城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇二二年九月四日              関根弘興牧師
             使徒の働き二八章一六節〜三一節
 使徒の働き連続説教39(最終回)
   「少しも妨げられず」
 
 16 私たちがローマに入ると、パウロは番兵付きで自分だけの家に住むことが許された。17 三日の後、パウロはユダヤ人のおもだった人たちを呼び集め、彼らが集まったときに、こう言った。「兄弟たち。私は、私の国民に対しても、先祖の慣習に対しても、何一つそむくことはしていないのに、エルサレムで囚人としてローマ人の手に渡されました。18 ローマ人は私を取り調べましたが、私を死刑にする理由が何もなかったので、私を釈放しようと思ったのです。19 ところが、ユダヤ人たちが反対したため、私はやむなくカイザルに上訴しました。それは、私の同胞を訴えようとしたのではありません。20 このようなわけで、私は、あなたがたに会ってお話ししようと思い、お招きしました。私はイスラエルの望みのためにこの鎖につながれているのです。」21 すると、彼らはこう言った。「私たちは、あなたのことについて、ユダヤから何の知らせも受けておりません。また、当地に来た兄弟たちの中で、あなたについて悪いことを告げたり、話したりした者はおりません。22 私たちは、あなたが考えておられることを、直接あなたから聞くのがよいと思っています。この宗派については、至る所で非難があることを私たちは知っているからです。」23 そこで、彼らは日を定めて、さらに大ぜいでパウロの宿にやって来た。彼は朝から晩まで語り続けた。神の国のことをあかしし、また、モーセの律法と預言者たちの書によって、イエスのことについて彼らを説得しようとした。24 ある人々は彼の語る事を信じたが、ある人々は信じようとしなかった。25 こうして、彼らは、お互いの意見が一致せずに帰りかけたので、パウロは一言、次のように言った。「聖霊が預言者イザヤを通してあなたがたの父祖たちに語られたことは、まさにそのとおりでした。26 『この民のところに行って、告げよ。あなたがたは確かに聞きはするが、決して悟らない。確かに見てはいるが、決してわからない。27 この民の心は鈍くなり、その耳は遠く、その目はつぶっているからである。それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟って、立ち返り、わたしにいやされることのないためである。』28 ですから、承知しておいてください。神のこの救いは、異邦人に送られました。彼らは、耳を傾けるでしょう。」30 こうしてパウロは満二年の間、自費で借りた家に住み、たずねて来る人たちをみな迎えて、31 大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。(新改訳聖書第三版)
 
 さあ、今日は、使徒の働きの最終回です。パウロはローマに行ってイエス・キリストの恵みを伝えたいという願いをずっと持っていましたが、ついにその願いがかなったのが今日の箇所です。
 今まで見てきたとおり、ローマに到着するまでには多くの困難がありました。エルサレムで捕らえられ、カイザリヤで二年間勾留生活を余儀なくされ、やっとローマに向かって船出したと思ったら、暴風にあおられて漂流し、命の危険にさらされました。そして、やっとのことで上陸したマルタ島で冬の三ヶ月間を過ごさなければなりませんでした。もちろん、パウロは主がかならずローマに行かせてくださると信頼していたでしょう。しかし、その一方では不安や心配もあったことでしょう。ローマでも自分に関して悪い噂が流れているのではないだろうか、ローマ教会は囚人の私を受け入れてくれるだろうか、そんなことを思っていたかも知れません。
 しかし、パウロたちが、マルタ島から無事に船出してイタリヤの港に上陸し、陸路ローマに向かって行ったとき、ローマ教会のクリスチャンたちが途中まで迎えに来てくれていたのです。彼らは、ローマから百キロ近い道のりを下ってきて、パウロを歓迎してくれました。前回の15節に「パウロは彼らに会って、神に感謝し、勇気づけられた」と書かれていましたね。長く困難なローマへの旅の最後に待っていたのは、クリスチャン仲間との出会いであり、それが、どんな大きな奇跡や不思議な出来事よりもパウロの心に勇気を与える結果となったのです。
 さて、今日の箇所には、ローマでのパウロの様子が記録されていますね。詳しく見ていきましょう。
 
1 ローマでの待遇
 
 ローマでは、パウロは裁判を待つ囚人の身でしたが、牢に入れられるのではなく、自分だけの家に住むことが許されました。30節には、満二年の間、自費で借りた家に住んだと書かれていますね。番兵の監視付きなので、自由に外出することはできませんでしたが、訪ねてくる人は誰でも迎え入れることができました。パウロを罪に定めるはっきりした理由がないことはカイザリヤの総督たちも認めていましたし、ローマまでパウロを護送した百人隊長がパウロの姿を目の当たりにしてパウロに尊敬の思いを持ち、便宜を図ったのかもしれません。それに、パウロが自分でローマで裁判を受けることを希望したのですから、逃亡する恐れもありませんでした。そこで、囚人であるにも関わらず自分の家に住むことを許されたのでしょう。パウロは、裁判が開かれるまでその家に滞在することになったのです。
 
2 ユダヤ人のおもだった人たちとの会談
 
 パウロは、時間を無駄にしませんでした。ローマに着いて三日後には、ユダヤ人のおもだった人々を自宅に招いたのです。当時、ローマには、ユダヤの会堂が十一あったそうです。その会堂の指導者たちを集めたのですね。いつもなら自分からユダヤ人の会堂に出向いて福音を語るところですが、ローマでは外出ができないので、逆に自宅に来てもらったわけです。
 パウロは、自分が異邦人に福音を伝える使徒として召されたことを自覚していました。しかし、どこに行っても、まず、同胞であるユダヤ人たちに福音を語りました。一人でも多くのユダヤ人にまことの救い主を知って欲しいという熱い願いを持っていたからです。
 さて、パウロは彼らに向かって次のような意味のことを率直に語り始めました。「私は、ユダヤ人として先祖の慣習を尊重しながら生活しているのに、エルサレムで捕らえられました。ローマ総督は私を無罪と認め釈放しようとしたのですが、ユダヤ人たちが反対したため、やむなくカイザルに上訴しました。しかし、それは、自分の無罪を認めてもらうためであって、ユダヤ人たちを訴えるためではありません。私が罪を犯した犯罪者だとかユダヤ人に敵対する者だなどと誤解されるのを避けるために、こうしてあなた方をお招きしてお話することにしたのです。私がいま囚人になっているのは、イスラエルの民が皆抱いている望み、つまり、神様が救い主を送って私たちを解放し、永遠の御国をもたらしてくださるという希望のためなのです。」
 すると、ユダヤ人たちは答えました。「私たちは、あなたのことについて、ユダヤから何の知らせも受けておりません。また、当地に来た兄弟たちの中で、あなたについて悪いことを告げたり、話したりした者はおりません。私たちは、あなたが考えておられることを、直接あなたから聞くのがよいと思っています。この宗派については、至る所で非難があることを私たちは知っているからです。」
 彼らは、パウロが各地で宣べ伝えているイエス・キリストの福音が各地のユダヤ人の反発を招いていることを知っていました。また、以前、クラウデオ帝が、すべてのユダヤ人をローマから退去させる命令を出したことがありましたが、それは、キリスト教を巡ってローマのユダヤ人たちの間に起こった騒動がきっかけだったと言われています。
 パウロのもとに集まってきたユダヤ人の指導者たちは、イエス・キリストを信じる人々を「この宗派」と呼んでいますね。この言葉は、最初はユダヤ教の中の各種の派を指していましたが、次第にラビたちが反対する派、つまり、「異端」を意味するようになりました。
 ローマのユダヤ人たちは、クリスチャンたちが旧約聖書に約束されている救い主が来られたと信じていることを知っていたでしょう。ローマにいるクリスチャンたちの様子も見知っていたかもしれません。その一方で、ユダヤ教の宗教指導者たちがクリスチャンたちを異端者だと非難していること、そのため各地で問題が起こっていることも知っていたのです。
 そこで、クリスチャンたちが宣べ伝えている内容について自分たちで判断するために、パウロから直接話を聞くためにやってきたのです。この「直接聞く」という姿勢は大切ですね。ただの噂や風評を聞いて決めつけるのではなく、直接聞いて判断することはとても大切です。彼らは、とにかく先入観をできる限り抑えてパウロから直接聞いてみようと集まってきたのです。
 そして、パウロの話に興味を持ったのでしょう。別の日にさらに詳しくパウロの話を聞く場を設けることにしたのです。
 
3 さらに多くのユダヤ人たちとの会談
 
 二回目の会談には、さらに大勢のユダヤ人がやって来ました。パウロは朝から晩まで、旧約聖書を引用しながら、神の国のことを語り、イエス様が救い主であることを説明しました。
 その結果はどうだったでしょうか。24節に「ある人々は彼の語る事を信じたが、ある人々は信じようとしなかった。こうして、彼らは、お互いの意見が一致せずに帰りかけた」とありますね。大勢のユダヤ人たちが一致して押しかけて来たわけですが、帰りは一致せずに帰って行くことになったわけです。
 これまでも、パウロが福音を語ったとき、すべての人が信じたわけではありませんでしたね。何人かでもパウロの語る事を信じる人がいたら、それだけでも喜ぶべきことではないかと思いますね。
 しかし、パウロは、帰ろうとする人々に向かってこう言いました。「聖霊が預言者イザヤを通してあなたがたの父祖たちに語られたことは、まさにそのとおりでした。『この民のところに行って、告げよ。あなたがたは確かに聞きはするが、決して悟らない。確かに見てはいるが、決してわからない。この民の心は鈍くなり、その耳は遠く、その目はつぶっているからである。それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟って、立ち返り、わたしにいやされることのないためである。』ですから、承知しておいてください。神のこの救いは、異邦人に送られました。彼らは、耳を傾けるでしょう。」
 ずいぶん厳しい言い方のように感じますね。ユダヤ人に対する決別宣言ともとれるような言葉です。ここで引用されているのはイザヤ6章9節-10節の言葉です。パウロは、なぜこの言葉を引用したのでしょうか。
 パウロは、以前コリントに行って、その町に住むユダヤ人たちにイエス・キリストの福音を語りましたが、そのときのことが、使徒18章6節にこう書かれています。「しかし、彼らが反抗して暴言を吐いたので、パウロは着物を振り払って、『あなたがたの血は、あなたがたの頭上にふりかかれ。私には責任がない。今から私は異邦人のほうに行く』と言った。」ここでも、もうユダヤ人には福音を語らないぞ、というような厳しい言い方をしていますね。しかし、だからといって、この後、パウロはユダヤ人たちに伝道しなかったわけではありません。
 パウロはいつも同胞であるユダヤ人の救いを願っていました。ですから、ローマでもまずユダヤ人たちを招き、福音を語りました。そして、集まってきたユダヤ人が皆「イエスはキリストです」と告白することを願っていたのです。そして、信じようとしないユダヤ人に対して、彼らがよく知っている旧約聖書のイザヤ書の言葉を引用し、心を頑なにして福音を聞こうとしないことが、いかに虚しく恐ろしいことであるかを教えようとしたのです。
 神様は預言者イザヤを通して、「聞いても悟らず、見てもわからないのは、心が鈍くなっているからだ」と指摘されています。「耳」と「目」はコミュニケーションに大切ですね。聞くことと見ることによってたくさんの情報を受け取ることができるからです。しかし、どんなに聞いても見ても、心がそこにないなら、聞こえず見えないのと同じです。
 私の家は小田急線の線路の脇です。ですから、電車が通る度に音が聞こえます。しかし、別のことに心が向いているときは、電車の音に気づきません。聞こえているはずなのに、聞こえていない状態になるのです。
 まだ教会がこの場所に移転する前ですが、「教会に行きたいので場所を教えてください」という電話がありました。私が場所を説明すると、その方は「ときどきその道を通っていたけれど教会があることに気づきませんでした」と言われたのです。大きな看板があったのにもかかわらずです。まさに、見ているけれど見ていない、ということがあるわけですね。
 「あなたがたは確かに聞きはするが、決して悟らない。確かに見てはいるが、決してわからない」という神様の言葉は、決して意地悪で言っているわけではありません。私たちが自分の心を探り、救い主が必要であることを自覚し、イエス・キリストの恵みのことばを真剣に心を傾けて聞こうとしないなら、せっかくのすばらしい救いを見ることも聞くことも出来なくなってしまうということを教えているのです。イエス様がマタイ7章7節で「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます」と約束された通りです。
 残念ながら、ローマにいるユダヤ人たちの中にも、聞いても悟らない、見てもわからない人々がいたのですね。
 
4 少しも妨げられることなく
 
 さて、パウロのこのローマでの生活は、満二年の間続きました。ローマで裁判が開かれるのをずっと待っていたのですが、結局、裁判は行われなかったようです。当時は、告訴人が十八ヶ月、つまり、一年半以内に法廷に出廷しなければ、被告を釈放することになっていたそうです。パウロを告訴する側のエルサレムの宗教指導者たちは、さすがにローマにまで行くことをためらったのでしょう。さらに、これまで千人隊長やローマ総督も、パウロを罪に定める理由がないことをほのめかしていましたから、ローマに行って告訴してもパウロを有罪にすることは難しいと考えたのかもしれません。彼らは諦めてしまったようでした。そして、一年半の待機期間が過ぎても告訴人が現れなかったために、パウロの裁判の不戦勝が確定し、その後の手続きを含めて満二年が過ぎたということでしょう。
 30節ー31節にこう書かれていますね。「こうしてパウロは満二年の間、自費で借りた家に住み、たずねて来る人たちをみな迎えて、大胆に、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えた。」
 パウロにとって、ローマに護送される前のカイザリヤでの二年間の獄中生活、そしてこのローマでの二年間の監禁生活は、彼の生涯の中で最も落ち着いた充電期間となりました。
 番兵付きですから自由に外出は出来ませんが、迫害や攻撃してくる者たちを心配することなく安全に生活することができました。また、訪ねて来た人をだれでも迎え入れて大胆に福音を語る自由が与えられていましたし、ゆっくりと腰を据えて獄中書簡と呼ばれるエペソ人への手紙、ピリピ人への手紙、コロサイ人への手紙、ピレモンへの手紙などを書くことができました。そのおかげで、私たちは今、その手紙を読み、神様の御計画の素晴らしさや豊かな恵みを知ることができるのです。
 パウロが自由に街中に出て行動できたら、ローマにもっと多くの教会が誕生しただろうと思った人もいたかもしれません。しかし、神様は、この二年間を豊かに用いてくださったのです。
 ピリピ1章12節でパウロは「私の身に起こったことが、かえって福音を前進させることになったのを知ってもらいたい」と書いています。自分が投獄されたことが、福音を妨げるのではなく、かえって福音を前進させることになったというのですね。
 また、パウロは、ピリピ4章22節で「特にカイザルの家の人々があなたがたによろしくと言っています」と書き送っています。カイザルの家に属する人々とは、皇帝のもとで働く人、当時の役人、パウロの家を守っていた兵隊であったかもしれません。要するに、パウロの身近で番をしている人たち、ローマ政府に属する人たちさえも、パウロと接することによってクリスチャンになっていったのでしょうね。
 パウロは、自分の身に起こったことをマイナスにとらえるのではなく、神様がこのことも益としてくださると信頼していました。
 私たちは、今までどおりの働きができなくなることは、マイナスにしか見えないことがよくありますね。コロナ禍になって、出来なくなってしまったことがたくさんあると、マイナスだと思ってしまいます。また、年を取ったり、病になると、以前できたことができなくなって落ち込んでしまうことがしばしばありますね。ある関西の医師が、「これから最も恐れられるものは、ガンでもなく、心臓病でもない、『老いる』ということだ」と言っていました。以前できたことができなくなるという不安が、これからはさらに増していくだろうというのです。この社会では、できる、できないで評価されるからです。
 私もときどき考えますね。病気になって説教できなくなったらどうしよう。突然声が出なくなったらどうなるだろう。マイナスとしか思えないですね。しかし、そうしたことさえもかえって福音を前進させるとことになるという希望があるなら、大きな勇気が湧いてくるではありませんか。
 第二コリント4章16節には「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています」とありますね。これは、何とうれしい信仰の告白でしょう。
 さて、パウロはこのローマでの二年間、「少しも妨げられることなく」福音を語ったと書かれていますね。皮肉なことに、今まで見てきたように、パウロの生涯は妨げの連続でした。どこに行っても福音を語るときに妨害や批判や攻撃を受けました。しかし、ローマでは、少しも妨げられることなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教えることができたのです。
 
5 使徒の働きの継続
 
 さて、ルカの書いた『使徒の働き』は、ここで終わっています。しかし、これで完結ではありません。シーズン・ワンが終わって次のシーズンに続いていくのです。
 使徒の働きは、1章8節の「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレムとユダヤとサマリヤの全土、および、地の果てまで、わたしの証人となります」というイエス様の言葉をもとにスタートしました。その言葉のとおり、エルサレム、ユダヤ、サマリヤ、小アジア、ギリシヤ地方、そしてローマにまで福音が伝えられました。そして、これからさらに地の果てにまで伝えられていくのです。
 その働きは、今でも続いています。使徒たちの働きが、全世界の教会に、そして、この私たちの教会にも引き継がれているのです。イエス様の福音のバトンが、リレー形式で主にある一人一人に渡されていくのです。
 ルカの書いた『使徒の働き』は28章で終わりますが、29章からは私たちが引き継いでいくのです。使徒たちや弟子たちのように、私たちも「私はイエス様を信じ、罪赦され、永遠のいのちを与えられ、天を見つめながら歩む者と変えられ、生かされています」と語り次いでいくのです。
 私たち一人一人がイエス様の証人です。イエス様が救い主であることの生きた証言者です。使徒の働きの連続説教は今回で終わりますが、それぞれの場所で、使徒の働きの続き、29章を生きていきましょう。