城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇二二年八月二一日            豊村臨太郎牧師
           マルコの福音書一四章五三節〜六五節
                  
 マルコの福音書連続説教20
 「大祭司の庭で」
 
 53 彼らがイエスを大祭司のところに連れて行くと、祭司長、長老、律法学者たちがみな、集まって来た。54 ペテロは、遠くからイエスのあとをつけながら、大祭司の庭の中まで入って行った。そして、役人たちといっしょにすわって、火にあたっていた。55 さて、祭司長たちと全議会は、イエスを死刑にするために、イエスを訴える証拠をつかもうと努めたが、何も見つからなかった。56 イエスに対する偽証をした者は多かったが、一致しなかったのである。57 すると、数人が立ち上がって、イエスに対する偽証をして、次のように言った。
58 「私たちは、この人が『わたしは手で造られたこの神殿をこわして、三日のうちに、手で造られない別の神殿を造ってみせる』と言うのを聞きました。」59 しかし、この点でも証言は一致しなかった。60 そこで大祭司が立ち上がり、真ん中に進み出てイエスに尋ねて言った。「何も答えないのですか。この人たちが、あなたに不利な証言をしていますが、これはどうなのですか。」61 しかし、イエスは黙ったままで、何もお答えにならなかった。大祭司は、さらにイエスに尋ねて言った。「あなたは、ほむべき方の子、キリストですか。」62 そこでイエスは言われた。「わたしは、それです。人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見るはずです。」63 すると、大祭司は、自分の衣を引き裂いて言った。「これでもまだ、証人が必要でしょうか。
64 あなたがたは、神をけがすこのことばを聞いたのです。どう考えますか。」すると、彼らは全員で、イエスには死刑に当たる罪があると決めた。65 そうして、ある人々は、イエスにつばきをかけ、御顔をおおい、こぶしでなぐりつけ、「言い当ててみろ」などと言ったりし始めた。また、役人たちは、イエスを受け取って、平手で打った。
 
 前回は、イエス様がゲツセマネの園で悲しみ悶えながら祈られた「祈り」を学びました。イエス様は十字架を前にして「父よ。どうぞ、この苦い杯を取りのけてください」と血のような汗を流し、もだえながら祈られました。でも、同時に「しかし、わたしの願いではなく、あなたのみこころのままになさってください」とも祈られたのです。このゲッセマネでの壮絶な祈りを通られたイエス様は、ご自分が十字架にかかることによって人を罪と死から救い、永遠のいのちをもたらすことができる、それが父なる神様のみこころなであり、ご自分の使命だと確信されました。
 さて、イエス様が祈りを終えられた直後のことです。真っ暗なゲッセマネの園に突然たいまつの明かりをもった大勢の人々がやってきました。イエス様を捕らえるために祭司長や律法学者たちによって差し向けられた人々でした。そこに神殿の守衛長や数百人のローマの軍隊もいました。まるで強盗を捕まえるかのように剣や棒を手にして武装してやってきたのです。彼らを引き連れてきたのはイエス様の12弟子の一人、イスカリオテのユダでした。
 ユダは「最後の晩餐」の時にはイエス様たちとともに過ごしていましたが、食事の途中に外にでていってしまいました。その後、祭司長やパリサイ人のところにいき、イエス様をわずか銀貨30枚で売ってしまったのです。ユダは、イエス様をとらえるために集められた人々をゲッセマネの園まで道案内しました。そして、暗闇の中でどの人物がイエス様かを知らせるために、ユダはイエス様に近づいて口づけしたのです。本来は、愛と尊敬を表すものだった口づけでイエス様を裏切ったのです。イエス様はそんなユダに対して、「友よ。何のために来たのですか。」と言われました。最後の最後まで、ユダを友と呼び、彼が犯そうとしていることの愚かさと恐ろしさを悟らせようとされたのです。しかし、残念ながらユダの口づけが合図となって、イエス様はあっけなく捕らえられてしまったのです。あれほどイエス様に従っていきますと豪語していた弟子たちはみんな蜘蛛の子を散らすように逃げてしまいました。
 その後のイエス様の足取りを四つの福音書から総合すると、真夜中から翌朝にかけて、イエス様は六つの場所を引きずり回されて、審問や裁判を受けます。
 
 @前大祭司アンナスによる審問
 
 アンナスは、当時の大祭司カヤパの舅でした。本来、ユダヤ社会の決まりでは大祭司は死ぬまで勤めることになっていましたが、彼はローマ政府によって大祭司の職を解かれていました。しかし、その後もアンナスは絶大な権力を持っていたので、人々はまず彼のもとにイエス様をつれていきました。
 
 A現職の大祭司カヤパによる審問
 
 当時のユダヤにおける正式な裁判は最高議会「サンヘドリン」によっておこなわれました。しかし、イエス様が捕らえられたのは夜中だったので、正式な議会の招集は明け方まで待たなければなりませんでした。だから、大祭司カヤパと主だった議員が集まって予備審問がおこなわれたのです。
 
 Bユダヤ最高議会「サンヘドリン」による公式裁判
 
 その後、夜が明けて最高議会「サンヘドリン」による公式裁判が開かれました。その結果イエス様の有罪が宣告されます。
 
 この最初の三回の審問は、いわばユダヤ人による宗教裁判でした。彼らはこの時点でイエス様を「石打ち」にして殺すこともできました。でも、彼らはそれではすませたくなかったのです。当時のローマ社会で最も残酷だった十字架刑にまでイエス様をもっていきたかったのです。それは、旧約聖書に「木にかけられたものは呪われる」とあるように、イエス様を十字架につけて呪われた者とすれば、「イエスを信奉しているものは誰もいなくなる」と考えたからです。ですから、彼らは当時、ユダヤ地方を支配していたローマの国家権力へとイエス様を送るのです。
 
 Cローマ総督ピラトの審問
 
 しかし、ローマ総督ピラトは面倒なことを避けたかったようです。イエス様がガリラヤ出身だということをしると、「イエスはガリラヤ出身なのか。ちょうどいい。いまガリラヤの王ヘロデがエルサレムに来ているから審問してもらおう」といって、自分では結論を下さずヘロデ・アンティパスのところに送りました。
 
 Dガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスの審問
 
 ヘロデ王は以前からイエス様に興味がありいろいろな質問をしました。でも、イエス様が何もお答えにならないので、兵士たちと一緒にイエス様をあざけってまた総督ピラトのもとに送り返したのです。
 
 E総督ピラトのもとで二度目の審問
 
 そして、ピラトによる二度目の審問でイエス様は十字架刑を言い渡されることになります。
 
 今日の箇所に記録されているのは、二番目「大祭司カヤパによる審問」です。この審問をひと言でいうならば「不正な裁判」でした。
 
1 不正な裁判
 
 みなさん、今も昔も、裁判というのは客観的な証拠や証人による真実な証言にもとづいて公平に検証されるものですね。でも、この裁判は結論ありきの不正な裁判でした。
 
 @結論ありきの裁判
 
 マルコ14章55節では、「祭司長たちと全議会は、イエスを死刑にするために、イエスを訴える証拠をつかもうと努めた」(マルコ14・55)と書かれています。もう、始めからイエス様を死刑にする方針がきまっていたのです。旧約聖書の律法が死刑を命じるような罪を確定するために証拠が集められたわけです。しかし、イエス様は何の罪も犯されませんでしたらか、いくら探してもそんな証拠はでてきません。だから、彼がとった方法は「偽証」でした。
 
 A偽証ばかりの裁判
 
 おそらく事前に証人を用意していたのでしょう。その人々に嘘をつかせて、イエス様に対する不利な証言をつぎからつぎへと語らせたのです。みなさん、この裁判を主導したのはユダヤ教の指導者です。彼らは聖書の専門家であり律法を人々に教える立場の人たちです。旧約聖書の律法、有名なモーセの「十戒」の中には、「偽りの証言をしてはならない」(出エジプト20・16)と書いてありますね。裁判において偽証することは誰の目にもあきらかな律法違反です。律法を大切に守っていると自負し、人々の教える立場の宗教指導者たちが、あからさまに戒めを無視してまで、何とかしてイエス様を殺そうとしたのです。
 なぜでしょうか。マルコはその理由を、「それは彼らのねたみによるものだ」(マルコ15・10)と書いています。「妬み」「嫉妬」です。他人の地位や富、能力をうらやましく思い「なんとかして、相手を引きずり降ろしたい」と願う心です。その根っこには、自分の方が上でいたいという「プライド」や、反対にそれらが奪われるのではないかという「自信のなさ」や「恐れ」もあります。
 ユダヤの宗教指導者たちは、イエス様のもとに多くの人々が集まり、イエス様を慕い支持することを苦々しく思っていました。イエス様の存在によって、自分たちの地位や名誉や利権を脅かされることを恐れました。その「妬み」が、自分たちの行動を完全に見失わせてしまったのです。本来、自分たちが大切にすべき聖書の律法をあからさまに破り、偽りの証言をさせて、人を死刑に追いやるほどに、イエス様をねたんでいたのです。人のねがみは恐ろしいですね。
 
2 イエス様の姿
 
 さあ、そのような結論ありき、嘘の証言が並べ立てられた不正な裁判に、イエス様はどのような姿で立たれたでしょうか。
 
 @沈黙
 
 イエス様は沈黙し何もお答えになりませんでした。偽証に対して一言も反論されなかったのです。大祭司カヤパが「イエスよ。何も答えないのか。こんなにお前にとって不利な証言が続いているのに。」と言っても、イエス様は一言も話さなかったのです。マルコは「イエスに対する偽証をした者は多かったが、一致しなかった…」(マルコ14・56)と書いています。イエス様を訴えるための偽証が上げられても、一つも内容が一致せずに自ら崩れていったのです。偽りの証言は矢のようにイエス様に飛んでくるのですが決して届くことがなかったのです。真実なイエス様の前に人の嘘は何の力もはっきしませんでした。つまり、イエス様の沈黙によって、偽りの証人が立てば立つほど、審問が進めば進ほど、「イエス様が正しいお方、罪のないお方である」ことが、明らかに証明されていったのです。
 
 A宣言
 
 イエス様はずっと沈黙しておられましたが、その沈黙を破る瞬間がおとずれました。大祭司カヤパが「あなたは、ほむべき方の子、キリストですか。」と聞いたときです。「イエスよ、お前は神の子、救い主なのか?」という質問です。その時、初めてイエス様が口を開かれました。「わたしは、それです。」 イエス様は、「あなたは神の子、救い主なのか」という質問に対しては、はっきり「あなたが言うとおり、わたしは神であり、救い主です。」と宣言されました。ご自分が神の子、つまり、神と等しい存在であって、旧約聖書で約束された救い主であることをはっきり宣言されたのです。
 さらに、イエス様は、「人の子が、力ある方の右の座に着き、天の雲に乗って来るのを、あなたがたは見るはずです。」(マルコ14・62)と言われました。今の私たちが読んでも少しわかりにくいかもしれませんが、この表現も「私は救い主、キリストである」という宣言なのです。
 「人の子が雲に乗って来る」は、旧約聖書の預言者ダニエルが見た幻の内容です。ダニエル書7章13節ー14節にこのように書かれています。「私がまた、夜の幻を見ていると、見よ、人の子のような方が天の雲に乗って来られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。」ここでダニエルは、「この世界の最後の時には、柔和な「人の子」のような方が現れ、この世を裁き治めるようになる、救い主が来られる」と預言したのです。
 イエス様は、それを引用し「私こそ聖書が約束している救い主だ」と言われました。イエス様は偽証が並べられている時には沈黙を通されました。しかし、ご自分の使命やご自分が救い主であるということについては、はっきりと「そうです。わたしは神の子、救い主です。」と宣言されたのです。
 私たちは、このイエス様のことばに対して、二つの選択肢のうち、どちらかを選ばなければ行けません。一つはイエス様のことばを事実だと認め、「イエス様、あなたは神の御子キリストです」と告白することです。もう一つは、それは偽りだと拒否することです。
 小説ナルニア国物語で有名なCSルイスは、イエス様についてこう言いました。「ただの人間がイエスの語ったようなことを語ったとすれば、その人は頭のおかしなひとでしょう。われわれは選択をしなければなりません。この人が神の子であるか、狂った人、あるいはもっと悪いものかどちらかです。」
 大祭司カヤパの反応はどうだったでしょうか。残念ながら後者でした。イエス様を悪いもの、神を冒涜するものと判断しました。カヤパは自分の衣を引き裂いて「もう、これ以上、イエスから聞く必要はない。神を冒涜した。」イエスには死刑に当たると決めて裁判を打ち切ってしまったのです。
 
3 人々の侮辱
 
 すると、そこにいた人々はイエス様を侮辱しはじめました。ある人々はイエス様につばきをかけ、布で顔を覆って、目隠しをしてこぶしでなぐりつけました。「お前が神の子なら誰が殴ったのか言い当ててみろ」と嘲ったのです。これはイエス様が弟子たちに予告した通りですね。イエス様はエルサレムに上られる前に弟子たちにこう言われました。
「人の子について預言者たちが書いているすべてのことが実現されるのです。人の子は異邦人に引き渡され、そして彼らにあざけられ、はずかしめられ、つばきをかけられます。彼らは人の子をむちで打ってから殺します。しかし、人の子は三日目によみがえります。」(ルカ18・31ー33)
 実は、これは旧約聖書に預言されていることでもありました。イザヤ50章5節-6節にこう預言されていたのです。
「神である主は、私の耳を開かれた。私は逆らわず、うしろに退きもせず、打つ者に私の背中をまかせ、ひげを抜く者に私の頬をまかせ、侮辱されても、つばきをかけられても、私の顔を隠さなかった。」(イザヤ50・5−6)
 この預言のとおり、人々はイエス様を侮辱しつばをかけののしりました。イエス様はそれをすべて忍耐をもって忍ばれたのです。つまり、聖書は、イエス様が人々の侮辱を何の抵抗もされず、されるがままにされるほど、「救い主」の預言が一つ一つ成就していくのだと教えているのです。
 カヤパの審問はいい加減なものでした。はじめから結論ありきの不当な裁判でした。にもかかわらず、この審問によってイエス様こそ、人を罪から救うまことの救い主であることが、はっきりと立証されたのです。この審問は人間の愚かさ、妬みや偽りによってイエス様が愚弄されたとんでもない審問ですけれども、聖書はこの審問においてイエス様こそ救い主だということがはっきりと示されているのだと、教えているのです。
 
4 大祭司の庭で
 
 実は、このイエス様の審問を大祭司の庭で見ていたひとりの人物がいました。弟子のペテロです。彼はイエス様が捕らえられたあと、一度は逃げたもののこっそり後をついていったのです。そのことについては次回ふれますけれども、大祭司の庭で審問の一部始終をみていたペテロが、後に彼の手紙の中でこう書いているのです。
 「キリストは罪を犯したことがなく、その口には何の偽りも見いだされませんでした。ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことをせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。」(1ペテロ2・22ー24)。
 つまり、イエス様の沈黙は、イエス様の宣言は、イエス様の忍耐は「私たちの救いため」だったということです。
 第二ペテロ3章15節には「私たちの主の忍耐は救いであると考えなさい。」とも書いてあります。
 イエス様はあざけられ、ののしられ、つばをかけられ、十字架への道を進んで行く間ずっと忍耐してくださいました。そのイエス様の忍耐があったからこそ、私たち一人一人にイエス様の救いが与えられるようになったのです。
 ですから、私たちは、今日の「大祭司ピラトの審問」を通しても、イエス様ご自身が私たちの罪を負い、私たちが罪から離れ、神様との親しい関係の中に生きるために、自ら十字架の道を選びとって進んでくださったことを知ることができます。決して、人の偽りの証言がイエス様を有罪にし死刑に追いやったのではありません。ただ、イエス様ご自身のことば、「わたしが神の子救い主です」とおっしゃった宣言が十字架を決定づけたのです。
 それは私たち一人一人のためです。イエス様は私たちが救いを得るために、忍耐を持って十字架への道をみずから一歩一歩進んでくださいました。そこにイエス様の私たちへの大きな愛があらわされています。その愛と恵みの中に生かされていることを覚えながら、この週も歩んで参りましょう。