城山キリスト教会 礼拝説教    
二〇二二年一〇月九日            豊村臨太郎牧師
             マルコの福音書一五章一〜一五節
                  
 マルコの福音書連続説教22
 「ローマ総督ピラトの審問」
 
 1 夜が明けるとすぐに、祭司長たちをはじめ、長老、律法学者たちと、全議会とは協議をこらしたすえ、イエスを縛って連れ出し、ピラトに引き渡した。
2 ピラトはイエスに尋ねた。「あなたは、ユダヤ人の王ですか。」イエスは答えて言われた。「そのとおりです。」
3 そこで、祭司長たちはイエスをきびしく訴えた。
4 ピラトはもう一度イエスに尋ねて言った。「何も答えないのですか。見なさい。彼らはあんなにまであなたを訴えているのです。」
5 それでも、イエスは何もお答えにならなかった。それにはピラトも驚いた。
 6 ところでピラトは、その祭りには、人々の願う囚人をひとりだけ赦免するのを例としていた。
7 たまたま、バラバという者がいて、暴動のとき人殺しをした暴徒たちといっしょに牢に入っていた。
8 それで、群衆は進んで行って、いつものようにしてもらうことを、ピラトに要求し始めた。
9 そこでピラトは、彼らに答えて、「このユダヤ人の王を釈放してくれというのか」と言った。
10 ピラトは、祭司長たちが、ねたみからイエスを引き渡したことに、気づいていたからである。
11 しかし、祭司長たちは群衆を扇動して、むしろバラバを釈放してもらいたいと言わせた。
12 そこで、ピラトはもう一度答えて、「ではいったい、あなたがたがユダヤ人の王と呼んでいるあの人を、私にどうせよというのか」と言った。
13 すると彼らはまたも「十字架につけろ」と叫んだ。
14 だが、ピラトは彼らに、「あの人がどんな悪い事をしたというのか」と言った。しかし、彼らはますます激しく「十字架につけろ」と叫んだ。
15 それで、ピラトは群衆のきげんをとろうと思い、バラバを釈放した。そして、イエスをむち打って後、十字架につけるようにと引き渡した。
 
 イエス様は、十字架につけられる前夜、エルサレム郊外にあるゲッセマネの園で捕らえられました。そして、真夜中から翌朝にかけて六回の審問をお受けになりました。
 最初に、当時のユダヤにおける陰の実力者@前大祭司アンナスによる審問があり、次にA現職の大祭司カヤパによる審問がありました。これはいい加減な不正な裁判でした。
 前回、お話ししたように、この審問の最中、弟子のペテロはイエス様を三度も否認しました。「お前はイエスの仲間だろう」という問いに「何をいっているのか分からない」「そんな人知らない。」三度目には呪いをかけて「イエスなど知らない」そう絶縁宣言してしまったのです。しかし、その時、イエス様がペテロを愛といつくしみのまなざしで見つめられました。そのまなざしを見たときペテロはイエス様の言葉を思い出して「とんでもないことをしてしまった」と激しく後悔して外に出て号泣したのです。
 さて、大祭司カヤパの審問では「イエスは神を冒涜している。死刑だ。」と結論づけられました。そして、夜が明けるとBユダヤ最高議会「サンヘドリン」が招集され公式裁判が開かれました。
 マルコ15章1節には「夜が明けるとすぐに、祭司長たちをはじめ、長老、律法学者たちと、全議会とは協議をこらしたすえ、イエスを縛って連れ出し、ピラトに引き渡した。」(マルコ15・1)と書かれています。大祭司カヤパによる予備審問の段階で、神への冒涜罪による死刑が確定していましたから、サンヘドリンでの裁判はほんの数分で終わってしまったようです。
 そして、イエス様は、ローマの国家権力、C総督ピラトの(審問)もとに送られたのです。マルコの福音書、マタイ、ヨハネでは省略されていますが、ルカの福音書にはピラトが審問の途中でイエス様を一度Dガリラヤの領主ヘロデ・アンティパスの(審問)のところに送ったことが書かれています。
 イエス様がガリラヤ出身だと知ったピラトは、その時ちょうどエルサレムに来ていたヘロデ王にイエス様の審問をしてもらおうと思ったのです。しかし、ヘロデ王はイエス様をまともに審問せず、もう一度ピラトに送り返してしまいました。E総督ピラトのもとで二度目の審問です。
 
 さあ、今日はこの「総督ピラトの審問」を詳しく見ていきましょう。
 
1 ローマ総督ピラト
 
 ローマ総督ピラトは、普段はカイザリヤという場所に住んでいました。ここは地中海に面した港町で、当時の交通の要所・軍事的・政治的に重要な町でローマの総督府が置かれていました。とても風光明媚なところで劇場や円形演技場などの娯楽施設があり、ピラトはこの町が気に入っていたようです。
 彼はローマ帝国がパレスチナに派遣した5代目の総督で、紀元26年から36年までの10年間この地方を治めました。乱暴な性格で公然と賄賂をとり、神殿に偶像を持ち込んだり神殿税を水道建築に使ったりと強引な政治姿勢をとったので、ユダヤ人の反感をかっていたようです。
 ルカの福音書には、「ピラトがガリラヤ人たちの血をガリラヤ人たちのささげるいけにえに混ぜた」(ルカ13・1)と、書かれています。つまり、ガリラヤ人たちがいけにえをささげ礼拝している時に、ピラトの命令でローマの兵隊たちが彼らを殺害したというのです。当然、人々からは恐れられますね。
 ピラトの方も「ユダヤ人は頑固で宗教臭く、過去の栄光にしがみついて、いまだに世界制覇の目標を捨てない愚かなやつらだ。」と考えていました。
 総督ピラトはユダヤ人を信用していませんでしたし、ユダヤ人もまたピラトを尊敬してはいなかったのです。
 そのような背景で、この時ピラトはエルサレムに滞在していました。毎年、過越の祭りの時には世界中から人々が集まってくるので、彼は治安を守るためにエルサレムに駐在していたのです。彼にとってエルサレムは堅苦しい宗教的な場所です。「さっさと祭りの期間が終わって、任務を終えてカイザリヤに戻りたい」そう思っていたことでしょう。
 
2 ユダヤ人の訴え
 
 そんなピラトもとに、突然、朝早くからユダヤ人のそうそうたるメンバーがイエス様を連れてやって来ました。「こんな朝早くに何の騒ぎだ…。」無理やり起こされたピラトにとってはいい迷惑です。
 眠い目をこすってみると、ユダヤの指導者が並んでいて、その中にいかにも弱々しい男が立っていました。すると、普段から扱いづらいエルサレムの指導者たちが必死になって討えるのです。
「この人はわが国民を惑わし、カイザルに税金を納めることを禁じ、自分は王キリストだと言っていることがわかりました。」(ルカ23・2)
 皆さん、「大祭司カヤパの審問」を思い出してください。イエス様が有罪になった決め手は何でしたか。ご自分を「神の子、救い主」だと言ったからです。ご自分を神と等しい存在、旧約聖書が預言している救い主であると宣言したからです。
 ユダヤ指導者たちのイエス様に対する罪状は「神への冒涜罪」です。しかし、ここでは「神の子」の「か」の字もでてきません。この男は「国民をまどわし」「税金を納めることを禁じ」「王だといっている」、訴えをすり替えているのです。
 どうしてでしょうか?
 それは、もしローマ総督ピラトに「この男は神を冒涜したのです!」と訴えたら、「それなら、おまえたちの宗教の問題だから、自分たちで処分しろ」と言われてしまうからです。
 でも、彼らは何としても、ローマの権威のもとで十字架にかけたかったのです。旧約聖書に「木にかけられたものは呪われる」とある通り、人々の前でイエス様を十字架につけて呪われた者としたかったのです。なんとしても、ローマの国家権力、総督ピラトにイエス様に十字架刑を宣告させたかったのです。
 だから、彼らは「こいつは単なる宗教的にまずい男ではありません。」
 @国民をまどわしています。暴動になるかもしれません。
 A税金を納めることを禁じています。(偽りですが…)
 B自分を王だといっています。
 「これはローマへの反逆罪です!」彼らはイエス様への妬みと嫉妬に狂い、都合のいいように訴えをすり替えてピラトに迫ったのです。
 
3 ピラトの審問
 
 さあ、ピラトの審問が始まりました。
 彼は朝早くから無理矢理イエス様を押しつけられたわけですが、ローマの役人ですから裁判しないわけにはいきません。ローマ法に照らし合わせて判断しようとします。そこで、イエス様に尋問しました。
 「お前は、ユダヤ人の王なのか?」(マルコ15・2)
 ピラトの問いに対して、イエス様は「そのとおりです。」とお答えになりました。ヨハネの福音書にはもう少し詳しく書かれています。
 「わたしの国はこの世のものではありません。もしこの世のものであったなら、わたしのしもべたちが、わたしをユダヤ人に渡さないように、戦ったことでしょう。しかし、事実、わたしの国はこの世のものではありません。」(ヨハネ18・36)
 つまり、イエス様は「わたしは王であるけれども、その国は、この世の武力や経済力や知恵によってもたらされるものではない」ローマ帝国に対抗するものではないとおっしゃったのです。
 イエス様の答えにピラトは困ってしまいました。「イエスが『この世の王だ」と言えば、即刻、反逆罪として裁くことができるのに、『わたしの国はこの世のものではない』と言われたら、なんだか良くわからんが、とにかくローマ法では裁けない、無罪だ。」
 しかし、イエスを連れてきたユダヤ人たちは「イエスを罰せよ!」とピラトにしつこく訴えました。ピラトはいらいらしながら、もう一度イエス様に尋ねました。
「何も答えないのですか。見なさい。彼らはあんなにまであなたを訴えているのです。」(マルコ15・4)しかし、イエス様は何もお答えになりませんでした。
 ピラトは、「これは宗教上の問題だ、ローマでは裁けない」と考え、ユダヤ人たちに「私は、あの人には罪を認めません」(ヨハネ18・38)と言いました。
 でも、ユダヤの指導者たちは引き下がりません。時間が経つにつれ、次第に民衆たちを集めだしたのです。ピラトは焦りました。自分の権限でイエスを釈放すべきなのですが、このまま追い返せば民衆の騒ぎが大きくなって、下手をすれば暴動がおきてしまうかもしれない。それはローマ総督として避けなければならないことです。そんな中、ピラトに一つの案が思い浮かびました。
 
4 バラバの釈放
 
 当時、祭りごとに囚人をひとり釈放する慣例がありました。この時も群衆がいつものようにピラトに囚人の釈放を要求し始めたようです。囚人の中には「バラバ」という男がいました。彼は、この地方で知らない人がいないほどの悪人で、暴動と殺人で捕らえられ近いうちに死刑になるはずでした。
 ピラトは、「イエスとバラバを比べれば、まさか極悪人バラバを赦免しろとは言わないだろう。きっとイエスを釈放しろというに違いない。」そう考えて、人々の前にイエス様とバラバを立たせました。ところがピラトの意に反して群衆たちは「バラバを赦せ、イエスを十字架につけろ!」と大声で叫び始めたのです。その叫び声はどんどん大きくなっていきました。
 ピラトは困惑したでしょう。そんな彼の様子をみて、ユダヤ指導者たちは「もうひと息だ!」とばかりに、ピラトの胸をつく言葉をはなったのです。
 「もしこの人を釈放するなら、あなたはカイザルの味方ではありません。自分を王だとする者はすべて、カイザルにそむくのです。」(ヨハネ19・12)
 「カイザルの味方」という言い回しは当時の称号の一つで、当時の軍人や役人にとって最高の名誉とされていました。つまり、「カイザルの味方ではありません」というのは、「ピラトよ、あなたがもし、ユダヤ人の王だと言っているイエスの味方をするなら、カイザルに背くことですよね。」という脅し文句でした。
 当時、ローマ総督にとって避けたい問題は暴動や密告でした。もし、赴任地の住民からローマの皇帝へと密告があると、即刻、左遷され失脚してまう恐れがありました。ピラトは「なんとしてもそれは避けなればならない」と自己保身に走ったのです。
 「ピラトは群衆のきげんをとろうと思い、バラバを釈放した。そして、イエスをむち打って後、十字架につけるようにと引き渡した」(マルコ15・15)のです。
 処刑されるはずだった罪人バラバを釈放し、ローマ法によって何の罪を見いだせない、無実のイエス様に十字架刑を宣告したのです。そして、イエス様はピラトのもとで鞭うたれ、十字架につけられるためローマ兵へと引き渡されたのです。
 この「総督ピラトの審問」は、@ユダヤ指導者たちの妬み、A無責任な群衆の叫び、B恐れと自己保身からくるピラトの不誠実な判断、そのような人間のドロドロとした愚かさが渦巻く審問でした。その中で、唯一イエス様だけが真実なお方でした。毅然とした対応をとられ、十字架への道を進んでいかれるのです。
 
 今日は、最後に「ピラトの審問」から、三つのことを覚えたいのです。
 
 (1)歴史の事実としての十字架
 
 ピラトは聖書以外にも、その名前がローマ帝国の歴史の中にはっきり記録されています。実在した人物です。紀元26年から36年までの10年間ユダヤの総督でした。
 キリスト教会には「使徒信条」という信仰告白があります。城山教会でも元日礼拝で告白します。キリスト教の要点(何を信じているのか)を簡潔に述べたものです。天地を造られた父なる神様、神の一人子で人となってくださったイエス・キリスト、聖霊なる神様が告白されています。
 そして、イエス様についての告白の部分で、「ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ」と告白します。それが意味していることの一つは、当時、世界最大のローマ帝国の権力のもとで歴史の事実としてイエス・キリストがさばかれ十字架刑が宣告されたということです。
 つまり、「ポンテオ・ピラトによる審問」は、イエス・キリストの十字架が空想でも作り話でもない、確かな歴史の事実であるということをはっきりと私たちに教えているのです。
 
 (2)罪によってもたらされた十字架
 
 ピラトの審問においてイエス様には何の罪を見いだせませんでした。イエス様は無実なのに十字架刑を宣告されました。なぜでしょうか。「何としてでも、イエスを呪われたものとしたい」そのようなユダヤ宗教指導者たちの嫉妬や妬みがありました。「十字架につけろ」と無責任に叫んだ群衆の叫びがありました。イエス様は無罪だとわかっているのに、自分の立場や身を守るために真実をまげたピラトの不誠実な対応がありました。
 それはまた、私たちすべての人間が同じように抱えている弱さや愚かさでもありますね。そのすべての罪の故に、何の罪もない真実なイエス様が十字架に掛けられたのです。
 
 (3)身代わりの十字架
 
 この時、イエス様の代わりに突然釈放された人がいましたね。バラバです。
 彼は近いうちに死刑になるはずだったのに突然よびだされました。刑吏にこづかれながら出ていくと、かつて自分が判決をうけたその場所に一人の弱々しい男が静かに立っています。
 「いったい誰だろう」不思議に思っていたバラバの耳に群衆の声が聞こえます。「バラバを赦せ、イエスを十字架に!」何が何だかわからないうちに手足のかせがはずされ自由が与えられました。「ああ、自分がつくべき十字架に、このイエスという男がつけられるのだ。」
 「バラバの釈放」は象徴的な出来事ですね。イエス・キリストの身代わりによって一方的に赦しがもたらされるということを象徴的に表すものといえます。
 バラバは本来、赦されるはずのない罪人でした。強盗と殺人を犯し十字架につけられるはずでした。でも、バラバ自身の行いや状態とは全く関係のないところで、イエス様の身代わりによって赦しがあたえられたのです。
 第一ペテロ3章18節には「正しい方(イエス・キリスト)が、正しくない者たちの身代わりになられたのです。」(1ペテロ3・18)とあります。
 考えてみれば、私たちはみなバラバのような存在だったかも知れません。しかし、今、ただイエス・キリストの身代わりの十字架によって、私たちは赦され自由にされているのです。私たちの努力や私たちの何かが理由ではない、だだイエス・キリストの身代わりの十字架によって、そのお方を信じる信仰によって、救いが与えられているのです。
 その恵みを覚えながら、最後に「主イエスの十字架の血で」という賛美を歌いましょう。
 
「主イエスの十字架の血で」
 
 主イエスの十字架の血で
 わたしは ゆるされ
 み神と和解をして
 平安をえました
 
 だからいま
 すべての 悩みを ゆだねよう
 主はこころに 平和を
 満たしてくださる