城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇二二年八月二八日           関根弘興牧師
              使徒の働き二八章一節〜一五節
 使徒の働き連続説教38
   「南風に乗って」
 
1 こうして救われてから、私たちは、ここがマルタと呼ばれる島であることを知った。2 島の人々は私たちに非常に親切にしてくれた。おりから雨が降りだして寒かったので、彼らは火をたいて私たちみなをもてなしてくれた。3 パウロがひとかかえの柴をたばねて火にくべると、熱気のために、一匹のまむしがはい出して来て、彼の手に取りついた。4 島の人々は、この生き物がパウロの手から下がっているのを見て、「この人はきっと人殺しだ。海からはのがれたが、正義の女神はこの人を生かしてはおかないのだ」と互いに話し合った。5 しかし、パウロは、その生き物を火の中に振り落として、何の害も受けなかった。6 島の人々は、彼が今にも、はれ上がって来るか、または、倒れて急死するだろうと待っていた。しかし、いくら待っても、彼に少しも変わった様子が見えないので、彼らは考えを変えて、「この人は神さまだ」と言いだした。7 さて、その場所の近くに、島の首長でポプリオという人の領地があった。彼はそこに私たちを招待して、三日間手厚くもてなしてくれた。8 たまたまポプリオの父が、熱病と下痢とで床に着いていた。そこでパウロは、その人のもとに行き、祈ってから、彼の上に手を置いて直してやった。9 このことがあってから、島のほかの病人たちも来て、直してもらった。10 それで彼らは、私たちを非常に尊敬し、私たちが出帆するときには、私たちに必要な品々を用意してくれた。11 三か月後に、私たちは、この島で冬を過ごしていた、船首にデオスクロイの飾りのある、アレキサンドリヤの船で出帆した。12 シラクサに寄港して、三日間とどまり、13 そこから回って、レギオンに着いた。一日たつと、南風が吹き始めたので、二日目にはポテオリに入港した。14 ここで、私たちは兄弟たちに会い、勧められるままに彼らのところに七日間滞在した。こうして、私たちはローマに到着した。15 私たちのことを聞いた兄弟たちは、ローマからアピオ・ポロとトレス・タベルネまで出迎えに来てくれた。パウロは彼らに会って、神に感謝し、勇気づけられた。(新改訳聖書第三版)
 
 パウロは、第三回伝道旅行の最後に、各地の教会から集めた支援金を届けるためにエルサレム教会に行きましたが、エルサレムのユダヤ人たちが「パウロは異邦人を神殿の中に連れ込んでいる」と誤解して大騒動を起こし、パウロに殺到したので、ローマ軍の千人隊長がパウロを保護し兵営に勾留しました。そして、エルサレムでパウロ暗殺計画があることを知った千人隊長は、すぐにパウロを総督ペリクスのいるカイザリヤに移しました。パウロは、そこでペリクスの裁判を受けることになったのですが、ペリクスは最終判決を出さないままパウロを二年間も監禁しておいたのです。次の総督フェストが赴任すると、すぐに裁判が行われましたが、パウロは、フェストがユダヤ人たちに忖度している様子を見て、「私はカイザルに上訴します」と宣言しました。それは、ローマに行って裁判を受けるということです。パウロはローマ市民権を持っていたので、その権利がありました。そこで、フェストは百人隊長に、パウロを他の囚人たちと共にローマに護送するように命じたのです。
 こうして、パウロはカイザリヤから約三千キロ離れたローマに向かって船に乗りました。この『使徒の働き』を記したルカとマケドニヤ人のアリスタルコもパウロについて行くことになりました。その船旅は、向かい風によって予定が大幅に遅れ、クレテ島の「良い港」と呼ばれるところに着いた頃には、航海には危険な季節になっていました。そこで、その場所よりももっと冬を過ごしやすい近くのピニクスの港まで行こうと船を出すと、急にユーラクロンという暴風に巻き込まれ、嵐の中で十四日間も漂流することになったのです。太陽も星も見えず、どこに流されていくのかわかりません。船荷も船具も捨て、絶望的な状況になりました。しかし、主から「あなたがた全員が助かる」という啓示を受けたパウロは、皆を励ましました。そして、パウロの語ったとおりに、乗船していた総勢二百七十六人が無事にマルタ島に上陸することができたのです。
 今日の箇所はその続きです。
 
1 マルタ島での二つの出来事
 
 マルタ島で、パウロたちは冬の三か月間を過ごすことになりました。その間に起こった二つの出来事が、今日の箇所の1節から10節に記されています。
 一つは、パウロがまむしに噛まれたという出来事です。
 島の人たちは、雨と寒さに凍えていたパウロたちのために火をたいて暖を取らせてくれました。助かった人たちは安堵の笑みを浮かべたことでしょう。
 そのとき、パウロがひとかかえの柴をたばねて火にくべました。自ら率先して、たき火を整えていたのです。
 教会によっては、牧師がそんなことをすると、「牧師先生はお休みになっていてください。そんなことは、私たちがやりますから」と言われることがありますね。また牧師自身が「そんなことは、私がやることではない」と思っている場合もあるかもしれません。
 しかし、主にあって、皆、同じ立場の仲間なのですから、パウロにとっては、自分が人の世話をすることも、また逆に、人に自分の世話をしてもらうことも、自然なことだったのですね。
 ところが、その時、まむしが這い出してきて、パウロの手に噛み付きました。皆、驚き恐れました。普通なら死んでしまうところです。島の人々は、「この人は、人殺しだから正義の女神の罰を受けたのだ」と考えました。しかし、パウロは、まむしを火の中に振り落とした後も全く平気な様子です。奇跡ですね。それを見た島の人々は、こんどは「この人は神様だ」と言い始めました。
 それに対するパウロの反応は書かれていませんが、もちろん、パウロは「私は神様ではありません。主イエスが私を守ってくださったのです」というふうに語ったのではないかと思います。
 以前、ルステラの町で、パウロとバルナバを通して足の不自由な人が癒やされた時、人々はパウロたちが人間の姿をとって下ってきた神々だと思い込んで祭り上げようとしました。その時、パウロたちは「私たちも皆さんと同じ人間です。あなたがたが、すべてのものの創造者である生ける神様に立ち返るように、福音を宣べ伝えているのです」と説教しました。ですから、マルタ島でも、パウロは同じようなことを語ったのではないでしょうか。自分が神様だと思われているのを知って、パウロが黙っているはずはないですからね。
 さて、ルカが記しているもう一つの出来事は、病人たちがいやされたということです。島の首長ポプリオの父親の病気のいやしから始まって、島の病人たちがパウロを通していやされました。そこで、島の人々はパウロたちを非常に尊敬して、出帆するときに必要な品々を用意してくれた、と書かれていますね。
 マルタ島については、この二つの出来事のみが記されているだけです。パウロたちが三ヶ月も滞在していたら、もちろんイエス・キリストの福音を宣べ伝えたでしょうし、クリスチャンになった人々もいたことでしょう。しかし、この『使徒の働き』を記したルカは、そのことについては一切触れずに、「まむし事件」と「病人のいやし」のことだけを記しているのです。不思議だと思いませんか。なぜ、ルカはこの二つの出来事を記したのでしょうか。
 その手がかりは、マルコの福音書で、復活されたイエス様が弟子たちに語られた言葉の中にあると考えることができます。
 マルコ16章17節ー18節でイエス様はこう言われました。「信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」
 これは、『使徒の働き』の中に記録されている様々な「しるし」、つまり、イエス様がまことの救い主であることを示す証拠をまとめたものであると言うことができます。これらのしるしが示されることによって、復活した救い主イエス様は生きておられ、豊かに働いてくださっていることが証明され、全世界に福音が広まり、教会が誕生していくことになったのです。マルタ島でも、パウロが蛇をつかんで火の中に投げ捨てた姿を見、また、パウロが手を置いた病人たちが癒やされていくのを見て、人々は、生けるまことの神様がおられることを知ったことでしょう。
 
2 しるしについて
 
 ところで、このマルコの福音書の言葉は、誤解されやすいですね。「クリスチャンになったら、毒蛇に噛まれても毒を飲んでも大丈夫で、どんな病気でも手を置けばいやされるということなんだな」と思ってしまう人もいます。そういう人は、もし誰かが毒蛇に噛まれて死んでしまったら「あの人は信仰がなかったんだ」と思ったり、手を置いて祈っても癒やされないと「私がイエス様をきちんと信じていないからだ」と考えて落ち込んだり不安になったりするのです。
 しかし、そう考えるとおかしなことになりますね。
 たとえば、パウロが祈ると多くの人が癒やされましたが、自分の病はどんなに祈っても癒やされませんでした。それは、パウロがイエス様をあまり信じていなかったからですか。違いますね。
 私たちは、聖書を読むときに、ごく一部の言葉だけを切り取って極端な解釈をするのではなく、聖書全体からバランス良く理解する必要があるのです。
 では、マルコの福音書でイエス様が約束されているしるしについては、どのように理解すればいいのでしょうか。次のことを心に留めておきましょう。
 
(1)しるしを現すかどうかは、神様がお決めになること
 
 聖書には、神様が不思議なしるしを現してくださった出来事がたくさん記されています。そして、そういうしるしが現れるのは、神様が人々に対して何かはっきりした証拠を与えようとなさるときのようです。
 たとえば、イエス様が救い主であることを証明するために、多くのしるしが現されました。
 また、前にも見ましたが、『使徒の働き』の中で聖霊が与えられた時に目に見えるしるしが伴ったことが何回かありましたが、どれも特別な意味のある時でした。信じるすべての人に聖霊が与えられることは聖書に約束されています。それは、しるしがあってもなくても同じです。しかし、例えば、最初に弟子たちに聖霊が下られたときには、激しい風の音や炎のような舌や異言などのしるしが現れました。それは、これからイエス様を信じるすべての人に聖霊が与えられることを知らせるためのものでした。今も、私たちがイエス様を信じるとき、聖霊が与えられます。目に見えるしるしがなくてもです。しるしは、神様がみこころのままに与えてくださるものですから、私たちは、しるしが与えられたかどうかで互いに優劣を比べたりする必要はありません。また、神様はそれぞれに最善のことをしてくださるのですから、しるしが与えられないからといって、自分の信仰はどこかおかしいのだと考えることや、神様にどうしてしるしがあたえられないのですかと、文句をいう必要もないし、その資格もないのです。
 また、ペテロとパウロは牢に入れられたときに奇跡的な出来事が起こって助け出されましたが、使徒ヤコブやステパノは、早い時期にあっけなく殉教してしまいました。だからといって、殉教した二人の信仰が劣っていたわけではありません。私たちにはわからない神様の大きな不思議な御計画のうちにあるのです。
 また、第一コリント12章には、神様がみこころのままにそれぞれに聖霊の賜物を分け与えてくださることが書かれています。その賜物の中には、「奇跡を行う力」や「霊を見分ける力」「いやしの賜物」などが挙げられています。神様はパウロにこういう賜物をお与えになりました。でも、皆がパウロと同じ賜物を持たなければならないわけではないのです。神様は、みこころのままにそれぞれにふさわしい賜物を与えてくださいます。
 ですから、私たちは、特別なしるしや賜物があるかないかということで自分の信仰を心配したり、互いに比べ合ったりしないで、安心して神様の御手にお任せして生きていきましょう。
 
(2)主を試みてはならない
 
 それから、「主を試みてはならない」ということも覚えておく必要があります。
 イエス様が荒野で断食をして祈っておられたとき、悪魔はイエス様を神殿の頂に立たせて、こう誘惑しました。「あなたが神の子なら、下に身を投げてみなさい。『神は御使いたちに命じて、その手にあなたをささえさせ、あなたの足が石に打ち当たることのないようにされる』と書いてありますから。」すると、イエス様は、「『あなたの神である主を試みてはならない』とも書いてある」と言って悪魔の誘惑を退けられたのです。
 神様に命じられたわけでもないのに、「神様が本当に助けてくれるかどうか飛び降りてみよう」というのは、神様の愛や誠実さを試そうとすることであり、神様の力を自分のために利用しようとする自分勝手な行為にすぎません。
 「蛇をもつかみ、毒をのんでも害を受けない」と書いてあるからと言って、わざと毒蛇に噛まれようとするのは愚かなことです。毒蛇に噛まれたパウロが死ななかったからといって、私たちがまむしに噛まれたときに血清を打たなければ、いのちの危険が襲ってきます。また、祈れば病気が治るからといって、病院に行かないのも愚かなことです。
 最近のことで言えば、「神様が守ってくださるから、クリスチャンがコロナ・ウイルスに感染するはずがない。だから、感染対策などする必要はない」などと極端なことを言っている人もいますが、それも神様を試みていることになりますね。
 神様は、奇跡や不思議なしるしによってだけでなく、私たちの日常生活の中の様々な物や出来事を用いて、また、私たちの普通の判断や行いを通してもみわざを行ってくださることを忘れないようにしましょう。
 
(3)重層的な意味を理解する
 
 聖書には、重層的な意味を持つ出来事が数多く記されています。イエス様が「信じる人々は、蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けない」と言われたことは、マルタ島で具体的にパウロの身に起こりました。それとともに、この言葉には象徴的な意味もあると考えることができるのです。
 聖書を読むと蛇は誘惑者である悪魔の象徴ですね。私たちを神様から引き離し、罪や死を引き起こす毒を持っています。しかし、イエス様の言葉には、「わたしを信じるなら、あなたは悪魔の毒に害されて罪や死に至ることは決してない」という意味が込められているのです。イエス様はルカ 10章19節「確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。」と約束されました。ですから、イエス様を信じている私たち一人一人に与えられている信仰は、とても力強いものなのですね。私たち自身は弱い者です。でも、主の愛の手に握られている私たちを誰も害することはできないのです。
 また、イエス様は「病人に手を置けば病人はいやされます」と言われましたね。確かに、聖書には多くの人が癒やされた出来事が記録されています。しかし、パウロのように肉体の病が癒やされない場合もあります。そのことについて、パウロは第二コリント12章9節でこう記しています。「しかし、主は、『わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである』と言われたのです。」このように告白できるということは、彼の人生において病が積極的な意味を持つようになったということです。その意味で、パウロは癒やされたということですね。
 星野富弘さんは、事故で首から下が麻痺してしまいました。しかし、「いのちより大切なもの」という本の中で、こう記しています。「死の淵をさまよい、障害ゆえにできなくなったこともたくさんあります。でも、いのちより大切なものに気づくことができた。けがをしたおかげで、わたしの人生ほんの少し得をしたかなと思っています。」
 星野さんの体は元に戻りませんでしたが、イエス様を信じ、心が癒やされ、多くの人の励ましとなっているわけですね。
そのように考えると、主イエス様のこれらの言葉は、私たちにとってもすばらしい約束の言葉であることがわかりますね。
 
3 マルタ島からローマへ
 
 マルタ島での三ヶ月が過ぎ、パウロたちは、ついにローマへと出航することになりました。船首にデオスクロイの飾りがある船に乗ったとありますが、デオスクロイとは「ゼウスの二人の息子」という意味で、水夫の守り神と信じられていました。しかし、パウロたちは、復活のキリストを見上げつつ、ローマへ向かったのです。
 今回の航海は順調でした。シシリー島のシラクサ、そして、レギオンに寄港し、南風に乗って無事にポテオリに入港しました。そこから、船を下りて陸路ローマに向かうのです。
 ポテオリでは、クリスチャンの仲間のもとに七日間滞在しました。その間に彼らと一緒に主の日の礼拝をささげたことでしょう。何年ぶりかで他のクリスチャンと礼拝を献げたのです。
 パウロは、何年も前からローマに行きたいと願っていました。ローマ15章29節では「あなたがたのところに行くときは、キリストの満ちあふれる祝福をもって行くことと信じています」と胸膨らむ思いで記していました。しかし、実際に行くまでには、紆余曲折がありました。エルサレムで捕らえられ、カイザリヤで二年間の勾留生活を送り、やっとローマに行けると思ったら、嵐に遭って、マルタ島で三ヶ月過ごさなければなりませんでした。もちろんパウロは、主の約束どおり必ずローマに行けると信じていたでしょうが、いろいろな不安や心配もあったことでしょう。ローマでもユダヤ人たちが自分の悪口を言いふらして、教会を動揺させているのではないだろうか。囚人の身である自分を見て、仲間たちはどう思うだろうか、ローマのクリスチャンたちは私を仲間としてほんとうに受け入れてくれるだろうかと、期待と不安が交錯していたのではないかと思います。
 しかし、ローマから百キロほどの所にあるアピオ・ポロとトレス・タベルネまでいってみると、なんとローマのクリスチャンたちがわざわざ迎えに来てくれていたのです。おそらく、パウロたちがポテオリに滞在している間に、ポテオリの仲間がローマの教会に知らせてくれていたのでしょうね。
 15節に「パウロは彼らに会って、神に感謝し、勇気づけられた」と書かれていますね。ローマの仲間に歓迎され、これまでパウロの心にあった不安や心配は一瞬のうちに消えていきました。長く大変なローマへの旅の最後に待っていたのは、クリスチャン仲間との出会いであり、それが、どんな大きな奇跡や不思議な出来事よりもパウロの心に勇気を与える結果となったのです。
 信仰に生きるというのは、決して独りよがりの生き方ではありません。自分だけの孤立した生き方ではなく、仲間がいて、互いに出迎え、出迎えられることが大きな喜びとなり、励ましとなるのです。
 今はコロナ禍で自由に集まることがなかなかできない現実がありますね。まるで向かい風にあおられ、なかなか進むことのできない船に乗っているような感じです。しかし、仲間がいることが大きな励ましとなり、勇気となっていくのが、本来の教会の姿です。そんな教会として成長していけるように、主によってこれからも育てていただこうではありませんか。