかくマケドニヤとアカヤに行くなら、そのままローマに行った方がずっと近道ですね。エルサレムはローマとは正反対の方向です。エルサレムに行ってからローマに行くというのは、かなりの遠回りですし、長旅だとそれだけ危険も多くなります。それなのに、パウロは、なぜまずエルサレムに行こうとしたのでしょうか。
 パウロは、この後、実際にマケドニヤとアカヤ地方の教会を回った後、アカヤからエルサレムに出発する前にローマ教会宛ての手紙を書きました。その手紙にはこう書かれています。「今は、聖徒たちに奉仕するためにエルサレムへ行こうとしています。それは、マケドニヤとアカヤでは、喜んでエルサレムの聖徒たちの中の貧しい人たちのために醵金することにしたからです。彼らは確かに喜んでそれをしたのですが、同時にまた、その人々に対してはその義務があるのです。異邦人は霊的なことでは、その人々からもらいものをしたのですから、物質的な物をもって彼らに奉仕すべきです。」(ローマ15章25節)
 パウロは、マケドニヤとアカヤにある教会を回りながらエルサレム教会への支援金を集め、それをエルサレム教会に届けたいと願っていたのです。エルサレム教会は福音の出発点となり、世界各地に霊的な恵みを与えた教会ですが、迫害の中で困窮していました。ですから、こんどは、エルサレム教会から恩恵を受けた異邦人教会が献金を集めてエルサレム教会を支えるべきだとパウロは教えたのです。そして、その献金をまずエルサレム教会に届けることが、パウロにとってローマに行くよりも優先すべきことだったのですね。
 パウロは同じようなことを以前も行っています。ユダヤ人たちが中心のエルサレム教会と異邦人たちが中心の各地の教会が主にあって一つとされているということを、パウロは、具体的な行動を通して示そうとしていたのです。
 ガラテヤ3章28節に「ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません。なぜなら、あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、ひとつだからです」とあるように、教会は、人種の違い、言葉の違い、文化の違い、様々な違いを乗り越えて、イエス様にあって一つとされている群れであるということがパウロの確信であり、聖書が私たちに伝えている大切な教えなのです。
 
2 ただならぬ騒動
 
 さて、今日の箇所に戻りますが、パウロは、まず先発隊としてテモテとエラストのふたりをマケドニヤに送り出したのち、まだしばらくエペソに留まっていました。
 そのころ、ただならぬ騒動が起こりました。扇動したのはデメテリオという銀細工人の親方です。エペソには、銀でアルテミス神殿の模型を作って儲けている職人が大勢いました。
 想像してみてください。エペソには各地から多くの人々がアルテミス神殿巡礼にやってきました。神殿に続く道の両側には、おみやげ屋さんがたくさん並んでいたことでしょう。そこには、様々なアルテミス神殿グッズが並んでいるわけです。銀の神殿模型は特に人気があったのかもしれませんね。「一家に一つ、どうぞ!」「御利益ありますよ!」、そんな呼び込みがあったかどうかはわかりませんが、かなりの売れ行きで商売繁盛していたことでしょう。ところが、デメテリオが売り上げを計算してみると、最近は、かなり落ち込んでいます。理由はすぐにわかりました。パウロたちがやってきてクリスチャンになる人々が増えるにつれて、アルテミス神殿の模型の売り上げが落ちてきたのです。デメテリオは、クリスチャンになった人たちが魔術の本を焼き捨ててしまったことも見聞きしていたことでしょう。彼はだんだん心配になってきました。この勢いでクリスチャンが増えていったら、俺たちの商売上がったりだ!ということで、同業者たちをたきつけて大騒ぎを起こしたわけです。
 25節-27節で、デメテリオはこう演説しました。「皆さん。ご承知のように、私たちが繁盛しているのは、この仕事のおかげです。ところが、皆さんが見てもいるし聞いてもいるように、あのパウロが、手で作った物など神ではないと言って、エペソばかりか、ほとんどアジヤ全体にわたって、大ぜいの人々を説き伏せ、迷わせているのです。これでは、私たちのこの仕事も信用を失う危険があるばかりか、大女神アルテミスの神殿も顧みられなくなり、全アジヤ、全世界の拝むこの大女神のご威光も地に落ちてしまいそうです。」
 扇動された人々は、怒りに燃えて「偉大なのはエペソ人のアルテミスだ!」と叫び始め、町中が大騒ぎになりました。そして、彼らは、パウロの仲間であるガイオとアリスタルコを捕らえ、野次馬も含めた群衆が、およそ二万五千人を収容できるという劇場へなだれ込んでいったのです。
 32節にこう書かれていますね。「ところで、集会は混乱状態に陥り、大多数の者は、なぜ集まったのかさえ知らなかったので、ある者はこのことを叫び、ほかの者は別のことを叫んでいた。」
 ここに出てくる「集会」と訳されている言葉は、ギリシャ語では「エクレシア」という言葉です。もともとは「ある目的のために集められた者たち」という意味で、聖書の中では「教会」を表す言葉としても使われています。つまり、「教会」とは「キリストの福音のもとに一つに集められた者たち」ということなのですね。
 ところが、劇場になだれ込んだ人々の集会では、めいめいが勝手に集まり、好き勝手なことを叫んでいるのです。「大多数の者は、なぜ集まったのかさえ知らなかった」というのですから、あきれてしまいますね。
 このような騒乱状態を鎮めるのは大変ですね。まずユダヤ人のアレキサンデルが会衆に向かって話そうとしました。このアレキサンデルがどのような人なのかは聖書に書かれていないのでわかりませんが、この人がユダヤ人だとわかると、会衆は反発しました。ユダヤ人も天地を創造した唯一の神様を信じていますから、群衆はかえって対抗心を燃やして、「偉大なのは、おまえたちの信じる神ではなく、われわれエペソ人が崇めるアルテミスだ」とますます大声で叫び始めたのでしょう。そして、なんと二時間も叫び続けたのです。
 しかし、二時間叫び続けたら、いい加減疲れてきますね。町の書記役は、群衆の熱気が収まってきた頃合いを見計らっていたのでしょう。最後に、やっと彼らに語りかけ、説得し、解散させることができました。
 この町の書記役というのは、今で言えば、市長のような人です。当時は、ローマ大帝国の時代です。ローマはすべての地域で寛容な政策をとりましたが、ただひとつ、都市の秩序が乱されることだけは許しませんでした。もし、どこかの市で暴動が起こったら、ローマ政府は必ずその原因を追及し、担当の行政官を更迭してしまいました。ですから、イエス様が十字架につけられたときも、当時の総督ポンテオ・ピラトは、暴動になることだけを恐れたのですね。暴動が起こったら、自分の首が危なくなるからです。
 エペソの書記役もこのまま騒ぎが大きくなって暴動が起こったら自分が更迭されてしまう、なんとか収めねば、という思いが強くあったでしょう。彼は人々にこう語りかけました。「エペソの皆さん。エペソの町が、大女神アルテミスと天から下ったそのご神体との守護者であることを知らない者が、いったいいるでしょうか。これは否定できない事実ですから、皆さんは静かにして、軽はずみなことをしないようにしなければいけません。皆さんがここに引き連れて来たこの人たちは、宮を汚した者でもなく、私たちの女神をそしった者でもないのです。それで、もしデメテリオとその仲間の職人たちが、だれかに文句があるのなら、裁判の日があるし、地方総督たちもいることですから、互いに訴え出たらよいのです。」
 書記官は、まず、「エペソの町は大女神アルテミスと天から下ったご神体の守護者であることは否定できな事実です」と言いました。「天から下った」というのは、直訳では「空から降ってきた」という意味です。もしかすると隕石のようなものをご神体として祭っていたのかもしれません。
 そして、「エペソの町はアルテミスのご神体を大切に守る栄誉を与えられているのだから、落ち着いて、軽はずみなことをしないように」と諭しました。それは、まるで、「人の善悪は、偉大なるエペソの女神アルテミス様が決めてくださるのだから、こんな騒ぎを起こす必要などない。もし、騒ぎを起こすなら、それはアルテミス様が何もしてくれないことを証明することになってしまうではないか」と暗に語っているようですね。
 パウロは「手で作ったものなど神ではない」と教えています。そのことも彼らは騒動の材料にしていました。しかし、もし彼らが自分たちで騒動を起こすなら、アルテミスは何もしてくれないということになりますから、皮肉にもパウロの言葉が正しいことを証明することになってしまうわけです。
 そして、書記官は、もし文句があるなら、正式に裁判に訴え出るようにと勧めました。なぜなら、このまま自分勝手な騒ぎを続けると、ローマ法の「騒擾罪」に問われてしまうからです。「騒擾罪」というのは、大勢の者たちが集合して暴行、脅迫を行い地域社会の公共の平穏を害する罪で、ローマ政府が非常に嫌っていたものです。もしこの罪を犯したと断罪されれば、銀細工人たちは商売を行うこともできなくなってしまいますし、書記官も更迭対象となってしまう恐れがあったのです。
 この書記官の言葉を聞いた群衆の熱は一気に冷めていき、騒動は何とか収まりました。
 
3 正しい敬虔と福音の力
 
 ところで、この騒動の中でパウロが直接何かを語ったとか、行動したとかということは何も書かれていませんね。パウロは、本当は自分でこの群衆に語りかけたかったようですが、中に入ることを仲間に止められてしまいました。
 しかし、私たちはこの箇所からいくつかの大切なことを知ることができます。
 
(1)敬虔を利得の手段と考えるべきではない
 
 今回の騒動を起こした人々は、口先では「偉大なのはアルテミスだ」と言ってアルテミスへの信仰を強調しながら、実は心の中では自分たちの利害、損得しか考えていませんでした。
 第一テモテ6章5節に「敬虔を利得の手段と考えている人たちの間には、絶え間のない紛争が生じるのです」とあります。
 そのことは、私たちも気を付けなければなりません。自分が得するために、自分の願いどおりにするために、あるいは、自分が注目されるために神様やイエス・キリストの御名を利用してしまうことはないでしょうか。信仰を利得の手段と考える姿を聖書は厳しく戒めています。敬虔を装う貪欲は、神様との関係を傷つけ、互いの間に争いを引き起こし、さまざまな問題を生じさせることになるからです。
 しかし、私たちが福音を正しく語り、正しく受け取っていくときに、私たちの心は正されていきます。神様の前で、いつも自分の心を点検していきましょう。
 
(2)福音の力
 
 今日の箇所で、エペソの町の書記官は、「彼らは宮を汚した者でもなく、私たちの女神をそしった者でもないのです」と言っていますね。
 前回もお話ししたように、エペソはアルテミス神殿が中心にあり、呪術や魔術が盛んで宗教的にも道徳的にも混乱した町でした。しかし、パウロたちは、力ずくでアルテミス神殿に乗り込んで神殿を破壊しようとしたりはしませんでした。また、神殿グッズを売る商売を無理矢理止めさせようともしませんでした。アルテミスの女神をそしったり、神殿詣でをする人たちを批判することもありませんでした。書記官が言うとおり、「彼らは宮を汚した者でもなく、私たちの女神をそしった者でもない」のです。
 以前、パウロがアテネに行ったときのことを思い出してください。町は人の数よりも多いと言われるほどの神々の偶像で満ちていました。パウロはその光景を見て心を痛めましたが、アテネの人たちに対して「あなたがたは何と愚かであわれな民だ」とは語りませんでした。パウロは、こう語りましたね。「アテネの人たち。あらゆる点から見て、私はあなたがたを宗教心にあつい方々だと見ております。私が道を通りながら、あなたがたの拝むものをよく見ているうちに、『知られない神に』と刻まれた祭壇があるのを見つけました。」そして、パウロは、アテネの人々が知らない天地万物を創造された神様のことを語っていったのです。
 クリスチャンは、そして、教会は、もし町が偶像に満ちていたとしても、批判や軽蔑や侮辱を与えたり、攻撃や破壊をすべきではありません。そんなことをすれば、かえって人々は福音を聞こうとしなくなってしまうでしょう。
 パウロたちは、ただイエス・キリストの福音をまっすぐに伝えていきました。キリスト教会の武器は「福音」そのものだからです。この福音にこそ力があります。福音がまっすぐに語られていくとき、それを信じ受け入れた人の人生は変えられていくのです。
 エペソの町でも、福音によって多くの人たちの生き方が変えられていきました。クリスチャンとなった人々は、もう大女神アルテミスも神殿のミニアチュアも魔術も占いも必要としなくなってしまったのです。ですから、福音が伝えられていく所には少なからず波風が立ちます。しかし、福音をまっすぐ語ることによって、人々に新しいいのちが与えられていくのです。私たちもどんな状況にあっても、福音そのものの力に信頼して生活していきましょう。
 
 さて、使徒の働きでは、クリスチャンたちについて「この道に歩む者たち」という表現を使っています。イエス・キリストは、ヨハネ14章6節で「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです」と言われました。イエス様こそ私たちが歩む道そのものなるお方です。そして、イエス様という道に歩むとき、私たちは真理を知り、神様のいのちに生かされながら成長し、栄光の姿へと変えられ続けながら実を結んでいくことができるのです。
 「道を極める」という言葉がありますね。私たちは、この道に歩むことの幸いをさらに極めることを目標にして歩んでいきましょう。