城山キリスト教会夕拝説教
二〇二二年八月一四日            豊村臨太郎牧師
聖書人物シリーズ8「テラ」
創世記一一章二七節〜三二節
 
27 これはテラの歴史である。
 テラはアブラム、ナホル、ハランを生み、ハランはロトを生んだ。
28 ハランはその父テラの存命中、彼の生まれ故郷であるカルデヤ人のウルで死んだ。
29 アブラムとナホルは妻をめとった。アブラムの妻の名はサライであった。ナホルの妻の名はミルカといって、ハランの娘であった。ハランはミルカの父で、またイスカの父であった。
30 サライは不妊の女で、子どもがなかった。
31 テラは、その息子アブラムと、ハランの子で自分の孫のロトと、息子のアブラムの妻である嫁のサライとを伴い、彼らはカナンの地に行くために、カルデヤ人のウルからいっしょに出かけた。しかし、彼らはハランまで来て、そこに住みついた。
32 テラの一生は二百五年であった。テラはハランで死んだ。
 
 聖書人物シリーズの第8回目、今日は「テラ」という人です。
 前回は、ノアの息子たち、セム、ヤペテ、ハムを紹介しました。
 @セムは、メソポタミア文明で知られるユーフラテス川流域からパレスチナ地方に広がりました。
 Aヤペテは、小アジアから北のカスピ海、黒海、地中海、ヨーロッパ地方に広がりました。
 Bハムは、南のエジプト、アフリカ、そして、後にイスラエル民族が住むことになるカナンの地にも広がりました。
 ノアの洪水の後、この三人の息子から再び、人類が広がっていったわけですが、残念ながら多くの人々は神様に背を向けて生きていくようになりました。人の罪は広がっていきます。
 その象徴的な出来事として、11章1節〜9節には「バベルの塔」の出来事が記録されています。人々が「神と同じようになろう。天まで届く建物をたてよう」とバベルの塔を建設しはじめます。その様子ご覧になった神様は、人間の傲慢さ、滅びに向かっていく歩みを止めなければならない、罰しなければいけないと、人々言葉が通じないようにされました。その結果、人々は互いの意思疎通が出来なくって心が通じ合わなくなりました。「神のようになるために天にも届く塔を建てる」という壮大な事業は頓挫し、人は地の全面に散っていってしまったのです。
 さて、その後、創世記の記者(モーセ)は、11章10節から「ノア」の息子の一人「セム」の歴史を改めて紹介し始めます。神様は「セム」を選び、彼の子孫から「アブラム」後の「アブラハム」が生まれます。そして、神様は「モーセ」、「ダビデ」を起こし、やがて救い主イエス・キリストに繋がっていくのです。
 私たち人間をどこまでも愛し「救いの道」を用意しようという神様の愛と熱心さがそこに現されています。ここから、人類を救い出すための壮大な救いの歴史が始まるのです。
 特に、創世記のスポットライトは一人の人物「アブラム」にあてられるのですが、今日はまず「アブラム」の父「テラ」をご紹介します。
 
1 「ウル」に住んでいた「テラ」
 
 テラは、カルデヤのウルに住んでいました。地図をご覧下さい。中学生の世界史で学ぶ、メソポタミヤ文明が興ったユーフラテス川流域の町です。
 イギリスのレオナル・ウーリーという学者たちの発掘によると、ウルは大都会で人口およそ25万から50万人もの人が住んでいたそうです。また、ウルは偶像の町でもありました。「月の神ナンナール」を礼拝することが盛んでした。市の4分の1の土地は、「月の神ナンナール」を礼拝するために献げられていたことが判明しています。
 前回お話したように、この地域はノアから祝福を受けたセムの子孫が住んでいたわけですが、そこから数世代が過ぎたこの時期には、もうセム族も主なる神を忘れ偶像にあふれていたのです。セムの子孫であるテラも偶像の中で空しい生き方に埋没していたのです。
 テラには、アブラム、ナホル、ハランの三人の息子がいました。ハランは結婚してロトをもうけましたが、その後、亡くなってしまいます。おそらく、当時は大家族で暮らしていたので、家族の中で死者がでたことはテラにとっても大きな出来事だったでしょう。
 アブラムは、サライと結婚します。聖書記者はわざわざアブラムの妻サライが不妊だったと記しています。テラにとっては、子孫が途絶えてしまう可能性が高くなったという点で大きな意味がありました。
 テラは、自分より先に息子ハランを失いました。そして、もう一人の息子であるアブラムも子をもてそうにありません。「自分の子孫は途絶える運命なのだろうか。」これらの出来事を通して、テラは、死について、生について考えるようになったのかもしれませんね。
 
2 「ウル」から旅立った「テラ」
 
 そのような背景の中で、あるときテラは、息子アブラムとその妻サライ、そして、孫のロトをつれて、ウルからカナン(パレスチナ)に向かって旅立つのです。
 
「テラは、その息子アブラムと、ハランの子で自分の孫のロトと、息子のアブラムの妻である嫁のサライとを伴い、彼らはカナンの地に行くために、カルデヤ人のウルからいっしょに出かけた。しかし、彼らはハランまで来て、そこに住みついた。」(創10・31)
 
 ウルからカナンは、およそ1800キロの道のりです。途中のハランまでは、980キロです。日本の本州の長さは、本州最北端の青森県大間から、最南端山口県下関まで、直線距離で約1200キロです。テラたちが旅をした距離の長さが想像できますね。
 それにしても、何故テラは長年住み慣れたウルから旅立ったのでしょう。聖書には理由が書かれていないので、はっきりとはわかりませんが、いくつかの聖書箇所から、テラの決断には、息子アブラムの影響があったことがわかります。
 
 @新約聖書「使徒の働き7章」から
 
 ここには殉教者ステパノが同胞イスラエルの人々に、自分たちの歴史を語る場面が記されています。そこで、ステパノは、アブラムがメソポタミヤのウルにいたとき、主なる神様の声を聞いたと証言しています。
 
「そこでステパノは言った。「兄弟たち、父たちよ。聞いてください。私たちの父アブラハムが、ハランに住む以前まだメソポタミヤにいたとき、栄光の神が彼に現れて、『あなたの土地とあなたの親族を離れ、わたしがあなたに示す地に行け』と言われました。」
 
 つまり、テラにではなく、アブラムに神様は語られたのです。
 
 A旧約聖書「ヨシュア記24章」から
 
 この箇所で、ヨシュアは、テラについてこのように言っています。
 
ヨシュアは…言った。「イスラエルの神、主はこう仰せられる。『あなたがたの先祖たち、アブラハムの父で、ナホルの父でもあるテラは、昔、ユーフラテス川の向こう(ウル)に住んでおり、ほかの神々に仕えていた。』」(ヨシュア24・2)
 
 「ほかの神々」とは、「月の神ナンナール」のことです。つまり、テラは主なる神様ではなく、偶像を信じ仕えていたということです。仮に、主なる神様を信じていたとしても、偶像と二股を掛けているような状態だったことが分かります。
 そんなときに、息子アブラムに「この地を出て、わたしが示すちにいきなさい」との神様の語りかけがあったのです。
 おそらく、アブラムは熱心に父テラを説得したのでしょう。ユダヤ教の古い文書で、聖書を解釈したミドラーシュというものがありますが、そこには、アブラムがテラを説得する経緯が次のように語られているのですね。
 
「すなわち、テラは、実はウルの偶像つくりであった。土をこね、窯に入れ、焼き上げた偶像で飯を食っていた。アブラムは、ある日父テラがつくった大小さまざまの偶像の家、『どれが一番強い偶像か』と聞いた。テラは『一番大きい偶像だ』と答えた。アブラムは父が外出したすきに、その一番大きな偶像を残して、他の偶像をことごとく叩き壊した。帰ってきた父テラは、『だれがこれらの偶像を壊したのか』と問うた。アブラムが『それは、一番大きなその偶像ですよ』と答えると、テラは怒って言った。『そんなことがあるものか。単なる土偶人形に、どうしてそんなことができよう』と。そこで、息子アブラムは、『そのとりですよ。お父さん。それは単なる土偶人形です。そんな何にもできないものを神とするとは何たることですか』といさめた。そのためテラも偶像の愚かさを思い知った。そんなこともあって、偶像商売から足を洗って、息子とともにウルを後にし、道を北西にとり、ハランの地にはいった。」
 
 この文書からも、テラが息子アブラムの影響と強い説得によって、主なる神様のことばに従ってウルを旅だったことが推測できます。
 
3 「ハラン」にとどまった「テラ」
 
 しかし、テラたち一行は、長い道のり1800キロの約半分をすぎたあたりにあったハランにとどまってしまいました。当時、ウルとハランは商業的、文化的なつながりがあったようなので、テラにとっては住みやすかったのかもしれません。
 また、この後、12章1節では、神様がハランに滞在しているアブラムに「あなたの生まれ故郷」といっているので、もともとテラ一族のルーツがハランにあったのかもしれません。
 いずれにせよ、テラは「息子の熱心さに押されて、ウルからここまでついてきたけど、これから先、どこにいくのかもわからない。わしは、もうこれ以上はすすめない。ここでいい。」と考え、ハランに住み着いてしまいました。そして、このハランの地でなくなるのです。
 
「テラの一生は二百五年であった。テラはハランで死んだ。」(創10・32)
 
 テラは息子アブラムを通して神様のことばを聞き偶像を捨て出発しました。これは大きな決断でした。しかし、残念ながらその旅路を最後まで徹底することができなかったのです。偶像の地ウルと約束の地カナンの真ん中で、両方の引力に引っ張られて動けなくなりました。「わしは出るには出たし、従うには従った。でも、もうこれまで」そういって腰をおろした父テラを見取らなければならなかったアブラムの悲しい顔が想像できます。
 
 私たちは、「聖書人物シリーズ」を通して、色々な人の人生を学んでいます。聖書の中には、その生き方を直接的な模範として教えられる人もいます。また、反面教師的に教えられることもありますね。私は、今回、テラの生涯を通して、二つのことを思わされ、考えさせられました。
 
 @神様の語りかけを個人的に信じることの大切さ
 
 テラは、神様の語りかけを息子を通して聞いたのですが、聖書を読む限りにおいて、テラから「神様、あなたは私の人生の主です。あなたに従っていきます。」という個人的な応答は残念ながら聞こえてこないのです。そんなテラの姿から、反面教師的に、「神様のことばを個人的に信じる大切さ」を教えられます。
 もちろん、私たちも誰かを通して神様の語りかけを聞くということがありますね。テラのように家族から聖書について聞くというケースがあります。私もそうです。イエス様の福音を、家族を通して聞きました。ある人は友人から、また、テレビやラジオ、本などを通して知ることがあります。それは素晴らしいことです。
 でも、私たちの信仰の歩みはそこで終わりません。「あの人が言うからそうなのだろう。」「あの人がいるから教会にいこう」ではありませんね。どこかの段階で「イエス様、あなたは私の救い主です。」と、個人的に告白し、洗礼をうけたはずです。「神様、聖書のことばを信頼して生きていきます。」そのように個人的に告白しながら歩んでいますし、それはとても大切なことなのです。
 聖書を読む限りテラには、その部分が欠けていました。「人生に漠然とした不安があるから。今信じている偶像では安心できないから。そして、息子アブラムが熱心に誘うから。」もちろん、それで踏み出したことも大きな決断ではありましたが、やはり限界があったのです。途中で止まってしまいました。
 
 A神様の恵みによる信仰
 
 でも、だからこそ、今、私たちが個人的にイエス様を信じ洗礼を受け、神様ことばに信頼して毎日を過ごしている現実は、本当に神様の恵みなのだと実感するのです。
 私たちは、今週もこうして礼拝を献げていますね。当たり前のように賛美し、神様のみことばに耳をかたむけることができています。神様の語りかけを聞き、個人的に応答することができています。その背後に、神様の不思議な御計画とイエス様の恵みがあるのです。聖書にこう書かれている通りです。
 
「神は私たちを救い、また、聖なる招きをもって召してくださいましたが、それは私たちの働きによるのではなく、ご自身の計画と恵みとによるのです。」(2テモテ1・9)
 
「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。」(エペソ 2:8)
 
 私たちが、イエス様を信じたことも、こうやって毎週礼拝し聖書のことばに応答できていることも、神様からの賜物です。私たちの内に住んでくださっている聖霊なる神様の助けによって一歩一歩進ませていただいているのですね。私たちはそういう現実の中に生かされているのです。
 そして、旧約聖書イザヤ書には、私たちを全生涯に渡って背負い続けてくださる神様の姿が語られています。
 
「その愛とあわれみによって、主は彼らを贖い、昔からずっと彼らを背負い、担ってくださった。」(イザヤ63:9)
 
 この父なる神様の愛と恵みの中に生かされていることを覚えながら、この週も歩んでゆきましょう。