城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇二二年八月一四日           関根弘興牧師
              使徒の働き二七章一節〜二六節
 使徒の働き連続説教37
   「太陽いまだ見えず」
 1 さて、私たちが船でイタリヤへ行くことが決まったとき、パウロと、ほかの数人の囚人は、ユリアスという親衛隊の百人隊長に引き渡された。2 私たちは、アジヤの沿岸の各地に寄港して行くアドラミテオの船に乗り込んで出帆した。テサロニケのマケドニヤ人アリスタルコも同行した。3 翌日、シドンに入港した。ユリアスはパウロを親切に取り扱い、友人たちのところへ行って、もてなしを受けることを許した。4 そこから出帆したが、向かい風なので、キプロスの島陰を航行した。5 そしてキリキヤとパンフリヤの沖を航行して、ルキヤのミラに入港した。6 そこに、イタリヤへ行くアレキサンドリヤの船があったので、百人隊長は私たちをそれに乗り込ませた。7 幾日かの間、船の進みはおそく、ようやくのことでクニドの沖に着いたが、風のためにそれ以上進むことができず、サルモネ沖のクレテの島陰を航行し、8 その岸に沿って進みながら、ようやく、良い港と呼ばれる所に着いた。その近くにラサヤの町があった。9 かなりの日数が経過しており、断食の季節もすでに過ぎていたため、もう航海は危険であったので、パウロは人々に注意して、10 「皆さん。この航海では、きっと、積荷や船体だけではなく、私たちの生命にも、危害と大きな損失が及ぶと、私は考えます」と言った。11 しかし百人隊長は、パウロのことばよりも、航海士や船長のほうを信用した。12 また、この港が冬を過ごすのに適していなかったので、大多数の者の意見は、ここを出帆して、できれば何とかして、南西と北西とに面しているクレテの港ピニクスまで行って、そこで冬を過ごしたいということになった。13 おりから、穏やかな南風が吹いて来ると、人々はこの時とばかり錨を上げて、クレテの海岸に沿って航行した。14 ところが、まもなくユーラクロンという暴風が陸から吹きおろして来て、15 船はそれに巻き込まれ、風に逆らって進むことができないので、しかたなく吹き流されるままにした。16 しかしクラウダという小さな島の陰に入ったので、ようやくのことで小舟を処置することができた。17 小舟を船に引き上げ、備え綱で船体を巻いた。また、スルテスの浅瀬に乗り上げるのを恐れて、船具をはずして流れるに任せた。18 私たちは暴風に激しく翻弄されていたので、翌日、人々は積荷を捨て始め、19 三日目には、自分の手で船具までも投げ捨てた。20 太陽も星も見えない日が幾日も続き、激しい暴風が吹きまくるので、私たちが助かる最後の望みも今や絶たれようとしていた。21 だれも長いこと食事をとらなかったが、そのときパウロが彼らの中に立って、こう言った。「皆さん。あなたがたは私の忠告を聞き入れて、クレテを出帆しなかったら、こんな危害や損失をこうむらなくて済んだのです。22 しかし、今、お勧めします。元気を出しなさい。あなたがたのうち、いのちを失う者はひとりもありません。失われるのは船だけです。23 昨夜、私の主で、私の仕えている神の御使いが、私の前に立って、24 こう言いました。『恐れてはいけません。パウロ。あなたは必ずカイザルの前に立ちます。そして、神はあなたと同船している人々をみな、あなたにお与えになったのです。』25 ですから、皆さん。元気を出しなさい。すべて私に告げられたとおりになると、私は神によって信じています。26 私たちは必ず、どこかの島に打ち上げられます。」(新改訳聖書第三版)
 
 今日の箇所では、パウロがいよいよイタリヤのローマに向かって出発したことが書かれていますが、まず、これまでの経緯を振り返ってみましょう。
 パウロは、第三回目の伝道旅行の最後に、エルサレムにやって来ました。しかし、パウロを捕らえて殺してしまおうというユダヤ人たちが集まって大きな騒動を起こしたため、ローマ帝国の治安部隊の千人隊長がパウロを収監しました。一部のユダヤ人たちがパウロ暗殺計画を企てていることを知った千人隊長は、ただちにパウロをエルサレムからカイザリヤに移送しました。カイザリヤには、ローマ政府に任命された総督ペリクスの官邸があり、パウロはそこでペリクスによる裁判を受けることになったのです。パウロを訴えにやってきた人々は、何の証拠も提出することができませんでした。ですから、ペリクスはすぐにパウロの無罪判決を出してもよかったはずです。しかし、自分の担当地域で騒動が起こることを恐れていたペリクスは、はっきりとした判決を下すことなく裁判を延期し、パウロを二年間も監禁しておいたのです。
 二年後、新しい総督フェストが赴任しました。フェストは、すぐにパウロの裁判を行いましたが、やはりユダヤ人たちに忖度したようで、その場で結論を出さずに、エルサレムで改めて裁判を行うことを提案しました。しかし、エルサレムで正しい裁判が行われるとは思えません。パウロは、「私はカイザルに上訴します」と答えました。それは、つまり、ローマに行って裁判を受けるということです。こうして、パウロはローマに護送されることになったのです。
 その頃、ちょうど、アグリッパ王が総督フェストに敬意を表するためにやって来ました。アグリッパ王はユダヤ人の宗教について詳しかったので、フェストはアグリッパ王にパウロの話を聞いてもらうことにしたのです。王と総督と千人隊長たちや市の首脳者たちが集まった中にパウロは立ちました。そして、自分が復活したイエス・キリストに出会ったこと、また、それによって人生が百八十度変わった体験を語りました。そして、「私が神に願うことは、きょう私の話を聞いている人がみな、この鎖は別として、私のようになってくださることです」と宣言したのです。「誰もが皆、私と同じように、愛と恵みに満ちておられるイエス・キリストを信じて永遠の救いを受け取ってもらいたい」というのがパウロの心からの願いだったのですね。しかし、王も総督もパウロのことばを真剣に受け入れようとしませんでした。ただ、彼らは、「あの人は、死や投獄に相当することは何もしていない」という結論を出しました。そして、アグリッパ王は、「この人は、もしカイザルに上訴しなかったら、釈放されたであろうに」と総督に語ったのです。
 神様は、不思議なことをなさいますね。無実なパウロが、投獄され、裁判を受け、カイザルに上訴するしかないという状況に追い込まれ、本来なら釈放されて当然だったのに、ローマまで囚人として護送されていくことになりました。神様は、以前からパウロに、「あなたはローマでもわたしのことをあかししなければならない」と言っておられました。パウロがローマに行くことは神様の御計画だったのです。その御計画を神様は、普通では考えられない方法で実現させてくださったのですね。
 
1 パウロの同行者
 
 パウロは、船でローマに向かうことになりました。約三千キロの旅です。同行したのはどんな人たちでしょうか。
 まず、パウロを護送する責任者であるユリアスという百人隊長とその部下たち、そして、ほかの数人の囚人がいました。それから、パウロの仲間たちも同行したと書かれています。1節に「私たち」とありますが、この「私」とは、使徒の働きを記した医者ルカのことです。そして、2節には「テサロニケのマケドニヤ人アリスタルコも同行した」と書かれていますね。このアリスタルコは、パウロがエルサレムに来るときに一緒にやって来たようです。パウロが囚人になってからもずっと行動を共にして、カイザリヤでもパウロの世話をしていたのでしょう。ローマにも同行し、ローマではパウロと一緒に囚人になっていたようです。コロサイ4章10節に「私といっしょに囚人となっているアリスタルコ」と書かれています。
 囚人のパウロと同行するのは、大変勇気のいることです。なぜなら、それは、囚人と運命を共にすることを意味するからです。囚人と同じような待遇に甘んじなければなりませんし、もし裁判で有罪になれば、同行者も同じ目に遭う可能性が高いのです。同行は、命がけだったわけです。それでも、彼らは、パウロに同行しました。聖書には記録されていませんが、パウロの働きの背後には、見えない陰の奉仕がたくさんあったことを覚えておくことは大切ですね。
 
2 船旅の開始
 
 さて、パウロたち一行はアドラミテオの船に乗り込みました。アドラミテオというのは、小アジア西岸のトロアスより少し南の港です。船は、カイザリヤを出発して北上し、翌日、フェニキア地方のシドンに入港しました。百人隊長ユリアスはパウロに好意的で、パウロが船を降りてクリスチャン仲間と過ごすことを許可しました。
 シドンを出た船は、向かい風に苦労したようです。風を避けてキプロス島の島影を進み、小アジア南部のルキヤ地方のミラに入港しました。そこで、イタリヤへ行くアレキサンドリヤの船に乗り換え、小アジア南西部のクニド沖に着きましたが風のために先に進めなかったので、こんどはクレテ島の島影を島の南岸に沿って進み、ラサヤという町の近くの「良い港」と呼ばれる所に着きました。その時、「断食の季節もすでに過ぎていた」と書かれています。「断食の季節」とは、今の十月初旬です。秋から冬にかけては、この地域を航海するのは危険なので、どこかで冬を過ごす必要がありました。しかし、良い港と呼ばれている場所は、強風が直撃することもあり、冬を過ごすのには適していませんでした。そこで、約七十キロほど先の港ピニクスまで行って、そこで冬を過ごしたほうがよいということになったのです。
 しかし、パウロは、10節で「皆さん。この航海では、きっと、積荷や船体だけではなく、私たちの生命にも、危害と大きな損失が及ぶと、私は考えます」と忠告しました。パウロは、以前、第二コリント11章23節から33節で自分がそれまでに経験した災難の数々を記していますが、その中で「難船したことが三度あり、一昼夜、海上を漂ったこともあります」と書いています。パウロは、何度も船旅を経験し、船旅の危険をよく知っていたのです。
 しかし百人隊長は、パウロのことばよりも、航海士や船長のほうを信用しました。囚人の助言を聞くよりも航海士や船長の意見を信用するのは、仕方ないかもしれませんね。しかも、ちょうど穏やかな南風が吹いてきたので、彼らは今がチャンスとばかりに出帆したのです。
 
3 ユーラクロン
 
 しかし、まもなく、船はユーラクロンという暴風に巻き込まれてしまいました。この暴風は、クレテ島のイダ山から吹き降ろす激しい風で、船を南に押し流して行きました。クレテ島南西のクラウダという小さな島の陰で、曳いていた小舟をなんとか引き上げ、船体が壊れないように綱を巻き付けました。そこからさらに南に流されてしまうと、アフリカ北岸のスルテスの危険な浅瀬に乗り上げてしまう恐れがあるので、船具ははずしてしまいました。翌日には船を軽くするために積荷を捨て始め、三日目には船具まで投げ捨てました。その状態で彼らはなんと十四日間も漂流することになったのです。20節にこう書かれています。「太陽も星も見えない日が幾日も続き、激しい暴風が吹きまくるので、私たちが助かる最後の望みも今や絶たれようとしていた。」
 この時代の船は、今のようにGPS装置が付いているわけではありません。太陽や星が見えなければ、位置や方向を確認することができません。船自体も制御不能です。嵐もなかなか収まる気配がありません。絶望な状況でした。
 
4 パウロの励まし
 
 しかし、パウロが立ち上がって希望の言葉を語りました。「元気を出しなさい。いのちを失う者はひとりもありません。失われるのは船だけです。昨夜、私の仕えている神の御使いが、私の前に立って、こう言いました。『恐れてはいけません。パウロ。あなたは必ずカイザルの前に立ちます。そして、神はあなたと同船している人々をみな、あなたにお与えになったのです。』ですから、皆さん。元気を出しなさい。すべて私に告げられたとおりになると、私は神によって信じています。私たちは必ず、どこかの島に打ち上げられます。」
 この船旅では、まるでローマへの旅を阻もうとするかのようなことが次々に起こりました。シドンまでは良かったのですが、シドンを出発してから、すぐに向かい風にあいました。ミラの港で大型の船に乗り換えた後も、風のために進むことができず、進路変更を余儀なくされました。通常の倍の時間を要したようです。そのため冬ごもりをしなければならない季節になってしまいました。そして、最後にはユーラクロンという暴風に見舞われ、命も危うくなってしまったのです。神様は本当に守ってくださっているのだろうか、と疑いたくなるような困難が次から次へと待ち伏せしていたのです。
 私がパウロと同行していたら、神様に文句を言いますね。「神様、どうして行く手を阻むようなことをなさるのですか。私たちを見捨ててしまわれたのですか」と。また、船員や他の乗客たちの中には、「キリスト者なんか乗せているから、次々と災いが起こるのではないか」と思った人もいたことでしょう。
 しかし、パウロは、どうだったでしょうか。パウロのそれまでの伝道旅行の中では、順調であった時の方がはるかに少なかったようです。様々な災難に見舞われましたし、自分の願い通りに進まない現実を何度も味わいました。でも、パウロは、どんな状況にあっても主が約束を必ず実現してくださるということを何度も経験してきました。ですから、今回の嵐の中でも神様の約束を決して疑わなかったのです。
 パウロは、ローマ4章18節で、信仰の父と呼ばれるアブラハムについてこう記しています。「彼は望みえないときに望みを抱いて信じました。」アブラハム夫妻には子どもがありませんでした。しかも、もう高齢で子どもを宿す望みはありませんでした。しかし、神様はそのアブラハムに「あなたに男の子が生まれる。あなたの子孫は空の星のように数え切れないほどに増え、あなたはあらゆる国民の父となる」と約束されたのです。アブラハムは、神様には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。そして、神様の約束通りのことが実現したのです。
 神様はパウロに「あなたはローマでもわたしのことをあかししなければならない」と言われました。神様がそう言われたのなら、どんなに長い時間がかかっても、どんなに絶望的な状況にあっても、必ず成就する、とパウロも固く信じていたのです。
 では、私たちはどうでしょうか。「アブラハムやパウロは、神様や御使いの言葉を直接聞いたけど、私にはそんな経験はない」と思う方もいるかもしれませんね。
 でも、私たちには、聖書があります。聖書の中の約束は、すべて私たちのためのものなのです。たとえば、試練の中にあるとき、第一コリント10章13節にこう約束されています。「神は真実な方ですから、あなたがたを、耐えられないほどの試練に会わせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えてくださいます。」私たちもアブラハムやパウロのように、神様には約束されたことを成就する力があることを信じて期待することができるのです。
 ところで、聖書には、嵐がよく出てきます。
 たとえば、イエス様は、砂の上に家を建てた愚かな人と岩の上に家を建てた賢い人のたとえ話をなさいました。嵐が襲うと砂の上の家は倒れてしまいましたが、岩の上の家はしっかりしていました。嵐は、一人一人の土台の確かさを試すものでした。
 また、マタイ8章で弟子たちがガリラヤ湖で大暴風に襲われて死の恐怖を抱いたとき、イエス様がお命じになると、すぐに嵐が静まりました。弟子たちは、イエス様には嵐をしずめるほどの権威があることを知ったのです。
 嵐と言えば、旧約聖書のヨブ記の内容も思い起こします。
 ヨブは、財産を失い、家族を失い、自らも病になり、絶望の淵に立たされていました。そんなヨブに向かって、ヨブの妻は、「あなたは、まだ神様に誠実を尽くすのですか。神をのろって死になさい」とまで言ったのです。見舞いに来た友人たちも「あなたに罪があるから、こんなことが起こったのだ」と言って、ヨブを批判しました。ヨブは自分が生まれた日を呪いました。神様に「なぜこんなに私を苦しめるのですか」と叫びました。しかし、そんな絶望的状況が38章で一変します。こう書かれています。「主はあらしの中からヨブに答えて仰せられた。知識もなく言い分を述べて、摂理を暗くするこの者はだれか。」神様が嵐の中から語りかけてくださったのです。神様は、御自分がすべてのものの創造者であり、全地全能の支配者であることをヨブにお語りになりました。その神様に対して、ヨブはこう答えたのです。「あなたには、すべてができること、あなたは、どんな計画も成し遂げられることを、私は知りました。」どうしてこんな嵐が襲ってくるのかわからないときがあります、でも、神様はその嵐も支配しておられ、嵐を通して御自分の偉大さを示し、信仰を練り上げてくださる方なのだということをヨブは悟ったのです。人生の嵐に悩むヨブに、嵐の中で答える神様がいてくださったわけですね。その神様の言葉によって、ヨブは、嵐から抜け出すことができました。
 さて、今日の箇所の続きの37節を読むと、船には二百七十六人が乗っていたことがわかります。激しい嵐の中で、皆、希望を失いそうになっていました。しかし、パウロは 「私の仕えている神」からこのような約束が与えられたと語り、皆を励ましました。この「仕える」というのは、「サービス」という言葉です。この言葉が神様に対して使われる場合は、「礼拝」を意味するようになりました。パウロは、この嵐のただ中でも神様への礼拝を忘れることはなかったのです。そして、そのパウロの礼拝の姿があったからこそ、それが船に乗っている全員の最善につながっていったと言えるでしょう。
 私たちは、こうして礼拝していますが、これは素晴らしい神様へのサービスです。そして、これは、礼拝をささげている私たちだけでなく、他の人々への祝福に繋がっていくのです。私たちは、嵐の中にいる人々に対して、「恐れることはありません。主がともにいてくださいます」と語る者にされているのですね。
 
5 上陸
 
 さて、漂流十四日目のことでした。真夜中頃、水夫たちは、どこかの陸地に近づいたように感じました。水夫たちは自分たちだけ小舟で逃げだそうとしましたが、パウロが百人隊長に「あの人たちが船にとどまっていなければ、あなたがたも助かりません」と言ったので、兵士たちは小舟の綱を断ち切ってそのまま流れ去るのにまかせました。百人隊長は、今回はパウロの言葉に従ったのですね。夜の明けかけた頃、パウロは一同に食事をすすめ、「これであなたがたは助かります。あなたがたの頭から髪一筋も失われることはありません」と元気づけました。そして、砂浜のある入り江が見えたので、船はその方向に進んでいきましたが、浅瀬で座礁し、沈没しそうになりました。兵士たちは囚人が泳いで逃げないように殺してしまおうと相談しましたが、百人隊長はパウロを助けるためにその計画を押さえ、皆に、泳いだり、板きれなどにつかまって浜に向かうように命じました。こうして全員無事に上陸できたのですが、そこはマルタという島でした。次回は、この島での出来事を見ていくことにしましょう。
 
 パウロがローマに行くための旅は、順調とはほど遠いものでした。「私たちが助かる最後の望みも今や絶たれようとしていた」というほど困難な旅でした。しかし、それでもなお、主は約束を必ず成就してくださるのです。
 ですから、私たちも、「最後の望みも今や絶たれようとしている」ようなときでさえ、主の永遠の救いの約束がかならず成就することを信頼することができます。主は、今日も、「恐れるな。わたしがあなたとともにいる」と語りかけてくださっているのです。